第004話 審禍者①
視覚も、聴覚も封じられ、口もきけなくなった。
どうやら展開された第一から第三までの拘束術式とやらが、俺のそれらの身体機能を文字通り拘束しているらしい。
魔法一つ使えない俺に対して念入りなことだと、この期に及んでもなお妙な感心をしてしまう。
今現在の俺自身が実際はどれだけ取るに足りない存在であろうが、聖シーズ教と冒険者ギルドにとって異教者――『審禍者』という存在が、それだけ忌むべき存在だということなのだろう。
ここまで忌まれる――言葉を変えれば警戒されている存在のわりには、今の俺に成す術などなにも残されてはいないのだが。
――どうしようもない。
本当に情けないことに一方的に『異邦人』だと決めつけられ、死霊系魔物が中心であるこの螺旋状迷宮、『禍封じの深淵』の中央縦穴に投げ捨てられるであろう俺が、最初に浮かべた思考はそれだった。
間違いなく助からない。
この迷宮の中心を縦に貫く、奈落まで続いているような穴に放り込まれては、浮遊などという伝説級の魔法など使えるはずもない俺では正しくどうしようもない。
五感のいくつかを封じられているとかいう問題じゃない。
底に叩きつけられてぐちゃくちゃに砕け散るまでどれだけ時間が残されているのかを知る術などないにせよ、遅かれ早かれそうなる未来は確定している。
未来最高。
もしも奈落の底が高所からの落下を受け止めてくれるようなふわふわもふもふだという奇跡があったとしても、今の時代の冒険者たちが攻略できているのはせいぜい第十階層やそこらだ。
それだってS級パーティーが時に犠牲を出しながらも、なんとか攻略回数を一つ一つ時間をかけて積み重ねていった結果なのだ。
そんな迷宮の最下層の魔物を俺が単独でなんとかできる可能性など、無いに等しいという言葉ですら生温い。
絶無である。
もしも生き残れたら殺してやるなどと呪詛を気取ったところで、現実はこれだ。
諦観に支配され気味になってしまうのはもうどうしようもない。
それにほとんど弁解の時間など与えられなかったが、そのごく短時間であっても相手が俺の言葉を聞く気などまったくないことだけはよくわかった。
世界宗教である聖シーズ教と、国家間を股にかけた世界最大規模の組織である冒険者ギルドが、そろって俺を『異教者』だと定めたのだ。
祝福された『祈る者』として神の力を分け与えられ、人に仇をなす魔物を狩るいわば超人を統べる組織である冒険者ギルドとしても、聖シーズ教が『異教者』だと断定した者を庇護することなどできるはずもない。
であればその決定を覆す力など、たとえ有力パーティーの一員だったとはいえ、一元冒険者にすぎない俺にあるはずもないのだ。
つまりは百万が一生き残れたところで、もうヒトの社会で生きて行くことなどできはしない。
元仲間たちに、これ以上迷惑をかけるわけにもいかないしな。
今のこの世界で『聖シーズ教』と『冒険者ギルド』からその存在を否定される者など、市井に生きる普通の人たちにとっては公共の敵でしかない。
匿うことなど論外で、見かけたら即通報する対象にしかならないのは明白、それを責める気にさえなれない。
俺だってそんな厄介事を抱えこむなど、一考するにも値しない。
たとえそれがパーティーの仲間だったとしても、見捨てることに躊躇などしないだろう。
だからそういう意味で元仲間たちをそこまで恨む気にもなれない。
そもそも自分が所属していたパーティー――『ONE&ONLY』の一員としての実力を認められていなかったことは、自分でもわかっていたことだ。
ついさっきまでは幸いだったことに、俺は最初のパーティーが最後のパーティーになったわりと珍しい部類に入る冒険者と言っていいだろう。
多くの冒険者はいろんなパーティーを渡り歩くことがほとんどなのだから。
しかもそれが近年では最速でS級――その名のとおり最高位まで上り詰めた有力パーティーとなればなおのことである。
だが俺はそのS級パーティーのメンバーとしてはお荷物だった。
少なくとも傍目からはそう見えていただろうし、仲間――と信じていた連中も言葉や態度はどうあれ、多かれ少なかれそう思っていたことは間違いない。
短期間にS級まで駆け上がったのはすべて他のメンバーたちの力によるものであり、俺は具体的にはなにもしていない。
客観的に見れば俺は、希少職を神から授かった才人たちに寄生して成り上がった、運に恵まれただけの唯一職詐欺だと思われていたはずだ。
それすらも今から思えば、公共の敵と看做されるよりはよほどマシなのだが。
S級パーティー『ONE&ONLY』は希少職の中でもなお特殊である、唯一職と呼ばれる者だけで結成されたパーティーだ。
リーダーのダイン・エルノーグは世界宗教『聖シーズ教会』に祝福された『勇者』
サブリーダーのフィン・ブレインは大陸中央魔導院、通称『塔』所属の『賢者』
サラ・ティスタニアは西方にある『世界樹』出身の長寿族で『聖女』
アイナ・ヴァイセルは『浮遊大陸ソル・アルケ』出身の竜人種で『剣聖』
そこに俺――どこの馬の骨ともしれぬイツキ・ツチミカドが『審禍者』として加えてもらっていたというわけである。
はっきり言えば唯一職だけでパーティーを構成することに、リーダーであるダインが拘っていたおかげで声をかけてもらえたのだ。
ついさっきまで俺自身も、『審禍者』は単なる唯一職だと信じていたからなあ……
まさか元仲間たちも、俺が『異教者』、中でも『最も忌むべき者』と聖シーズ教から看做されている爆弾だなどとは夢にも思っていなかっただろう。
いや俺も想像すらしていなかったわけだが。
どのタイミングで俺の正体とやらを知ったのかは今となっては知る術もないが、それまでは「せいぜい使えない唯一職拾っちゃったなあ」あたりが元仲間たちの正直なところだったのではなかろうか。
それでも俺以外の四人が他を圧倒する実力を誇る唯一職揃いだったので、リーダーの拘りと、一度は自分たちから誘った仲間を自分たちから追放するという罪悪感から逃れることを優先することもできていたのだ。
その正体がただの役立たずどころか『異教者』となれば、さすがに庇いだてする義理などありはしない。
万が一にでも神敵に与する者とみなされるかけにはいかない以上、追放はもちろん、捕縛と処刑に協力することも言ってみれば当然だ。
誰だってそうする。俺だってそうする。
俺が教会と冒険者ギルドに処刑されるのは俺が神の敵たる『審禍者』だからであって、元仲間たちにはなんの責任もないのだから。
自分なりに追放、報復もののプロットを考えていた物語です。
コロナでお盆の予定がすべて吹っ飛んでしまったのでその時間を有効活用? して一応の着地点まで書けたので、投稿開始いたします。
※着地点までは基本的に毎日投稿します。本日は三話まで投稿予定。
のつもりだったのですが……四話も投稿しました。
楽しんででいただけると嬉しいです。
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