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第030話 甘キ死ノ時ハ、来タラズ①

 迷宮(ダンジョン)都市ヴァグラム。


 螺旋状大迷宮(グランド・ダンジョン)(マガツ)封じの深淵』を軸に発展した、メダリオン大陸の中では大国の一つに数えられるエメリア王国が領有する巨大城塞都市。


 普通の城塞都市では外壁から離れて中心部に近づけば近づくほど重要施設が集中し、地理的条件と機能双方で『街の中枢』を形成するのが常だ。

 だが迷宮攻略(ダンジョン・アタック)を行う冒険者たちを中心に経済が回る迷宮(ダンジョン)都市ではその迷宮の入り口を中心に据え、できるだけそこから離れた位置に重要施設は(しつら)えられる。


 結果、外部から街を守護する強大な外壁と一体化している施設が最も重要なものとなる。


 過去一度たりともそういう事例が発生していないとはいえ、迷宮(ダンジョン)から魔物(モンスター)が溢れ出す可能性を完全に排除することはできない。

 なぜならば人は自らの力で迷宮(ダンジョン)魔物(モンスター)を封じ込めているわけではなく、なぜか魔物(モンスター)の方が己の生息領域から離れないという特性に頼っているだけだからだ。


 つまり迷宮(ダンジョン)都市において外壁とは外敵を阻む為の防壁であると同時に、内部に抱え込む迷宮(ダンジョン)から魔物(モンスター)を万が一にも外へ解き放たせないための柵でもあるのだ。


 迷宮(ダンジョン)都市における機能中枢は即ち、外壁に集中している。


 勢い都市の規模が大きくなればなるほど、重要施設同士の物理的な距離は大きくなり、それを少しでも緩和するために外壁から外壁へと繋げられた空中回廊が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、他の城塞都市にはない風景を生み出すことになる。

 それらが交差し空中に足場が成立すれば、そこを補強して最重要拠点を置くことになるのもまた自然の流れだ。

 迷宮(ダンジョン)都市の総督府は、そうして空中回廊の中枢に置かれるようになった。

 

 よって迷宮入り口(ダンジョン・ゲート)の直上に位置する総督府は、イツキとミステルが地上へ出た際、真っ先に粉砕されている。


 吹き上がった(マガツ)の濁流と、その後上昇してきたミステルの巨躯の直撃を受け、中にいた人間はなにが起こったのかを理解する間すら与えられず、肉片と化して(マガツ)の渦の一部として吸収されてしまっている。


 位置的な街の中心であった市場一帯も、吹き飛ばされ崩落した迷宮の天井部とともに消滅し、『奈落(ケルソネソス・コラ)』へと落ち行く巨大な穴を曝け出している。


 要はイツキによって『神の雷(セト)』による消滅は免れたとはいえ、その同じイツキの手によってすでに都市成立以来、最大規模の被害を受けているということだ。

 迷宮(ダンジョン)の天井部分を吹き飛ばした一件だけでも、なにも知らぬ人間が三桁でその命を失っている。


 もう取り返しはつかない。


 なにをどう言ったところでイツキはすでに大量殺人者であり、その事実は絶対に覆らない。

 ここでの短くない冒険者暮らしで、そう深くはないとはいえ関わった多くの人たちもかなりの数が死んでいる――いや殺したのは間違いない。

 イツキとてそんなことは百も承知ではある。


 それでも己と己の大切な者を優先するのであれば、この惨劇すら己のために有効利用する必要が絶対にある。


 ずいぶんと勝手な言い分だが、無駄にはしない。


 もしも力なくイツキがただ人知れず殺されてさえいれば、犠牲になる必要などなかった人々だ。

 だが世界から神の敵と認定されたイツキが諦観によって死を受け入れることを拒み、神の敵としてでも生きることを選んだ以上、犠牲は常に発生する。

 だったらいかに効率よく殺すかを考えることもまた必要なのだ。


 もっともイツキにしてみればほんの短い時間だとしか認識していなかったが、身体を破壊されて星の中心へと落ち続けていた時間は思いのほか長く、約三日ほどが経過していた。

 その三日で物理的な被害はともかく、人的な被害はすでに相当に進行していて、取り返しがつかないというのであればもうとっくにそうであったともいえる。

 

 身体を失ったアディが巻き散らかした呪詛が聖シーズ教と冒険者ギルドの関係者を中心に容赦なく襲い、告死天使(アズラエル)の№Ⅳと同じくなんの抵抗もできぬまま腐れ果てさせている。


 誰も逃れえぬ悪質な疫病に街ごと侵されたような状況に、とっくにヴァグラムは陥っていたのだ。

 いまだ無事な住民たちとて、街の外に出ることは禁止されている。

 なんとか脱出できたとしても、どの街も国も受け入れてなどくれない。


 それもあって、『枢軸機構(アクシズ)』は迷宮都市ヴァグラムとその周辺一帯を『神の雷(セト)』を以て焼き払うことをよしとしたのだ。

 原因不明の病らしきものを、これ以上拡大させないという大義名分で。

 

 だが物理的な中心部は総督府を含めて壊滅的な被害を受けているが、迷宮(ダンジョン)都市の特性ゆえに他の重要施設は今のところほとんど無傷でもある。

 あくまでも建物は、というだけではあるが。


 そしてそれは聖シーズ教の『教会』とて例外ではない。


 北を聖なる方向とする聖シーズ教の教義に基づき、外壁の真北に当たる部分に『教会』は設置され、聖シーズ教の象徴を象られたひときわ高い塔が目印となっている。


 その最上階、この教区を任されている枢機卿の執務室へ、イツキと制御体ミステルはやってきている。


 ちなみに(マガツ)による渦はそのままであり、竜殻外装ミステルは今もなおその渦の中心、都市の上空に浮かんでいる。


「やっぱりここにいたか」


 そこには毛を尾を逆立てて威嚇の声を上げているアディの精神体がおり、その正面には聖シーズ教の象徴を盾のように掲げ、座り込んで震えるアンジェロ枢機卿だったモノがいる。


 使い魔(ファミリア)としての自覚などないアディが肉体を破壊され、憑代を失って拡散した『存在の核』ともいえる精神体が、己と己の主人(イツキ)を破壊した張本人に憑いているのだ。


「もういいよ、アディ。俺は無事だ」


 巨大な姿のままに威嚇を続けているアディにイツキが声をかけると、一瞬きょとんとした表情を浮かべたアディはすぐさま元のサイズに戻り、にゃーにゃー鳴きながらイツキの下へすっ飛んできた。


 今のアディに実体はないが、審神者(さにわ)であるイツキはそのアディを視ることも、声をかけることも、その鳴き声を聴くことも――触れることもできる。


 すっ飛んできたアディを抱き上げ、定位置である左肩に載せる。


 その様子をどこか羨ましそうに、己もすでに同じ主を得ているのだという事実をかみしめるようにして制御体ミステルが改めて膝をつく。


 本来は見えぬ、語れぬ、聴こえぬモノに触れ得る存在がイツキだ。

 もしもその主を失えばミステルは再びその名の意味も失い、終わりなき絶望の孤独に戻ることになる。


 それだけは絶対に許容できない。

 たとえ世界を滅ぼそうとも。


『お初にお目にかかります、アディ先輩。私は御主人様にミステルという名を頂きました御身の後輩です。二体目の使い魔(ファミリア)としての分は弁えますので、なにとぞ共にいることをお許しください』


 人語を完全に解さないアディはきょとんとしてイツキの方を見、そのイツキは苦笑い。


 どう見ても主である自分に対するよりも、先輩であるアディに対する態度の方が丁寧――というよりもどこか恐れているようにすら見えるがゆえに。


「心配かけたな。まあちょっと見ないうちにオマエもなんか幽霊みたくなっちゃって……まずは受肉しようか」


 にゃー。


 アディと合流さえできれば、まずはイツキの用は完了した。

 あとは搦手の想定した上で、この状況をできるだけ有効活用するのみだ。


 だがさっさとこの場を去ろうとするイツキに、震えながらも声を上げる者がいる。


「わ、私がか、神の敵を前にして見逃すとでも、お、思っているのか!」


 ゆっくりとイツキが振り返る。


 ついさっきまでアディが威嚇していた、聖シーズ教の象徴を右手に捧げ、イツキに敵対の意志を向けるモノ。

 聖シーズ教の神罰執行機関『奇跡認定局(プロディギウム)』を預かる枢機卿、アンジェロ・ラツィンガー。

 



 それが発した言葉に対して、イツキは本気で驚いた表情を見せている。


次話第031話 今週中に投稿予定。


改稿含めて最後まで一気に投稿したいので、数日開くかもしれません。

申し訳ないです。


もうすぐ最初の着地点となります。

それまでお付き合いいただければ嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] にゃーにゃー鳴きながらすっ飛んでくるアディかわいい。 アディの無事がずっと気になっていたのでホッとしました。 [一言] >アップルシードのギュゲスみたいなのも出したい さらに同士度…
[一言] うわ狂信者つおい まぁちょっと前まで自爆アタックってよくやってたしな (中には組織幹部によって強制的にやらざるを得なくなるまで追い込まれてた人もいるらしいが)
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