第003話 神敵滅殺③
「だが貴様は『審禍者』だ」
どうせ無視されるのだろうと思っていたら、初めて反応があった。
偉い人に相応しい、落ち着いて重厚に響く低い声。
間違いなく俺とは初対面であるはずなのに、その声には親の仇をさえ上回るのではないかと思えるほどの憎悪と嫌悪が満ちている。
敬虔な信者、それも高位にまで至った人物にとって『審禍者』とはそれほどまでに忌むべき存在だということなのだろう。
周囲の多くの人間はその名称にピンとこないようだが、元仲間たちは当然俺が『審禍者』であることを知っている。
この場の全てを決める権限を持った人物のその声に、らしくもなく硬直している。
ここまで忌まれている存在と、知らぬとはいえ一時は仲間であった罪でもろともに断罪されてもおかしくないくらいの威と圧がその声には含まれているからだ。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いではなく、腐った蜜柑に触れて腐りやすくなった個体もまた廃棄するという考え方も、確かに間違ってはいないのだ。
他の大多数を腐敗から護るためという視点に立てば。
自分が廃棄される側に立たない限り、大多数側の者たちは消極的賛意を以てその行為を黙認するのが社会というものでもある。
「だってそれは、冒険者ギルドがそうだって……」
「『審禍者』とは異教者の中でも最も罪深い存在。我ら聖シーズ教は神敵の存在を赦しなどしない」
俺が望んで『審禍者』なったわけではない。
その弱々しい能力で、今までになにかをしでかしたわけでも。
だがそんなことは一切合切関係なく、そうであるモノに宿る人格なども尊重するには値しないということらしい。
俺の意思など関係ない。
もしも運命というものがあるのだとしたら、『審禍者』と生まれた俺は発見され次第、世界から排除されるというのがそれなのだろう。
人を滅ぼすかもしれない病気にかかった不運な個体を、全体のために慈悲も容赦もなく速やかに処分する。
それは社会を維持する義務と力を持った立場の者たちにとっては圧倒的に正しい。
「神の剣たる我ら『奇跡認定局』による封印滅殺は絶対である」
さようですか。
さすがにこれはどうにもならない。
諦めたくはないが諦めるしかない。
正しい正しくないではない、今この場で相手の意思ではなく自分の意思を押し通せるだけの力が俺に無いのが悪い。
弱者は強者によって常に踏み躙られるのだ。
弱者救済など、強者のおためごかし、ただの暇つぶしに過ぎない。
決定的な場面で、弱者の意思が尊重されることなどけっしてありはしないのだから。
世界とはそういう風にできている。
不可避の死に吐きそうなくらい怯えていようが、開き直ったふりをして歯を食いしばっていようが、弱いから殺されるという事実はなにひとつ変わらない。
世の獣も、魔物も、もちろん人でさえもその軛からは逃れられない。
だったら見栄でも意地でも、潔く死ぬことだけはしない。
世界の為と受け入れて、自己犠牲の精神とやらで自分を誤魔化すつもりなどない。
――呪ってやる。
力ない自分を。
その力ない自分を、勝手な都合で殺すこの世界の仕組みを。
その仕組みを創り上げたであろう、シーズの神々を。
この世界を。
そして俺自身も、俺の目に視えていたあの黒いナニカになって、この世界にべったりと張り付いてやるのだ。
それで世界がなにも変わらなくとも、せめて。
コトここに至って初めて俺は、俺の目に視えていたあの黒いナニカのことが分かったような気がした。
それを視ることができ、ある程度使役もできる『審禍者』が神の敵とされる理由も。
だがもうすべては遅い。
「拘束術式展開開始」
俺と会話をした唯一の聖シーズ教関係者、間違いなく一番偉い人が厳かに宣言する。
「拘束術式第壱、第弐、第参ともに展開完了――起動!」
それと同時、俺の視界に巨大な立体積層魔法陣が3つ浮かび上がり、複雑な古代文字によって構成された幾重にも重なった球形の魔法陣が各々違う軸を中心に回転を始める。
まがりなりにもS級パーティーで冒険を繰り返してきた俺でも、見たことのないほどの大規模魔法陣の展開である。
それも三つも。
やたらと多くいた聖シーズ教の信徒たちは、これを成すためにこそこの場にいたのだ。
冒険者ギルドサイドの面々から、驚愕と感嘆の声が上がっている。
さもありなんだ。
それこそ魔神でも封印できそうな規模の術式と魔力がこの場に展開されているのだろうから。
それがたかが俺を無力化するために行使されていると思うと、ちょっと笑える。
殺されるのに笑っている場合でもあるまいがしょうがない。
地味よりは派手な方が、殺されるのであってもよろしかろう。
「第壱拘束術式起動確認! 効力発動開始!」
その声と同時に中央の積層魔法陣が俺の両目に叩き込まれる。
「第弐拘束術式起動確認! 効力発動開始!」
次は喉へ。
「第参拘束術式起動確認! 効力発動開始!」
最後は両耳だ。
そして俺は、なにも視えず、なにも話せず、なにも聴こえなくなった。
終わりだ。
だが覚えていろよ。
万が一にでも生き残って力を得たら、今度は俺がお前らを必ず殺してやるからな。
正しさなんざくそくらえだ。
せめて力の天秤が逆に傾けば、自らが同じことをされる覚悟くらいは持って俺を殺すがいい。
……ずっと俺と一緒にいてくれた黒猫だけは天寿を全うしてくれればいいが。
まあアイナもサラも可愛がっていてくれたから、そこは心配ないかな……
◆◇◆◇◆
「視えず。語れず。聴けず。忌むべき『審禍者』の力は、これですべて封印を完了している。あとは速やかに滅殺後、深淵へ投棄するのみ」
空中で磔状態になっている、千年ぶりに現れた忌むべき存在『審禍者』
その両目、喉、両耳に真紅の聖なる封印環が回転を開始しているのを確認しながら、この場にいる聖シーズ教徒の中で一番偉い人――『奇跡認定局』を司るアンジェロ・ラツィンガー枢機卿が最後の指示を出す。
――名は確か「イツキ」といったか。
だがもう、今となっては『審禍者』の人の世での名前など些事に過ぎない。
受肉して即座に対応できなかったのは痛恨のミスだが、なんとか事なきを得たといっていいだろう。
神聖儀式を経て発動した拘束術式を破ることなど、たとえ『審禍者』といえど覚醒していなければできることではないのだから。
その覚醒前に拘束完了できたからには、今回も聖シーズ教の勝利は揺らがない。
あとは依り代となる可能性のある身体を可能な限り破壊して、奈落の底に廃棄してしまえばいい。
今の時代とは比べ物にならないほど濃い『禍』を、千年の太古より封じ続けているのがこの『禍封じの深淵』、その中枢たる『奈落』なのだ。
すべての能力を拘束された上でそこへに落とされれば、自分たちの力で苦も無く無力化できた今代の『審禍者』が、万が一にも復活することなど能わない。
そのはずだ。
「神敵滅殺」
「「「神敵滅殺‼」」」
アンジェロの言葉を復唱し、封印部隊とは別の滅殺部隊による神聖攻撃魔法が無数に発動される。
それらがすべて、空中に磔にされ、その能力を行使するための目と耳と口を封じられた『審禍者』――イツキ・ツチミカドに殺到する。
どんな魔物であっても消し飛ばされるであろうそれらの飽和攻撃を受けて、イツキの身体はズタズタにされ、奈落へ落ち行くだけのはずだった。
だが。
それらすべての攻撃は、高く澄んだ硝子が砕けるような音とともに無効化される。
防御系の魔法陣ではない。
この場にいる誰もが目にしたこともない縦長の短冊のような、だが知るものが見れば『符』だとわかるそれを中心に展開された『八卦図』が魔法を無効化したのだ。
そして黒猫の――『使い魔』の怒りに満ちた咆哮が、ひしりあげるようにしてこの場に響き渡った。
自分なりに追放、報復もののプロットを考えていた物語です。
コロナでお盆の予定がすべて吹っ飛んでしまったのでその時間を有効活用? して一応の着地点まで書けたので、投稿開始いたします。
※着地点までは基本的に毎日投降します。本日は三話まで投稿予定。
のつもりだったのですが……状況次第ではあと数話投稿するかもです。
楽しんででいただけると嬉しいです。
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