第029話 生殺与奪
「さて、これでしばらくは大人しくしていてくれるかな?」
アディの禍に侵されていた告死天使の№Ⅳ、その制御用表示枠を介して聖シーズ教の中枢、『枢軸機構』を完全に掌握した。
らしい。
よって向こうにこちらの映像と声を飛ばし、『枢軸機構』に詰めていた神官たちは全員この眼に捉えた。
あえて問答は一切せず、こちらの言葉だけを一方的に叩きつけたので、聖シーズ教の中枢がどういう反応に出るのか、些か読み切れない。
素直に大人しくなってくれることを期待したいところである。
しかし審神者の力が凄まじいのはもちろんだが、魔力をはるかに凌駕するその力を十全に使いこなすミステルがちょっと有能すぎる。
さすがは初代審神者でもある『聖女』と、八大竜王の一柱『黒竜王』の知識と経験、意志を併せ持つミステルというべきだろう。
禍や魔法、逸失技術や時代錯誤遺物にかかわる事柄について、現代に生まれた以上どんな智者であっても遠く及ぶまい。
なんといっても千年前の当時、現役であった二人? なのだから。
そんなことが可能なら『第四真円』による襲撃を防ぐことはもとより、『神の雷』を撃たせないことも余裕でできただろう。
だがミステル曰く、自分たちが絶対の力と信じていたモノを最もわかりやすいカタチで打ち砕いて見せるのは、相手の心を圧し折るのには最も有効だそうな。
確かにシステム侵入からの完全掌握という手法は、わかっている者には明確な彼我の戦力差を叩きつけることができる反面、派手さは足りない。
玄人好みとでも言おうか。
卑怯な手を使われたから負けた、それさえなければ勝てたのに、という負け犬の遠吠えがそれなりの説得力を以て敗者の中で共有されやすくなるらしい。
それに比べれば圧倒的な力を以て、相手の信奉する力を砕き割るのは確かに派手でわかりやすい。
その上でダメ押しを行う方が、確かに効果的なのかもなとは思う。
手も足も出ない、と相手に思わせるには、丁寧に順を追ってわかりやすく圧し折って行く必要があるのだとさ。正直ちょっと怖い。
『巨大な組織ですから。偉いヒトたちが集まって、責任の所在と今後どうするかの共通認識が整うまでは動きようがないとは思います。ただ――』
たしかに告死天使をすべて無力化、拘束した上で『天の使徒』を破壊、その上『枢軸機構』の機能を事実上乗っ取ったのだ。
それを正しく認識できているかは置くとして、現場のみで判断がつくステージではなくなっているのは確かだ。
結論の出しようもない会議を躍らせて、時間を浪費してくれることは期待できそうか。
ちなみに拘束した告死天使13体はすべて、ミステルが『三角縁神獣鏡』の中に閉じ込めて位相空間に格納した。
なんかいろいろと使い道があるとのことだが、自分の複製、しかも成長バージョンを道具のように使うことに抵抗はないのだろうか。
なさそうだが。
「ただ?」
『絶対的な指導者がいれば、その限りではないかもしれません』
「最悪を想定するなら、その前提での対処も考えておくべきか……」
ハードウェアを無力化したからとて、油断するのは愚か者の所業だろう。
いつだって一番怖いのはソフトウェア、中でも「天才」と呼ばれる指導者だ。
審神者とその使い魔コンビよりも、その天才に統率された人の群れの方が無力だと決まっているわけではないのだ。
『とはいえ『第四真円』に続けて『神の雷』も無力化されたとなれば、表立っては動きようもないでしょう。仕掛けてくるとしたら搦手くらいかな?』
「例えば?」
『狂信者を装った傭兵による無差別攻撃あたりですね。組織としての聖シーズ教の制御を外れた暴徒の暴発という態で』
確かにそれだと、聖シーズ教が俺たちに敵対したと判断しきれない。
とはいえ
「意味ある? それ」
それが俺たちに通用するとはさすがに思うまい。
ではなんのための搦手なのか。
『御主人様と私にその程度の戦力が通じるとは全く思っていないでしょう。目的は迷宮都市ヴァグラムとその周辺一帯の殲滅。さっき私たちを始末するついでにやろうとしていたことの完遂です』
「聖シーズ教がみすみす神敵の復活を赦したことを知る者は生かしておかないって?」
『そんなあたりです。あと疑わしきは処分ですね』
「なるほどね」
すでに一度、聖シーズ教の上層部は迷宮都市ヴァグラムとその一帯を犠牲にすることを良しとしている。
初手では神の敵を倒すためであれば犠牲もやむなしという判断であったのだろうが、事態がこうなれば神権代行者たる聖シーズ教の敗北を目の当たりにした可能性のある者たちを、すべて亡き者にするというパターンもありうるわけか。
告死天使の№Ⅳがそうであったように、ただの生き残りに見えて俺たちがなにを仕込んでいるか知れたものではないという恐怖も確かにあるだろう。
ホント酷いもんだ。
大義のための犠牲というお題目さえ整えば、それが個人であろうが街一つであろうが、辺境領域一帯であろうがそう変わらないものらしい。
たしかに犠牲者側に身を置かない者にとってはそうなのだろう。
報告書に数字として挙がってくるだけの、痛ましい犠牲という情報に過ぎない。
曰く他人事というやつだ。
俺が手を下さなくとも、どちらにせよ迷宮都市ヴァグラムはその住民ごとろくでもない末路しか用意されていないらしい。
そりゃそうか、俺たちが何もしなければ今頃このあたり一帯は焦土と化しているはずだったんだしな。
とはいえ大義名分を得た傭兵たちに略奪と虐殺の限りを尽くされるよりは、『神の雷』による一撃でなにが起こったのかもわからぬままに蒸発していた方がマシだったのかもしれない。
どちらにせよすでに一度滅びを他人に確定された都市だ。
であれば俺たちの役に立ってもらうことに躊躇する必要もないだろう。
そこに傭兵たちも加えられるのであれば、願ってもないと言える。
その惨状を世界に伝える役にも、すでに目星はついているしな。
「まあいいや、とりあえずアディを迎えに行こうか」
『はい』
とりあえずの抵抗は無力化したのだ。
であれば最優先するべきは、肉体を失ったという俺の相棒を迎えに行くことだ。
まず間違いなく、俺とアディを殺したアイツに憑いているのだろうから。
次話第030話 明日8/29投稿予定です。
夏も終わりますが、ちょっとホラーっぽく。
もうすぐ最初の着地点となります。
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