第027話 機械仕掛けの神 上
聖シーズ教の聖都と呼ばれる超城塞都市ラ・シーズ。
逸失技術によって幾重にも築かれた高い城壁がその名に超をつけられる理由であり、その最奥に位置するのが教皇庁である。
教皇庁の特別階層からのみ踏み入ることが可能な地下深くに、市井に生きる民たちにはけして知らされることのない真の聖都『世界の卵』は存在する。
現代の知識・技術では絶対に再現できない完全な地底都市空間。
その真円形の空間の中央、魔力に依らずして浮遊しているこれもまた真円の創造物。
それは聖シーズ教が司る神の奇跡、そのすべてを制御する『枢軸機構』と呼ばれている場所だ。
中央付近に13の表示枠が浮かび、その奥のひときわ巨大な表示枠に『審禍者』とその使い魔の遠隔映像が表示されているここは『枢軸機構』の中央管制室。
それら以外にも大小無数の表示枠が空中に浮かび、それぞれ現在進行している事態を数値化、文字化して情報として取りまとめ、表示している。
「告死天使はすべて健在。ですが拘束から逃れることは不可能です」
情報管制担当神官の一人が、現在ミステルの『鎖』に捕縛されている聖シーズ教の天使型決戦兵器、『告死天使』の状況を上擦った声で報告する。
迷宮都市ヴァグラムの『奈落』から禍が溢れ出し、監視浮島『第三の月』からの緊急入電が途絶えて以降もすべての展開をここでは確認できている。
『大いなる禍』によって展開された禍の渦の向こう側とても、『枢軸機構』からであれば観測可能なのだ。
だからこそ今この場にいる者たちはみな、極度の緊張を隠し切れていない。
『第三の月』の者たち以上に厳選された『枢軸機構』を己が働く場所とする者たちはみな、いつの日かこの事態が起こることを覚悟はしていた。
己の任期中にそれを想定していた者は皆無に等しかろうが、それでもこの事態を「ありえない」と騒ぐような者は誰一人としていない。
だが千年前から聖シーズ教が受け継いできた神罰執行秘匿機関『第四真円』、それを形成する逸失技術の極みである天使型決戦兵器『告死天使』の残存数すべて――№Ⅳを除く№0から№ⅩⅢ。
そのすべてを同時投入しても全く通用せず、そればかりかあっさり無力化、拘束されたとなれば恐怖に囚われるなという方が無理だろう。
神の敵と聞いて心が躍るのは、神の力、その絶対を保証されていればこそ。
それが通じないとなれば、ただただ恐れることしかできはしない。
そもそも最初に確認された審禍者、その使い魔の暴走を抑えるためにここから送り込んだ『№Ⅳ』がどうなったかを知っているだけになお恐ろしい。
第一から第三の拘束術式によって無力化されていた審禍者はもちろん、現地に展開していた聖シーズ教の『奇跡認定局』と冒険者ギルドを蹴散らした使い魔でさえ、単体で苦も無く無力化してのけたのが『告死天使』、その『№Ⅳ』だ。
『枢軸機構』から『№Ⅳ』を制御していたのだ、この場にいる者はみな誰よりもそのことをよく知っている。
だが傷一つ負うことなく帰還した『№Ⅳ』は、すでに廃却処分となっている。
この千年間で『第四真円』が欠けたのは初めてのことだ。
過去に異常湧出した大型唯一魔物であろうが、新興国家による周辺諸国への侵略であろうが、八大竜王の一柱による反旗であろうが、『第四真円』を差し向ければすべてはするりと片付いてきた。
『枢軸機構』の制御を以て放たれる『神殺しの槍』を防ぎ得るモノは存在せず、『神の血』による圧倒的内在魔力量で展開される魔法障壁を貫けるモノもまた存在しなかったのだ。
その一体があっさりと死んだ。殺された。
壊されたという方がより正確かもしれない。
『枢軸機構』の分析能力、その総力を挙げても今なおその原因は不明。
わかっているのは生体兵器である『告死天使』が帰還後グズグズに腐れ果て、その保管培養槽ごと使い物にならなくなったという事実のみだ。
『枢軸機構』から『№Ⅳ』を制御していた専用表示枠もその一切が操作不能に陥っており、無理やり起動しても砂嵐のような画像と、はっきりとは聞き取れない雑音を発するのみとなっている。
聖シーズ教の中枢に位置する者たちとはいえ、現代に生まれた者には逸失技術や時代錯誤遺物を伝承によって操作することはできても、理解することも、ましてや製造、修理することなどできるはずもない。
壊されたらそれまでなのだ。
『№Ⅳ』の廃却処分に続き、『告死天使』シリーズその全数が苦も無く無力化されている現状。
それは今まで無敵と信じていた、己らが神罰の代行者なのだと無邪気に信じることができた根拠が今まさに崩壊しようとしているということだ。
「やむをえまい。『神の雷』の照射を開始する」
この場の最高指揮官らしき者の声にも、そういった焦燥や狼狽が隠し切れず滲んでいる。
今まで一度も起こっていない事態に対して、真に冷静さを以て対処できる者などまずいない。
組織、もしくは魔導兵装の力――いわゆる神の力を己が力だと錯誤している者であればなおのことである。
だが人はそれ以上の切り札を持ってさえいれば、冷静なフリをすることはできる。
少なくともその切り札すら無力化されない限りにおいては。
だからさっさと安心したい。
自分たちの切り札が期待どおり敵に通用し、「『第四真円』など我ら『枢軸機構』が統べる力の中では最弱、聖シーズ教の面汚しよ」と嘯きたいのだ。
「了解。目標の座標確認、入力――固定。『第Ⅷ天の使徒』及び『第Ⅳ天の使徒』所定の位置に移動完了。積層反射鏡盾角度微調整完了。展開準備問題ありません」
「神の欠片の魔力変換問題なし。96、97、98、99――100%。『雷の巣』照射角度調整完了。『第Ⅷ天の使徒』と情報連結完了。続いて『第Ⅳ天の使徒』とも情報連結完了。照射開始準備整いました」
そしてそれはこの場の最高責任者だけではなく、この場にいる者すべてに共通している。
千年前に一度起動され、それ以後封印を解かれることのなかった聖シーズ教における最大戦力。
千年前に亜人族たちを統べた『魔族』の本拠地にして国土、天空に浮かぶ『浮遊大陸』を砕き墜としたと伝えられる神鳴る力の最大顕現。
『神の雷』
その起動命令に誰もがほっとした空気を漂わせ、一秒でも早く神の敵を消し去らんがために最大効率で起動手順を進めてゆく。
神の敵たる『審禍者』の受肉が確認され、数年ぶりの『第四真円』投入が承認された際、必要に応じて『枢軸機構』の全機能を行使する許可はすでに教皇猊下から下りている。
ゆえに『告死天使』さえ苦もなく無力化した神の敵に対して、最大戦力を使用することに躊躇する必要などない。
何事にも後出しで文句をつけてくる勢力に対しては、結果と教皇の威光を以て黙らせればいい。
もっとも教皇猊下とは言うものの未だ11歳になったばかりの少年であり、神の奇跡を管理しているこの場の最高責任者を含む派閥の傀儡に過ぎない。
政治が通じない敵さえ潰せば、あとはどうとでもなる。
極度に世俗的な打算も巡らせながらその一切合切を解決すると、それこそ信仰している力の行使を命令する。
「照射開始!」
「照射開始」
即座に復唱され、速やかに照射開始される『神の雷』
実際はかなりの高速で照射されるエネルギーの塊ではあるが、膨大な距離がその伸長をひどく遅いものに感じさせる。
「予定高度まで15000……9000……1000――『神の雷』、『第Ⅷ天の使徒』に到達、『第Ⅳ天の使徒』へ向けて正常に反射完了。目標到達まで1284000」
「目標は不動」
無数に浮かび、最新の情報を更新させては消える表示枠に囲まれながら、『枢軸機構』は極度に緊張した空気に支配されている。
だが今のところ事は順調に進行しており、あとは着弾を待つのみだ。
文字通り神に祈るようにして、「着弾――目標の消滅を確認」という言葉を発することをできる瞬間をみなが待ち望んでいる。
今からどれだけ目標が高速移動したとしても、『転移』でも使えぬ限り逃れる術はない。
どれだけ高速で移動しようが『天の使徒』の反射角度を調節する方がずっと早い。
照射範囲も聖都そのものほどはあり、外周は結界効果を備え捉えればその効果範囲から逃がすことはない。
そう伝えられている。
照射そのものを阻止されない限り、撃った瞬間にこちらの勝利は確定している。
そのはずだ。
じりじりとした時間が無言のまま流れる。
聞こえるのはわずかな呼吸音と衣擦れの音、あとは表示枠がたてる機械的な音のみ。
だが。
「目標から高エネルギー反応!」
目標の状態を追い続けている表示枠担当者が絶望に染まった声を上げる。
その声とほぼ同時に赤く染まった複数の表示枠が現れ、その発言を裏付けるあらゆる情報を並べ立ててゆく。
誰もが息をのみ、即座に答える声はない。
「射出方向は――――直上! 『第Ⅳ天の使徒』を狙っています!」
次話第028話『機械仕掛けの神 下』
本日21:00前後に投稿予定です。
もうすぐ最初の着地点となります。
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