第025話 神の雷 上
『私の量産型』ってなんですかそれ。
とんでもないパワー・ワードをしれっとぶち込んでくるのやめてほしい。
あー、私を素体として告死天使を完成させたのですね、なるほどーとかミステルが感心しているが一切意味が分からない。
『私で相手して構いませんか?』
「それはいいけど……意思とか魂とか、ミステルと相似のナニカが宿っているんじゃないの? アレには」
『私の量産型』とかいうパワー・ワードが正しくはどういう意味なのかよくわからないが、魔法か技術かしらんけど千年前の私――聖女アイナノアの身体を複製した上で、兵器として使用しているということなのだろうか。
俺の理解で正解ならば、それには本物のアイナノアと似た精神のようなものが宿るような気もするのだが。
『その可能性はないと思います。思えば告死天使って、対御主人様特化戦術兵器だったのですね。だって禍が一切憑いていません』
「ほんとだ」
言われて改めて視れば、確かに13体の告死天使には一切禍が憑いていない。
天使型をしているだけで生き物ではなく機械――兵器なのであれば当然と思っていたが、生物――擬きであったとしても、魂と意志を宿した存在に禍が一切憑かぬことなどありえない。
つまり生命活動はしていても生きてはいない――魂や意志は入っていないのだ。
『その上で弱体化しているとはいえ『神の血』搭載の生体傀儡です。外在魔力は取り込めない、内在魔力も召喚・アクセス系の魔法は使えないとなれば、術者の体内のみで完結する強化系に内在魔力つぎ込んで肉弾戦は確かに最適解の一つですよね』
どうやら『審神者』が領域展開している中でも殺しきれる兵器というのが、告死天使の開発コンセプトらしい。
禍が一切憑いていなければそれを使役して攻撃することも、受肉させることもできない。
ミステルが最適解とか言っているのは、『領域展開』によってこの世界の魔力を基とした理の一切を上書きされた状態でも戦える方法ということだろうか。
これは本当に一度じっくり『魔法』と『審神者』についてきっちり受講する必要があるな、ミステル先生から。
その解説をしつつ今回は『竜殻外装』を位相空間に格納しないままに、俺の眼前に私――聖女アイナノアを素体としたミステルの制御体が光とともに現れる。
十歳前後の少女を先生と呼ぶというのはいかにもアレだが、かといって城みたいなでかさの古代竜に教えを乞う絵面というのもなあ……
『今の御主人様にはまるで通用しませんが、考え方としては審神者の特性をよく理解、ってまあ私が情報提供したわけでなんですけど――逃がすわけないでしょ?』
例によって例の如く怒涛の説明モードに入りながら、再び空間を破砕する音がすると同時に無詠唱で13体の告死天使すべてをミステルは苦も無く拘束する。
魔法発動呪文どころか、武技発動言語すら口にしていないので、今ミステルが発動させた魔法の名称すら俺にはわからない。
だが制御体ミステルの周囲に13顕れた魔法陣と寸分違わぬ同じものがすべての告死天使の足元にも顕れており、そこから実体化した『鎖』が雁字搦めにして捕縛している。
それぞれの背後に展開し始めていた『門』も、不可視の攻撃を受けてすべて消し飛ばされてしまっている。
どういう手段かは知らないが、発動開始した魔法術式を消し飛ばせるのなら、対魔法使い系職戦闘では無敵じゃなかろうか。
間違いなく『魔法殺し』の通り名を与えられることになるだろうが、違和感なく「対人戦闘」を想定する俺の思考もナチュラルに神の敵、公共の敵化してきていて我ながらちょっとどうかと思う。
ちなみに告死天使たちは神胴衣が魔法の鎖に絞られて身体のシルエットがはっきり出る結果を招いている。
全体的なラインはえらく流麗で美しいが、胸部はずいぶんと控えめというかお可愛らしい。
ふむ。
とはいえやはり初撃の『神殺しの槍』が告死天使の最強の攻撃手段であり、それが通じないとなれば即時撤退を図ったということか。
当然ミステルがそれを簡単に許すはずもない。
ただ告死天使が聖シーズ教の最大戦力ではないにしても、切り札の一つであることはこの場面に投入してきたことからもまず間違いあるまい。
だとするとあまりにも彼我の戦力差が大きすぎる気がするな。
俺の実力は我ながら未知数だが、素体が素体だとはいえ使い魔であるミステルにすら一切通用していない。
どうにもちぐはぐなんだよな、コトに対する即応性のわりには、肝心の対策そのものが杜撰に過ぎるというか……
これは本格的に俺やミステルだけではなく、聖シーズ教も前座である可能性が高くなってきたな。
主役の登場を盛り上げるには、強大な悪とそれに蹂躙される力なき正義がお約束だ。
敵が強大で無慈悲、絶対的であればあるほど主役の登場は希われるものなのだから。
どこかで筋書き書いている奴は、主役をこの世に受肉でもさせるつもりかな。
『仮面が制御装置になっているのかな?』
一方でそんなことを言いながら制御体ミステルが右手の人差し指と中指を揃えて立て、手首を返すと一斉に告死天使が付けていた仮面が一斉に弾け飛んだ。
やっぱりかっこいいな、魔法使い。
魔法発動呪文なしで念動系を使用したりするとホント絵になる。
十歳前後にしか見えない制御体ミステルが大人びた悪い表情を浮かべながらであればなおのことだ。
俺もこの見た目に負けない魔神ムーブを早急に身につけないとな。
魔法なんて使い慣れていないから、今すぐやれなどと言われたら間違いなくぼろが出る。
それは避けたい所存である。
砕かれた仮面に隠されていたのは『量産型』の言葉に違わず、みな寸分の違いもない少女の顔だ。
年の頃は十代後半、絶世の美女だと称賛してもまず異論を唱える者はおるまい。
なぜか全員、例外なく目を閉じた状態ではあるが。
今俺の目の前で悪い笑顔を浮かべている十歳前後の制御体ミステルが順調に育てば、まさに告死天使のような容姿に育つのだろうと思わせる。
『やっぱり目は潰しているのね。へー、私って育てばこんな風になるんだ』
なんか物騒な言葉も聞こえた気もするが、千年前から十歳前後で成長が止まっている制御体ミステルにしてみれば、自分が順当に育った場合どうなるかを実際に目にするのはやはり興味深いことらしい。
わりと真剣に観察しているので俺も一緒になってみていたら、急に制御体ミステルが盛大に赤面して慌て始めた。
『違うんです御主人様、あれは違うんです!』
なにが違うというのだろう?
『私はもっと育つはずなのです!!』
あー、それね。そこね。
ああ、うん、はい。
確かに目線はそこへ行っていたかもしれない。
大丈夫だアステル、成長期にどんな環境にあるかで結構変わるとも聞くし、食べるものの影響も大きいだろう。
もしも告死天使通りに育つ運命から逃れられないとしても、世の中には多種多様な需要が存在する。
なあに基があれだけ美人さんに育つんだ、贅沢言っちゃいかん。
何事も完璧よりもどこかに瑕疵、隙があった方がいいとも聞くしな。
俺 は 大 き い 方 が 好 き で す が !
もちろん一瞬で脳裏に浮かんだ文言は、その一切を口に出したりはしない。
フィンとは違う意味で俺は賢者のつもりなので、危うきに自ら突撃するような真似はしない。いたたまれなさすぎて逸らした視線が、言葉よりも雄弁にすべてを語っているとしてもだ。
『うぅう……』
今はほとんどなくて当然だと思う胸のアタリをその細腕で隠すようにしてミステルが嘆いている。
というかそもそもの話として、制御体ミステルって成長するの?
使い魔なのに?
いや確かにアディは子猫から成獣に育っていたから、人が基の制御体ミステルの方は成長するのかもしれないな。
主人である俺が望めば盛れる可能性もあるのかもしれない。
さてそれは真なのか偽なのか。
どっちにせよあればいいのか。
……俺たちって、神の敵としてはちょっと緊張感が足らないよな。
「それはさておき、二の矢が来るよたぶん」
この話題をこれ以上引っ張るのは危険な気がするのも確かだが、俺が言った言葉もその場逃れというわけではない。
通用しなかった戦力を下げようとするということは、全面撤退でなければ二の矢を放つ前準備ということだ。
神敵必滅を是とする聖シーズ教が、一の矢を防がれたからとて神の敵たる審神者とその使い魔を放置するとは思えない。
ちょっとやりすぎかと思うほど、派手に登場もしているのだ。
全世界の力を持った存在が注視しているに違いないこの場において、神罰代行者たる聖シーズ教が破れて終わるわけにはまあいくまい。
告死天使とて巻き込まれれば無事では済まない、奥の手が来るはずだ。
そして撤退を阻まれたとはいえ、役に立たなかった戦力を惜しんで切り札を切らないという選択もまずありえない。
告死天使を切り捨ててでも、必ず仕掛けてくるとみて間違いない。
『そ、そうですよね。でも告死天使がこの程度の戦闘力しかないとしたらあとは……』
さすがのミステル、奥の手に思い当たるモノがあるっぽい。
千年前の聖シーズ教の中枢にいた『聖女』と、今なおどこかで健在なはずの八大竜王、その一柱であった古代竜『黒竜王焔帝』は伊達ではない。
さすがに今回は「知っているのかミステル?」と言おうかと思っていたら、額の『竜眼』がここから遥かに離れた北北西に、膨大な力の発生を捕捉した。
思わず弾かれたようにそっちに視線を向けるが、両目に映るのは壁の如く渦を巻く禍と雷光だけだ。
だが額の『竜眼』はその向こう側にある遥か彼方の地、聖シーズ教の教皇庁が存在する聖都ラ・シーズから天に向かって立ち昇る膨大な光の柱を捉えている。
それは相当な速度なのではあろうが、その極太さとはるか上空まで伸び続けるがゆえにゆっくりと昇って行っているように見える。
これは迷宮都市ヴァグラムとその周辺村落、要は宙まで貫いた禍の渦に囲まれている場所を除けば、大陸の二つの地点に純白と漆黒の力の柱が空まで立ち上がっている情景がどこからでも見えているだろう。
もはや隠しようのない、大異変である。
『まあ『神の雷』しか残ってませんよね。千年前から変わらず容赦ないですね』
「――アレはなに?」
禍の柱を立ち上げた俺が言うのもなんだが、なかなかに派手な一手だ。
『竜眼』が捉えるその光の柱は、こっちの禍の台風ですら規模的には凌駕している。
ここは素直に知恵者に聞くべきだろうと、怒涛の説明も覚悟してミステルに確認する。
『はい、聖シーズ教の最終兵器、神罰顕現機構『神の雷』の発動です。教皇庁が保有している禍に堕していない神の欠片を使用して起動させる、あらゆるものを消滅させる聖なる光ってやつですね』
ホントにとんでもないのを撃ってきた。
次話第026話『神の雷 下』
今晩中に投稿予定です。
もうすぐ最初の着地点となります。
それまでお付き合いいただければ嬉しいです。
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※書きあがっている着地点までは基本的に毎日1話以上投稿します。
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