第023話 終焉の嚆矢
「『奈落』に緊急事態発生! 最終結界の破砕を確認! 禍反応! 地表へ向かってものすごい勢いで禍が上昇してきています‼」
空中に複数浮かんでいる表示枠を確認していた情報管制担当神官、その中でも主任を務める女性が血相を変えて常ならぬ叫び声をあげる。
ここは迷宮都市ヴァグラムのはるか上空、地上の人間の眼では視認できない高高度に浮遊している聖シーズ教所属の魔導浮島。
通称『第三の月』
地表よりも宇宙の方が近い、空の天辺ともいえる場所。
逸失技術の粋である人が制御可能なこの時代に残る唯一の浮島をこの位置に常駐させ、ここから聖シーズ教は千年間もの長い時間、ずっと『大いなる禍』を封じた地、螺旋状大迷宮『禍封じの深淵』を監視し続けてきた。
その千年間で初めての事態がまさに今、始まろうとしている。
『第三の月』に配属される神官たちは代々選ばれし者たちだけだ。
能力はもとよりその家柄や思想などを徹底的に精査され、世界を護る目として相応しいと判断された者しか配属されない。
聖シーズ教が護るべき世界、そこに暮らす大半の人々はもとより、聖シーズ教に属する者であってさえほとんどの者が知らされることのないこの世界の真実――あくまでも聖シーズ教の視点によるものとはいえ――に触れる者となるからには当然のことだ。
よって徒にその数を増やしたいはずもない聖シーズ教上層部の判断によって、月の民――『第三の月』での各担当神官は世襲制が千年の間に前提となっていった。
名誉とそれに応じた重い責任を伴う仕事ではあるが、さりとてそう難しい仕事でもない。
来る日も来る日もいっかな変わることのない『禍封じの深淵』を飽きることなく見つめ続け、その結果を数値化して教皇庁へ送り続けるだけだ。
緊急事態に備えたマニュアルはそれこそ千年前から備えられているが、それが有効活用されたことはこの千年間の記録には一度もない。
昨日まで千年もの長きにわたってなにもなかった。
だから今日も、明日も、明後日以降も変わらずなにもないだろう。
そうしてまた、次の世代へ己が業務を引き継ぐはずだった。
だが今日、そのだろうもはずも、なんの根拠も伴っていなかったことを唐突に思い知らされることになる
「なんだと!?」
当代の『第三の月』統括神官の立場にある者の反応も、絵に描いたようなお約束、無能者のモノになってしまうのはある意味妥当なのだ。
有能者とは持ち前の能力を繰り返される実践とそれによる経験を以て鍛え上げた、鍛造された刀の如き存在。
ゆえにどれだけ基礎的な能力に恵まれていようが、実戦証明済みではない、つまりは新兵でしかない者の多くは初戦から有能にはなり得ない。
千年に渡って一度たりとも起こらなかった事態に、即応できる人材など初めから存在しないのだ。
「信じられない……もう地上に到達します!」
『第三の月』に備え付けられた各種観測機器によって、『奈落』のそのとんでもない深度は把握できている。
星のほぼ中枢付近まで達しているありえない深度とその広さを埋め尽くすほどに禍が満ちているとは想定していなかった。
千年前『奈落』の底に封じた時のままその位置に『器』はあり、『縛鎖』が引き千切られたとしてもそこから地上に達するまでは相当の時間を要するはずだったのだ。
「こ、これは……」
だがそうはならなかった。
今では死霊系の魔物が湧出する、どちらかと言えば魔法職向けの高難易度迷宮として知られている螺旋状大迷宮『禍封じの深淵』、その天井部分が無数の雷光によって突き破られる。
聖シーズ教と冒険者ギルドの取り決めにより、迷宮の天井に当たる部分を中心とした一帯は空白地帯とする決まりになってはいるが、そんなものは千年の間にとっくに風化し、形骸化してしまっていた。
巨大な建造物こそないものの、迷宮攻略に関わる商売をする巨大な市場として機能していたその広大な天井部分は冗談のように崩落し、足元にあった『奈落』へと落下してゆく。
いや雷光に続いて間欠泉のように吹き上がった膨大な禍が、それらすべてを呑み込んで巨大な漆黒の柱の如く屹立する。
なぜか人の眼にも見えるようになっている禍は蛇にも見える無数の龍が絡まるような輪郭をしており、それらすべてが雷光を纏って天空へと駆け昇る。
それは曇天としていた雲を突き破り、吸い込むようにしてすべて消滅させた。
そのまま轟音と共に宙へと昇り続け空の天辺にぶち当たり、まるで台風が発生する時の如く渦を巻きながら広がり始める。
「教皇庁へ緊急連絡! 螺旋状迷宮『禍封じの深淵』崩壊! 千年間封じていた『大いなる禍』が実体化した上で地上に溢れた!」
数瞬の呆然。
だが我に返った統括神官が怒鳴り声を上げ、通信担当神官が慌ててその指示に従い、教皇庁へとその文言と共に現在観測されているすべての情報の送信を開始する。
これだけの規模だ、教皇庁のみならず近圏のあらゆる場所からこの禍の柱は観測されているだろう。
だが最も近くで、最も正確な情報を掌握することができるのは神の眼の名を授けられている『第三の月』であることは間違いない。
天と地を繋ぐ、文字通り巨大な竜巻となった禍はその太さを加速度的に増大させ、迷宮都市ヴァグラムを呑み込んだ。
『第三の月』もみなが正気に返ってからは全力で退避を開始しているが、その速度よりも竜巻の拡大の方がはるかにはやい。
遠からず禍の竜巻にのみ込まれるのはもはや避け得ない。
であれば世界を護る者の端くれとして、その責務を最後の瞬間まで果たすのみだ。
平和に慣れ、即応できなかった無能者の誹りは甘んじて受ける。
だが聖シーズ教の、世界を護る者としての矜持まで失ったつもりはない。
誰も転移装置で逃げることを良しとせず、逃れえない死そのものの観測を継続する。
「禍の量が膨大過ぎて迷宮都市ヴァグラムが確認できない。黒に染まっている! 繰り返す、禍の量が膨大過ぎて迷宮都市ヴァグラムが確認できない! 全部、全部禍だ!」
数字的な情報はすべて自動転送が開始されている。
捉えられる映像もすべて、遠からず教皇庁へ届くはずだ。
であれば今己のなすべきは、それを現地で見た人間の見解をできるだけ予断を挟まずに報告することだと思い定め、統括神官は声を上げ続ける。
「噴出した禍は雷光を伴って当浮島監視塔の高度を越え、成層圏まで到達している。膨大な量だ! このままでは星が禍で埋め尽くされるぞ!」
数的情報や映像が教皇庁へと届くにはタイムラグが発生する。
だが音声情報はリアルタイムで届く。
声だけの情報でも、一瞬でも早く判断を下す立場にある者へ届けることは重要なのだ。
だがそこまで伝えた時点で、高速で拡大化する禍の竜巻に『第三の月』も呑み込まれる。
『第三の月』から発信されていたすべての情報は、その時点で途絶えた。
◇◆◇◆◇
「さてどう出る?」
ヴァグラムの街を一望できる高度にミステルとともに浮かぶイツキが呟く。
地上へと吹き上がり、竜巻と化して迷宮都市ヴァグラムを呑み込んだ禍の渦、その中心は意外なことに禍に埋め尽くされてはおらず、台風の目のようになっている。
ヴァグラムの住人たちから見れば、台風の目を囲むアイウォールと呼ばれる積乱雲の壁の如く、周囲を天まで貫く禍の壁が囲んでいるような状態。
雷光を走らせるそれらに囲まれたこの状況は、まさに地獄が現出したような光景である。
当然そうしたのはミステルの提案を受け入れたイツキの判断。
『高高度に浮島を捕捉。砕きますか?』
「いやいい。これから俺たちがなにをするのか、しっかり観測してもらおう」
イツキをその巨大な突き出た胸部装甲の上にのせているミステルが問うが、イツキは捨て置けととの指示。
わざわざ外連味たっぷりの演出をしてまで魔神降臨を気取ったのだ、きっちり報告してもらわねば立つ瀬がない。
『どうなさる?』
「なにもしかけて来なければ領域展開してヴァグラムの住人に憑いている禍をすべて実体化でもしようか。どうあれ神の敵が顕現したということを明確に示す必要が……」
そこまでイツキが語った時点で、浮かぶ城の如きミステルの巨躯を囲むように13の地点で光と共に空間が破砕される。
アディの肉体を砕いた『第四真円』が現れた時と同じく、何者かが正確にイツキとミステルの位置を捕捉し、そこへ転移してこようとしているのだ。
『転移魔法反応確認。数は13……来ましたな』
「じゃあミステルの実力を見せてもらおうかな」
『望むところです』
神の敵たるイツキとミステルvs神罰代行者。
終焉の嚆矢を告げる最初の戦いが、今まさに始まろうとしている。
寝てしまってました、すみません。
次話→『第四真円』と戦闘
その次→『奇跡認定局』の枢機卿と決着
その次→元仲間と再会、決着。アディと再会
その次→最初の着地点
来週中には着地点まで到達できそうです。
それまでお付き合いいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。
※書きあがっている着地点までは基本的に毎日1話以上投稿します。
続きも書き始めようかな……
楽しんででいただけると嬉しいです。
【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】
ほんの少しでもこの物語を
・面白かった
・続きが気になる
と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひともお願い致します。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をスマホの方はタップ、PCの方はクリックしていただければ可能です。
よろしくお願いいたします。
書き貯めて投稿開始した本作ですが、面白いと思っていただければ最初の着地点を越えて続けていきたいと思っております。なにとぞ応援よろしくお願いします。




