第022話 魔神③
『では』
俺の言葉をこれも命令と取ったか、ミステルが即応する。
その短い応答と共にその巨躯すべてに魔力線が走り、頭部の真下、前に突き出たような胸部から強い光が発せられた。
広大な空間を埋め尽くすようにして存在していたミステルの巨躯はブロックごとに折り畳まれるようにして位相空間へ格納されてゆき、残ったのは胸部から発された強い光、その中心にある球状障壁のみとなる。
無数の魔力線と微細な古代魔力文字列が平衡に走るその球状障壁が繭が解かれるようにして開き、中から少女としか見えない存在が現れた。
10歳前後としか見えない褐色の肌をした小柄な少女。
輝くような見事な金髪と、幼いながらも恐ろしく整ったその顔、夢見るように開かれた大きめの灼眼は涙に潤んだようになっている。
――いや時代によって美醜が変わるって嘘やん。千年前の聖女アイナノアめっちゃ美人さんやん。
褐色の肌が艶めかしく、つやつやな唇が色っぽい。
少女でもこんな色気が出せるものなんだな、いや身体こそ十歳前後でも中身は千歳ともいえるのか? うんこれは思っても口に出すのは絶対によしておこう。
「あー、そういう……」
いまのムーブを見る限り、精神は混ざり合ってしまってはいても依代とした『器』と『縛鎖』はそれぞれ別々に再生し、制御核と外装に見立てているらしい。
妙に機械っぽい竜躰の感じはそのためだったか。
そういえば怒涛の説明の中で、そんなことを言っていたような気もするな。
ということは『竜殻外装』ともいえるアレ、もしかしたら俺も纏えるんだろうか?
通常時は自律行動してくれて、纏ったときには俺の意志で動き、武装や魔法の管制を私がやってくれれば理想的だ。
それはいいな、そういうのはすごく好きだ。
それならいっそ俺本体は弱いままの方がよかったまである。
いやそうじゃない。
「って服着ろ、服!」
俺にはこれだけ創り込んだ衣装と装備を用意しておきながら、自身は全裸ってどういう了見だ。
服は『竜殻外装』ですってか、やかましいわ。
この状態のミステルを連れ歩こうものなら、速攻で官憲がすっ飛んでくること間違いなしだ。
結果俺は神の敵、世界の敵、公共の敵よりも悍ましい名で呼ばれることになるだろう。
やめて。
『し、失礼致しました』
この形態になるとほぼ『聖女アイナノア』の意識が表層化するらしく、俺の言葉にひどく恥じらった表情を浮かべて一瞬で衣装を創り出してその身に纏う。
今俺が着せられているものと基本的には同じ意匠で、ごてごてとした装飾をすべて取り除いたバージョンとでもいおうか。
真紅であしらわれた古代魔導文字や文様を除けばボディ・ペイントのようにしか見えないほどぴったりとしており、それはそれで目のやり場に困る。
ミステル本人もどこか恥ずかしそうにしているくせにそこはそれ、間違いなく俺のモノと合わせたのであろうその意匠はそれでも譲れないモノらしい。
己が羞恥よりこだわりを優先するとは、なかなかに兵である。
「ま、まあ地上に出るまでは竜殻外装形態でいいんじゃないか?」
『御意』
でかすぎるという懸念よりも、これより神の、世界の敵となるべき俺が美少女を伴って封印から飛び出してくるのは少々絵にならない。
ここはよりらしく行けるであろう、『竜殻外装形態』で行くことにしよう。
おお、位相空間とやらから現出する様子もカッコいいな。
「で、俺らが外に出たらどうなると思うミステルは?」
さてふざけるのもこのあたりに、そろそろやるべきことをやりに地上へ帰還せねばな。
まずは今ここにいないアディを迎えに行かねばならないし。
『最終の封印結界を砕いた段階で確実に捕捉されましょう。審神者に成りきれなかった者を今も確保しておるでしょうし、万が一に対する最大限の備えはしておりましょう』
「道理だな」
なにかわりと物騒な言葉が混ざった気もするが、聖シーズ教が『大いなる禍』が封じられており、禍に関わるモノすべてを先刻の俺のように放り込んでいるであろうこの地を監視していないわけがない。
地上へ出る、というよりも最後の封印結界を砕いた時点で即捕捉されるのは当然だ。
聖女アイナノアが千年かけた張った無数の封印結界、その一枚一枚が強力すぎて最後の一枚が砕かれるまで『奈落』の中で何が起こっているか把握できないのは、聖シーズ教にとっては痛し痒しだろうな。
『千年前と変わらねば高高度に浮島を配して監視しておるかと。地上に出ると同時に我か主殿が一撃で叩き墜とせばしばらくの時間は稼げましょうが……』
「どちらにせよ捕捉されるのは、文字通り時間の問題か」
いやあの、『竜殻外装形態』のミステルはともかく、俺にも当然のようにその程度はできるという前提で話を進めるのはやめてくれないか。
性能的には充分に可能であろうことは理解したが、まだ使いこなせる自信など欠片もないぞ?
とはいえ監視が一か所なはずもないし、直近の監視からの発信、連絡が途絶えれば遠からず事は露見する。
遅かれ早かれどちらにせよ一当てせねばならないことが変わらないのであれば、要らん小細工はする意味もない、か。
「ところでミステルはどこまでできる?」
『どこまで、とは?』
純粋な戦闘能力を問う。
神に、世界に喧嘩を売って、どこまでのことができる力なのか。
「どこまでなら壊せる?」
『この星を砕くこと程度であればすぐにでも』
「星?」
『この天地全て悉くを含んだ、世界そのものを星と呼びます』
「へー」
星、星ね。
あの夜空に浮かぶ星と同じく、俺たちのこの世界も星の一つというわけか。
月もそうだってことなのかな?
このあたりの現代をはるかに超越しているであろう知識も、落ち着いたら一度ご教授願いたいものだ。
世界の謎とされているものをすべて詳らかにすることはさすがに不可能でも、少なくとも今の俺よりも世界を俯瞰するために必要な情報が増えるのは間違いないのだろうから。
世界の敵としては、最低限の知識、教養を身につけるべきだろう。
悪の美学などクソ喰らえだが。
とにかくミステルがそこまでできるのであれば、都合がいい。
それならばいくらでも神の敵らしく立ち回ることが可能だ。
よし。
「で、聖シーズ教はミステルのその力を把握できているんだよな?」
『千年の間に逸失していなければおそらく』
「じゃあ派手に行こう。自分たちが千年の彼方に封じた力が、ミステルとして蘇ったことを誤解の余地がないぐらい明確に見せつけるとしようか」
『よいのですか? いきなり最終決戦になることもあり得ますが』
確かにその可能性もある。
それで確実に勝てる保証がないことも事実だ。
だが――
「おそらくそうはならないよ。聖シーズ教がミステルの力を正しく認識できていようがいなかろうが、どちらにせよどうとでもできる程度の戦力しか投入してこない。あるいはこちらの出方を見るためにここを見捨てる可能性すらある」
『そういうものですか』
「星を砕くミステルでも勝てない相手が仮に存在したとして、もしも初手からそれを投入してこられたら最悪星を砕いてしまえばいい。極悪非道と言われようがなんと言われようが、先に力以てこっちを殺そうとしているのは聖シーズ教だ。勝てないならばせめて道連れだよ。たとえ星を砕かれても生存できる存在だったとしても、統べる対象がなくなることをそう簡単に良しとはするまいさ」
一度一方的に、理不尽に殺されてみれば嫌でも理解できるだろう。
他者――「みんなのため」などという言葉がいかに空虚なものなのか。
今の俺にとって、大切なものはたった三つ。
自分と、アディと、ミステルだけだ。
それ以外の命だの、世界だの、罪もないなにも知らぬ人々だの、そんなものは己の大切を優先するためにはどうなろうと知ったことではない。
順番だ。
まず自分と自分の大切なものの安全が保障されてから、他者の権利も尊重しよう。
他者は俺と俺の大切なものを尊重などしてくれなかったのだから。
あとで話に聞いて「かわいそう」などと涙されても、そのかわいそうな当事者にとってはクソの役にも立ちはしない。
それに千年前の『大いなる禍』――ミステルも、今回の俺も、共に聖シーズ教はただ滅するのではなく、この地に封印することを大前提としている。
つまり暴走され、世界を壊されることを少なくとも聖シーズ教はきちんと恐れている。
であればそれをこちらの鬼札にしない手はない。
『なるほど。ではこういうのはいかがか?』
俺の理屈をきちんと理解し、それを大前提とした提案をミステルがしてくれる。
この辺りはただの人である俺よりも、よほど優れた叡智を持つ元古代竜と聖女様の方が頼りになる。
――いいなそれ。それで行こうか。
聖シーズ教よ。
冒険者ギルドよ。
世界よ。
――神よ。
お前たちが一方的に神の敵として殺し、封じた者が、これからわりと派手に帰還するぞ。
ご期待通り神に仇なす『魔神』とその『使い魔』として。
「征こうか、ミステル」
『はい』
千年間この地に『大いなる禍』を封じ続けた最後の封印結界とともに、螺旋状大迷宮『禍封じの深淵』の天井部までをまとめてミステルの大咆哮が消し飛ばす。
はは、派手ないい嚆矢だ。
聖シーズ教曰く世界の終焉が、まさに今始まったのだ。
次話第023話は今晩のうちに投稿予定です。
さーて、中二病コンビ(トリオ?)による反撃開始です。
世界の破壊も辞さずに好きに暴れます。
できれば着地点までお付き合いいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。
※書きあがっている着地点までは基本的に毎日1話以上投稿します。
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