第021話 魔神②
「――わかった。ものすごく強化してくれたことはよくわかった」
本当はよくわかっていない。
わかってたまるものか。
古代竜と聖女様にしかわからない専門用語を立て板に水とばかりに高速で並べ立てられても、ついさっきまでただの冒険者の端くれでしかなかった俺にはおそらく一割も理解できてはいないだろう。
大変遺憾である。
とはいえ『究極』とか『必殺』とか『覚醒』とかの文言が、まさか己の身体を説明する中に登場するとはさすがに想定外が過ぎる。
ざっくり言えばどうも雷光を纏って空を駆け、竜息吹を吐くくらいのことは単体でもできてしまうのが今の俺らしい。
見た目も含めてマジ魔神。
よし、言葉を選べ俺。
口は禍の元。
下手を打つと再び超早口でおかしなことを口走る古代竜という、世にも奇妙な存在を目と耳にするハメになる。
どうにもアディに続いて我が第二の使い魔となったミステルは、本当に審神者である俺に絶対服従しているらしい。
心なしか我の方の言葉遣いも若干丁寧になっている気もするし。
とどまるところがみえなかった説明にかぶせるようにして「わかった」と俺が言ったとたん、言葉の洪水もぴたりと止まったわけだしな。
つまり先の怒涛の本音の濁流も、俺が質問という形でそれを口にすることを命じた結果ということだろう。
あれがミステルの本音であることは置くとしても、普通はもうちょっと隠すというか、建前を述べるのが普通だろうし。
事実、俺の目の前に浮かぶ巨大なミステルは今、曰く言い難い雰囲気を醸し出している。
本音を怒涛の勢いで主に告げることが本意でなかったとすれば、ミステルにとってもとんだ罰ゲームだったということか。
いやしかし神話として謳われる伝承どおりといえばどおりなのだ。
古代竜と聖女様が基となってくれていたからこそ、こうして意思疎通も可能になっているわけだし、千年もの間に少し――かなりおかしなことになっていたとしても、そこを責めるべきではないのだろう。
ミステルになってくれていなければ、今頃俺も『大いなる禍』の一部と化して、永遠に続く癖に実際は一矢も報いることもできない呪詛を呟き続けるハメになっていたのだと思うと心底ぞっとする。
呪詛の対象が消え去ってしまっても呪い続けることしかできないなんて、本気で冗談じゃない。
少々――いや大幅な改造が施されたとはいえ、俺の身体を再生してくれたことには変わりがないのだから、ここは文句ではなくて感謝を伝えるべきだ。
親しき中にも礼儀あり。
主従関係とは一方的な搾取ではなく、御恩と奉公であるべきだ。
「ありがとう、ミステル」
『使い魔として当然のことをしたまで。主殿に礼を言われるほどのことではない』
うん、嫌味を言ったつもりはないが、ミステルの方でもまったくそう受け取ってはいない。
どこか誇らしげですらある。でかい図体でふんぞり返んな。
つまりは今の俺の姿は、本気で心の底からミステルにとって「理想の主」なのだということが確定した。
いやそうだろうとは思っていた、使い魔は審神者に嘘などつけないっぽいし。
うわぁ。
正直うわぁである。
うっかりしたことを言おうものなら『主殿MkⅡ』だの、『御主人様typeΣ』とかにバージョンアップされかねない。
本気で気を付けよう。
あと冷静ぶっているが、ミステルの長大な尻尾がぶんぶん振られている。
犬か。
感情隠せてないぞミステル。
でも結構、可愛いなコイツ
いや可愛い奴の尻尾は巨大な『奈落』の壁面にぴたんぴたん当たって轟音を発したりはしない。
それは可愛いとはちょっと違う。ちょっと落ち着け。
「でもどうして顔はそのままにしたんだ?」
『どうして? とは』
俺が呆れているのを察知してしゅんとしたミステルに、根本的な疑問を投げかける。
だがミステルはその質問の意味が、いまいちピンと来ていない御様子。
「いやここまで拘るなら、ミステルなりの好みというか、いくらでもカッコいい顔にもできただろ?」
正直、俺の顔以外は全く原形をとどめていない。
その顔とても頭には巨大な捻じくれた山羊角が生え、額には第三の眼()が開眼している状況である。
身体たるや生まれた瞬間から一生かけて鍛え上げてきたように引き締まっているくせに細身という夢バディだし、身につけている装備はどれをとってもとんでもない代物なのではあろうが、正直意匠がちょっとアレだ。
いや俺だって超絶美形の主役系キャラが身につけていたら無責任に「かっけー」とかいうかもしれん。
だが自分が身につけているとなればなんとういかこう、曰く言い難いクルものがあるのだ。
せめてこの方向性のままでいいから、仮面とか用意してもらえないものだろうか。
古代文字とか刻まれている仮面、結構好きなんだけどな子供の頃から。
ともかくここまで魔改造するのであれば、いっそ元の俺の片鱗など一切なくなるくらいに徹底してくれてもよかったのにと素直に思ったのだ。
『主殿は異なことを申されるな? 我と出逢い、我を『ミステル』にしてくれたのは主殿だ。その我にとって好みであるとかカッコいいであるとか申されても、それは主殿にしかならんのだが』
意外な答えを返された。
それはあれか。
惚れた弱みとか、好きになってしまったらその相手の顔が最上位になってしまうとかいうあれか。違うか。
卵が先か鶏が先かみたいな話だが。
「顔以外は全面改訂しておいてよく言うよ」
なんとなく照れ臭いのでちょっと文句っぽくなってしまった。
『顔の美醜など、時代によって大きく変わるモノです。そしてそれを決めるのはいつの時代も力です。もしも御主人様が世界を壊すのではなく支配されるのであれば、男性の基準は御主人様となり、女性の基準は御主人様が好まれる容姿となりますよ』
この手の話題では聖女の方が表面化しやすいらしく、私の口調でそう言われた。
そういうものか。
いや確かにそういうものかもしれないな。
神話時代の勇者や英雄の彫像やレリーフが現代から見ればちょっとアレなのは、その時代に強かった者の姿がそのまま残されているからなのかもしれない。
そうなると我の姿のミステルさんはちょっと鎧っぽいけどいいとして、私の方のミステルさんは今の時代とは少し乖離した美しさであった可能性もあるのか。
うん夢がないな、やめようこの考察は。
「まあいいや。というかでかいよミステル。そのまま一緒に地上に戻るの?」
そうなのだ。
とにかくミステルはとんでもなくでかい。
冒険者時代に何度か地龍や雷龍とまみえたことはあるが、純粋な竜種、しかも古代種を我が目+1で見たのはさすがに初めてだ。
確かに神話などでは空に浮かぶ城のようだとか、島一つが天を駆けるようだとか表現されてはいるが、まさかそれが真実を記しているとは思わなかった。
額の『竜眼』がなければ端まで見えないくらい広大化している『奈落』のおそらくは最下層部近くであるにも拘らず、降った尾が左右の壁面にびたんびたん当たるほどなのだ。
普通の視界で捕らえられるのは、俺に与えたために左の角と竜眼が失われた巨大な頭部のみ。
これもまた『竜眼』の能力の一つなのか、『奈落』とその中心に浮遊するミステルを俯瞰するように自然に把握できているのもちょっとまだ慣れない。
その第三の視点で捉えているミステルの姿は、確かに竜ではあるのだがどこか機械的というか、バカでかい鎧のように見えなくもない。
古代竜とはみなこんな感じなのだろうか。
とにかくこのまま俺と一緒に地上へ飛び出せば、そのまま聖シーズ教の最大戦力との最終決戦に流れ込みそうな威容を誇っている。
まあそれでも別にいいのだが、まずはアディを迎えに行きたいしな。
小型化とかできるのであれば、してもらいたい所存である。
遅くなりました!
夕方までに続きの第022話『魔神③』を投稿予定です。『魔神』は③でラストです。
夜のうちに第023話も投稿予定です。
この週末のうちに着地点まで行くのはちょっときつそうですが、来週中には辿り着きけそうです。
そこまでお付き合いいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。
※書きあがっている着地点までは基本的に毎日1話以上投稿します。
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