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第019話 神敵受肉 下

「なるほど。で、どうすればいい?」


『……軽いな。神話に言う悪魔、魔王――神の敵が現世に生れ落ちるのだぞ?』


 確かに神話ではそう謳われている。


 神々に滅ぼされた悪魔や魔神の成れの果てである(マガツ)が、人などを依り代として受肉しこの世を蹂躙せんと最誕するのだと。


 だがその神話の基であろう『大いなる(わざわい)』のその言をイツキは笑い飛ばす。


「なにをいまさら、だ。すでに俺もお前も神敵認定を喰らっている。受肉しようがしまいが今更その扱いが変わることなど無かろうよ。それとも『大いなる(わざわい)』とまで呼ばれながら、現実にはなんの影響も与えられない、いるもいないも変わらぬ存在のままでいたいのか?」


 人の、神の愛し子の一人であったイツキは今日死んだのだ。

 いや、聖シーズ教という現世における神の意志代行機関によって殺された。


 どうあれすでにイツキは神の、世界の敵だ。


 であればどんな邪悪な力であれ、無いよりはあるにこしたことは無い。

 そんなことはわざわざ言うまでもない、当たり前のコトに過ぎない。

 

 神に好き勝手されたまま、己を終わりたくないのであれば。


『返す言葉もない。『領域』においては御身の言葉は神の言葉。一言受肉せよと仰せられよ』


 イツキの冷え切った思考を受けて、『大いなる(わざわい)』は己が未練を恥じる。


 確かに千年前、『黒竜王焔帝こくりゅうおうえんてい』と『聖女アイナノア』は、今や自身もその一部である『大いなる(わざわい)』を受肉させぬためにこそその身を挺した。

 それこそが自分たちの愛した世界を救い得る、たった一つの冴えたやり方だと信じて。


 だが結果はこの有様だ。

 世界がどうの、神様がどうのなど、千年の孤独の前にはクソほどの価値もなかった。

 もう一度己が黙ってあの地獄に戻ることが神の望みだというのであれば、全身全霊を以て神とてこの奈落の底に叩き伏せてくれる。


 十分の一の時間でもいい、()()を味わってなお他者にそれを強いることができるものならして見せればいい。


 己には無理だ。

 誰かにアレを強いるくらいなら、己ごと無に帰す方が救いだともう知っている。


 だからこそ、神に負けて死ぬならそれもよし。

 死して無に帰すことなど、永遠どころか百年の孤独と比べても生温い。


 それが審神者(さにわ)の力のおかげでちょっと正気に戻ると、すぐにこのザマだ。

 

 己はもう、余計なことを考えるべきではない。

 己と他人を天秤に乗せて、優先するのは己であるべきだとこの千年で嫌というほど学んだはずだ。


 利己を否定しない。

 そして今の己にとって、利の最大は二度と再びあの孤独の地獄に戻されぬようにすることだ。


 それを最優先する。

 それ以外はどうでもよい。


 だから己を力として使い潰してくれるであろう、目の前の審神者(さにわ)使い魔(ファミリア)として徹底的に従属する。

 それこそが今の己の利の最たるものなのだ。


 だから告げた、己を絶対服従の下僕(しもべ)と成すその方法を。

 使い魔(ファミリア)になることを赦されなければ、そのままただの意志なき力の増槽とされる可能性があることも覚悟の上で。


「受肉せよ」


 なんの逡巡も躊躇もなく、イツキはそう命じる。


 その思考に満ちた凍る寸前の水のごとき、凍り付いて不動ではなく揺らめく情動を満たした冷ややかさに『大いなる(わざわい)』は震える。


 千年の地獄の中で、本当に犬が属に目覚めてしまっているようだ。

 己を認識できる、認識してくれる絶対者に従属できる歓喜が突き抜ける。


受諾する(アクセプト)


 だがその思いとは関係なく、審神者(さにわ)による命を受けた(マガツ)として、システムに定められた機械的な返答を返す。

 意思が残っていようがいるまいが、審神者(さにわ)による命令(コマンド)(マガツ)が抗うことなどできはしないのだ。


 受肉が開始される。


 ほぼ一瞬で無数の封印決壊を割り砕きながら上昇してきた『奈落(ケルソネソス・コラ)』の深淵までを再び一瞬で降り下り、千年前に骸と化した『黒竜王焔帝こくりゅうおうえんてい』の竜骨と『聖女アイナノア』の人骨を吸収する。


 それを依代として膨大な量の(マガツ)――千年前に世界を覆いつくさんとした『大いなる(わざわい)』が実体化してゆく。


 死者が変じたものにしか出せないてらてらとした(おぞ)ましい滑りも、呪言のごとくつぶやき続けている暗い音も、審神者(さにわ)ならずとも見え、聴こえるようになっている。

 審神者(さにわ)の命によって、本来であれば現世に干渉することが能わぬはずの(マガツ)が顕現し、渦を巻いている。


 『黒竜王焔帝こくりゅうおうえんてい』の竜骨、その中枢にアイナノアの人骨を据え、それを核として膨大な量の(マガツ)が変質し始める。


 千年前にたったひと月も持たず落命し、ものの数年で白骨化したアイナノアの幼い肉体が血管、神経、筋、その他人体を形成するすべての要素を伴って再生されてゆく。

 特に膨大な(マガツ)を費やして再生されたのはその小さな体に流れていた血液、人並外れた内在魔力(インナー)を生成し保持することを可能としていた『神の血(イーコール)

 中空に再生された『神の血(イーコール)』が、元の形を取り戻したアイナノアの小躯に吸収され、その肌に生気をよみがえらせる。

 ただし生前は病的なまでに真っ白であったその肌は褐色に染まり、金色と碧の斑であった美しい瞳は灼眼と化している。

 元のまま再生されたのは、その輝くような黄金の髪だけだ。


 そのアイナノアの幼い全裸の肢体を覆い隠すようにして、八代竜王、天竜八部衆の一柱であった黒竜王の竜躰、その巨躯もすべて再生されてゆく。


 失った漆黒の竜鱗がその巨躯すべてを覆い直し、虚ろな眼窩には竜の膨大な内在魔力(インナー)を生成し制御する『竜眼』が、これもまた灼眼で再生される。

 自然界に満ちる外在魔力(アウター)を吸収し己が魔力とする魔導器官(オルガナ)である『竜角』はもとより竜骨の一部として残っていたが、今はそこに真紅の魔力線が走り始めている。

 骨だけを残した翼は再び竜膜が張られ、力強く広げられる。

 あっという間に長大な尾の先まで完全に再生され、千年前には天空に浮かぶ城の如きと称された威容が再臨した。


 千年前には『大いなる禍』の器でもあったその巨躯は、深く進めば進むほどその空間を広げている『奈落(ケルソネソス・コラ)』を埋め尽くしていた膨大な量の(マガツ)をいったんはその身の内に全て納めて見せた。


 その後アイナノアの声と焔帝の竜声、その双方によって受肉し、再び現世に干渉することが可能になった歓喜の絶叫と咆哮を()()()()()()

 

 竜殻外装ともいえる『黒竜王焔帝こくりゅうおうえんてい』の竜眼からも、それに守られた受肉した『大いなる禍』の中核ともいえるアイナノアの灼眼からも、ともに血涙が流されている。


 それほどの喜びなのだ。

 千年の狂気、その孤独から解放されたという事実は。


 これで主たる審神者に敢えてそうせよと命ぜられでもしない限り、あの地獄に戻ることはなくなった。

 最悪でも使い潰されて消滅するだけだという今の状況が、どれだけ幸せなことかを理解できるのは同じ千年を過ごしたものにしか到底わかるまい。


()が朽ちた竜骨と、()の遺体を依代として受肉完了しました。我が竜言語と私の神聖魔法、その他『大いなる(わざわい)』と化したすべてのモノの能力が行使可能となります』


 だがその意識がどれだけの歓喜に打ち震えていようが、今もシステムに支配されたフローの過程である以上、機械的なやり取りが継続される。


『御身の第二の使い魔(ファミリア)としての名を定めてください』


 受肉させた(マガツ)使い魔(ファミリア)とするには名が必要となる。

 審神者によって定められたその名は真名となり、その存在を使い魔(ファミリア)として拘束、固定する。

 名を与えられねば使い魔(ファミリア)とはならず、ただの受肉した下僕(しもべ)として使い潰されることとなる。


 その果ては己を使い果たしての消滅だ。


「ミステル」


 だがイツキは間髪入れずにヤドリギの意を持つその名を与え、『大いなる(わざわい)』を己が第二の使い魔(ファミリア)と成した。


『我が名はミステル。受諾(アクセプト)固定(フィックス)


 これでもはや『大いなる(わざわい)』ではなく、イツキの第二使い魔(ファミリア)たるミステルとなった。

 ミステルこそを己が真名とし、忌むべき聖シーズ教とそれが崇め奉る神々に勝手に付けられた『大いなる(わざわい)』の名など、二度と再び名乗ることはない。


 受肉とはまた違う、主に名を与えられるという喜びにミステルは感極まっている


『最初の命を下されよ』


 やっとシステムフローの縛りから解放されたミステルが、元々と同じような思考でイツキに(こいねが)う。


 我を、私を使役してくださいと。


 最初の仕事が主の身体の再生など、身に余る光栄といえる。

 それに我にも私にも、それなりに自信のある得意分野でもある。

 不死となるために竜の血肉は常に求められ、『神の血(イーコール)』を宿した聖女の治癒術は死すら覆すと伝説に謳われてもいるのだから。


「俺の身体を治してくれ」


 やっと元の調子に戻ったミステルに対して、どこかほっとした様子を漂わせながらイツキが己の再生を命じる。

 もしも使い魔(ファミリア)となって以降がずっと先のような機械的な対応になるのであれば、なかなかにぞっとしないなと思っていたのだ。


『並行して強化の許可を頂けるか』


「脆弱な身体で申し訳ないな。任せるよ」


 最初のイツキの命令に対して、隠すことなく前のめり気味のミステルの思考に苦笑しながら強化とやらの許可を出す。

 確かに十代の頃のようには動かなくなってきた身体ではあったし、神の、世界の敵として腰痛持ちなどというのも些か情けない。


 ――元は世界を滅ぼすとまで言われた存在であったミステルなら、体の悪いところを一通り直して、なんなら全盛期の肉体年齢に戻すことくらい些事に過ぎないのかもしれないしな。可能なら人として最高の性能にしてもらって一向にかまわんぞ。なんといっても復活した俺は、公共の敵(パブリック・エネミー)№1になるんだからな。


 などとわりと馬鹿なことを考えているイツキである。


『承知。()が『竜角』と『竜眼』を再生に合わせて同化させる。()の『神の血(イーコール)』も同化させます』


「ちょ……」


 だが許可の返事に対してノリノリで帰ってきたミステルの思考は、イツキの馬鹿な考えなど垂直に上をいく、とんでもないものだった。

 イツキの目が視えており受肉したミステルの威容を確認できていれば、安易にそれが言う『強化』に許可を出すことはなかったのかもしれない。


 だが時すでに遅し。

 制止の思考はもはや間に合わない。




 これでイツキは人としての最高性能の身体どころではない。

 もはや人ですらない、半竜半神のまさに魔神とさえいえる躯となって再生することが決定した。

明日は第020話『魔神』を投稿します。


第二の使い魔たる我(古代竜)と私(初代審神者聖女)が考えた理想の御主人様、絶対無敵、究極最強審神者爆誕。

中二病満載でアディにはちょっと引かれるかもしれない。

書き手は書いていてものすごく楽しかったのですが、皆さんも引かないでお付き合いいただけたら嬉しいです。


よろしくお願いします。


※書きあがっている着地点までは基本的に毎日1話以上投稿します。


楽しんででいただけると嬉しいです。


【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】

ほんの少しでもこの物語を


・面白かった

・続きが気になる


と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひともお願い致します。

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よろしくお願いいたします。


書き貯めて投稿開始した本作ですが、面白いと思っていただければ最初の着地点を越えて続けていきたいと思っております。ぜひ応援よろしくお願いします。

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