第017話 邂逅 下
『我は『大いなる禍』と呼ばれたモノ。千年の永きにわたりこの地に封じられしモノ』
ですよね。
それしかないですもんね。
とんでもない大物が来た。
というかブチ切れていて冷静に考えてなかったけど、『審禍者』が禍を統べる権能を持つ存在だというのであれば、確かにこの地に封じられた『大いなる禍』を従えても不思議ではないのか。
そうなると聖シーズ教はなに考えてんだ?
殺すにせよ封印するにせよ、俺を『審禍者』だと断じているのであれば、この地にだけは近づけてはならんだろうに。
俺が審禍者のことをなにも知らないのよりもちょっとマシ程度で、実は聖シーズ教もよくわかっていないのか。
そうでなければ俺の神敵滅殺とやらをこの地で行う道理がない。
少なくとも俺とアディを殺した――いや殺し損ねた聖シーズ教と冒険者ギルドはそうだったはずだ。
聖シーズ教の中枢もそうだと断ずるにはまだ早計だろうけれども。
「禍とはみな、オマエのように意思疎通が可能なのか?」
というか口も耳も使わずにごく自然に意思疎通しているが、当然こんな経験は生まれて初めてだ。
上位階梯魔法に『念話』なるものがあるのは聞いたことはあるが、身近にそれを使いこなせるような大魔導士殿はおられなかったしな。
俺が覚醒した影響なのかもしれないが、禍がこんな普通にコンタクトを取ってくる存在だと言われれば正直ちょっと引く。
地上に戻っても、あの誰にでも憑いている禍が一つ一つ話しかけてくるとなると軽くノイローゼになりそうである。
うっかり声に出して反応した日には、気の毒な人認定を喰らうことになるだろうし。
いやもう、俺にはそういう普通の生活は無理だったか。
最悪世界を滅ぼす魔王となるならば、禍であっても話し相手はいた方がまだいくらかマシなのかもしれないな。
『いや我のみだ。それには深い事情があって……』
よし、『大いなる禍』さんだけが例外らしい。
であればまあ、地上にこっそり戻っても他人には見えない存在から話しかけられ続ける生活に怯えなくても済みそうだ。
「そんなことより、俺はともかくアディも死んでいないといったな!?」
『アディ?』
なんからしからぬ深刻さを醸し出しつつなにかを語りだそうとしたので、今の俺にとって喫緊の話題に話を戻す。
ああ名前は確かに言っていなかったから、急にアディと言われてもわからんか。
だがどこか羨ましそうな気配を発するのかもなぜなのかわからん。
「オマエが使い魔といったのはアディ――俺の相棒のことじゃないのか?」
『ああ、御身の筆頭使い魔の御名がアディ殿というのか。大丈夫だ、審神者の使い魔たるものが肉体を破壊された程度で滅びるわけもない。今ここには居られぬしな』
よし、生きている!
肉体を壊されているとか物騒なことを言っているが、アディがこの世界からいなくなっていないのであればまずは良しとする。
生きているってどういう状態を指して言うんだっけ? という単純な疑問もわくが、アディはどうやらいつの間にか俺の使い魔となっていたらしい。
その立場がそれほど強力なモノとも思えないのだが、それよりも――
「なんでアディには丁寧な物言いになってんだよ?」
『御身の使い魔としては先輩であろうが』
つまり『大いなる禍』さんも、俺の使い魔とやらになりたいということだろうか?
禍であればみな『審禍者』の使い魔になりたいものなのだろうか?
いやそうはいっても、アディは元はただの猫だしなあ……
今も禍を移せること以外は、特段変わったお猫様でもないのだが。
「その主に対して偉そうなのはどうなのよ?」
『ぬ』
「冗談だよ。オマエ――『大いなる禍』のおかげで助かったんだ、こっちが偉そうにする道理はないよ……助かったんだよな?」
『御身に死なれて困るのは我らの方ゆえ、それは間違いなく。ただ……』
「ただ?」
『現在の御身の身体は、取り返しのつかないくらいに壊されておる。具体的に言うと……』
「やめろや」
助かったことには感謝しているが、今自分がどんな状態なのかを客観的に言語化されるのは勘弁願いたい。
どうにも口調からしてとんでもない状態っぽいし、右腕が関節あたりからありませんとか聞きたくない。
『はい』
「なんとかならない? アディ迎えに行くにしてもそんな状態じゃむりだろうし」
こっちが強い言葉を使うといやに素直な返事を返してくる。
通常の口調も無理している感じは特に無いんだが、今の返事なんかは子供みたいだ。
だが動く死体みたいな状態で地上に戻っても、それは助かったとは言い切れないだろう。
なんか今の状態だから痛覚は感じていないだけで、もう少しすれば痛みが復活しますとか冗談じゃないし。
できればなんとかしてほしい所存である。
『命じればよかろう』
「じゃあ頼む」
さすが『大いなる禍』さん、命じれば人体の再生など些事ということか。
お気楽に過ぎる気もするが、そういうことであれば是非とも五体満足、健康な体に戻してほしいものである。
何なら最近きつくなっていた腰痛をはじめとして、悪いところもついでに直してくれるとありがたい。
さすがに十代の身体に戻してもらうことなどは不可能だろうけども。
『いやそうじゃなくてですね……ああ、審神者としての技術的秘訣が逸失されちゃっているんですね。それはそうするよね』
「別人?」
『いや、我である』
まただ。
また困惑した子供のような思考になる。
聞いているこっちとすればまるで別人のようなのだが、本人曰くそうではないとのこと。
よくわからん。
「というかさっきから審神者とか言っているけど、俺は審禍者だよ?」
『は。千年経っても人は相も変わらず言葉遊びが好きよな。どう呼ぼうがその力の本質が変わることなどないものを』
「つまりは呼び方に過ぎないってことか」
『どう呼ぼうとも、御身が我ら禍を統べる王であることに変わりはないゆえに』
「なるほどね。でも具体的にはどうする?」
この際俺が審禍者であろうが審神者であろうがどっちでもいい。
確かに『大いなる禍』の言うとおりだ。
どう呼ばれようが、今更俺が聖シーズ教と冒険者ギルド、つまりは世界を牛耳っている二大組織に神の敵――公共の敵と定められたことは動かないのだから。
それに俺の方でも、己とアディの死を覚悟した瞬間に誓ったことを反故にするつもりなどない。
どうあれ世界から敵と看做されるのであれば、せいぜいらしく振舞ってやるのみだ。
俺とアディが助かったのは神のおかげでも、世界が優しかったからでもない。
その神と世界から俺と同様に、それも千年も前から敵と看做されている『大いなる禍』の力によって俺は今こうしている。
だったらいかにも神の敵と一目でわかる、動死体のような容貌もありなのかもしれない。
だがまあ、聖シーズ教と冒険者ギルドとは徹底的に敵対するとはいえ、世界中の人々を鏖にするつもりはさすがにない。
今のところは、まだ。
――まつろう者には寛容を、まつろわぬ者には死よりも悍ましい末路を。
神が、聖シーズ教がやっていることをそのまま逆の立場でやるだけだ。
そこでモノをいうのは正しい正しくないではなく、どちらが強いかしかない。
神と悪魔の名を分かつモノは、畢竟それのみだ。
神に負けて滅ぶのなら、世界の敵としては充分にらしかろう。
力及ばずそうなったとしても、ただ今日今この時に、無力なイツキ・ツチミカドとして人知れず消されるよりはよっぽどマシだ。
そのためにもできれば、まともな姿には戻れるものなら戻りたい。
神に挑む動死体ってのは絵面的に今一つなんというかこう……斬新ではあろうが。
さすがに悪魔、魔王、魔神らしい姿とまでは高望みしないが。
『吐普加美依身多女』
「なんて?」
馬鹿なことを考えていると、またしても子供のような思考で意味不明の言葉を伝えられた。
聞き返すことくらいはご容赦願いたい。
『トオカミエミタメ。そのまま繰り返してください。さんはい』
「……トオカミエミタメ」
子供のように感じる思考に、まさに子供をあやす様にしてそういわれた。
此処で逆らっても仕方がないので、素直に言われたままを復唱する。
当然その言葉の意味など、なにも理解していない。
意識に浮かんだ音をそのまま口に――いや口にすらできていない、そのまま思考しただけだ。
だがその瞬間。
『奈落』に至る深い縦穴の相当に深い部分、つまりは今俺がいるこの位置に、『審神者』が支配する『領域』が展開された。
明日は『神敵受肉』を投稿予定です。
よろしくお願いします。
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