表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/39

第015話 千年の狂気 下

 最初に狂ったのはアイナノアの意識だ。

 まだ少女に過ぎなかったアイナノアの精神は、死どころか眠ることさえ許されずこの地に止まり続けながら、今は己が一部である呪詛を聴かせ続けられることに一年も持たなかった。


 呪詛を繰り返す多くの(マガツ)たちとともに、「サミシイ」を無限に繰り返し叫び続けることしかしなくなった。

 それがもう言葉の意味もなさない、濁った音の絶叫だけに変り果てるのにも二年かからなかった。


 本来の少女としてのあどけなさも、聖女と呼ばれた高貴さもすべて喪い、血涙を流しながら叫び続けるだけの哀れな(マガツ)

 『審神者(さにわ)』としての経験も、そこから得た知識もなんの役にも立たず、なんの救いももたらさない。


 当然だ。


 ()()はもう『聖女』でも『審神者(さにわ)』でもなく、アイナノアであった意識を持ったままというだけの、ただの(マガツ)に過ぎないのだから。


 黒竜王焔帝こくりゅうおうえんてい()()()()()時点で、すでにアイナノアであったモノはその状態だった。


 黒竜王焔帝こくりゅうおうえんていは四千年を生きた古代竜エンシェント・ドラゴンだったが、それでもアイナノアと同じ状態になるのに百年も持たなかった。

 人など比べ物にならない叡智を備え、実際に悠久の刻を生きる古代竜エンシェント・ドラゴンにしてみれば、多くの人の一生よりも長い百年とはいえそれほどとんでもない時間というわけではない。


 だがそれは、普通に生きていた場合の話だ。


 強大な力を持ち、時に人とも敵対し、同等の存在である他の八大竜王との交流などほとんどなくとも、自然の中で気の向くままに生きていれば千年が万年であろうとも竜の精神は耐えることができる。

 耐えるどころか、微睡にも似た感覚の中で楽しんでその悠久を閲すだろう。


 朝霧の花を愛で、日中には鳥と共に羽ばたき風に遊び、宵に届かぬと知りつつ月を目指して飛翔する。

 元来、竜としての久遠はそんな風に時を刻む。


 だからこそ、そんな美しい世界を終わらせるという『大いなる(わざわい)』を封じるための『器』となり、世界を救うことを選択したはずだった。

 人どもなど、そのついでに助かるというだけに過ぎない。


 だが竜としての権能をすべて喪い、そのくせ竜としての意識だけを残されてはたまったものではない。

 まして常に呪詛の叫びに晒され続けて、正気を保っていられるはずもない。

 数少ない心を通わせ得たと思えた人である幼いアイナノアの狂気もまた、竜にはひどく堪えた。


 神に回帰できない魂は、ここまで歪み苦しまねばならぬものなのかと。

 そしてそれは他の(マガツ)たちも同じだった。


 怒り、哀しみ、憎しみ、妬み、劣情、その他ありとあらゆる負の感情。

 それを抱え、(おぞ)ましい(マガツ)となって永遠に呪詛を吐き散らかし続ける。


 審神者(さにわ)がいなければ、何の影響も与えられぬまま、その対象が消えても自身は消えられないままに、なんに対して呪詛を吐いているのかすらわからなくなってさえも、なお。

 

 (マガツ)を封じなければ世界は終焉(おわり)を迎えると言われた。

 アイナノア以外にも我欲のために(マガツ)を使役する『審神者(さにわ)』が生まれ、増え続ければ世界は壊されると。


 確かにアイナノアが(マガツ)の力を使役した結果は、八大竜王であっても戦慄するだけの破壊をもたらした。

 しかもそれは独自の理に従わなくとも、既存の魔導理論において魔力がわりに(マガツ)を使うだけで桁外れの効果を発揮する。


 確かにこの力を我欲に使うモノがあふれれば、世界は壊されてしまいかねない。


 それに(マガツ)とは人に宿った神の欠片が、生物ゆえの業に澱み腐って、神に回帰できなくなったものだと聞かされた。

 そしてそれは使えば消えてしまうのだと。


 魂の神への回帰が目減りし続ければ、遠からず人は、生物は宿す魂を枯渇させて生まれ来ることすらできなくなる。

 そんな世迷言も、アイナノアによって『根源の神』を見せられれば納得するしかなかった。


 だからこそ封印の話にのったのだ。


 だが(マガツ)の真実を視てしまえば、考えも変わる。

 意志持つ者が神の欠片に囚われ、永遠の苦痛を味わうのが結末だとするのなら、生命など終わってしまった方がよいのではないか。

 神に回帰できた魂も、繰り返しの中いずれこの澱んで腐った忌むべき(マガツ)に堕ち、永遠の呪詛を吐くだけのモノとなり下がるのであれば、星を壊す力にでもなって消えてしまった方がいくらもマシだ。


 そしてそう時を置かず、黒竜王焔帝こくりゅうおうえんていですらもその蔑み、哀れみ、消滅こそが救いだと自身が思ったモノに堕した。


 アイナノアと何も変わらず、孤独の絶望を叫び続けるだけの哀れな竜の成れの果て。

 

 意志――心在る者は、何人たりとも絶対の孤独には耐えられぬのだ。


 もはや人の尊厳も、竜の矜持もありはしない。


 それから千年にも及ぶ狂気の片隅で、元は聖女アイナノアであり、黒竜王焔帝こくりゅうおうえんていでもあり、今は混ざり合って境界もなくなってしまった()()は絶対にかなわぬ、大それた夢を見る。


 この絶対的な『孤独』という狂気を払ってくれるのであれば、それが何者であっても膝を折り、尻尾を振って絶対の忠誠を希うことに躊躇などしないだろうと。


 人並の、竜並みの扱いなどという高望みなどをするものか。


 たまに忘れずに思い出してくれればそれでいい。

 思い出した時だけでいいから、己を視て、己の声を聴いて、己の名を呼んでくれればそれで十分だ。

 もしも触れてくれるというならば、聖女としても竜王としても本来は絶対に赦されぬ、腹を晒して撫でてくださいと乞うだろう。


 それだけのために、世界を滅ぼすことすらも厭わない。


 己に関わってはくれぬ世界など、初めから無いも同じだ。

 そんなものなど、己にかまってくれる(あるじ)と天秤にかけるまでもない。


 この叫びを止めてくれる者がもしも現れたら、その者のために己の全身全霊をかけて付き従うだろう。

 もはや己は、己が使役されることにすら至上の快楽に感じる気狂いなのだから。




 そしてその願いは千年が経過した今日、唐突に叶えられる。


 命じられたのだ。

 (マガツ)であれば抗いようのない、『審神者(さにわ)』によって。

 

 力をよこせ、と。


 抗いようもなくその命に従い、世界中から集められ千年間煮詰められた膨大な(マガツ)、『大いなる(わざわい)』が『奈落(ケルソネソス・コラ)』の底から上昇を開始する。


 落ち来る己が主を、その懐へ迎え入れるために。




 ◆◇◆◇◆




 主に呼ばれ、千年間狂い続けていた()()は急速に意識を覚醒させる。

 孤独の嗚咽を叫び続けるだけでは、主の命に応えることなどできないのだから当然か。


 ()()は少女と竜がないまぜになったモノ。

 千年の孤独に一度徹底的に壊され、必要に際して強制的に正気に戻されたモノ。


 それは双方の特性も記憶も持ちながら、もはやそのどちらでもない存在。


 ()()を今強く支配しているのは、千年の間叶うはずもないと知りながら願い続けた従属の欲求と、再び孤独に叩き墜とされることに対する恐怖だけだ。


『わ、我はどうすればいいの?』


 ゆえに望み続けた主を前にして、ポンコツが極まっている。


 そんなことを問われても、解けて混ざった聖女と古代竜以外の(マガツ)など、己の呪詛と『審神者(さにわ)』に命じられたこと以外に考えることなどできはしない。


 テメーで考えてくださいとすら言えもしない。




 ただ一つ確かなのは、この邂逅によって千年の孤独の狂気は終わったのだ。


 次に始まるのは終焉(おわり)への狂喜。


これにてやっと殴られパート完了、殴り返しパートへ移行します。


強大な力を持ちながらポンコツ化している第二の使い魔は書いていて特に楽しかった部分です。

次話からの温い空気でありながら、敵と看做したモノには容赦ないというギャップというか、気が狂っている感じをうまく出せていればいいのですが。

強大な力を持った存在がホントに自由に生きると、かなり怖いと思うんですよ。


※書きあがっている着地点までは基本的に毎日1話以上投稿します。

 複数投稿をするとしたら、お休みの日を想定しています。


楽しんででいただけると嬉しいです。


【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】

ほんの少しでもこの物語を


・面白かった

・続きが気になる


と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひともお願い致します。

評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップしていただければ可能です。


書き貯めて投稿開始した本作ですが、面白いと思っていただければ最初の着地点を越えて続けていきたいと思っております。ぜひ応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ