表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/39

第014話 千年の狂気 上

 ()()はもう、とうの昔に狂ってしまっていた。


 この地『奈落(ケルソネソス・コラ)』の深淵へと封じられて――自ら願って封じられてから百年も持たなかった。

 

 甘く見ていたのだ。

 真の孤独というものを。


 意志ある者がなにも視えない、なにも話せない、なにも聴こえない真の闇の中に捨て置かれて、狂わずにいられるはずなどなかったのだ。


 本当に甘く見ていた。

 

 寂しい。


 他のあらゆる感情を、()()が塗りつぶす。


 喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも。

 すべて、すべて、すべて、すべて。


 せめて死が赦されているのであれば、すべての救いとなるその日を待ちわびて耐えることもできたかもしれない。

 だがそれを望めぬことを知っているが故に、どこにも逃げ場はない。


 永遠に続く今を耐え続けるしかない。


 その事実を前にしては、元は『聖女』と讃えられた真摯な自己犠牲の精神も、四千年を生きた『古代竜エンシェント・ドラゴン』としての矜持(プライド)も、ただ狂うことしかできなかった。


 死とは最大の祝福である。


 そんなことを強がりでもなんでもなく実感できるのは、まさに生き地獄においてのみ。

 いやその生ですら曖昧なのだ。


 なにも視えない、なにも話せない、なにも聴こえない。

 一切他者と触れ合えない。


 そんな状態は死んでいないというだけで、生きているとはとても言えまい。


 己が何者であったのかはおぼろげに覚えている。


 千年の昔、世界を滅ぼすほどに溢れかえった(マガツ)――『大いなる(わざわい)』をその身に集めるための『器』とされた『古代竜エンシェント・ドラゴン

 四千年の時を生きた天竜八部衆、八大竜王が一柱、『黒竜王焔帝こくりゅうおうえんてい


 その『器』に集められた『大いなる(わざわい)』を縛るための『縛鎖』

 千年の昔に、成立してまだ間もない聖シーズ教において『聖女』と聖別された人の娘アイナノア。

 人類史上、初めて生まれた神の姿を視る者――『審神者(さにわ)


 両者とも誰に強いられたわけでもなく、間違いなく自ら進んで人の世界を終焉(おわり)から救うために我が身を差し出したのだ。

 

 それが命と引き換えだったのであれば、どれだけよかっただろうと今ならば思える。

 いや命と引き換えだと、あの時は両者ともに思っていたのだ。


 人であるアイナノアはもちろん、古代竜エンシェント・ドラゴンである『黒竜王焔帝こくりゅうおうえんてい』であっても、『奈落』の底に封じられて生き永らえる術などない。


 水も食料もない状況である以上、アイナノアは一月も持たない。

 『黒竜王焔帝こくりゅうおうえんてい』とても、外側から幾重にもかけられる封印によって外在魔力の吸収もできぬとなれば、莫大な内在魔力を消費して(ながら)えてもせいぜい数年といったところだ。

 

 それで終わるはずだった。


 事実、飢えと渇きで死ぬ瞬間まで、アイナノアは己の『審神者(さにわ)』としての権能で『大いなる(わざわい)』にこの地に止まることを命じ続け、その力を以て自らを封じ込める結界を幾重にも張り続けた。


「先に逝きますね、焔帝(えんてい)


 と言って事切れた際には、その痩せこけた幼い顔に穏やかな微笑みを浮かべていたほどだ。


 その七年後に膨大な内在魔力も尽き、竜骨だけを残してぼろぼろと竜躰が崩れ始めた『黒竜王焔帝こくりゅうおうえんてい』も、壊すことしかできなかった己が世界を救ったのだという自己満足に包まれてその長い生を終えた。


 はずだった。


 だが。


 黒竜王焔帝こくりゅうおうえんていであった魂は、己が生前『器』となっていた膨大な(マガツ)に呑み込まれた。

 そこには七年前にすでに呑み込まれていた、元はアイナノアであったモノも在った。


 アイナノアはもちろん、焔帝(えんてい)(マガツ)に堕してなどいなかった。

 だが取り込まれれば圧倒的な穢れによってその魂も漆黒に染められ、(マガツ)の一部となり果ててしまう。

 使命を果たせば必ず叶うと信じていた、あの輝かしい『神』へと回帰することはもう二度とできない。


 それだけならまだよかった。


 だがなまじ自ら(マガツ)に堕ちたわけではないばかりに、その意識と知識が残されてしまったのだ。


 もう『審神者(さにわ)』ではない。

 もう『黒竜王』ではない。


 今はもうその成れの果て、(マガツ)の一部だ。


 だから生前の『審神者(さにわ)』であったアイナノアに命じ続けられた、この地に止まることと、自らを封じる結界を張り続けることから逃れることはできない。


 コロシタイ、コワシタイ。

 己を(マガツ)に堕とした、その相手を。


 此処にいる。

 何日でも。何ヶ月でも。何年でも。何十年でも。何百年でも。


 封印結界を張る。

 何回も。何十回も。何百回も。何千回も。何万回も。何億回も。


 数多の(マガツ)と同じように、それだけを哀れに繰り返せるのであれば苦痛などない。

 客観視すればどれほど哀れで惨めでも、苦行に満ちた在り方であったとしても、それだけしか考えられなくなっていればなんのこともない。

 自然の全てがかくあれかしと在るように、(マガツ)とは、呪怨とは一意専心にそうあるモノなのだから。


 だが人としての意識が、竜としての自我が残っていればそれは永遠の責苦と成り代わる。


 そして千年の地獄が始まった。

本日は『千年の狂気 下』を21:00前後に投稿します。

これでやっと殴られパート完了、殴り返しパートへ移行します。


強大な力を持ちながらポンコツ化している第二の使い魔は書いていて特に楽しかった部分です。

次話からの温い空気でありながら、敵と看做したモノには容赦ないというギャップというか、気が狂っている感じをうまく出せていればいいのですが。

強大な力を持った存在がホントに自由に生きると、かなり怖いと思うんですよ。


※書きあがっている着地点までは基本的に毎日1話以上投稿します。

 複数投稿をするとしたら、お休みの日を想定しています。


楽しんででいただけると嬉しいです。


【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】

ほんの少しでもこの物語を


・面白かった

・続きが気になる


と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひともお願い致します。

評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップしていただければ可能です。


書き貯めて投稿開始した本作ですが、面白いと思っていただければ最初の着地点を越えて続けていきたいと思っております。ぜひ応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ