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第013話 大いなる禍

 ――コロシテヤル。


 誰も彼も、どいつもこいつも、なにもかも。


 ――コワシテヤル。


 天も地も、この世界そのものを。




 人としてのカタチをほろほろと崩れさせながら、イツキは奈落の深淵へと落ちてゆく。


 身体の中心を長大な『神殺しの槍(ロギヌス)』に刺し貫かれたままであり、その輪郭(シルエット)は逆さまに落ちゆく歪んだ十字架の様にも見える。


 崩れ始めた元はイツキの身体であったものが(マガツ)の欠片と化し、重力の井戸の底へと落ち行く流れ星の尾のように黒い光を引いている。


 人体としては完全に破壊されている。

 それどころか四肢の先端から漆黒の(マガツ)となって崩れ始めているとなれば、それはもうイツキではなく、元イツキであった死体が落ちて行っているだけのはずだ。


 だが第一から第三の拘束術式は今も起動しており、真っ黒で歪なイツキの輪郭の頭部らしきあたりに五つの真紅の円環、その輝きと回転が確認できる。


 イツキは生きている。

 いやまだ死んでいないといった方がより正確か。


 『神殺しの槍(ロギヌス)』に貫かれる寸前、相棒(アディ)が己の左手をあの日のように舐めてくれているのを知覚して、完全に覚醒したのだ。


 『審禍者(さかわ)』として。


 生けとし生きる者、意思と感情を持つあらゆる存在がその生と死に際して吐き出し続けている、存在の根幹をなすもの。

 物質に宿り、だからこそ生物を生物たらしめている『神の分身()』、それが肉体に引きずられ澱み、汚れた成れの果てが器に収まりきらず、こぼれ出た汚泥。


 『(マガツ)


 それを視、聴き、触れ、言霊にて使役するのが審禍者(さかわ)の権能。

 そのすべてを今のイツキは覚醒させている。


 だが絶対的に知識が足りない。


 『審禍者(さかわ)』としての能力を十全に駆使するための技術的秘訣(ノウハウ)を、今のイツキはなにひとつ持ち合わせていない。


 伝承は歪み、使い魔(ファミリア)の存在も抜け落ち、神の敵たる『審禍者(さかわ)』を封じるための技術的秘訣(ノウハウ)ですら千年の時の前には磨滅する。

 聖シーズ教という、強大な組織によってその伝承を護られていてもなお。


 千年という刻の経過には、それだけの力があるのだ。


 そしてそれがその聖シーズ教によって積極的に逸失させられてきた技術的秘訣(ノウハウ)ともなれば、千年ぶりにたまたま『審禍者(さかわ)』として生を受けたに過ぎないイツキが身につけられるはずもない。


 市井にそんなものが残っているような下手を『奇跡認定局(プロディギウム)』が打つはずもなく、隠滅が徹底しすぎて『審禍者(さかわ)』が滅多に見ない唯一職(ユニーク・ジョブ)だと錯誤されるまでになったとさえいえるのだ。


 それこそ聖シーズ教の教皇庁の最奥にある『封印禁書書架(アンブリ)』に厳重に収められているか、下手をすれば書物などの物理的な形では残されておらず、口伝でのみ伝えられているパターンもある。

 その是非は置くとしても、当時の上層部が「百害あって一利なし」と判断していた場合、口伝どころか完全に焚書隠滅されてしまっている可能性すらある。


 そうなればイツキが覚醒したとしても、『審禍者(さかわ)』の権能を十全に使いこなすことは期待できない。

 

 本来は幾世代にも渡って少しずつ積み上げられてゆくものが、強大な能力を御するための技術的秘訣(ノウハウ)というものなのだから。


 迷宮(ダンジョン)の奥深くで神代の魔導機兵(ゴーレム)を発見し、起動したところでその制御(コントロール)方法を知らねば自らを滅ぼしかねない。


 今のイツキに身に起こっているのはそれに限りなく近い。

 

 人としての身体がほぼ完全に破壊されていることもある。

 通常であれば覚醒していたところでそのまま息絶えるか、誰にも予測がつかない形で『審禍者(さかわ)』の能力が暴走して終わりだっただろう。


 だが今のイツキを支えているのは灼熱する怒り――憤怒である。


 自分のことのみであれば、わりと呑気に最期を迎えていたかもしれないのがイツキという一人の人間としての性格であった。

 だがイツキからすればなんの関係もない相棒(アディ)まで、自分に巻き込まれるカタチで殺されたであろう事実が、イツキに人生初といっても過言ではない苛烈な怒りを覚えさせた。


 今のイツキはアディが己の使い魔(ファミリア)となっており、イツキを殺そうとした者たちをほぼ(ミナゴロシ)にしてのけた事実を知る術もない。

 無力な相棒(アディ)が、理不尽な死を強制された自分に連座させられたとしか思えない。


 人は理不尽に際して発する感情で、その本質が透けて見える。

 イツキの意思は、魂は、理不尽に対して『怒り』をその軸とする存在なのだ。


 そして生物の発する喜楽ではなく怒哀は、(マガツ)へと変ずる。

 それは死に際して最も強くなり、イツキがこれまでその目にしてきた最も(おぞ)ましい、てらてらと鈍くひかり蠢く強大な(マガツ)へと変ずる。

 

 そしてそれを統べ、使役するのが審禍者(さかわ)の力だ。


 今イツキは本能的にその力を行使し、自らが生み出した(マガツ)を以て、自らの意識のみを無理やり存続させているのだ。


 自家中毒に陥り、自身が(マガツ)そのものとなってしまうぎりぎりのラインで。


 正しい手順など知らない。

 審禍者(さかわ)の真の力など知らなかった頃、強く念じれば他者の(マガツ)をアディに移すことができた事実だけを頼りに力技でそれを成している。


 怒りと――(マガツ)になど、なってたまるものかという強い意志を以て。


 イツキは知っている。


 己にだけ視えていた、己が(マガツ)と名付けたモノがいかに無力で惨めったらしい存在なのか。


 (おぞ)ましい姿で、その恨みの対象にべったりと張り付いている。

 呪詛の言を途絶えることなくずっと呟き続けている。


 だが、ただそれだけだ。

 

 その対象になんの影響も与えることができないくせに未練たらしく縋りつくようなその様は、この世に因果応報など存在しないのだという冷徹な現実を叩きつけてくる。


 (マガツ)と化した原因が理不尽な死に対する正当な怒りであれ、絶対に想いを遂げられない異性への不当な劣情であれ、みな一様に無価値だ。

 相手になにも影響を与え得ない呪いなど、惨めでしかない。


 そんなモノには断じてならない。なってなるものか。


 神様は悪を視てなどいない。

 見てもいない理不尽に対して、神罰を下すこともない。


 神様などいない。

 

 やられたことを倍にしてやり返すことができるのは、やられた者だけだ。

 そしてそれを可能にするのは、ただ力のみ。

 力なき者はやられっぱなしで終わるしかない。


 そんな結末は断じて拒否する。

 必ず自身とアディを殺したすべてに、それにふさわしい報いをくれてやる。

 

 だが今の自分にそんな力がないことなど、イツキは嫌というほど知っている。

 だからこそ、今この状態に陥っているのだ。




 ――だったら‼


 力をよこせ。


 誰にも視えない、聴こえない、触れられないくせにこの世に留まる未練ども。

 絶対に果たされることのない、惨めったらしい想いを捨てきれぬ呪怨ども。


 (マガツ)


 貴様らはただ無駄に、だが確かに存在している。

 だったら俺が使ってやる。使い潰してやる。

 そのままでは無意味でしかない貴様らを力に変えて、今よりはいくらかマシな意味を与えてやる。


 それこそが『審禍者(オレ)』の真の権能。


 俺の復讐のための力となれ。

 貴様らの本当の願いがなんだったかなど知ったことか。

 だがたとえ八つ当たりでも、なにかの意味を成せるほうがいくらかマシだろう。




 聖シーズ教がイツキにかけた第一、第二、第三の拘束術式は未だ稼働している。

 真紅の封印環は消えていない。


 つまりイツキの目も耳も口も、技術的秘訣(ノウハウ)に従って『(マガツ)』を使役するために必要な器官はすべて封じられたまま。


 だが千年を経て覚醒した『審禍者(さかわ)』の強烈な意志に従って、地に溢れる『(マガツ)』たちが自由落下を続けるイツキの身体に集まり始める。


 皮肉にも最も近距離に生まれたばかりの、イツキの使い魔(アディ)によって(ミナゴロシ)にされた、聖シーズ教の教徒と冒険者ギルドの者たちがその死に際して発したモノたちから。



 ぞるぞるぞるぞるぞるぞる。



 イツキの身体から流れ星の尾のように引いていた(マガツ)の欠片に、もうずいぶんと遠くなってしまった地上から膨大な量の(マガツ)が、イツキにしか聴こえぬ呪われた音を発しながら縋りつくようにして降り落ちてくる。


 そのすべては禍々しい艶を放った、死に際して発される最も(おぞ)ましい(たぐい)のものばかり。

 それが崩れた落下し続けるイツキの身体を核として、巨大な渦を成してゆく。


 底から地上へ『大いなる(わざわい)』が万が一にもあふれださぬように、『奈落』へと続く大穴には無数の封印結界が張られている。


 自由落下の過程でイツキの身体はもう数十ものそれを通過しているが、封印結界は中のモノを外に出さないことに特化されており、外から中に入るモノには頓着しない。

 それは千年前にこの地に封じられた『大いなる(わざわい)』を、それからまさに千年の間一度たりとも地上へ逃がすことのなかった絶対の結界だ。


 たった今生まれた数百人()()(マガツ)をその身に集めたところで、千年前に世界中から集めたといわれる(マガツ)を千年封じた結界を破ることなどできるはずもない。

 ゆえにこそ現代の聖シーズ教は、千年ぶりに受肉した『審禍者(さかわ)』をこの地にて神敵滅殺、拘束封印すると定めたのだ。


 だが聖シーズ教を以てしても、『審禍者(さかわ)』の真の権能を測りかねていた。


 千年の刻の経過が磨滅させたものは『審禍者(さかわ)』の権能を行使するための技術的秘訣(ノウハウ)ばかりではなく、『大いなる(わざわい)』をこの地に封じた基本的な仕組みすら失伝させてしまったのだ。


 そうでなければ、『審禍者(さかわ)』をこの地に近寄らせぬことこそを最優先したはずだ。

 この地に封じられた『大いなる(わざわい)』と『審禍者(さかわ)』の邂逅だけは、なにを捨ておいても阻止せねばならぬ『終焉の喇叭』なのだから。




 人の手ではあと千年を閲しても地に穿つこと能わぬ遥かな『奈落』の底より、千年ぶりに受肉した『審禍者(さかわ)』の意志に応えて昇りくるもの。


 それは千年前に世界を終焉(おわり)に導かんとしたもの。

 古き竜と聖女を生贄に、この地に千年封じられたもの。


 ()()()()()()封印結界など、(あるじ)を無くした蜘蛛の巣の如く突き破りながら昇りくるのは『大いなる(わざわい)




 その津波のような黒き汚泥が、落ち来る()()()を呑み込んだ。


おかげさまで投稿開始直後にもかかわらず日間ランキングに載ることができています。

しかも日々上昇してる……投稿開始直後からこんなのは初めての体験です。


皆さんが読んでくださり、ブックマーク、評価をしてくださったおかげです。

本当にありがとうございます。


主人公が覚醒するまでに13話。しかもその力を行使して、タイトルにもある使い魔たちと合流するのももう少し先。自分は本当に冗長にしか書けない人間だなあと思い知りました。

着地点までには合流もしますし、報復もきっちりしますのでお見捨てなくお付き合いいただければ嬉しいです。序盤の陰鬱な感じもそろそろ一掃されます。


※書きあがっている着地点までは基本的に毎日1話以上投稿します。

 複数投稿をするとしたら、お休みの日を想定しています。


楽しんででいただけると嬉しいです。


【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】

ほんの少しでもこの物語を


・面白かった

・続きが気になる


と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひともお願い致します。

評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップしていただければ可能です。


書き貯めて投稿開始した本作ですが、面白いと思っていただければ最初の着地点を越えて続けていきたいと思っております。ぜひ応援よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえず教会の一部をチリとかしてギルドは焼豚にしてモンスターに食わすのが良いです
[一言] アディの大量屠殺や主人公の狂気がでてて復讐が楽しみだわ この宗教潰すくらいまでは止まらないでほしいわ アディ以上の屠殺期待してます
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