第012話 黒天使
『浮遊』はもとより、聖シーズ教会の秘儀の一つでもある『権能拘束術式』ですら及びもつかぬ、まさに神の奇跡『空間転移』がこの場に発動している。
澄んだ高音と共に砕け散った真円の向こう側には奥行きがあり、その空間から当たり前のように宙に浮いた存在がこの場に顕現する。
あるいは浮いているのは当然なのかもしれない。
なぜならば漆黒の仮面を被ったその者の背には三対六枚の翼が備えられており、その頭上には光輪が浮かんでいるからだ。
まさに神話で語られる『天使』そのものの容貌。
ただし仮面は神の遣いにしては禍々しく漆黒に染められ、その左目の位置に真紅でⅣと№が記されている。
仮面と同じくその神胴衣ばかりか、背の翼も、光輪すらも漆黒に染まっている。
だがその姿を見て、死を決意していたアンジェロの目が驚愕に見開かれ、突然この場に化け猫が現れた時ですら見せなかった狼狽を明らかにしている。
「まさか――第四真円⁉」
アンジェロの口にした『第四真円』
それは聖シーズ教の中でもかなりの高位に至らなければ、その存在さえ知ることもできない秘匿機関である。
実際この場にいた聖シーズ教関係者の中では枢機卿であり、建前上は同格の特務機関『奇跡認定局』の長でもあるアンジェロ・ラツィンガーのみが知ることを赦されていた。
表の神罰執行機関が『奇跡認定局』とすれば、『第四真円』は言うなれば裏の神罰執行機関。
この世界に暮らす者たちに知られてはいけない、知られるべきではない存在を、文字通り人知れず処理するための殺戮部隊。
毒を以て毒を制すると言わんばかりに、神話においては神に背いて堕天したとされる黒天使たちで構成されていると、アンジェロは話に聞いてはいた。
しかしそれはあくまでも喩え話だと、当然のことながら思っていた。
聖シーズ教の敬虔なる聖職者でありながら、必要であれば自らが闇に踏み入ることも辞さない者たちを指して『黒天使』と呼んでいるのであろうと。
それがまさか本当の意味でそうだとは、枢機卿の地位にまで昇ったアンジェロですら思いもよらなかった。
この場に現れた『第四真円』の№Ⅳが紛い物などではないことは、発されているその威と圧からもあきらかだ。
自身も高レベルの聖術者であるだけに、アンジェロにはそれがわかる。
事実、№Ⅳが現れた瞬間から化け猫は総毛立ち、その身に纏う雷光を全力で射出し続けている。
だがそれらはすべて、№Ⅳに辿り着くまでに嘘のよう異空間に溶けて消え失せる。
雷光など、はじめから無かったかのように。
にもかかわらず自身の巨躯で攻撃に移らないのは、化け猫のほうが№Ⅳを恐れているからか。
一方突如現れた№Ⅳはこの場の惨状にも、責任者であるアンジェロにも、あろうことか数多くの人間を虐殺し、生き残った者に呪詛をかけていた化け猫すら完全に無視している。
無効化したとはいえ、攻撃を受けたにもかかわらずだ。
同じ聖シーズ教の枢機卿であるアンジェロにも一瞥をくれることすらなく、一言も言葉を発しない。
総毛立ったまま、まさに猫の威嚇そのままに鳴き声を上げる化け猫に背を晒したまま、最初から変わらず空中に磔にされている『審禍者』――イツキに向けて、これもまた漆黒の長外套に隠されていた左手をまっすぐに突き出し、広げた掌を向ける。
その先には忽然と、黒い雷光を纏った長大な槍が現れた。
『神殺しの槍展開――射出』
人工的にくぐもった声がそう宣告したと同時、神速で槍がイツキへと殺到する。
アディが十重二十重に張り巡らせた呪符結界をあたかも薄硝子細工のように割り砕き、身動きのできないイツキを刺し貫かんとする。
だが決死の鳴き声を上げ、槍をその身に受けたのは神速を超える速度で空中のイツキの前に回り込んだ巨大な化け猫――アディである。
冒険者や聖職者の魔法や武技では掠り傷一つつけることが叶わなかった、まるで№Ⅳと揃いであるかのような漆黒の毛皮があっさりと刺し貫かれ、真紅の鮮血が肩から腹にかけて吹き上がる。
それでも怯むことなく襲い掛かろうとするアディに対して、№Ⅳが再び口を開く。
『神殺しの槍、万華鏡展開――射出』
落ち着いた声によるその宣告と同時、数十本の『神殺しの槍』が黒猫の巨躯をあたかも針鼠のようなシルエットとなるまで刺し貫き、空中に縫い付けるようにして無力化する。
どう見ても致命傷だ。
己の使い魔としての身体が滅びることを自覚したアディは、最後の瞬間をそれでも敵に襲い掛かるためにではなく、自分を可愛がってくれた御主人様に最後に触れるために費やした。
無数に突き刺さった『神殺しの槍』が消えると同時、巨大化していたアディの身体も元の大きさに戻る。
それでも受けた傷はそのままだ。
よろよろと頼りなく空中を移動し、磔にされたままの御主人様の左側までなんとか辿り着く。
なにを思っているものか、その間№Ⅳはいかなる動きも起こさずにじっとそれを見ている。
「にぁ……」
致命傷を受けていることなど露ほども感じさせぬ、休日に膝の上でイツキに甘えるときのような鳴き声を絞り出すアディ。
しかし聴覚を拘束されているイツキに、アディのその最後の鳴き声は届かない。
さみしそうな表情を浮かべたアディは、これもいつもそうしているようにイツキの左手を、愛おしむようにさりさりと舐めた。
初めてイツキと出逢い、その使い魔となる原因となったあの日と同じように。
そこで力尽き、ほろほろと崩れるようにして空中へと霧散してゆく。
『神殺しの槍』に貫かれた者は、その死体を残すこともできないと言わんばかりに。
だが触覚まで封じられているわけではないイツキがアディが舐めたその感覚に反応し、自由に動かせない体をビクンと震わせた。
それを知覚することはもう、身体を失ってしまったアディには不可能だ。
小刻みに震え出したイツキの方を、№Ⅳがどんな表情で見つめているのかは仮面に隠されていてまるで分らない。
いつでも処分できるはずなのに数拍を沈黙のままに経過させ、ほんの小さな溜息とともに再び左手をイツキの方へまっすぐと突き出し、掌を向ける。
『神殺しの槍展開……………………射出』
今回は遮るものは何もない。
身動き一つできない空中のイツキに『神殺しの槍』は突き刺さり、ビクンと大きく体を跳ねさせる。
アディを貫いた無数のそれとは違い、イツキを貫いたものは霧散して消えることなく刺し貫いたままだ。
『神殺しの槍』の効果の一つなのかイツキの身体もアディが消え去るときと同じくぼろぼろと崩れ始め、その残骸とも灰とも呼べぬモノが、奈落の底へと降るようにして消えてゆく。
『……神敵滅殺、完了』
その言葉だけを残し、現れた時と同じように空間に平面的に浮かんだ真円の向こう側へと帰還する。
数多の死体と、受肉が途中で停止した生き残りとも呼べぬ犠牲者と、たった5人の生存者には一瞥をくれることもなく。
肉体は審禍者もその使い魔も共に砕かれた。
万が一審禍者がなにがしかの復活の手段を持っているとしても、千年前に『大いなる禍』を封じたとされる『奈落』に落されてはどうすることもできないはずだ。
№Ⅳが宣言したとおり、これでお終い。
そのはずだった。
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明日から新展開に入ります。お付き合いいただければ嬉しいです。
わんこ属性の黒竜王+α登場。にゃんこ先輩再登場はもう少し先になります。
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