第011話 使い魔④
恐慌状態に陥った冒険者や攻撃魔法を持った術者が、己の持つ最大の攻撃手段を自己の生存本能に従ってやみくもにアディへと叩き込まんとする。
だが巨大化しても猫の俊敏さを維持できているアディに当たるわけもない。
巻き込まれて重傷化するのは密集している同じ人ばかりで、アディには一撃たりとも命中していない。
そのまま最初と同じように、第二拘束術式を展開していた集団をあっさり蹴散らす。
雷光によって焦げ崩れた人の四肢と、巨躯によって踏み潰された肉袋が迷宮の床に赤黒い染みを無数に生み出し続ける。
流れ出た血が中央にぽっかりと開いた、深淵への縦穴に流れ込んでゆくかのようだ。
もはや悲鳴は折り重なり、呪いの旋律の如くこの場に充満している。
一方的な大虐殺。
冒険者ギルドの手練れと、聖シーズ教の信者たちがここまで大量に一度に殺されたことなど、歴史上でもめったに記録されていない。
数少ないそれらは、現代に生きる者たちですらその名を伝え覚えるくらいの歴史上の大事件とされているほどの規模のものだ。
それらすらも、今回のこれには及ばないかもしれない。
「落ち着け! そいつを撃つな、どうせあたらぬ! それよりも審禍者を狙え! 総員、神敵滅殺を最優先せよ!」
第一拘束術式を起動させた集団の、アディから見れば最奥、空中に磔にされているイツキから見れば最前列にいたアンジェロ・ラツィンガー枢機卿が驚愕を滲ませつつも、それでもなお落ち着いたよく通る声で全軍に下令する。
それだけではなく、枢機卿にまで上り詰めるほどの者であれば当然行使可能な神聖術『祝祷』を詠唱し、半強制的にその術式効果範囲内にいる者たちを落ち着かせる。
『祝祷』を受けた者は、本人が疑問に思うことなく術者の発した命令を忠実に実行しようとする。
そうでなくともこの状況で意志の宿った明確な指示を下されれば、反射的にそれに従ってしまう者がほとんどだろう。
本人たちは気を取り直したつもりで、あえて虐殺を続けるアディから無理やりに意識を引きはがし、最初と変わることなく空中で磔にされているイツキへ向かってありったけの攻撃を仕掛ける。
「あぁ……」
だが無駄だ。
最初の飽和攻撃を無効化した時よりもより厳重に、十重二十重に張り巡らされた『古式符術』による結界が、魔法や武技の悉くを完全に無効化してイツキにはただの一撃すらも届かない。
その大前提が確認できているからこそ、アディは身を張ってイツキを護るのではなく、その原因を根切にすることに集中しているのだから。
もはやすべてが無駄と悟らされて、冒険者も信徒もみな区別なく膝をつく。
口から洩れるのは言葉ではなく、絶望の呻きだ。
アディのあの俊敏さであれば、逃げても無駄なことなど子供でも分かる。
さりとて今からイツキを解放したところで、荒ぶる使い魔が見逃してくれる保証など、どこにもありはしない。
助かる術などもはやない。
それを心から理解した瞬間、人はまだ生きていてさえほぼ死者と等しくなる。
すでにこの場にいる人間の半分を殺し終え、残る半分を平らげる前にアディがその喉を晒し、カカカカと常にはあまり聴かない鳴き声を上げる。
普通の猫であれば「クラッキング」と呼ばれる、得物を狩る際に発する鳴き声だ。
いつでも鏖にできるのに、わざわざ足を止めて何をしているのか、この場にいる誰にも分らない。
だがとてつもなく悍ましいナニカが行われていることだけは、なぜだかわかる。
わかってしまう。
アディは今、正しく審禍者の使い魔として、自らが殺したがゆえに人から禍に堕としたモノ、そのすべてをその身に喰らっているのだ。
巨大化とここまでの殺戮に消費したそれに数倍する量を吸収し、より強大化するために。
そして主に比べればその力は児戯にも等しいとはいえ、生き残った者に元より憑いている禍どもに、審禍者の使い魔として命ずる。
受肉を赦す。
眷属と化して我が主のために働けと。
声にもならぬ叫びをあげて、生き残っていたすべての者がのたうち回り始める。
目には見えぬナニカに、全身を少しずつ、同時に浸食されてゆく激痛と拒絶感ゆえに。
ここに集められた者の多くは善人だったばかりに、弱い禍の受肉はゆっくりとしか進まない。
だがそれゆえに己の手足、頭から遠い場所から徐々に黒く染まり、生物としては致命的な腐食がじくじくと進んでゆくのを我が目で見なければならないという地獄を味わうことになる。
今己の身に、なにが起こっているかなど誰もわからない。
だが間違いなく言えるのは、先に化け猫に殺された連中のほうがよほどましな死に方だったということだけだ。
こんな目にあわされるのであれば、雷光で消し炭になろうが、巨大な四肢で引き裂かれ踏み潰されへしゃげた柘榴のようになろうが、さっさと真っ当に死んでおくべきだった。
これは真っ当な死に方ではないと、魂が直感している。
神に愛された子として、もっともしてはいけない死に方だと。
そもそも本当の意味で死ねるかどうかも、もはやわからない。
彼らが信じていた世界とはまったく別の理に、彼は今まさに取り込まれようとしているのだ。
例外は『ONE&ONLY』のメンバーたち4人に、身に付けた神聖呪具の加護に護られたアンジェロ・ラツィンガー枢機卿を加えた5人のみ。
それとても今はというだけで、ここから無事に生き延びられる可能性など皆無に等しいだろう。
もしもこのままイツキがここから生還できたとしても、聖シーズ教と冒険者ギルドが世界の中心である限り、二度と再び人の世界で生きることはできないであろう大虐殺。
それもただ殺すのではなく、人を人ならざる者に堕としたとなればなおのことだ。
「……おのれ、神の敵めが」
もはや成す術もないアンジェロは、それでも気丈に突然現れた化け猫――アディを睨みつけている。
彼はもちろんイツキを憎んでいたわけではない。
聖シーズ教の上層部がそうだというのであれば、かくあれかしと処刑を執行せんとしていただけだ。
彼は神の正義の体現者なのだ。
彼が神に代わって誰かを殺すことは神敵滅殺として当然であっても、彼や敬虔な信徒、聖シーズ教に協力する冒険者たちがその誰かに殺されるなど、赦すべからざる神への冒涜である。
よって化け猫は――アディはアンジェロにとっては揺ぎ無い悪である。
もはや死は避け得ない。
彼は神の絶対を信じているが、その使途たる人が、時に悪に負ける場合があることも理解している。
力が支配する、天上ならざる現世ではままあることだ。
であればせめて、神敵に屈することなく睨みつけながら死ぬくらいのことは枢機卿としての意地なのである。
反省すべき点はもちろんある。
千年ぶりに発見された審禍者を問題なく処理するために、必要十分な戦力を整えたつもりであった。
だが千年のうちにその使い魔や、それに対する対応方法が大切な伝承から欠落していたのだ。
事実アンジェロは『使い魔』という存在すら知らない。
知らされてはいなかった。
ここまで強大な敵がいることを知ってさえいれば、『奇跡認定局』の上級術者や冒険者ギルドのS級パーティーなどで神敵滅殺を遂行しようとは考えなかった。
この化け猫はアンジェロの知る限り最強と言ってもいい魔物ではあるが、国や冒険者ギルドはともかく聖シーズ教には抗しうる戦力が確かに存在する。
正しく情報を把握できてさえいれば、自分が長である『奇跡認定局』による遂行に拘ることなく、最も適した機関に神敵滅殺の栄誉を譲っていただろう。
個人的にはもう遅い。
しかし組織的にはまだ遅くはない。
自身とこの場に集められた聖職者や冒険者ギルド所属の者たちの犠牲を代償に、千年の緩みを引き締めることが叶うのであれば、ここでの死にも意味を見出すことができる。
ただし今目の前で進行している聖職者や冒険者たちに起こっていることを捨ておくわけにはいかない。
化け猫には効果が無かろうが、この場にいる人全員を神の御元へ送るくらいの大魔法はアンジェロにも行使可能である。
責任者として自らが死地に誘った者たちには申し訳なくもあるが、このまま捨て置いて神の子として取り返しのつかない終わり方になるよりはいくらかマシだろうと、自分を誤魔化して詠唱に入ろうとする。
その瞬間、空間が割れる。
お昼ですね、こんにちは。
おかげさまで投稿開始直後にもかかわらず日間ランキングに載ることができています。
皆さんが読んでくださり、ブックマーク、評価をしてくださったおかげです。
本当にありがとうございます。
今日は『使い魔』最終まで投稿予定です。
※着地点までは基本的に毎日投稿します。
楽しんででいただけると嬉しいです。
【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】
ほんの少しでもこの物語を
・面白かった
・続きが気になる
と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひともお願い致します。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップしていただければ可能です。
書き貯めて投稿開始した本作ですが、面白いと思っていただければ最初の着地点を越えて続けていきたいと思っております。ぜひ応援よろしくお願いします。