第010話 使い魔③
神敵滅殺の場だったはずのここは今、阿鼻と叫喚に支配されている。
幸いなのかどうなのか、目と耳と喉の機能を拘束されたままのイツキにはなにが起こっているのかを知る術はない。
おかげで走馬灯などと称して、わりと悠長な思考に浸っていられたわけだ。
しかしイツキを封印せんとした側はそうもいかない。
突如として自陣内に巨大な――迷宮の各階層主などを軽く凌駕するほどの巨躯を誇る魔物が湧出すれば当然そうなる。
猫としての見た目はほぼそのままに、地上の魔物領域で十数年に一度湧出する希少種の一種である巨大魔物を凌ぐほどの巨躯。
雷光の如くその身に纏っている幾条もの光は、一定距離内にいる者を自動で攻撃し無力化する。
意識だけは保ったまま踏まれれば即死、あるいはその雷光の出力を上げられてもおそらくは即死の状況で、体の自由が利かない状況にされるのは相当の恐怖を伴う。
真っ先にその犠牲となったのは、つい先刻まではアディにとって御主人様の仲間だった『ONE&ONLY』のメンバーたちだ。
唯一職であり、S級となるまで鍛え上げてきた各身体能力であるにも拘らず、アディの雷光による麻痺にはまるで抵抗することができなかった。
そもそもパーティーを組んでいる状態でその仲間に『聖女』――回復と支援特化職、それも相当な高レベルがいる場合、あらゆる弱体系魔法、武技に対して自動的に高確率で抵抗できる加護を得る。
それを苦も無く通してくるとなると彼我のレベル差が相当に開いているか、あるいはまったく別系統の力によるものだということだ。
今回の場合は後者。
『審禍者』の能力は、冒険者――『祈る者』たちが駆使する、『神の加護』と『魔力』によって成立する奇跡とはその軸を全く異にする。
いや違う。
繋がってはいるが、完全に上位にある力なのだ。
異なるのは軸ではなく、域。
よって下位の力はほぼ通じないし、下位の者に上位の力を防ぐこともほぼ不可能となる。
ついさっきまで憐憫の情を持ちながらも間違いなく殺す側にいたはずなのに、一瞬で殺される側に置き換えられた元仲間たちが、絶望と恐怖の目でアディを見上げている。
拘束されているイツキと皮肉にも一部共通していて、意識はあるのに痺れて声も出せなければまともに身動きもできない。
アディがその気になれば、その時点で終わり。
万の言葉を尽くされるよりもはるかに説得力を伴って、一瞬で「仕方がないから」と殺される側が感じる理不尽さを理解させられてしまう。
まさに今、自分たちがイツキにしているのはこういうことなのだと。
誰かを殺そうとするものは、自分が殺されてもなんの文句も言えはしない。
そんな冒険者であればごくあたりまえの大前提を、強くなるにつれ忘れ去ってしまっていたのだという事実を思い知らされる。
この状況がイツキを殺そうとして起こったことは明白であり、つまり自分たちは自分で己の死刑執行書にサインをしたということだ。
だがアディはついさっきまでそれなりの時間を仲間として過ごした、今では取るに足りない者たちを無表情な金色の猫眼で一瞥しただけで、御主人様を取り戻すべく行動を開始する。
御主人様の窮地になにも行動を起こさなかった者たちなど、もう仲間でもなんでもない。
それでも短くはない時間を御主人様と共に過ごした彼らの処分を、自分が決めるべきではないとアディが思っただけに過ぎない。
イツキから取り込んだ血に刻まれていた『古式符術』を、今までに己が喰らった禍を消費して起動し、御主人様を狙った魔法による飽和攻撃は一旦無効化した。
とはいえ空中に固定されている御主人様のところへ即向かうのは悪手だろう。
空中を駆ける手段もなくはないが、消費は激しく使い慣れてもいない。
巨大化していることもあり、いい的になる可能性の方が高い。
だったらまず発生源を潰せばよい。
武技や魔法による攻撃など、真の姿を顕現せしめたアディには一切通用しない。
まず主による使い魔の制御まで弱くした三種の拘束術式を発動させている集団を潰した後、魔法や武技を放つ有象無象を処分する。
なすべきことが定まれば、瞬時に実行に移る。
その巨躯からは想像できないほど、しかし猫とすればごく当然の俊敏さを以てアディは拘束術式を展開させている三つの集団、そのうちもっとも近くのものへ突貫を敢行した。
アディが顕現した場所――『ONE&ONLY』がいたあたりの冒険者たちは瞬時に無力化されはしたものの、殺されてはいない。
そして止めを刺さぬままに次の行動へ移ったアディに対して、この場にいる聖シーズ教の信徒たちとは違い、S級の冒険者たちはわずかながら淡い希望を抱いてもいた。
もしかしたら無力化されるだけで、殺す気まではないのではないか。
なぜならば不意打ちで確実に殺せたはずの『ONE&ONLY』たちが無事とはいえないまでも生きたままなのだから。
巨大化したとはいえ、ここ迷宮都市ヴァグラムの冒険者たちにとってはある意味見慣れた黒猫アディそのままの姿なこともある。
隙あらば自分たちは躊躇なく殺そうとしているくせに、相手には手心を期待する。
そんな都合のいい世迷言が、戦闘という命のやり取りにおいて成立するはずもない。
案の定、そんな甘い期待はたったの一撃で踏み躙られる。
拘束術式を展開している集団には一つにつき共同パーティー――3つのパーティーからなる護衛が付けられている。
まずアディが向かった集団の共同パーティーは、文字通り鎧袖一触で無力化された。
その後は第三拘束術式を展開していた術者集団。
戦闘ではなく封印を担っている非戦闘部隊が、護衛の共同パーティーを薄紙よりも簡単に引き裂いたアディに抵抗できるはずもない。
これもまたほぼ一瞬で完全に無力化される。
残念ながら拘束術式とやらは常時魔力を注いでおかないと成立しない類のものではなく、一度発動すれば効力を維持し続けるものであったらしい。
術者たちが壊滅してもイツキの喉の周りに展開されている真紅の円環、第三拘束術式は消滅していない。
封印の目的を考えれば、術者が常に魔力を注ぎつづけるわけにもいかないので当然と言えば当然だ。
最初の目的を果たしたアディが空中に磔にされたままの御主人様を一瞥して、猫らしからぬ落胆した表情を浮かべているのはそのためだ。
だがなんらかの手段で拘束を解除するにせよ、再び拘束される愚を犯さぬためにはこのまま第一、第二の拘束術式を発動した集団も今と同じように無力化――鏖殺すればよい。
そう、鏖殺。
今落胆した表情を浮かべている巨大なアディの足元には、見るも無残な元は人であった残骸が無数に散らばっている。
遠慮や呵責など一切ない苛烈な攻撃により、護衛も術者も関係なくみないっしょくたに殺し散らかされた。
アディには己の主人を殺そうとしている敵に対して手心を加える心算など、はじめから一切ありはしない。
知己の誼で見逃されたのは、『ONE&ONLY』のメンバーのみ。
それ以外に対する無力化とは、間違いの起きないように確実に殺すことに他ならない。
いつも迷宮で魔物とやっている殺し合いとなにも変わらない。
ただ単に殺すべき相手が魔物から人に変わったというだけだ。
いつもは御主人様の力がしっかりしているので、許可なくアディが戦闘に加わることなど赦されなかった。
だが拘束術式によってその力の多くが封じられ主が危機的状況に陥った場合、使い魔に課せられていたすべての能力拘束は解除される。
畢竟、使い魔の存在意義とは主を護って死ぬことにあるのだから当然だ。
皮肉にも力の使い方をよくわかっていない審禍者の力を封じたがために、その使い魔の力が解放されたのだ。
「ひぁ、ひあぁぁあぁ‼」
その力による蹂躙を目にして、誰の口からも意味のない音程の狂った悲鳴が漏れ溢れる。
雷光によってあっさりと消し炭にされ、巨大な四肢に踏み潰されて爆ぜた柘榴のようになっている歴戦の冒険者や術者を目にすれば誰でもそうなる。
今この場で恣に力を奮うアディに対抗できる者など、はじめからこの場にいた者の中には誰もいないのだから。
おはようございます。
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