第001話 神敵滅殺①
「まってくれ、話を聞いてくれ! これはなにかの間違いなんだ! 俺はそんな、神様に背こうだなんて、これっぽっちも考えちゃいない!」
迷宮に木霊する、俺の必死の叫びである。
そりゃそうだ、まさに命がかかっているのだから。
今俺は「そんな魔法もあるらしい」というくらいしか知らなかった高階梯魔法『浮遊』を我が身にかけられ、身体も自由に動かせず空中に捉えられているような状況なのである。
空中で磔にされたような体勢で、目と口くらいしか動かすことすらもできない。
しかもまたその場所が最悪と来ている。
神代の伝説にも登場する、神様の敵『禍』を封じたとされる螺旋状大迷宮――通称『禍封じの深淵』
その中央を果てなき深淵まで貫いている巨大な縦穴、『奈落』の中央部ど真ん中。
足元にはもちろん地面などない。
あるのはその底を見た者は誰もいない、地獄まで繋がっているとさえ言われる、光も届かぬ深くて黒い穴がぽっかりと開いているだけだ。
『浮遊』の効果時間が切れるか術者が今すぐにでも解除すれば、そのまま俺は神敵とやらが封じられているという、この縦穴の底まで真っ逆さまというわけだ。
まあこの高さから落とされるのだ。
もしも神敵『禍』とやらが今もこの底にいるとしても、接敵した瞬間が俺の五体がばらばらに砕け散る瞬間になるだろう。
底にいるのが『禍』であろうが『古代竜』であろうが『魔神』であろうが関係ない。
俺の死因が墜落死になることはすでに確定している。
いやもちろん死にたくなんかないのだが。
「たまたま持っている能力がなんだかわけわからないモノを視ることができて、それをちょっと操れるってくらいで、そんな大それたことなんか考えたこともない!」
だからこそ、こうやって必死の弁明を試みてはいるわけである。
だがまったくもって耳を傾けていただけているような様子ではない。
この場を主導しているらしい数人は無表情に淡々とするべきことをしているといった様子だが、やたらと多くいる『聖シーズ教』の衣を纏った人たちや『冒険者ギルド』に属するであろう人たちは、あからさまに怯えた表情を浮かべている。
その怯えの対象は、あろうことかまさかの俺らしい。
どうやら俺は、この世界を創造し人を守護する神々を信仰する世界最大宗教、知らぬ者などいない『聖シーズ教』によって、伝説に語られる『禍』と同じく神様の敵であると看做されているとのこと。
磔にされる際に、そう宣告された。
わけが分からん。
だが今この場に展開している聖シーズ教のおそらくは高位者であろう人数と、冒険者ギルドのお偉い様方、正式任務を受けたのであろう複数のS級パーティーの面々をみるに、少なくとも冗談ではないらしい。
「信じてくれ! 冒険者ギルドからも希少職の『審禍者』として認められ、正式に登録されている!」
だが俺はただの冒険者に過ぎない。
そのはずだ。
しかもお情けでS級パーティーの一員ということにはなってはいるものの、その実力はS級どころか、そこらのありふれた冒険者にすら遠く及ばない。
緊張した面持ちで神敵が急にその真の力を発揮しても即応できるようにしているS級パーティーの方々、その誰の一撃を頂戴しても奈落の底へ落とされるのと変わらぬ結果を招くだろう。
それは自分で発した弁明の言にもあるとおり、わけのわからないものが視えて、ちょっとそれを操れることくらいしかできないからだ。
そしてそういうことを可能とする能力を持つ職を、『審禍者』というらしい。
これは冒険者ギルドに常備されている『神判の石板』によるものなので間違いなどないはずだ。
すべての冒険者――神の祝福を受けた『祈る者』たちはみな、『神判の石板』で己の職、能力を知らされるのだから。
なにも俺が自ら「俺、審禍者!」と称していたわけではない。
「困りますな。『異教者』が確認された際には、なにを置いても即座に連絡していただかないと」
「申し訳ございません。なにしろ記録によると顕れたのが千年ぶりなものでして、その……担当職員がただの希少職と看做してしまったようでして……」
「全職員の徹底した再教育をお願いいたしますよ」
「もちろんです。それはもう、はい」
空中で磔にされているという、普通の人間であれば一生体験することのないような奇矯な状況に置かれている俺をほぼ完全に無視しているとはいえ、どうやら俺の声が聞こえていないというわけではないようだ。
どう見ても聖シーズ教側の中で一番偉いであろう人が、こちらは俺も知っているこの街の冒険者ギルドマスターに遺憾の意を表明している。
ギルドマスターが人前であんなに辞を低くしているのを見るのは初めてだ。
冒険者稼業で聖シーズ教と直接関わることはそうないので実感したことはなかったが、聖シーズ教と冒険者ギルドの力関係を如実に表している一面と言えるだろう。
いや、今はそんなことに感心している場合ではない。
しかし『異教者』ときたか。
ということはもう、本気で誤解だとか勘違いだとかいう域ではなくなっているってことだ。
『無神論者』は未だ神を知らぬ気の毒な人々。
それゆえに間違いを犯すこともあるだろうが、神は寛大な御心で蒙昧な群衆を導くことを是とされる。
いずれ神を知り、いつか隣人となるべき人々。
『背教者』は神を知りながら人としての欲望に勝てず、道を踏み外してしまった弱き人々。
犯した罪に応じた相応の罰を受けてもらうことは避け得ないが、神は過ちに対して寛容であり、信徒が隣人を赦すことを是とされる。
いずれ己の罪を恥じ、いつか隣人に戻りくる人々。
だが『異教者』は聖シーズ教にとって明確な敵だ。
はじめから人とすら認めていない。
己らが信仰する神の敵として、見敵必殺、神敵必滅が彼らの教義の根幹にある。
真実がどうであれ、一度聖シーズ教が『異教者』とみなした者を生かしておくはずがない。
必ず殺す。
そこには落としどころも、妥協も、ヒトカケラすら存在しない。
だからといってかかっているのは自分の命なのだ。
こりゃもう駄目だと、あっさり諦めることなどできるはずもない。
自分なりに追放、報復もののプロットを考えていた物語です。
コロナでお盆の予定がすべて吹っ飛んでしまったのでその時間を有効活用? して一応の着地点まで書けたので、投稿開始いたします。
※着地点までは基本的に毎日投稿します。本日は三話まで投稿予定。
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