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名前をつけて

霧が晴れて、娘と霧に驚いた少女が目を開けた時、そこにドラゴンは居なかった。

白銀色の鱗と、澄んだ水色の瞳のドラゴンは居なくなっていた。

代わりに、先程までドラゴンが居た場所には、一人の青年が、一糸纏わぬ姿で、不思議そうに立っていた。

娘は腰より長い白色の髪と、身体中に点々と広がる白銀色の鱗、そして澄んだ水色の瞳を見た時に、その青年が先程までのドラゴンだと気づいたのだった。

「どらごんしゃん!」

娘の腕の中から飛び出した少女が、嬉しそうに青年に抱きついたのだった。

「君は、いや、それよりも、私は人間に戻れたのか? だが、以前とは違うような……」

青年は少女を抱きとめながら、不思議そうに自分の身体や髪を見ていた。

「良かったです。人間に戻れたんですね……」

「ああ、これも貴方のお陰だ。感謝する」

先程までのドラゴンと同じ声で、青年は感謝を述べた。しかし、娘はしきりに首を振ったのだった。

「いいえ、貴方が自分を人間だと肯定したからです。私は何もしていません」

「いや。謙遜をしないでくれ。貴方が居なければ、私は人間には戻れなかった!」

そうして、青年は娘に抱きついたのだった。

「ありがとう。貴方には感謝してもし尽くせない。この恩は必ず返そう」

「そ、それはいいので、早く離れてくれませんか……。そして、せめて大事なところは隠して下さい!」

娘は来ていた上着を脱ぐと、一糸纏わぬ青年に投げつけたのだった。


「す、すまない。色々と良くしてもらって」

古着を纏った青年は、濡れた髪を拭きながら、倒れた木に座って待っていた娘と、熟睡し少女の元に戻って来たのだった。


あれから、3人は娘の自宅に戻ってくると、青年にハーブ入りの石鹸とタオルを押し付けて、身体を洗ってくるように娘は言い放ったーーあまりにも、青年が砂埃で汚れていたからだった。

青年が身体を洗っている間に、娘は普段手仕事をもらう村に行って、青年が着れそうな古着や下着を買ってきたのだった。


「この借りは必ず返そう」

「気持ちだけでいいですよ」

娘は隣に座るように青年を促した。

二人の間には、青年が髪を拭く音だけが聞こえていたが、やがて娘が口を開いた。

「やっぱり、人間に戻れたので、お家に帰るんですか?」

「気になるのか?」

「そりゃあ、まあ。ご家族も心配されているでしょうし……」

いじいじしながら娘が答えると、青年は噴き出したのだった。

「もう、笑わないで下さい!」

「すまない。貴方があまりにも可愛くて」

顔が真っ赤になった娘に対して、青年はしばらく笑っていたが、やがて落ち着くと答えたのだった。


「私達は家族なのだろう? だったら、ここが私の居場所だ。ここに住むつもりだ」


いや、住まわせてくれというべきだろうか。と、青年が悩み出すと、今度は娘が噴き出す番だった。

「おい」

「す、すみません。つい」

ジトッと見た青年は立ち去ろとするが、娘は隣に座るように促す。

そうして、青年が座ると、腕の中で眠っていた少女を青年に押し付けたのだった。

「身体を洗って冷えませんでしたか? コハクちゃんで暖を取って下さい。お子様体温で」

「おいおい……。って、コハク?」

「はい。この子の名前です」

娘は青年の腕の中で眠り続ける少女ーーコハクに視線を向けた。

「瞳が琥珀色なので……。この世界では何ていうのか知りませんが、私が居た世界では、木の幹から流れた樹脂が、長い時間をかけて固まったものを琥珀って呼ぶんです。それと同じ色なので、コハクちゃんって呼ぶことにしたんです。コハクちゃんも自分の名前がわからないってことだったので」

安直過ぎますかね。と娘はコハクの蜜色の髪を撫でながら苦笑した。

「いいと思う」

「本当ですか!?」

娘が喜んでいると、青年は「ああ、羨ましいな」と呟いた。

「せっかくだから、私にも名前をつけて欲しい」

「えっ? でも、人間の頃の名前がありますよね? 今更、名付けるなんて……」

オロオロと戸惑う娘を安心させるように、青年は微笑んだ。

「人間だった頃の私はもう死んだ。ここにいるのは、人間とドラゴンの出来損ないだ」

「でも、それでも……」

「いいから、つけて欲しい。私達は家族なのだろう?」

「そ、そうですね。私達はみんなバラバラなのをくっつけたツギハギの家族です」

「そうだな。何も接点が無く、家族になった私達はツギハギだな」

そうして、二人は顔を見合わせて笑ったのだった。


「そうですね。じゃあ……」

娘は改めて、青年を見た。

雪の様に白く腰まである長い髪、顔の左側を始めとして身体のところどころを覆う白銀色の鱗、そうして、澄んだ水色の瞳。

身長は娘より頭一つ高く、騎士だっただけあって、ある程度、引き締まった身体つきをしている。

悩んでいる娘を見つめ返す青年の水色の瞳には、どこか透明感があった。

日が沈み、月明かりに照らされるその姿と瞳を見ていると、どこか水晶を思い出させられた。


「じゃあ、これも安直かもしれませんが。水晶ーークリスタルからとって、クリスタスなんてどうですか? 愛称はクリスとか」


娘が恐る恐る青年を見ると、青年は顔を綻ばせた。

「ああ。貴方につけてもらった名前なら、どんな名前でも素敵な名前だ。その、水晶やクリスタルはよくわからないが」

青年ーークリスは嬉しそうに返した。その姿に、娘は悶絶したのだった。

「うわあ。イケメン!」

「い、いけめん……?」

クリスの言葉に、娘は慌てて説明をした。

「あっ! え〜っと、かっこいいって意味です!」

そうして、娘はクリスに水晶がどういうものか説明をした。

クリスによると、名前は違うが水晶も、琥珀も、この世界にあるらしい。


「ところで、先程から気になっていたのだが」

「はい?」

娘は居住まいを正すと、コハクをしっかり抱きしめながら、何やら考え込んでいるクリスを見つめた。

「先程から、貴方はしきりに『この世界では』と繰り返していた。ということは、貴方はこの世界の人間では無いのだな」

「……はい。そうです」

娘はクリスを見つめると、悲しそうに笑う。

「私は異なる世界から召喚されて、この世界にやって来ました」

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