琥珀色の少女
カップに淹れた花弁が浮いたタイミングで、娘は湯を残して花弁だけを網で掬う。
そうして、ピンクに色付いた湯を口に含むとそっと微笑んだのだった。
「うん、今日も上手く淹れられた」
ひとりで暮らし始めたばかりの頃は、お茶を満足に淹れる事さえ出来なかった。
近くの村で簡単な手仕事をしながら、村の女性達から教えてもらって、ようやくひとりで淹れられるようになったのだった。
お茶だけではなかった。料理も、洗濯も、掃除も、畑仕事でさえ、娘が知るものではなかった。
やはり、住むところが違えば、生活の勝手も違うのだと、娘は考えせざるをえなかったのだった。
娘は窓辺に近寄ると、いつもの様に揺り椅子に腰掛ける。
近くのミニテーブルにカップを置いて、読みかけの本を手に取った時だった。
コンコンっと、控え目に入り口のドアをノックの音が聞こえた。
こんな村外れの森の中に住んでいる娘を訪ねて来る者は、かなり限られていた。
手仕事をしている村の関係者だろうと、娘は早合点をして、ドアを開けたのだった。
ドアを開けた時、そこには誰も居なかった。
娘が首を傾げると、今度は下からグ〜っと、音が聞こえきた。
娘が下に視線を向けた。
すると、そこに居たのは。
薄汚れた格好をして、輝くような琥珀色の瞳で娘をじっと見つめてくる、痩せっぽちの五歳くらいの少女が立っていたのだった。
娘が見つめている中、また少女のお腹からグ〜っと音が聞こえてきたのだった。
娘は少女の身体を湯で洗うと、自分の洋服を着せた。自分のシャツを着せただけで、ワンピースを着ているような姿となり、娘は笑みを浮かべずにはいられなかった。
そうして、娘が出したスープーー硬いものを出すと、消化不良になるかもしれないと考えて、少女は一心不乱に食べていた。
(それにしても、随分と育ちがいいような……?)
一心不乱に食べながらも、少女の食事のマナーは綺麗であった。食べる前に「いただきます」と言ったところも、スプーンの使い方すらも。
自分が食事くらいの年齢の時は、こんなに育ちが良かっただろうかと、娘は考えたくらいであった。
やがて、少女は食事を済ませると、「ごちそうさまでちぃた」と手を合わせた。
「はい、お粗末様でした」
娘は小さなコップに水を入れると、少女の前に置く。少女は両手でコップを飲むと、小さな口で水を飲んだのだった。
「ところで、どうして、ここにやってきたの?」
娘の問い掛けがわからなかったのか、少女は小首を傾げた。その拍子に、少女の肩近くまで伸びた蜜色の髪から雫が落ちた。
その姿がまた愛らしいと思いつつも、娘はよりわかりやすく聞いたのだった。
「あなたは、どこから、やって来たの?」
「あのね。どらごんさんに、おねえさんのところにいくように、いわれたの」
年相応の高い音で少女は話した。その間も、琥珀色の瞳は不思議そうに娘を見つめていたのだった。
「ドラゴンさん? ドラゴンがいるの? この近くに?」
「うん」
少女はまた水を飲むと、考えながら話した。
「あのね。このもりのおくに、あおいろ? ぎんいろ? の、おっきなどらごんさんが、すんでいてね」
「うんうん」
「はじめは、そのどらごんさんと、いたの」
「えっ!? ドラゴンと住んでいたの!?」
この世界にドラゴンがいるとは聞いていた。しかし、人に悪さをするということで、大半が退治をされた結果、今はほんの僅かしか生息していないと、娘は聞いていたのだった。
そのドラゴンが、この森に住んでいたのは初耳だった。
話の腰を折られたからか、少女はやや不機嫌そうになったので、娘は話を促したのだった。
「そのどらごんさんにね。ことばや、もじや、ごはんのたべかた、おようふくのきかた、からだのあらいかた、おしえてもらったの」
「優しいドラゴンさん、なんだね……」
「うん!」
少女はここに来てから、始めてニッコリと微笑んだ。その笑顔に娘が虜になりそうになって、思わず笑みを浮かべる。
しかし、まだ話の途中だったことを思い出して、顔を引き締めたのだった。
「そのドラゴンさんって、まだ森の中にいる?」
「うん。いるよ!」
「お姉さんも会いたいんだけど……。連れて行ってくれる?」
娘が駄目元で頼むと、少女はやや悩む素振りを見せた。小さな眉間に皺を寄せて考える姿に、娘はまた微笑ましい気持ちになった。
やがて、少女は頷くと「いいよ」と答えたのだった。
「いいの!?」
「うん。どらごんさんも、あいたいかな?」
少女の言っている意味はわからなかったが、娘は家を出ると、少女の案内で森の奥へと入って行ったのだった。