07 笑顔の裏に
太陽も西に傾き、いよいよ空と海をオレンジ色に焦がし始めた頃。シング撃破に関しての残務処理を終え、今は夜の交代番のメンバーが現れるまでの時間。甲種特殊警備隊の事務所は賑やかな声に溢れている。
“シング迎撃に成功し、基地に帰投してからの仲間とのひととき"……いつも通りのよくある風景なのだが、今日に限っては何かしら隊員たちが浮き足立っていた。
彼ら隊員がただならぬ高揚感を持ってはしゃいでいる理由は一つ。本日入隊予定だった「ド新人」が、たった一人でシング二体を撃破してしまったのだ。ーー今の今までチームを組んで連携しないと倒せなかったシング、それもシーカータイプを、単独で撃破してしまった少年が新たなメンバーとして参加するならば、これほど心強い事はないのである。
隊長のユリウスは隊長の執務室でカテリナ中佐と会談、ノア・ホライゾンの「使い道」についての詳細を詰めている。
そして事務所にはマデレイネとカティ、そしてエルフの『エステル・ポレット・バルバストル』が、治療を終えて医務室から帰って来たノア・ホライゾンをヒーローの帰還とばかりに、賑やかに迎えていたのだ。
「ノア君、ノア君! 凄かったなあ! 」
普段ならば、早く晩酌の時間にならないかとソワソワするはずのマデレイネは、反対側の机からノアをじっと見詰めながらご機嫌の様子。
「何やら聞いた事の無い面妖な技よ、妾にもちと、教えてくれぬか」
普段は口数が少なく、終始穏やかな表情で仲間たちを見詰め続けるハイエルフの女王エステルも、初めて垣間見たノアの必殺技に興味津々。ノアに食い付くように質問を浴びせている。
マデレイネやエステルが詰め寄れば詰め寄るほど、ノアはうつむいて下を見る。元々が無口なのか、それとも強度の人見知りなのかは分からないが、賑やかな空気は苦手のようだ。
その中で、カティだけは一風変わった対応を示す。
「ノア君、ちょっとだけじっとしててね」と、ノアの背後に近寄って、彼の両肩に自分の手を乗せたのだ。
「医務室での応急処置とは違うけど、体力回復に協力してあげる」
同年代の仲間が出来た事が嬉しいのか、カティは頬を朱色に染めた気恥ずかしい表情のまま目を瞑り、両の手に意識を集中させる。
「おっ、出たな元気娘! 」
「なかなかの気遣い、良きかな良きかな」
マデレイネたちに囃されるカティだが、実際に施術が始まると真剣そのもの。表情に照れは残るものの、雑音を無視してノアの体力回復だけに集中している。
……両肩が暖かい。手のひらの感触とは違う、彼女の内なる力を感じる……
肩が彼女との接点として、暖かみは背骨を通じて頭から腹の底までジンワリと広がって行く。なるほど、これが彼女の能力なんだと悟ったノア。改めて顔を上げ、新しい仲間を見回しながらも記憶を反芻し始めた。
……僕は軍籍から外れて、サンウォルソールの街の警備隊に配属された。そう、内地潜入の特殊作戦から外されたんだ。すでに力が衰えてて、陸軍では使い物にならないけど、捨てるのはもったいないと言う事らしい……
……甲種特殊警備隊の人たち。先ほどの自己紹介によれば、隊長は戦士でそもそもが呪われた死体。赤い髪の女性は五大元素魔法の「火」の特化型で爆発が得意。エルフの女王様は五大元素を司る大魔導師で、今後ろにいる女の子は五大元素魔法の「土」を特化させた元気娘だって……
つまり、隊長以外は五大元素魔法に深く関わる人物たちであり、ノアの持つ魔法とは全く相容れない異質の人々。決して自分の特異な魔力と同一視したり共感してはならない人々。
そして呪いの戦士である隊長や、夜しか働けない闇の眷属二人に至っても、五大元素魔法から外れてはいるが、神霊属性の負属性として分類されている。
【よってノア・ホライゾンは相変わらず孤独なのだ。】
知られてしまえば忌み嫌われるし、知らせなければ周囲に壁を作る者として距離を置かれる。
いずれにしても、彼が他人と感情を分かち合える日が来るなど、あり得ないのである。
“僕は、僕はこれからどうなるのだろう? ”
戦々恐々とするほどに心配はしていないが、軍務に就いていた頃との環境の違いは、ノアを戸惑わせているのは事実。
だが、彼が抱く不安や不満は、必ずこの一言に帰結するーーいずれにしても地獄なんだろな と
それ即ち諦めと絶望。地上人の将来など気にしていられないくらいの、自己の将来に対する諦めと絶望が彼を支配していたのだ。
“この人の手は暖かい。だけどそれで勘違いしちゃいけない”
“彼女たちの優しい笑顔は同僚としての気遣いだ。僕個人に向けられたものじゃない”
ーー気を付けろ、気を付けろ。優しい顔で近付く人たちこそ、より残酷に僕を切り刻む
気持ちを引き締め、開けそうになった心の扉を再び閉ざすノアであった。
◆ 新たなるメンバー 編
終わり