06 ノアと三八式エンハンサー 後編
ーー見える、見える! どんどんと傷付いていく様が
分かる、分かる! どんどんと生命力が弱っていく様が
合流したいのに合流出来ない、助けたいのに助けられない。そんなやるせない気持ちでカティたちが見守る中、ノアと呼ばれた少年とシーカータイプの闘いはいよいよ苛烈さを増していた。
五大元素魔法とは全く違う別次元の魔力を得た機械たちは、その魔力回路を使って自らの身体に生命を宿した。
マシーンでもロボットでも無い存在に変質した、意識を持つ鋼鉄の機械、それが地上人たちから『ザ・シング (それ)』と呼ばれる所以である。
特に地上人からシーカータイプと呼ばれるシングは、ドクロ戦士のような機械が剥き出しの通常タイプとは違い、人工皮膚をまとい毛髪まで再現したカモフラージュを施し、地上人の社会に人知れず侵入してKCM装置を敷設して回る厄介なタイプである。
更に内蔵された魔力回路の力が桁違いに強く、五大元素魔法とは別ルートの魔法攻撃も行なって来る事から、今現在ハートリプル半島に住む地上人たちにとっては最大の脅威となっていた。
“そんなシーカータイプにたった独りで闘いを挑む少年がいる”
甲種特殊警備隊のメンバー、特に他人のバイタルを把握出来るカティは、ノアの一挙手一投足に目を奪われたまま、どんどん傷付いて弱って行く彼に心を痛めていた。
ユリウス隊長以下、隊員たちの目の前に広がるのは、シング通常タイプの残骸。どう言う方法でノアがそれを破壊したのか全く理解出来ないほどに、完膚なきまでにバラバラに切り刻まれて散らかっている。
その切り口は見事なほどにシャープであり、機械や鋼鉄をここまで綺麗に刻む事が出来る技があるなど、信じられないと言った顔で隊員たちは見詰めている。
カテリナ中佐からノア・ホライゾンと呼ばれた少年がそれを成して尚、シーカータイプに挑んでいたのだ。
身長はさほど高くなく、カティと似たぐらいの背格好のノア。彼は自分の身長と同じくらいの長さの剣が主な武器のようだ。
その剣は遠くから見ると両手剣なのだが、その形状はひどく歪であり、この世界の住人たちは初めて見るその剣に違和感を禁じ得ないはず。
と、言うのも、この世界においては片手剣も両手剣も西洋型直刀が基本であり、ナイフのような小型武器でないと曲刀は存在しない。
しかし彼の持つ剣は背筋がピンと伸びた片刃で、剣の柄から下に何やらギミックのような怪しい装置が取り付けられていたのだ。
カテリナ中佐が語った『三八式エンハンサー』と言うのが剣の名称らしいが、通常タイプを徹底的にスライスした結果と、今現在シーカータイプと立ち回りながら血まみれになって弱っているこの二面性……。甲種の隊員たちは状況が全く掴めずにいた。
ツヤツヤとした作り物の人工皮膚が禍々しいシーカータイプ。作り物の長い黒髪を振り乱しながら、口を小刻みに動かして魔法を生成し続ける。
発現させているのは『火球』、機械言語を駆使して高速生成されたそれはシーカータイプの背後にずらずらと列を成してはノアに向かって飛び込んで行く。
火球の小規模爆発に巻き込まれながらもジャンプしたり身を伏せたり回転したりと、全身を使って間合いを取って、直撃の致命傷を避けてはいるのだが、疲労がどんどん蓄積されているのか、荒い呼吸で激しく肩が揺れている。
「カテリナ中佐、我々王立警備打撃群は作戦に忠実な軍組織ではない。彼も国民の一人として鑑みると、救助すべき人物と判断せざるを得ない」
「ユリウス隊長、そろそろです。そろそろリキャストタイムが終わります。ですから、もうちょっと見ていてください」
余計な口出しをするなとばかりに、トゲトゲしい口調で突き放すも、カテリナ中佐の視線はノアに釘付け。何かしらの理由をもって軍から放出されてしまう彼だが、さあお前の力を見せてみろとばかりに、眼を輝かせて眺めている。
……はあっ、はあっ、はあっ! ……
身体のあちこちが擦過傷や打撲で真っ赤に染まるノア。激しい呼吸は落ち着く事無く更に早まり、心臓の鼓動も暴れ太鼓のように彼の体内で鼓動し、口から飛び出しそうな勢いだ。
額の皮膚が裂けたのか、滴る血がドロリと左目に入って顔をしかめたちょうどその瞬間、体内で“何か”が満たされた事に気付いたのか、それまで無表情だったノアは瞳に意志をたぎらせ、電撃的に動き出した。
バチン、バチンと火球を撃ち続けるシーカータイプに対してひたすら距離を取っていたのだが、突如方針を変えたのかダッシュでシーカーに接近。
飛んで来る火球を左右に動いて避けながら、『三八式エンハンサー』の背中についているコッキングレバーを右手で握ったのだ。
カテリナ中佐が甲種特殊警備隊の隊員たちに魔法剣だと説明したそれは、魔導カートリッジ弾薬で打ち出すライフルの後ろ半分に、刃を付けたような奇妙な代物。
ノアはコッキングレバーを引いて円筒形の使用済みカートリッジを強制排出させ、腰のベルトに並べていた予備カートリッジを掴んで窪みに差し込む。
再びコッキングレバーを掴んで押し込みバチンとレバーを横に倒したこの、一連の流れまでものの数秒。ノアは襲いかかる無数の火球をかいくぐりながら、カートリッジ装填の準備を終わらせた。
「……ディメンション・リビルド……」
ディメンション・リビルド、次元空間再構築……これがノアの技なのか、彼はその言葉を呟いた。
そして卓球選手が放つスマッシュのように、振り上げた右手を左側に振り下ろしつつ、手のひらで円筒形のカートリッジを「ぱん! 」と叩いた。すると、カートリッジはギュルルと横に急速回転を始めてぼんやりと輝き出したのだ。
ぶうん! 輝き出したカートリッジに呼応するように、剣の刃先が振動する。
ノアはその剣を両手で持って全力でシーカータイプの懐に潜り込んだのである。
「次元空間再構築、それがノア・ホライゾンの特有魔法です。この魔法を発現させると、三八式エンハンサーの刃は異次元空間に変わるのです」
「異次元空間に変わる? 聞いた事の無い魔法ですね」
「確かに珍しい魔法ですが強力です。だって異次元空間は、こちらの空間の事情など関係ありませんから。移動させればさせるだけ、その軌跡が全て異次元空間に切り裂かれるのですから! 」
視線はノアに釘付けのまま、ユリウス隊長たちに対して高揚感たっぷりに説明するカテリナ中佐。あれを見てください! と、ご丁寧に指まで指した。
確かに、ノアの逆襲は凄かった。瞬殺に近いほどにシーカータイプを切り刻んだ。
電光石火の勢いでシーカータイプの足元に滑り込んだノアは、ダン! と渾身の力で右足を踏み込むと、右下から剣を振り上げてシーカーの右腕をスパンと切り取るーー機械魔法を放っていた右手だ。
そしてその勢いを殺さないまま一旦剣を引き、シーカーの心臓部分を目掛けて剣を突き刺す。心臓部分にKCM発生装置がある事から、これで五大魔法ジャミングも無効化した。
射し込んだ剣を右に薙いで胴を割り、右からシーカーの首目掛けて一閃……胴体と顔を切り離したのである。
全く、全くシーカータイプが反撃する隙間を与えずに、ノアは完全に沈黙させた。
(これが、あの少年の力。これが、あの少年の能力)
新しいメンバーの力を頼もしく思いつつも、その場で眺めていた隊員たち全てが、戦慄を覚えて背筋に冷たいものを滴らせたとしても、何ら不思議ではなかったのだ。
「敵は排除しました。彼に対する引き継ぎ事項もある事ですし、基地に参りましょう。作戦終了、撤収です」
傷だらけで立ち尽くすノアを心配するも、隊長や仲間たちは中佐の言葉に背中を押されて否応無く兵員輸送車に。
“カテリナ中佐の笑顔は、どことなく悪魔じみた怖い笑顔だった”
ーー 車内でカティはそう回想するも、誰かに同意を得るような内容でも無いので、それを話す事も無く腹の底へとしまい込んだ。