05 ノアと三八式エンハンサー 前編
サンウォルソール運河管理部から入電したシング侵入の報告は、二体のうち一体がシーカータイプであるとの続報が入った事で、王立警備打撃群の中で甲種部隊の出動が決定した。
『甲種特殊警備隊、緊急出動! 』
昨晩に続いての出動であり、短期間でのシング連続侵入は昨今においては珍しい部類に入る。かと言って地上人の絶滅を目論むシングが、こちらの事情を加味する訳など無い以上、疲れたなどとも言ってはいられない。
かくして、甲種特殊警備隊はユリウス隊長の指揮の元で現地に向かったのだ。
サンウォルソールの高い石壁と運河の間に作られた道を、北に向かって疾走する一台の兵員輸送車。蒸した空気を切り裂きながら進むこの輸送車こそが、甲種特殊警備隊専用の輸送車である。
運転専属の隊員がアクセルをベタ踏みで必死にハンドルを握り、隊長以下総勢四名の隊員たちは、荷台を改装した座席に向き合って座り、解き放たれるその時を待っている。
病的なほどに蒼ざめている隊長のユリウスは、巨大な金棒のような棒状の剣を横たえながら、隊員たちの表情の変化をつぶさに見守る。数少ない特殊能力者たちを“どう守りながら”シングに勝つかを思案している表情だ。
燃え上がるような真っ赤な髪をなびかせるマデレイネは、自分が持ち込んだ無数のアタッシュケースを前に、不敵な笑みを口元に浮かべながら隣に座るカティをからかっている。
恋人はもう出来たのか? 好きな男性は見つけたのか? 男性の好みを教えろなどと迫りながら、身体のあちこちをぺたぺた・サワサワと触られるカティは、セクハラを繰り返すマデレイネに対して顔を真っ赤に抗議して抵抗するのだが、そんな彼女は不思議な事に、武器らしい武器を一切持たずに丸腰のままだ。
そして四人の内の最後の一人、その一人だけが抜きん出て特異なオーラを放っている。
まるで姉妹のようなマデレイネとカティを微笑みながら見詰めているのはエルフの女性。彼女は戦闘服とボディアーマーで身を固めるRGATの隊員とは全く異なり、高貴な雰囲気漂うドレス姿で車に乗り込んでいたのである。
腰まで伸びるサラサラの金髪を風になびかせ、エルフ特有の尖った耳には豪華なイヤリングが下がり、艶やかな首元と胸元には無数の宝石を施したネックレスが煌びやかに輝く彼女は、これから戦闘に赴くような“出で立ち”ではなく、まるで臣下の謁見に赴く女王のよう。
完全なる場違いの状況であるのだが、マデレイネもカティもそれには言及せず、ユリウス隊長ですら戦闘服に着替えろと怒らないのだ。ーーつまりは、これから夜会にでも出席しそうな姿のエルフは、その姿で戦闘に参加する事を意味していたのである。
「到着まであと二分! 」
ユリウス隊長の叫びが隊員たちの鼓膜を刺激する。
シング出現の通報を受けて甲種特殊警備隊は直ぐに出動。兵員輸送車の中で隊長から状況と対応についての説明は受けてある。
ーー運河管理部が渡河中のシング二体を発見した。一体は通常の兵士タイプだが、もう一体はシーカータイプである事が確認された。よって甲種特殊警備隊が出動、我々が撃退する。
第一目標はシーカータイプのKCM無力化、これを優先する。【夜型】のベルナールとアルフレッドがいないので先頭のアタッカーは俺、サポートにマデレイネが続け。
KCMの無力化に成功したらエステルの出番だ。シーカータイプと通常タイプに全力で魔法攻撃して破壊しろ。カティはいつも通り後方で負傷者の回復だ。
本来なら、ここでユリウス隊長の説明は終わる。あとは各自が与えられた役割を全うするだけなのだが、今日に限って補足の説明が付いた。
ーー本日合流予定だった新人が、一足先に現地入りしてシングと闘っている。事前に情報が全く入っておらず、戦闘スタイルから何からまるで未知数の新人だが、現地へ入ったら協力するようにーー
このユリウス隊長の言葉が、隊員たちの気持ちを高揚させる。様変わりしない面々……同じ顔合わせの少人数で戦い抜いて来た隊員たちにとって、新人と言うキーワードは新鮮味を持って迎え入れられていたのだ。
いよいよ現着までカウントダウンと言う段階で突如、運転手がユリウスに叫んだ。
「隊長、あれを見てください! 」
運転手が指で示した方向には、黒塗りの軍用化石燃料車が道端に止まっており、その脇で女性の将官が遠方に目を光らせている姿が見える。
「すまん、そこで止めてくれ! 」
ユリウスは黒塗りの車の隣に兵員輸送車を停車させろと指示を出し、停車した途端に飛び降りるように女性将校の元へと向かう。
女性将校もユリウスの姿を見た途端に彼の元へと近寄った。
「初めまして、東部方面隊のカテリナ・ベルカ情報部中佐です」
「甲種のユリウスです。この場に“彼”がいないと言う事はもしかして……」
「はい、ノア・ホライゾンは既に戦闘を開始しています」
カテリナが視線を運河側に向け、ユリウスもつられて同じ方向に視線を向けると、百メートルほど遠方の河岸で、小規模な爆発が繰り返し起こっている。つまりは、彼女の言う通りシングとの戦闘は始まっているのだ。
「先に発見した通常型のシングを撃破し、今現在二体目のシーカータイプと交戦中です」
カテリナ中佐の説明を聞いた途端、ユリウス隊長は身を翻して輸送車に戻ろうとする。
シーカータイプと交戦中の“ノア・ホライゾン”なる少年に合流して、一気に戦局をひっくり返す狙いで部隊を展開しようとしたのだが、カテリナ中佐から大きな声で“待った”がかかる。
「ユリウス隊長、待ってください! 」
「待てとはどう言う事ですか? ここからも見えるけど、彼はもう血だらけになってるじゃないですか」
「今現在、ノア・ホライゾンは彼専用の新型武器の最終的な実戦試験を行っております。手出し無用にてお願いします」
「手出し無用って、彼に何かあったらどうするんです? 」
「責任は私が取ります。彼も納得の上で単独戦闘を始めました。どうかご理解ください」
いきなり引き留められた隊長の姿を見て、一体何が起きたのだと、隊員たちもわらわらと車から降りて来る。
何が起きたのか、何故我々はここで足止めを食らっているのかと詰め寄るも、ユリウス隊長は憮然としたままノアとシングの攻防を見詰めるだけ。
「ノア・ホライゾン専用の近接格闘武器、魔法剣です。名称は三八式エンハンサー、あれがもし機能しなければ、彼はもう役には立ちません」
突き放すように言い切るその様はあまりにも冷たく、隊長以下甲種特殊警備隊の面々は背筋に冷たいものを走らせるのだが、ノアと呼ばれる少年の最終管轄は未だに軍にある事から、中佐がダメだと言えば手が出せない。
女性のフォルムを模した最新型の人型シーカーが、右腕を不気味なアンテナ状に変形させて炎の魔法を精製、無数の火球が次々とノアに襲いかかり、彼は七転八倒の様でそれを潜り抜けながら一撃のチャンスを狙っている。
【地上人が圧倒的不利のまま半島に追い込まれた理由がこれだ】ーーシングはKCM発生装置で地上人側の体内魔力回路を無効化させながら、シング自体は謎の体内魔力回路を発動させて、魔法攻撃を行って来るのだ。
つまり地上人側は五大元素魔法を全て否定され、さらにシングの謎の「別ルート魔法」に殴られっ放しになってしまうのだ。
シーカータイプの魔法攻撃に吹っ飛ばされ、受け身も取れずにぐちゃぐちゃに転がるノア。頭から身体からおびただしい血をしたたらせながらも、未だ猟犬のように敵の喉元に噛み付こうと機会を狙っている。
そんな凄惨な彼の戦いを、忸怩たる想いを胸に秘めて見詰める甲種の隊員たち。
誰一人としてこの状況を良しとする者などいないのだが、とうとう我慢が出来なくなったのか、カティが金切り声でこう叫んだのだ。
「こんなの、こんなの闘いじゃ無いじゃないですか! ただの特攻じゃないですか! 血まみれになっても退かずに闘えって、そんなの傲慢じゃないですか! 」