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03 新人が来る!


 モップでせっせと事務所の床を磨き、それが終わると布巾で並んだ机をピカピカに拭く。

 窓を拭いたり棚を磨いたりと、誰もまだ出勤して来ない事務所を心ゆくまで掃除し終えたカティは、満ち足りたフニフニの笑顔でひと息。

 後から出勤して来る同僚のためにもと、多めに淹れたコーヒーでくつろぎ始めた。


 ーー昨晩街に現れたシング、そのシーカータイプはそれまでに見た事の無かった驚くべき最新型だった。

 今までのシーカータイプは、見るからに接続面が剥き出しのバカでも分かる人間偽装型機械だったのだが、昨晩のその最新型はどう見ても人間の成人女性であったのだ。

 酒場から出た酔っ払いたちが、たまたま路上でそのシーカータイプを発見。シングだと気付かずに酔った勢いで迫ったところ、突如防衛行動を発動させて暴れ始めたのである。


「死者十八人、重軽傷者合わせて六十三人。私たちが駆け付けてもこの被害……」


 ひと口含んだコーヒーが苦くて口に合わなかったのか、ポットから角砂糖を一つ二つ、三つ四つ……。カティの表情が苦々しいのは、決して背伸びしてブラックで飲み始めたコーヒーによるところだけではなかった。


 確かに、カティが暗鬱(あんうつ)になるのも(うなず)ける。

 地上人殲滅兵器の『シング』、それも敵地に潜入して破壊工作を行うシーカータイプは、必ずKCM (キルリアン・カウンター・メージャーズ)・神霊エネルギー妨害装置を内蔵している。

 KCMとはこの世界に生きる地上人にとっては致命的な装置であり、それを起動させると地上人の内なる力である魔力波動をことごとく無効化してしまうのである。

 言うなれば、我々の住む現代社会における電子戦兵器「ECM 」と同じ。電子対抗手段又は、電波妨害装置と呼ばれるジャミング兵器だ。


 そのKCMのスイッチを入れられると、地上人の魔力は霧散してしまい、五大元素魔力を行使する事は出来なくなる。魔法使いがただの人に戻ってしまうのだ。


「昨晩現れたシーカータイプは、強力なKCM発生装置を内蔵していた。街の地区一つがまるまる妨害されるなんて……」


 角砂糖五個でも口内に苦味が走り、やはり根本的にコーヒーは苦手なのかとガッカリするカティ。大人への道はまだまだ遠いと感じながら、マグカップの中に広がる焙煎色の海をじっと見つめていた。


 その時、ぴと……っと

 おもむろに両の胸に感じる静かな圧迫感。

 ゾクリと背筋に悪寒が走り抜ける理由はもちろん、胸を圧迫して来た“何か”が、ムニムニと強弱をつけて揉み出した事。そしてカティの耳元から女性の呟く吐息を感じたからだ。


 ……おはようカティ君、今日も反則的な弾力だね……


 ひいいやああああっ!

 羞恥を過分に含んだ悲鳴が事務所内に轟く。

 収穫の時期の熟れたトマトのように、顔を真っ赤にさせたカティが胸を押さえながら振り返ると、そこには灼熱色の髪を揺らす大人の女性が。何を(ほう)けてるんだとカラカラ笑いながら、カティを見詰めているではないか。


「マデレイネさん、セクハラですよセクハラ」

「あははは! 朝から深刻そうなしょっぱい顔してるからだよ」

「んもおっ、そんな事ないです! それに朝からって……もうお昼前ですし、マデレイネさんお酒臭いです」


 マデレイネと呼ばれた女性はカティをからかいながら、壁に据え付けられた勤怠表に手を伸ばし、『マデレイネ・オーバリ』の刻印を勤務中に変える。


「昨晩あれだけ暴れてもね、暴れ足りないのよ」

「暴れ足りないって、大活躍だったじゃないですか」

「甘いなあ。たとえシーカークラスの敵でも、あと三体くらいは相手出来るわ。消化不良で火照(ほて)った身体をアルコールで冷ましてたのよ」


 ーー本来ならば、火照った身体は男で冷ますものなのに と

 カティが顔を真っ赤にさせて頭から湯気を昇らせるようなセリフを吐きながら、マデレイネは自分のマグカップにコーヒーを注いで、気だるそうに自分の席に着いた。


 胸のボリューム感は甲乙つけがたいが、長身でくびれるべき場所がくびれた完璧なスタイルのマデレイネに対し、背がちっちゃくて完璧なる幼児スタイルのカティ。

 その歴然たる差に多少の嫉妬を覚えながらも、お腹空いたと騒ぎ出したマデレイネに対して、午後のオヤツに用意しておいた砂糖たっぷりのドーナツを一個譲る。


「ありがとう、ありがとう。だからカティって大好きぃ」

「全く、世話の焼ける先輩です。もうちょっと我慢すればお昼なのに」


 そう言えば、食堂に張り出されていた献立表には、今日の昼食はコンビーフサンドにクラムチャウダーと書いてあった。

 これは期待せざるを得ないところだと、幸せな昼食を想像してカティがニヤニヤし始めたところで、この事務所に三番目の人物が出勤して来た。


「みんな……おはよう」

「あ、隊長おはようございます! 」

「おふぁ、おふぁようざいます」


 席を立ち、背筋をピシッと伸ばしながら挨拶するカティ。マデレイネは口の中にたっぷりと入ったドーナツをもっしゃもっしゃと食べながらの適当な挨拶をする。

 隊長と呼ばれた筋肉質で背の高い男性は、マデレイネの失礼な対応に腹を立てる事も無く、気だるそうな表情のまま、おはようさんと返しながらそのまま勤怠表へ。『ユリウス・ニッカネン』の刻印を勤務中に変えた後に部隊責任者の部屋へと足を進める。


「隊長、相変わらず顔色が悪いですね」

「当たりめえだ、死んでんだから」


 マデレイネがそう言ってからかうのは毎度の事。ユリウス隊長は表情を変える事無く、いつも通りの返しで終わらせるのだが、今日に限って何か思い出したのか、足を止めてカティに向き直る。


「カティ君、お願いが一つあるんだが」

「はい! 何でしょうか」

「うん、先月に通達されてた新人さんの話。今日の午後来るらしいから、机を一つ用意しといてくれないか? 」


 ……ふわっと……

 カティとマデレイネの胸の奥に、ライム畑に爽やかな風が通り抜けるような、滅多に聞く事の出来ない新鮮な言葉を耳にした二人であった。



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