#9 約束
~レレ ギルド窓口~
昨日、ちゃんとお見舞いに行ったので心の整理は付いている。
今日はしっかり仕事の遅れを取り戻す。
「・・・。」
はずだったのに。
「くぁぁ・・・。」
頭を抱えずには居られない。
またしてもやってしまった。
昨日のアレはどう考えてもダメだ!
お見舞いに行って怪我人にあんな事するとか正気か私は!?
どう考えてもあかんでしょアレは!
しかもさっきルッカに吐かされて爆笑されるし最悪!
「ぅぁぁ・・・。」
絶対嫌われた・・・。
いくらウルドでも流石に嫌いになるあんなの・・・!
「レレ。」
「ッ!?」
今一番聞きたくない声が聞こえて顔を上げる。
「ウルド・・・!」
ウルドがカウンター前にいた。
マズイ・・・マズイマズイ!
先ずは昨日の事謝らないと!
「えぇとウルドあの・・・!」
「ちょっと良いか?」
「えっ?」
ウルドは外を親指で指しながら聞いてくる。
「此処じゃ話しづらい事だから、ちょっと裏まで来てくれ。」
「・・・はい。」
処刑宣言来たああぁ!
もう煮るなり焼くなり好きにして下さい!
―――ギルド裏まで来ると・・・。
「・・・街を出る!?」
「ああ。」
ウルドから衝撃の言葉を受けた。
「・・・ぅ・・・ぅぅ・・・。」
「レレ?」
「ぅう・・・ごめ・・・なさ・・・ごべんなざいっ・・・!」
涙のあまり言葉が上手く出ない。
「ちょ、おい!なんでそんな泣くんだ!」
「だっで・・・だっで・・・ウルドがそこまで気にしてるなんて思わなぐて・・・!」
やり過ぎたって反省してるけどここまで大事になると思わなかった浅はかな自分が恨めしい。
「なんの話だ!」
「だって昨日・・・!」
「ああ、アレか。」
ウルドは考え込みながら視線を反らす。
「違うの?」
「違ぇよ!確かにアレは酷かったけど。」
「ぐふッ!」
添え言葉が鋭い槍の様に私の胸に深く突き刺さる。
「・・・で、なんで急にそんな事言い出すの?」
「あぁ、この間狂戦士の一件あったろ?」
「うん。」
「あいつ・・・俺を狙ってたんだ。」
「なんで?」
「詳しくは話せないんだ。」
「何よそれ・・・。」
「・・・。」
「何よそれ!」
「ッ!」
逆に怒りがこみ上げてきてウルドの顔の右の壁にドンと平手を突く。
「仮に出ていくにしても説明くらいしなさいよッ!」
出ていくって認めた訳じゃないけど。
「・・・そうだな。どうせこの街を出るんだ、教えてもいいか。」
「・・・?」
なんか妙な口振りだな。
「魔王を倒した勇者の話知ってるか?」
「あぁ、世界中で知らない人なんていないわよ。確か五人いたけど最後の一人だけ生き残って魔王を倒したって言う・・・。」
「その最後の生き残り・・・俺なんだ。」
「え・・・?」
ってことは・・・。
「あんたが・・・英雄アルト?」
「『英雄』・・・?はは、馬鹿いうなよ。」
ウルドは暗い顔して笑う。
「英雄なもんか、俺はただの『死に損ない』だ。」
「・・・そっか、そうだったんだね。」
「おい。」
「ん?」
「普通此処はお前、『何を馬鹿なホラ話を』とか言って馬鹿にするか、信じるにしても『えええ!』って驚くところだろ!」
「驚くとでも思った?」
「は?じゃあお前気づいて・・・。」
「知ってた訳じゃないよ。けどもしあんたがそうなら納得出来ることばかりだもん。」
「どういうことだよ。」
「初めてこの街に来た時のこと、覚えてる?」
「あぁ、ルタからお前の話を聞いた。俺そんなに酷い顔してたのか?」
「あははッ!酷いも酷いも最悪よ!立って歩いてるのが不思議なくらいの死人みたいな顔してたわよ!」
「笑うなよ!」
「あの顔の理由・・・そう言うことなんだよね。」
きっと仲間を全て失ったからあんな顔してたんだ。
魔王を一緒に倒しに行った仲間なら、その仲間とはそれまで私が想像し得ない程の苦楽を共にしたはずだ。
失ってどれだけ苦しいのか、その苦しみは本人にしか分からないだろう。
「・・・あぁ。」
私の表情につられてか、ウルドも表情が暗くなる。
「それに、あんまりギルドの職員舐めない方がいいよ?」
「なんだよ。」
「あんたのギルドの実績、登録してから依頼の手際良すぎんのよ、無能を装うならもっと上手くやりなさい?」
「・・・チッ、ボロが出てたか。これでもそれなりに手は打ってたんだけどな。」
「で?あの狂戦士があんたを狙ってたってのは・・・魔王がらみってこと?」
「ああ、奴は霧魔で、しかも俺の事を知ってる口振りだった。」
「つまりそれから推察して奴は魔王の手先か残党ってわけ?」
「そうだ。」
「・・・なんでそんな重用な事黙ってたの?」
「自分の正体をバラしたくなかったんだよ! 俺が魔王の手先に狙われてるなんて知ったら、誰だって薄々勘づくだろ!」
「そう・・・。」
なんとなくそれは察した。
だから態々偽名でギルドに登録したんだろう。
理由までは分からないが『ウルド』としてこの街で暮らしたかったのは分かる。
「もう理由は分かっただろう? つまり俺が此処にいる限り、この街は奴等の標的として狙われ続けるんだ。だから・・・もうこの街には居られない。」
「そっか・・・。」
「本当は黙って出ていくつもりだったんだけど、お前に断っとくのには訳があってな・・・。」
「聞き捨てならない台詞があったけど何・・・?」
「怒んなって! えー・・・っと、これだ。」
ウルドは服の色んなポケットを探して取り出した物は・・・。
「ギルドバッジ・・・。」
ギルドに登録した者に配られる物だ。
所謂身分証の様な物で、依頼を受ける際に受ける資格を持っているかの証明にもなる。
ウルドはDランクなので橙色だ。
「このギルドにも顔出せなくなるから返す。」
「・・・そっか。」
貰おうと手を伸ばす。
「・・・。」
バッジが返却されればもうウルドはギルドのメンバーじゃなくなる。
「・・・。」
バッジを受け取ったら・・・。
「・・・レレ?」
バッジから手を引っ込める。
「お断りします♪」
窓口の営業スマイルで返答した。
「は?」
「ギルドバッジをギルドに返却すると言うことはこの街でのギルドの身分を放棄するという事です!」
「んな事ぁ分かってる! だから・・・。」
「そのあとギルドに来ても貴方はまたFランクからスタートです! 今まで通りの依頼は受けられませんよ?」
「だからもう来ないから良いって意味で・・・ムグッ!?」
ウルドが言おうとした言葉を私は右手で塞ぐ。
「・・・要するにその連中ぶっ飛ばせばもう心配ないんでしょ?」
「レレ・・・?」
「・・・全部に決着着けたらあんた・・・自由なんでしょ?」
ウルドの口から手を放す。
「・・・。」
「そのあとあんた・・・何処行くつもり・・・?」
「えと・・・。」
ウルドは返答に困って視線を反らす。
「帰る場所が無いなんて言わせない・・・あんたが帰る場所はカザなのッ!」
「レレ・・・。」
「そうでしょ?『ウルド』ッ!」
「!」
「此処はあんたが『ウルド』で居られる街! 『ウルド』が冒険者やって依頼をこなして、『ウルド』が帰ってくる場所! 『ウルド』が皆と笑ったり怒ったり喧嘩して助け合ってふざけ合って楽しく暮らせる街なのッ!」
「・・・!」
「だから・・・。」
ウルドの胸に顔を埋める。
「帰ってきなさいよ、馬鹿・・・!」
震える声で右拳で力無くウルドの胸を叩く。
「・・・負けたよ。」
ウルドはため息をつき、私の頭に手を置く。
「バッジは持っとく、お守り代わりにはなるだろうしな。」
「・・・無くしたら許さないからね?」
「へいへい・・・。」
「絶対に・・・帰ってきなさいよ・・・!」
「ああ、全部終わったら帰ってくる・・・約束だ。」
「う・・・ぅぅ・・・うあああぁッ!」
耐えられず泣いた。
最初に出ていく話を聞いてからずっと堪えた分泣いた。
~ウルド 自宅~
翌日、荷物を纏めて朝に出ようと自宅のドアを開けた瞬間・・・。
「なっ!?」
大勢の人間が俺の家を取り囲んでいた。
「ウルド、街を出るんだってな。」
丁度一番近くにいた自警団の男が俺に声をかける。
「・・・。」
レレが言いふらしたか、あるいはあの現場を偶然目にした誰かが言いふらしたか、どちらにしてもこの街の耳の早さは一目置くべき部分がある。
この分だと狂戦士の一件も知られてる。
「ははっ・・・。」
気の抜けた笑い声を漏らす。
レレ、悪いな。
もうこの街には戻れないかもしれない。
きっと『出ていけ』だの『疫病神』だの言われて非難を受けるだろう。
そうなれはこの街に俺の居場所はもうない。
「・・・。」
俺は目を閉じてその場に立ち止まる。
甘んじて受ける構えだ。
俺が招いた結末だ。
咎を受けるのは当然、皆の罵倒も当然の権利だろう。
「頑張れよ。」
「・・・え?」
今・・・なんて?
「魔王の手先だかなんだか知らねぇけどお前ならやれる! 俺が装備鍛えてやったんだからな!」
面倒見のよかった鍛冶屋のおっさんが激励してくる。
「絶対帰ってきてねウルド! 美味しいパン焼いて待ってるよ!」
優しかったパン屋のおばさんが笑いかける。
「ウルド! いつも魚買ってくれてありがとな! 早く帰ってくれよ! お得意さんがいなくなったら商売あがったりだからよ!」
安い魚ばかりを買っていた魚屋の大将が豪快に笑う。
「ウルドがいない間の街は俺達が守る! だから安心して行ってこい!」
よく絡みにきたチャラめの自警団の男が得意気に胸を張る。
「皆・・・!」
涙が出そうだった。
でもカッコ悪いから泣かない。
涙を拭う。
「・・・行ってきますッ!!」
思い付く限りの一言で応え、皆が拍手や声援を送る中を歩いていき、その場を後にした。
―――街の入り口の門を潜ると・・・。
「よ、ウルド!」
「・・・!」
ルッカの声が聞こえる方を見ると、門をすぐ出た所の脇にルッカとレレがいた。
「レレ・・・その格好・・・。」
普段のレレは黒と白を基調としたフォーマルな仕事服でその印象が強かった。
でも今のレレの姿は白いシャツにオレンジのケープ、赤いミニのスカートと、年頃の女の子がしそうな服装だ。
髪も後ろに止めていたが今日は下ろしてるみたいだ。
「今日・・・お休み貰ったの、ウルド見送りたかったから・・・。」
「そうか・・・その・・・。」
「何?」
「いや・・・普段そんな格好しないだろ?だから・・・。」
「なぁにウルド? もしかして『こんなに可愛かったのか』とか思っちゃった?」
「ちょっとルッカ! また何言い出すのよあんたは!」
「思った。」
「「え?」」
俺の返答にレレとルッカの反応が被る。
「えぇ!? ちょ、ウルド!?」
レレは顔を真っ赤にして慌てふためく。
「あんた本当にウルド!? 素直過ぎるでしょ!」
ルッカも俺の返答が予想外だったみたいだ。
「当分会えないんだ。思ったこと言わないと後悔する。」
「ほほぉ? なんか急に男の顔になったねぇあんた。」
「そうか?」
「フフン、まぁいいでしょう! で? どうだったよ、街の皆は。」
「・・・言いふらしたのお前だな?」
「おぉっと、勘違いしないでね? 私は単に情報を撒いただけ!」
「いや、意味一緒だろ。」
「あとの事は、皆がやったことだから、私は別に強制してな、うぉ!?」
ルッカの胸ぐらを掴む。
「・・・勝手な事しやがって。」
「怒った?」
「泣きそうになっただろうが!」
「・・・へへ。」
ルッカはちょっと皮肉気味に笑う。
「ったく・・・。」
ルッカから手を放す。
「ルッカ・・・レレ・・・。」
「うん?」
「何?」
「街の皆さ・・・全部知っても俺の事『ウルド』って呼んでたんだ。」
「当たり前じゃん、あんたウルドでしょ?」
「そうよ!」
「だからさ・・・やっぱり俺・・・この街が好きだ! だからレレ・・・。」
「何?」
「引き留めてくれてありがとう! 俺、絶対帰ってくるから!」
「うん・・・。」
レレは嬉しそうに笑う。
「さあて!」
「ッ!!」
ルッカが後ろからレレの両肩を掴むと、レレは顔を赤くしてビクッと身体を跳ねあげる。
「お膳立ても整った所でぇ?」
ルッカが物凄い悪い顔してる。
「レレさんから、ウルドにどうしても伝えたいことがありますッ!」
「伝えたいこと?」
「ほらレレ? もう今しかないんだぞ?さっさと言って楽になりな?」
「うぅ・・・!」
レレは何故か顔を真っ赤にしてルッカを睨んだが、次第に観念したのかルッカの手を離れて俺の前に立つ。
「あの。」
「え、はい。」
「どうしても・・・伝えたいことが・・・あります。」
「はい、どうぞ・・・?」
なんだ?
気になるな。
「・・・。」
レレは黙り込む。
「・・・レレ?」
「・・・。」
「・・・?」
しばらく沈黙が続く。
「レレ?なんだよ、言いたいことあるなら言えよ!」
「・・・っ。」
「?」
レレは何故か笑顔になる。
「言わない。」
「「は!?」」
え、何!?
どういうこと!?
「ちょ、レレ! 正気!?」
何故かルッカが慌てふためく。
だがレレはそんなルッカの言葉なんて何処吹く風かとばかりにぷいっとそっぽを向く。
「これからしばらくいなくなる奴に言っても仕方無い事だからね。」
「いや、おい! 何か知らんが言いかけてやめられると俺も気になる! つか、このままだとずっと気になってずっと気持ち悪くなる!」
「勝手になればいいじゃない。」
「ふざけんな!」
「じゃあ・・・早く帰って来なさい。」
レレは向き直って真っ直ぐに俺を見る。
「え?」
「その時に言うから。」
「!」
何故か言葉を返せなかった。
レレの目だ。
何か決意を感じるようなその視線に俺は何も言えなかった。
「おう・・・なんか知らんが分かった・・・そう言うことなら早く帰る。」
「くっ・・・絶対早く帰って来なさい! 一秒でも早くッ!」
何故かルッカは悔しそうだ。
「分かった分かった! ・・・じゃあそろそろ。」
「うん・・・いってらっしゃい!」
「いってら!」
「おう!」
挨拶を交わし、街の外に向かって歩き出す。
「・・・。」
けど、やっぱり気に入らない。
なんかレレにやられっぱなしだった感じがある。
納得いかない。
納得いかないから振り替える。
「レレエエエェ!!」
結構歩いて離れていたので大声で叫ぶ。
「!?」
まだ此方を見ていたレレがビクッと肩を跳ねあげる。
「戻ってきたらさっき言おうとしたこと教えろよッ!! 絶対だかんなああぁ!!」
「~~~ッ!」
レレは目をカッと開いて顔を真っ赤にして震える。
それを横目にルッカはニヤニヤしていた。
「五月蝿ぁいッ! さっさと行けぇッ! あと恥ずかしいから大声で言うなぁッ!!」
何故か怒って返事を返された。
「へへっ!」
なんかスッキリしたので元の進路に向き直って歩を進める。
にしてもやっぱり気になる。
『恥ずかしい』ってなんだ?
「まぁいいか!」
全部終わって帰ってきたら分かることだ。
気にするまい!
~レレ カザ入口~
「・・・行っちゃった。」
ウルドの姿が見えなくなってから呟く。
「言わなかった事、後悔するぞ? きっと・・・。」
「・・・帰ってくるもん。」
「何年先か分かんないぞ?」
「何年だって待ってやるわよ。」
「・・・やれやれ、いつからこんな頑固者に育ったのやら、お姉さん呆れちゃうよ。」
「いつからあんたの妹になったわけ?」
「減らず口が叩けるだけまだマシかね。」
そう言ってルッカは私の肩に手を置く。
「折角だから一緒に待っててやるよ。」
「・・・。」
「今まで散々応援してたからね。」
「・・・グス・・・ぅぅ・・・。」
「・・・。」
声もなく泣いている私の頭にルッカはぽんぽんと優しく手を置いた。
絶対に帰ってきたら言う。
言うんだ!
『英雄のあんたなんて関係ない』。
『私が好きになったのは半年間この街にいたウルド』だって・・・!