#87 選択
~ゾルガ 官邸前~
いよいよ終わりが来た。
人生で一番充実した時間だったと言える最高の戦いだった。
楽しい時間ってのはあっという間に過ぎるもんだ。
だが一つ悔いがあるとすれば・・・。
「へ・・・へへ・・・。」
俺の前身は顔や腕、足先以外の全てが炎に包まれていた。
言わなくても分かるだろ?
炎神の限界だ。
「結局・・・着かなかったな・・・決着。」
「・・・そうね。」
ビリーは構えつつ俺の言葉に相槌を打つ。
「生憎だけどこれもあたしの役割の一つよ。おいそれと勝ちを譲ってあげるつもりなんてないの。」
「いや、いいよ・・・別に。」
「何あんた。勝ちたいんじゃなかったの?」
「真剣勝負に手抜きなんて・・・戦士への侮辱だろ? だからお前には・・・感謝してるよ。」
「・・・そう?」
そう言うとビリーは俺に背を向ける。
「行くわね、あたし。一騎討ちを挑んだ度胸に免じて他の奴らには手を出さないでおいてあげる。」
「そうかよ・・・。」
「まぁ、あんたの所で生き残った奴がいたら仇を討ちにあたしの事追って来るかもね。」
「ああ、残念だ・・・そいつらとお前が戦う所も見たかったな!」
「何? 戦う姿見てあたしに惚れちゃった?」
「へっ、お前が本当に女じゃねぇのが残念だ!」
「・・・。」
ビリーは黙って歩を進める。
「初めてよ、オカマのあたしにそんな口説き文句言った男は。」
「そうか! じゃあ俺が『一番』って訳だな!! はっはっはっは!!」
「それに免じてあんたの娘にもよろしく言っといてやるわよ。向こうは物凄い剣幕で襲って来るでしょうけどね。」
「そうだな!」
「じゃ。」
「おう!」
そう言ってビリーは走り出し、あっという間に官邸へ消えていった。
「ゾルガ・・・!」
「ゾルガぁ・・・!」
俺の戦いを傍らで見ていた獣人が三人、涙を浮かべて俺を見ていた。
どいつもマカ村の狼族の戦士だ。
「馬鹿野郎ッ!!」
そいつらに向かって思いっきり怒鳴ってやる。
「戦場の真っ只中で泣く奴があるか!! そんな暇あったら一人でも多く敵をぶちのめして来い!!」
「・・・!」
戦士達は涙を拭ってそれぞれ武器を両手で力強く持つ。
「ああ。」
「分かってるよ、言われなくてもな!!」
「うあああああぁぁぁッ!!!」
戦士達は雄たけびを上げて敵に向かって走って行った。
「・・・。」
身体中に炎が上がる中、俺は黙って空を見上げる。
今は丁度満月だった。
全く、変な煙が上がって空が汚い国なのにそれでも月は綺麗に映るんだな。
奇妙な感じだがこんな月を見ながら死ぬのも悪くない。
正直身体中にガタが来ていて本来は立つことすら出来ない。
ビリーと平然と会話したり、戦士に怒鳴ったりしていたが正直そんなことをする余裕ももうなかったがあくまで気合で乗り切った。
うん、俺エライ!!
「へッ!」
その空元気で満面の笑みで腰に手を当て、拳を月に向かって思いっきり突き出す。
「いい戦いだったぜッ!!!!」
その言葉を最後に俺の視界は炎に完全に包まれた。
~ウルド 廃棄場~
---数分前。
また魔力の反応が あって スカベンジャーは そっちの方角を見るが
「オラァッ!! 死にてぇならそのまま大人しくしてろぉッ!!」
ライがガラの悪い口調で銃を乱射する。
腐食者は皮膚を硬化させながら触手をライに飛ばす。
「おぉっとぉ!?」
ライは横に転がりながら更に銃を撃つ。
だがこちらの攻撃はそれだけじゃない。
「いい足場だな。」
ライに向かって行った触手に乗って俺は触手伝いに奴に向かって走り出す。
俺のやり口を生意気と取ったか、奴は今度は俺に向かって触手を飛ばして来る。
「ハッ!」
俺は鼻で笑うと正面から来る触手を剣で往なし、右から来る触手を跳躍して躱し、下から伸びて来た触手を蹴って更に跳躍し、右上から来る触手を剣で弾いてその反動で体勢を変え、最後に後ろから回り込んできていた触手を蹴って跳躍して奴に跳んで行く。
「そうだ俺を見ろぉッ!!」
そう言って俺は奴の触手の間の眼球に向かって剣を突き出す。
しかし奴もそう易々と攻撃させてくれず、また巨体に似合わない動きでずざざざと気持ち悪い音を立てながら移動して距離を取って来る。
「ッ!」
奴の眼が光り始めた!
来る!
「うぉっ!!」
奴は下がりながら光線を放ってきた。
予兆を見逃さなかったので回避はしたものの、まんまと距離を取られる。
「!」
タイミングが悪いことに魔力の反応があって腐食者はそっちの方角を見る。
今にも魔力の元を捕まえる気だ!
だが俺もそれをただでやらせてやるつもりはない。
「距離取んなら・・・。」
そう言いながら腰のベルトのポーチから拳弓銃の矢を取り出して手の上で放って一回転させてから再び手に持つと・・・。
「雷 矢 接続 秒刻 三 解放」
俺が詠唱すると矢の矢じりが雷を纏いだす。
腐食者は俺が何か仕掛けて来ることに気づいてか、触手を伸ばして来る。
だが距離があるせいでそこまでたくさん飛ばしては来ず、三本だけ飛んで来る。
正面から飛んで来る触手を頭をずらして躱すと右から飛んで来る触手を剣で弾き・・・。
「爆雷の矢」
詠唱を完遂する。
すると矢じりの雷が激しく光り出す。
だがその隙に足を掴もうと地を這うように触手が伸びて来ていた。
しかしそれも見逃していない。
触手を跳躍して躱してその内に矢を装填する。
矢は奴の触手のうちの一本に命中する。
刺さったは良いものの大した負傷は与えていない。
しかしすぐに矢が光り出し、爆風のような雷が広がって触手を襲う。
こんなものを喰らえばいくら奴でもひとたまりもないだろうとたかを括ったが・・・。
「マジかよ・・・。」
全然効いていないとか・・・。
見た感じタコとかイカ、水棲生物の類いだろ。
まさかあれでゴムみたいな絶縁体なのかふざけんなよ!?
「ッ!?」
奴の眼のひとつと目があった瞬間だ。
わずかに目尻がつり上がっている。
まるで人間が笑っている時みたいな・・・。
こいつ・・・!
「こいつ今馬鹿にした!! 絶対馬鹿にしたぞ今ッ!!」
「ハイハイドンマイドンマイノーダメ不発マン。」
「うるせッ!!」
怒る俺をライは冷めた声で茶化しながら銃を撃ち続ける。
「けどせっかくだから・・・。」
ライは銃を片方仕舞い・・・。
「その目潰すか。」
指をパチンと鳴らす。
『発射。』
通信機からサンの声がすると遠くから銃声が聞こえ、べちゃっと小さな水風船が破裂するような音がする。
「ピギイイィィイィアアアア!!!」
奴は悲鳴のような鳴き声をあげると怯んだ。
どうやらサンが狙撃した弾丸が奴の眼に当たったようだ。
しかも皮肉なことにその当たった眼は俺を見て笑ったあの眼だ。
ライの仕業と気づいた腐食者は怒ったのか、今度はライに向かって触手を伸ばす。
「ぐっ・・・!」
ライは左右から来る効果による斬撃の触手を腹部に受けた。
「ライ!!」
「へッ!」
斬撃を受けたのにライは不敵に笑っている。
その次の瞬間、斜め上からくる触手を躱す。
その触手は切りつけるような動きじゃなかった。
恐らくは捕獲するために伸ばしてきた触手だろう。
不死身の体をうまく活用した攻撃のさばき方だ。
だが先程の捕獲しようとした触手を回避するあたり、いくら不死身の身体を過信はしていないんだろう。
恐らく懸念しているのは腐食者の捕食だ。
頭から咥えこまれて吸い付くされようもんなら多分一発でアウトだ。
だから捕獲のために伸ばしてきた触手は回避しているんだろう。
だが裏をかけばそれだけに注意していればいい。
上昇は使えないがそれでもライは俺達同様奴と戦えるわけだ。
で。
「業火 杖 集束 射出。」
こんなことしている間にルタは既に詠唱完成していた。
「炎熱一槍。」
槍状の尖った形になった炎がルタの真上に現れたかと思うと、矢のように奴に飛んで行く。
奴はムキになってライに攻撃していたせいか反応が遅れて回避しきれず、硬化させた触手を槍が向かう先に固めて防御の姿勢をとる。
槍が当たると、当たった部分は溶鉱炉で溶けた鉄のように赤白い眩しい光を放つ。
炎の槍はどうやら熱を一点集中で食らわせる攻撃魔法のようだ。
その攻防の間を好機とばかりにまたあの魔力の反応が現れる。
もういい加減誰でも分かってくるだろうが、魔力の正体はメロだ。
あいつが今やっているのは切り札の魔法を撃つための下準備の為、楔を打っている。
だが普通にそんなことをしていれば魔力だだ漏れのあいつの事だ、暗闇の中だろうがすぐにバレて奴に捕まるだろう。
しかし魔力がまちまちに現れるのには理由がある。
ヒントは俺が今、封印の指輪をつけていないことだ。
答えはあいつに指輪を渡していたからだ。
指輪を付けているメロは魔力も上昇も使えないただの小娘になるが魔力で言えば逆になくなった方が良い。
奴の魔覚に引っ掛からず移動が出来る。
だがそれでも楔を打つにはある程度の魔力が必要なので、その時だけ指輪を外していた。
だから今のように魔力が現れるわけだ。
魔法に必要な楔は全部で四つ。
そして今まで反応があった魔力は四つ。
つまり必要な楔は全部打ったわけだ。
だがそれで終わりじゃない。
あと一回。
そう、あと一回だ。
どうしても必要な工程があるのでメロはあと一回指輪を外さないといけなくなる。
だが奴も薄々気づいている。
このままメロのやっていることを許せば何か良からぬことが起きるぐらいはな。
「何キョロキョロしてんだオラァ!!」
眼をギョロギョロさせてメロを探している腐食者に向かって思いっきり飛び掛かる。
奴は俺に視線を戻すと目を光らせる。
「くっ・・・!」
予兆を見て身体を逸らすと奴が放った光線が顎の下と腹の前を掠める。
更に左右から来る触手を回避する。
「ほら無茶すんな。」
ライが呆れ気味に言いながら銃を撃ちながら手榴弾を投げる。
奴はすぐに察知して手榴弾の爆風の届かない所まで距離を取る。
「業火 杖 放出」
ルタが魔法を詠唱しているのを見て奴はルタに向かって触手を伸ばす。
「だから俺を見ろっての!!」
俺は奴の目に向かって拳弓銃の矢を放つ。
すると奴は咄嗟に目を瞑って瞼の皮膚を硬化させて防御する。
しかし目の一つを瞑って照準がズレたのか、ルタに伸ばした触手はあらぬ方向へ向かい、その隙にルタは触手から距離を取って回避する。
そうしている間に・・・。
「爆炎榴弾」
ルタの詠唱が終わり、杖から炎が放たれるがいつもの小さな炎とは違い、人一人分はありそうなかなりデカイ炎の塊だ。
炎は砲弾の様に放物線を描いて飛んで行く。
だがこれをみすみす受けるほど奴も甘くない。
すぐに俊敏な動きで射線上から逃げる。
「!!?」
しかし炎は着弾地点から予想外の大きな爆発を起こす。
「ピギィィィィ!!!」
紙一重で躱していたせいで奴はその爆風を諸に受け、悲鳴を上げる。
「!」
メロの魔力だ。
最後の反応だ。
楔を打ったあとに魔力を晒させるのには理由がある。
メロの奥の手は四つの楔を打って作った陣形の範囲内に発生させる魔法だ。
だが楔だけ位置を知っていても魔法が効果範囲は曖昧だ。
逆算すれば出来なくはないだろうが戦闘中だ。
戦いながら位置を特定するのにはかなり集中しないといけないし、この化け物相手であれば尚更余裕はない。
そのために最後、誘い込む位置を知らせる為にその地点で指輪を外すよう指示した。
だが・・・。
「な!?」
爆風の中から触手が伸びる。
狙いは魔力の反応地点、メロだ!!
「わぁッ!!?」
メロの声がしたかと思うと奴の元へ戻ってきた触手にはメロが捕まっていた。
「くぅッ!! 放せですッ!!」
胴回りをがっちりと掴まれたメロは必死に引き剥がそうとするが離れる気配はない。
くそ、油断した!!
多分こいつ、わざとやられたフリをしやがったんだ!!
ルタの魔法の射程や効果範囲を知ってて・・・!
「野郎ッ!! ・・・ッ!?」
ライは奴に向かって銃を構えるが・・・。
「うわぁッ!!」
奴はメロを射線上に動かす。
「チッ・・・!」
ライは撃つのをやめる。
無理もない。
最悪の状況だ!
こっちの作戦を潰された上に人質を取られた!!
『お兄ちゃん!』
「!!」
ルタから念話で声が聞こえる。
『今から私の言う通りに動いて!!』
『何か作戦があるのか!?』
『教える前に言うけど・・・。』
『なんだよ!!』
『・・・ごめんね?』
『は? いいってとにかく言えよ!!』
『うん。今から私がーーー。』
念話越しにルタは作戦を手短に説明してきた。
『・・・チッ、まぁ背に腹は代えられないって奴か。』
『うん、ごめん。』
『しゃあねぇやるかッ!!』
打ち合わせを終えると俺は前に飛び出す。
「メロを放せてめぇッ!!」
俺は腐食者に向かって跳びかかる。
奴は触手を数本飛ばして応戦してくる。
「くっ・・・!」
一本目を身体を捻って躱し、二本目を剣で弾いて逃れる。
「炎 杖 放出・・・。」
「!!」
俺が着地すると同時にルタが魔法を唱え始めた。
「炎球!!」
ルタが炎の球体を放つ。
「うぇッ!?」
腐食者は再びメロを盾にする。
「馬鹿ッ!! 何してんだ!!」
そう言って俺はメロの前に跳び上がる。
「ぐあぁッ!!」
「師匠ッ!!」
俺は炎を諸に喰らい、メロの頭上を通過して吹き飛ぶ。
奴はこれ幸いとばかりに触手を一本伸ばして俺を捕獲しに来るが・・・。
「へっ。」
奴に向かって鼻で笑ってやる。
「オラァッ!!」
身体を回転させて触手を切りつけて払い、そのまま身体を入れ替えて奴に跳びかかる。
さっきルタに魔法をぶつけられたのはわざとだ。
こいつにやられたことをそっくりそのままやり返す為にな!!
「引っ掛かったなバァカッ!!」
そう言って奴の眼球に剣を突き立てる。
「ピギャアアアアァァ!!」
奴は再び嬌声を上げてメロを落とす。
だがそれだけじゃない。
「ほいプレゼント。」
「!!」
奴は残った眼で俺が手から落としたものを見る。
手榴弾だ!
ライからあらかじめ一個貰っていた。
爆発する寸前、俺はメロを掴んで爆発の範囲外に逃げる。
奴も同様だ。
すぐに手榴弾から距離を取って逃げる。
手榴弾は派手に爆発するが爆風は何も巻き込まず不発に終わる。
だが奴の逃げた方向は・・・。
「今だメロ!!」
おびき寄せる地点だ!!
「氷 剣 陣 放出・・・。」
メロはすぐに俺の意図を組んで剣を抜いて魔法を詠唱し始める。
だがそうは問屋をおろさせてくれないのが奴だ。
すぐさま触手を伸ばして来る。
硬化させて尖らせた触手が真っ直ぐに向かって来る。
貫くつもりだ!!
「くっ!!」
俺は咄嗟にメロを抱きかかえて護ろうとする。
だがそんなことをすれば俺が危ない。
かまうもんか!!
仮に俺に何か起こったとしても全滅するよりはるかにマシだ!!
そう覚悟を決めてこれから来る痛みに備えて目を瞑って全身を硬直させるが・・・。
「・・・?」
攻撃が来ない?
「ッ!?」
目の前の光景に目を疑う。
「こういう時が一番の使い所だろ? 『不死』ってのはよ!!」
「ライッ!!」
攻撃を受けたのはライだ。
どてっ腹を貫かれながら触手を掴んで止めていた。
「やれッ!!」
「・・・!」
ライが催促するとメロは言葉を発さず頷く。
魔法の詠唱を中断させないためだ。
そして・・・。
「氷結柱!!」
メロが詠唱を完遂すると腐食者の周囲が青く光り、氷の柱が現れ、奴を閉じ込めるように凍らせる。
しかしそれには一つ問題があった。
ライは今奴に貫かれている。
つまりライも巻き添えを喰らって凍りかねない状態だ。
そして現実は容赦なくライを襲う。
凍らされた奴の触手が見る見るうちに凍っていき、氷結はライに今にも迫っていた。
「ぐぅ・・・うおぉッ!!」
ライは必死に引き抜こうとするが奴も最後の意地なんだろう。
中々引き抜ける気配がない。
だが・・・。
「な!?」
ライが目を見開く。
「ぐぅ・・・!」
「んむぅぅぅ・・・!」
俺とメロがライを掴んで引っ張るからだ。
「おい巻き込まれるぞ馬鹿!」
「うるせぇ!!」
「んぎぎぎッ!!」
ライの警告を無視して俺とメロは加勢をやめない。
当たり前だ!!
こんな所で誰がカッコつけさせてやるか!!
「くそぉ!! うおおおおおおおぉぉ!!」
ライはヤケクソ気味に触手を引き抜こうと力を込める。
「ぬぅおおおおおおぉ!!」
「んぎいいいいいぃ!!」
三人が力を合わせて下がると、氷結が目と鼻の先に来た時、奴の悪あがきの力が尽きたのか、なんとか抜けて巻き込まれずに済んだ。
「ハァ・・・ハァ・・・!」
「ゼェ・・・ハァ・・・!」
「げほっげほっ! ・・・ぺっ。」
氷漬けになった腐食者を前に俺とメロは座り込んで息を切らし、腹部を貫かれていたライは血を吐いたまま蒸せた後に血を吐き捨てる。
無論、ライの不死の能力ですぐに傷は塞がる。
「ったく・・・二人してかっこつけやがってよぉ?」
「お前が言うな。」
ライがいつもの減らず口を言うので皮肉で返してやる。
『まだ終わりじゃないよ。』
通信機からフレッドの声がする。
「ああ分かってる。」
そういうのもつかの間、凍らせた腐食者の氷から亀裂が走っている。
そう、凍らせたところでそれは一時的な足止めに過ぎない。
だが凍らせた狙いはこれで奴を倒す為ではない。
『如何に強度の高い金属であっても極度に低温になれば脆くなる。』
「業火 杖・・・。』
フレッドが解説を始めている間にルタが詠唱を始める。
「座標 集束・・・。」
『それは奴の硬化させた奴の体であっても例外ではない。」
「天 降下。」
ルタが魔法を詠唱すると腐食者の真上に巨大な炎の球体が現れる。
『であれば、この状態で破壊すれば・・・。』
「隕炎降来」
炎の球体は容赦なく腐食者に叩きつけられ、巨大な爆炎を巻き上げる。
しばらくは爆発した後の煙で何も見えなかったが煙が晴れると・・・。
『ご覧の有様というわけだな。』
フレッドが説明を終える頃には目の前には無惨な光景が広がっていた。
奴の体の一部と思わしき凍った破片が辺り一面に散乱している。
「ふぅ・・・。」
倒したのを確認すると俺は一息つく。
「いやぁ楽勝だったな!!」
「嘘つけ! どてっ腹貫かれたくせに!」
ライが的外れなことを言うので容赦なくツッコミを入れる。
一方メロはと言うと頭を抱えていた。
「うぅ・・・!」
だがその原因は既ににわかっている。
「どうだったよ、その指輪は。」
「もうこれ付けたくないのです・・・。」
メロの顔色が優れないまま指輪は返却される。
「頭が重いし・・・胸の奥に重りを付けられたみたいに苦しかったのです・・・しかもいつも見えたり聞こえたりしてるものが分からなくなってるみたいな気持ち悪い間隔ですし・・・普段の師匠の感覚ってこんな感じなのですかぁ?」
「なるほど、お前今度これつけて修行してみるか?」
「絶対嫌なのです!!」
素晴らしいアイデアを提供したつもりだったが速攻で却下された。
『さて、のんきにしてる暇はないぞ! みんなこんな臭い場所に長居はしたくないだろう?』
冗談まじりにフレッドは通信機から催促してくる。
「はいよ。 とりあえずそっちに合流するわ。」
すっかり傷の治りきったライは意気揚々と立ち上がり、みんな今にも脱出の手立てに気が移ったその時だ。
「・・・え?」
一瞬何が起こったか分からなかった。
地面のように敷き詰められた足元の死体から足が離れ、突如体が浮いた?
いや違う!
何かに持ち上げられた!!
「な!?」
なんと地面になっている死体の山から現れた触手によって絡め取られて持ち上げられていた。
それは俺だけじゃない!
「なんだ!?」
「くぅ・・・!」
「うぎぎ! な、なんですか!?」
ライ、ルタ、メロ、この場にいた全員が捕まっていた!
不意打ちに成功したのを確認してか、地面になってる死体の山をかき分けて腐食者は姿を現す。
「なんでだ・・・!?」
奴は倒したはずなのに!?
「!!」
ふと奴の死体と思われる体の破片を見て違和感に気づく。
ルタの炎の熱で氷が溶けていた一部が空気の抜けた風船のように萎んでいた。
いやもしかするとあれは・・・。
「『皮』・・・!」
「まさか・・・脱皮したのか!?」
---そして現在に至る。
「くそぉ・・・!」
捕まって抵抗できない俺達を、腐食者は品定めするように見ていた。
『みんなッ!!』
通信機からフレッドの普段から落ち着いた姿から想像出来ない焦った声が聞こえる。
『僕のミスだ・・・奴が喰った人間から奪った能力にばかり気を取られて分析を怠ったから・・・!』
ディグも予測できなかったみたいだ。
脱皮は恐らく食った奴らからではない、こいつの本来の能力だ。
「くっ・・・この・・・!」
なんとか拘束を抜けようともがくががっちりと胴回りを掴まれてびくともしない。
「え?」
ルタの声と共に肉塊が蠢く音が聞こえたかと思うと状況に気づく。
奴はルタを引き寄せていた。
まずい!!
ルタから喰う気だ!!
「くっ・・・!」
いよいよマズイと思ってルタはもがくが俺同様、拘束から抜けられないみたいだ。
「うぅ・・・!」
ふざけんな!!
また目の前で仲間が・・・!
『あの時』の光景がまた・・・!
「ルタアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!!!!!」
頭が砕けそうな程叫んだその時だ!!
---「ッ!!?」
俺が目を開けると目の前から数えきれないほどの水の粒が正面から俺の全身に降りかかる。
違う。
俺は仰向けに倒れてその上から雨が降っているのだ。
此処は雨の降っている荒野。
魔導の扉の精神世界。
そこにはローブを来た人物たちが俺を見下ろしながら囲んでいた。
精神世界の住人、俺の精神の一部達だ。
魔導の扉への行き方は本来、精神を集中して解錠の言葉を唱える物だがもう一つある。
現実の自分が極端に精神的に追い詰められた時に強制的に転移する形でたどり着くときがある。
しかもこの条件で魔導の扉を潜った時は意識が加速しているため、現実の時間の一秒はこの世界に於いては一日に該当する。
「王よ。」
声をかけて来たのは金色の龍を象った鎧に身を包んだ男。
精神世界の住人の統括、ジャッジだ。
「・・・。」
なんで自分が此処に来たのかも分かる。
それを思い出して拳を握る。
「またあの時の光景を繰り返すのか? こうならない為に逃げていたんじゃないのか?」
「分かってる・・・。」
「お前は何も変えられないんだな・・・王よ。」
「・・・ッ。」
悔しさで歯を噛みしめる。
「どうするつもりだ?」
「ッ!!」
すぐに立ち上がる。
「決まってんだろッ!!」
「ッ!」
ジャッジの頭の鎧兜を右手で掴んで自ら顔を寄せて零距離でメンチを切る。
「力を寄越せッ!!! 今すぐにだッ!!!」
「・・・。」
叫ぶ俺を冷めた目で見ているかのようにジャッジは黙り込む。
「王よ、分かっているのか?」
「分かってるッ!!」
俺とジャッジのやり取りの理由は至って簡単、力を得れば相応の危険があるからだ。
「深淵魔法の制御なしに『扉』の力を使えば、この世界と王は『境』が無くなる。」
ジャッジの言っている事は深淵魔法の本来の原理だ。
深淵魔法は、端的に言えばこの扉の向こうの精神世界と自分を繋ぐ力を『制御』するための物だ。
分かりやすく言えば精神世界の力は激しく流れる大河の水のような物だ。
深淵魔法はその河が正しい方向にのみ流れるように流れを限定するトンネルのような物だ。
トンネルなしにその激流を放置すれば河は氾濫し、下手をすれば土地全体を流す大災害になりかねない。
精神世界の力も本来は深淵魔法無しに使える。
しかしその使い方をすれば今の原理みたいに自分と精神世界の境界となる扉の存在が曖昧になる。
この世界はいわば魔法と精神が混ざり合った世界。
境界がなくなれば魔法の根源である『魔』との繋がりが深くなり、己の精神を侵食する。
そうなれば『魔』と混ざり合った生物になってしまう。
そう、『魔物』になってしまうのだ。
ここまで言えば分かるかもしれない。
メロがグラと戦いになった時のメロと同じ結末・・・。
俺は深淵魔法の成り損ないになってしまう。
分かった上でジャッジに要求している。
かまうもんか。
「また目の前で大事になっちまった物を失うくらいなら・・・俺は化け物になったっていい!!」
俺は精一杯の覚悟を伝えた。
しかしジャッジは・・・。
「・・・。」
俺の話を無視するかのように虚空を見つめるがごとく空を向いて何も返して来ない。
「ジャッジッ!!」
こんな時に何ふざけてんだこいつ・・・!
「王よ。」
「なんだッ!!」
「その必要はない。」
「・・・は?」
何言ってんだこいつ・・・!
「ふざけんなッ!! こんな時に・・・ッ!?」
ハッとして己を律して落ち着かせる。
俺なりにジャッジの事は長い付き合いで知っている。
考えなしにそんな事を言う奴じゃない。
「・・・どういう意味だ?」
落ち着きを取り戻してジャッジに問いただす。
「すぐに分かる。」
「ッ!!?」
ジャッジが軽く俺の胸を押すと、俺は後ろによろけて・・・。
---「ッ!!?」
身体に魂が戻ったかのように意識を取り戻して身体をびくっと動かす。
あの触手に拘束されたまま。
現実世界に意識が戻った。
だが、現実は変わらない。
「くっ・・・このッ・・・!」
拘束していた触手から必死に逃れようともがくルタ。
その身体は開かれた巨大な腐食者の口に今にも迫っていた。
「ルタアアアァッ!!」
ふざけんな!!
何も変わらないじゃないか!!
まさかジャッジのやつ、ルタを見限ったのか!?
そんな絶望的な考えが脳裏を支配した瞬間だった。
「ギイイイィアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!!」
「!!?」
腐食者が悲鳴を上げ、俺達を乱暴に振り回す。
しかもそれどころか・・・。
「うわぁッ!! ぐぇッ!!」
俺は触手から投げ飛ばされ、壁に激突して死体の山に落ちる。
「痛たたた・・・!」
「ってぇ~!」
「うぐぅ・・・舌噛んだのです・・・!」
ルタ達も同じみたいだ。
全員何故か触手から解放された。
「ピギイイイィアアアァァァア!!」
「一体何が・・・っ!?」
触手を激しくしならせながら苦しむ腐食者に視線を移すと奴と俺達の間に人影があった。
「お前・・・!」
その姿は俺が知っているものだった。
黒い歪な化け物のような装飾の重厚な鎧姿、手には片手で扱うにはデカすぎる巨大な斧。
「バルルルルルゥアアアアアァァァァァァッッッ!!!!!!!!」
「狂戦・・・士・・・!」




