#84 分析
~前室長 スラム街(五年前)~
何処までも続く地獄。
死ぬまで続く地獄。
ゴミを漁り、飢えを凌ぐだけの地獄。
ただ死なないためだけに生きている地獄。
生きている限り地獄。
いっそのこと何処かビルの上にでも昇って飛び降りれば・・・。
そんな事を考えていた時だ。
「ッ!!?」
何者かが走って来て私のパンを奪った。
「へへッ! いただきぃ!!」
パンを奪ったのは薄汚い格好の少年だった。
年は十代の後半くらいと言えるか、青年一歩手前と言った年齢か。
走りながらパンを奪ったことを良い事に粋がっている。
こんな場所で生きているくせに元気のいい子供だ。
「・・・。」
私はその少年の背中を追いかけようとは思わなかった。
このまま飢えて死ぬのも悪くないと思ったからだ。
「ふぅ・・・。」
息を吐いて廃ビルの壁を背に寝そべる。
もう何もかもがどうでも・・・。
「おーい・・・おーいおっさん!!」
「・・・?」
声のする方を向くと・・・。
「!」
先程の少年だ。
「なに腑抜けてんだよ! 普通ここは『待てこのクソガキがぁッ!!』って怒って追いかけてくる場面だろうが!!」
「???」
何を言っとるんだこいつは???
きょとんとする私を見て少年は呆れ気味にため息を吐いて後ろ頭を掻き始める。
「ま、いいや。来いよ! おっさん!」
「え?」
突如少年に手を引かれる。
「本当は追いかけられながら案内してやるつもりだったんだけどな。おっさんの反応が面白くねぇからだぞ?」
歩きながら少年は不平不満をぶつけて来る。
いやいや、そんなこと言われてもだ。
しかし何にせよだ。
「私をどこに連れていくつもりだ?」
「安心しろよ。悪いようにはしねぇから。」
どうあっても教えてくれないみたいだ。
「・・・。」
諦めて何も言わず聞かない事にする。
どうせ行く当てもないし生きていく目的も無い。
この少年の誘いを断る気も起きないし、連れていかれた先で仲間と一緒に身ぐるみを剝がされようが今更私に失う物なんかありはしない。
「おーっし、みんな注もぉく!!」
「?」
目的地に着いたかと思うと急に少年は声を上げる。
そこには少年と同い年くらいかそれよりも幼い少年少女が数人、瓦礫の隅で座っていた。
私の手を引いて来た少年が声を上げるとそれに気づいて一斉に集まって来た。
「・・・はぁ。」
やはりただの追いはぎか。
まぁ別に盗られて困るものなんか・・・。
「?」
少年は何故か引っ張っていた私の手を高く上げる。
「俺らに新しい仲間が出来たぞぉ!!」
「・・・?」
は?
頭の処理が追いつかない。
この少年は一体何を言っているんだ?
「?」
また予想外の出来事が起きる。
少年の仲間と思われる少年少女が集まってその一人が私の手を握る。
「よろしく!! おじさん!」
「・・・。」
なんなんだ一体!?
いい加減黙っても居られない!
「おい!」
突然上げられた手を振りほどいて先程の少年に野次を飛ばす。
「仲間ってなんだ! 私は聞いてない!」
「ああ、言ってねぇ。」
「ッ!? こいつ・・・!」
あろうことかこの少年は開き直った。
「何故仲間なんか集める! 何の得がある!」
「得?」
私の問いかけに少年は頭にハテナを浮かべたかのように僅かに首を傾げて眉を顰める。
「お前たちは見たところストリートチルドレンだな。だったら寧ろ仲間なんか増やしたら損だろう! 食い扶持が減るんじゃないのか!?」
「ん? 確かにそうかもな。」
「だったら・・・!」
「だったらなんで、あんたは他人の心配をするんだ?」
「え?」
突然の返答に思考が一瞬停止する。
「あんた、こんな路地裏生活してんのによく他人の心配が出来るな。」
「・・・。」
理由はなんとなく自覚はしている。
生きる理由なんかないからだ。
自分の持っているものを全て裏切った部下に奪われ、こんな生活に落とされた。
勿論あの女に今も恨みはある。
しかし己の無力さを思い知ってからは復讐する気力すら失った。
今の私はただ朽ちていくだけの存在。
自分の心配なんかする必要がないからだ。
「当ててやろうか、あんたは生きることを諦めているからだ。だから『自分の心配なんかする必要がない』、違うか?」
「・・・!」
何も言ってないのに一言一句違わず考えている事を言い当てられてしまう。
だが当てられた所でなんだ。
もう私には何をする気力も・・・。
「心配すんなって!!」
目を見開いてから俯いた私を見て少年は私の考えている事を察してなのか、笑いながら肩をバンバン叩いてくる。
「生きる理由が無いんなら、その命、俺達に預けろよ!」
「?」
ますますこの少年の言ってる事が分からない。
「俺達と一緒に馬鹿やろうぜ!! ならさ、おっさんの残りの人生、ちったぁ楽しくしてやっからさ!!」
「・・・。」
少年の言葉には何の期待も沸かない。
だが・・・。
「分かったよ。」
どうせ断る理由も気力もない。
なるように、流されるようにしてやろう。
やりたいこともないからな。
「決まりだな!! おら見たか! スカウト成功だぞお前ら!」
「イェーイ!!」
少年は私に力強くにかっと笑ったかと思うと仲間と一緒にハイタッチをしたりしてはしゃぎだす。
私はその様子をため息を吐いて呆れながら見ていた。
「んじゃ自己紹介だな。」
そう言うと少年は自分の胸に親指を突き当てる。
「俺はライ! あんたは?」
「ロ、ロベルト・・・。」
「ロベルトか! ありきたりだけどいい名前じゃんおっさん!」
「・・・!」
ライの言葉に突如記憶が蘇った。
『室長。』
『パパ!』
『あなた!』
『おい雑用!!』
名前を呼ばれたのは久しぶりだ。
年を食ってから目新しい出会いも無く、自分は役職や代わりの呼び名で呼ばれていた。
なんでだろうな。
名前を呼ばれる。
ただそれだけで涙が出そうになる。
「んじゃ仲間の自己紹介だ!」
ライは仲間を紹介し始めた。
~ウルド 廃棄場~
腐食者は例の様に触手を伸ばして来る。
俺の方には四本、今にも俺を捕えようと襲い掛かって来る。
「ッ!!」
すぐに感覚上昇で奴の攻撃の軌道を見切る。
上から伸びる一本目を首を逸らして躱し、右から来る二本目を後ろに跳んで躱す。
直後に伸びて来た左斜め前から後ろに回り込むように伸びて来る三本目を敢えて前に出て躱す。
「!!」
奴本体の方が少し明るくなった事に気づいて視線を移す。
奴の触手の間から覗いていた目の一つが光り出した。
もう既に見ている、『予兆』だ!!
すぐに足に上昇を使い、自分の身長の二倍くらいの高さまで跳び上がる。
すると光っていた奴の目から光線が放たれ、俺の元居た場所の地面になっている死体を一体焼いた。
「くッ!」
その隙に最後の一本、正面の斜め下から跳躍の勢い余って逆さになっていた俺の頭を狙って伸びて来る。
空中なので回避は不可能。
すぐに判断して剣で奴の触手を切り裂・・・こうとしたが。
「!?」
刃が当たった瞬間、ギィンと硬い物が当たった音が響く。
奴の触手は斬れなかったが結果的に殴り払った形になり、なんとか着地する。
「・・・。」
これは初めて見る。
一体なんだ!?
「氷弾!!」
俺が様子を見ている隙に詠唱を終わらせていたメロの魔法の援護射撃が飛んで来る。
だが奴は氷の軌道に沿ってまるでクレーターが出来たかのように身体の一部分をぐにゃりと曲げて氷を素通りさせる。
これも初めて見るが恐らくさっきルタが捕まっていた時に俺の雷の砲弾を素通りさせた技だろう。
「くっ!!」
奴はすかさず反撃してきた。
今度は目を二つ光らせながら触手を四本飛ばしてくる。
一本目が左前から襲って来るので横に軽く跳んで回避してすぐに上半身を後ろに反らす。
すると一発目の光線が俺の腹部の上を通過する。
二本目は正面から低めに足を狙って伸びて来た。
俺はすぐに跳んで回避するがすぐに両足を蹴り上げて宙返りしながら身を縮める。
すると二発目の光線はちょうど跳躍していた俺の足があった所を通過して行く。
宙に浮いている間も奴から目を放さない。
触手はあと二本来ていた。
「!?」
だが触手のうちの二本は俺の頭上を通過していく。
狙いはメロだ!
「うおっと!?」
メロは正面から来た触手をなんとか横に身体をずらして回避する。
だが咄嗟の攻撃に面食らったみたいでどう見ても感覚上昇を使っていない。
「!!?」
案の定というか、メロが右斜め上から来た二本目に反応した時、すでに目と鼻の距離だった。
このままでは捕まるが・・・。
「ッ!!」
メロが反応できなかったのが二本目で良かった。
なんとか距離を詰めて奴の触手を切り払う。
またも触手からはギィンという金属音がしたが奴は触手を引っ込めた隙にメロを捕まえて距離を取る。
「師匠・・・!」
守られた事によりメロはキラキラと羨望のような眼差しを俺に向けて来るが・・・。
「減点1な?」
「う”・・・!」
俺の一言にメロは苦虫を嚙み潰したような顔で俺を見る。
と言うか俺自身何を言ってるのか意味が分からない。
何ノリで師匠っぽい事言ってんの俺!?
師匠じゃねぇっつうのに!!
「野郎ッ!!」
ライはちょっと離れた所から銃を乱射させながら走っていた。
距離があると触手は正面からの単調な攻撃しか出来ないようなので感覚上昇が使えないライでも回避はしやすいみたいだ。
だが弾丸は奴の巨体には小石が刺さった程度の負傷しか与えられないみたいだ。
しかしライの性格上、こんな単純な攻撃で終わる訳が無かった。
奴の目の一つが『それ』を捉えた。
手榴弾だ。
攻撃の途中にどさくさに紛れて投げていたみたいだ。
だが手榴弾が今にも爆発しようとした時だ。
奴は急にわしゃわしゃと気持ち悪い音を立てながら高速で移動して爆発から逃れた。
「チッ、でけぇくせに逃げんなよ!!」
それを見たライは忌々しそうに舌打ちしながら銃の乱射を再開した。
「!!」
奴は更にわしゃわしゃと移動をしながらルタの灯りの範囲から逃げる。
「くそ!」
すかさず俺は魔覚で探知したが奴はまた魔力鎮静を使っているのか、全く位置が分からない。
だが・・・!
「ライッ!! 『右』だ!!」
攻撃の直前に魔力鎮静が解けて位置が分かったので即座にライに警告する。
「うおッ!!」
腹部に向かって巻き付こうと伸びて来た触手をライは間一髪で跳ねるような側転で回避する。
そこに・・・。
「炎杖放出」
ルタが既に杖を構えて詠唱していた。
奴はすぐに察知して移動しようとするがルタの杖の先は奴を追って放さない。
「炎球!」
ルタが放った炎は腐食者の身体のど真ん中に命中する。
「!」
だが炎が当たったと思われる部分は絵の具で塗装されたかのように黒く変色していた。
ルタの魔法のせいじゃない。
その証拠に奴の意思なのか、変色した部分はすぐに元の色に戻る。
恐らくはあれで防御したのだ。
さっきの俺の剣が当たった時に硬い物が当たる手応えだった事にも関係があるのかもしれない。
だとすれば『硬化』か!
『炎手・・・』
『氷手・・・』
『風手・・・』
『土手・・・』
「来るぞ!! 散れ!!」
奴が魔法を詠唱し始めたので注意喚起して俺達は散る。
『炎球』『氷弾』『風刃』『土砲』
腐食者の手から四方に向かって魔法が放たれる。
攻撃を止めて回避に専念していたので全員無事だ。
だが奴は俺達を休ませる気もなく、それぞれに対して触手で襲い掛かって来る。
「魔法、上昇、光線、魔力鎮静、硬化、今のところ解ったのはこれだけか。」
走り回って攻撃を回避しつつ、ライ達に話して情報を共有する。
「あとどれだけあるって・・・これだけの死体の数見たらまだまだ気は遠くなりそうだぜ?」
「くそ・・・!」
そうだ。
この足場に広がる夥しい量の死体を見れば分かる。
それだけ奴が食って得た能力の種類は計り知れない。
ディグに分析は任せているが、正直無理かもしれない。
分からないなりになんとかするしか・・・。
『いや、今見た能力で全部ですよ。』
「!?」
突如ディグが口を挟む。
「何だって!?」
それが本当なら万々歳な話だがにわかに信じがたい。
「ディグ!? どうしてそんな事が分かるんだ!?」
『基地のサーバーにハッキングをかけて今まで破棄された輝ける人類の被検体、拉致されて実験台に使われた後に廃棄された他国の冒険者や騎士、全てのデータに目を通しました。戦闘で使える能力は今ウルドさんが言っていた物で全てです。』
「ちょっと待てよ! これだけの人間が喰われたんだぞ!? それだけな訳が・・・!」
どう考えたっておかしい!
喰われた奴らの中に同じ能力が被っていたと考えてもこれだけの数の人間が喰われているんだ。
それを省いたってこんなに少ない訳が・・・!
『ハァ・・・ラベスタの言葉を借りるのは癪ですが・・・。』
「?」
ディグは通信機越しでも分かるような分かりやすいため息を吐く。
『奴が食べている餌が『ゴミ』だからです。』
「・・・?」
え?
どういうこと?
「成る程!! 確かに此処、廃棄場だもんね!!」
突如ルタがみょうちきりんな納得の声を上げる。
「ルタ! ふざけてる場合か!! 真面目に聞け!!」
「いやお兄ちゃん分からない?」
「は!? なんだよ!!」
「B.R.A.I.Nの奴等は役に立たなかった被検体を此処に捨ててたんだよ! 多分その殆どが何の特殊能力もない『無能力者』だったってこと!」
「な!?」
『そう! けど稀にティル姉やレッサのケースみたいに性能競争で負けた被検体が捨てられる事もあった。奴はそれを喰って能力を着けたに過ぎないんですよ。』
「成る程な! つまり能力付きの餌は奴に取ってガチャのSSレアって訳だ。そりゃ何百のうちの一体ぐらいだろうから少ない訳だ!!」
「ガチャ?」
ライの意味不明な言葉に俺は思わず目を丸くして表情が消える。
「えすえすれあ?」
メロも同じようで俺と同じかは分からないが間抜けな顔になっている。
だがルタが突如手をパンと叩く。
「『ロキウス用語』! 二人は気にしない!!」
「「はーい。」です。」
外来人は思考を放棄した。
「・・・にしたって早すぎだろ。この数だぞ!?」
俺達の足元一面を埋め尽くしている数の死体たち、こいつらの情報に目を通すって・・・。
「俺達がこの化け物と戦い始めてからまだ数分しか経ってないぞ!? 本当に目ぇ通したのか!?」
現実的に考えたらにわかに信じがたい話だ。
『信じる信じないはお任せしますよ。』
「ぐっ・・・!」
確かめる術がない以上、完全に信用することは出来ないけど・・・。
「俺ァ信じるぜ? ディグの頭の良さはよく知ってっからな!」
「・・・。」
気は進まないが、ライのこの言い方は明らかにディグを信頼してる感じだ。
信じて委ねるしかない。
って言うか元々選択肢なんてないしな。
『情報は整理出来たみたいだね。』
「!」
突如通信機から違う声がする。
フレッドの声だ。
『私の方でも情報は把握したし、対策も練った。緊急だが作戦を伝えるからしっかり聞くように。』
「待ってましたぁ!!」
フレッドの言葉にライは鬼に金棒とばかりに勝利を確信したかのように声を上げる。
それと同時に俺も連携がとりやすいようにライの元へ駆け寄るとルタとメロも意図を察したのか、同じように合流する。
『さあ。』
フレッドの声と共に俺達はそれぞれ奴に向かって武器を構える。
『反撃開始だ!』




