#65 安堵と絶望
~ライ 医療区 個室~
「・・・。」
俺はティルに頼まれた通り銃を撃った。
だが・・・。
「・・・!」
ティルは目を見開く。
銃口はティルの目の前、しかもティルの方を向いておらず、目の前で俺の左手の平を撃ち抜いていた。
「どう・・・して・・・。」
「痛そうか? いや痛てぇよ、実際。」
「なんで兄さん・・・自分の手を・・・?」
「答えろよ。痛そうか?」
「・・・痛そう。」
「そうだ。だったら分かるよな?」
「・・・それでも殺してください。」
「ティル・・・。」
「何処に行ってもあの人は追って来る・・・私は大事な物を作っても絶対にあの人に壊される・・・だからもういっそ死んじゃいたいんですッ!! 私がメロさんを『大事な物』にしちゃったせいでメロさんは・・・メロさん・・・私のせいで・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ッ!?」
ティルの頭に手を置く。
「お前はいい子だ。だから尚更俺はお前を殺せない。」
「兄さん・・・?」
「あとお前はちゃんと俺の話を聞け。」
「?」
「『痛そうか?』って聞いてお前は『痛そう』って答えた。」
「何・・・ですか・・・?」
「つまりだ。お前は『他人の痛みが分かる』って事だ。だったら俺の痛みが分からねぇか?」
「手・・・ですか?」
「違う。まぁ、恥ずいからあんま詳しくは言わんがよ。こんな手を一発撃ったくらいじゃチャチなもんとだけは言っとく。」
「・・・!」
ティルは言葉には出さないが目を見開いてすぐに目を伏せる。
俺の言いたいことを察したみたいだ。
「分かるな? お前の命は俺にとっちゃそれだけ軽くないんだよ。だから、悪いが俺にはお前のその『お願い』は聞けない。」
「・・・。」
「すまねぇな。」
「・・・優しく、しないで。」
「ティル?」
「ッ!」
ティルは俺の手を払いのけて振り向く。
「私はッ!! 私は・・・。」
泣きながら言葉を俺にぶつけようとするが元来の口下手のせいか、言葉が上手く出ないみたいだ。
「ッ!!」
「ティルッ!!」
ティルは俺の上着を着たまま部屋を出ていく。
「・・・。」
俺はその背を追うことは出来なかった。
「・・・ハァ。」
座ったまま俺はすっかり自身の再生能力で治った左手で頭を抱えてため息をつく。
本当に情けない兄貴だ俺は。
「これじゃあ『姉ちゃん』に笑われちまう。」
~レレ カザ 南門前~
「慌てないで!! 落ち着いて逃げて!!」
街の中で火が上がる中、戦えない街の人達を避難誘導させていた。
南側の出口から言った先に古い坑道があり、弱い魔物はいるもののギルドの冒険者たちに先に行かせて護衛させる算段を付けている。
「ルッカ!! 敵どれくらいいる!?」
「慌てなさんな! 今やってる!!」
高台の上でルッカは目を閉じて米噛みを叩いて魔覚に意識を集中する。
ルッカには敵や避難に遅れた人の探索の為に一緒に居て貰っていた。
高台に上がられないようにリガードも下で守っている。
「敵は中心街に四体、東側に六体! でもマズイな・・・。」
「どうしたの!?」
「東側の近くに一般人の魔力、多分慌てて避難経路を間違えた人たちかも・・・でも自警団は中心街の四体に気を取られてるみたい。幸いまだ気づかれてないけどこのままじゃマズイかも。」
「分かった! すぐ行く!」
移動用に用意していた馬に乗る。
「レレ!!」
「あんたはそのままそこにいなさい! 万一出口制圧されたら街の人達の逃げ場がなくなっちゃうでしょ!!」
「護衛も無しに無茶だって!!」
「敵にバレなきゃ大丈夫!! 任せたよ!!」
ルッカの制止を無視して馬を走らせた。
しばらく馬を走らせる。
「・・・ひどい。」
建物の彼方此方は窓が割られ、ドアが壊され、酷いものであれば屋根が崩れ、火が上がっている。
街の至る所で獣人達が暴れまわっていた証拠だ。
「いた!!」
母親、子供、お婆さん、三人の家族みたいだ。
足腰の弱いお婆さんを支えながら必死に逃げていたようだ。
「冒険者ギルドです!! 救助に来ました!!」
目の前まで馬を走らせながら三人に伝えた。
「救助? 本当かい!?」
「何処に逃げたらいいか分からないのよッ!」
「おばあちゃんを助けて!」
「南門に冒険者たちが避難経路を作っています! 馬に乗って下さい!」
「って言っても、三人だよ。乗れるのかい?」
「・・・。」
お婆さんを馬に乗せて徒歩で誘導したいけどルッカが言うには獣人達がすぐそこまで迫っている。
悠長に道案内は出来ない。
だったら・・・!
「これなら三人乗れるはずです!」
私が馬から降りた。
「嬢ちゃん?」
「貴方達だけならギリギリ乗れます!」
「けどそれじゃあ・・・!」
「市民の安全が最優先です!! 私も走って追いかけます! 早く乗って!!」
「う、うん・・・分かったよ。」
三人家族たちは私の説得により渋々ながら馬に乗る。
母親が手綱を握り、その後ろにお婆さん、間に挟まるように子供が乗る。
馬の鞍ギリギリの幅だがなんとか収まった。
「すぐそこまで獣人が迫ってます! 急いで南門まで!」
「分かったよ、あんたも気を付けてね!」
母親が私の身を案じながら馬を走らせた。
馬はあっという間に私から距離を話して街の奥へと消えていく。
「・・・よし。」
なんとかあの人たちの安全は確保できた・・・。
あとは私が・・・。
「ガアアァッ!!」
「ッ!?」
建物のドアを蹴破って獣人が出て来た。
きっとルッカの言っていた六体の獣人のうちの一体だ。
「くっ!」
マズイ!
すぐに逃げないと・・・!
急いで狭い路地に逃げ込む。
「グワァァァッ!!」
「ハァ・・・ハァ・・・!」
必死に走る。
獣人も追って来るが狭い路地の度々現れる曲道で一々私を見失って距離が離れる。
生まれ育った街だ。
当然ながら土地勘があるので迷ったりもしないし行き止まりに阻まれる事も無い。
すっかり距離が離れて見えなくなり、なんとか撒いたのを確認して路地から出て大通りに出る。
「ハァ・・・ハァ・・・!」
全速力で走って乱れた息を落ち着かせる。
南門まであと三分の二ってところかな?
まだ先は長い。
さっき撒いた獣人もいつ私を見つけて来るか分からない。
急いで目的地まで行かないと・・・!
「グアアアアァッ!!」
「な!?」
丁度真正面の建物の窓ガラスを破って獣人が大きな斧を振りかぶりながら私に跳び掛かる。
「ひぃ!!」
反射的に左に倒れ込んで何とか回避する。
「もうッ! しつこいのよッ!」
なんとか立ち上がって逃げようとするが・・・。
「いぃ!?」
「グウウウゥ・・・!」
突然別の建物から飛び降りて来たのか、真正面に二体の獣人が現れる。
「ヤバッ!」
先程の様に路地裏に逃げようとすると・・・!
「ぁ・・・ぁ・・・!」
つい後ずさる。
「ウウウゥ・・・!」
さっき撒いた獣人が路地裏から出て来た。
「くッ!」
なけなしの退路になった北側に逃げる。
「ガアアアァッ!!」
「うぐッ!」
しかしそれも無駄だった。
すぐに追いつかれ、頭を掴まれ、地面に叩きつけられる。
「あがっ!!?」
そしてそのまま乱暴に髪を引っ張り上げて近くの建物の壁に叩きつけられる。
「くぅ・・・あッ!?」
痛みに呻く間も惜しんで顔を上げると目の前の光景に絶望する。
四体の獣人はすっかり私を取り囲んでいた。
絶対絶命、万事休すだ。
「・・・。」
あの人たちに馬を譲って覚悟はしていた事態だ。
覚悟・・・してたんだけど・・・。
「うぅ・・・うぁぁ・・・!」
強張った目から涙を流して失禁する。
やっぱり怖いッ!!
嫌だ!!
死にたくないッ!!
助けてッ!!
「助けて・・・ウルドぉ・・・!」
居るはずの無い奴の名前を呼ぶ。
だが神様はそんな私に慈悲なんてくれる筈もなく、獣人は容赦なく斧を振り上げる。
「ひぃッ!!」
思わず目をぎゅっと閉じて手で頭の上に両手を翳して身を縮める。
全て終わったと思った瞬間・・・!
「貴様らああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「!!?」
聞き覚えのある声が聞こえて瞼を上げると獣人が二体、巨大な何かに殴り飛ばされて吹き飛ぶ。
「ぁ・・・!」
私を庇うように目の前に出て来たこの人は・・・!
「ガァァッ!!」
「ぬぅッ!!」
獣人が二体武器を振り下ろしてくるとその人は大きな盾と片手持ちの剣で防ぐ。
「レレ殿から・・・離れろ貴様らぁッ!!」
「グァゥ!?」
その怒号と共に盾を大振りに横にふるうとその風圧と威圧感で獣人が怯んで後ろに跳び退く。
「団長・・・さん・・・?」
助けに来てくれたのはバンズ団長、でもなんで!?
「なん・・・で・・・?」
先程の恐怖の余韻が抜けず言葉が出ない。
でもおかしい!
騎士団の人達は近くのヨグ村で襲撃があって出払っていたはず。
「話はあとにしよう。『円』!!」
団長さんが号令を出すと彼と一緒に仲間の兵士達が壁を背にした私を半円の様に私を囲みながら獣人達に向かって武器を構える。
「ガァッ!!」
獣人が各々の武器で殴りかかるが兵士たちは冷静に盾を構えて防いでいる。
凄い・・・!
四方を壁に囲まれた安心感がある。
「『茨』!!」
団長さんが更に号令を掛けると兵士達が剣を盾の横から少し突き出して構える。
「グワァッ!!」
獣人の一体が兵士の一人に殴りかかると兵士が盾で防ぐ。
と同時に防ぎながら横に構えていた剣を突き出す。
「グゥッ!!?」
突き出した剣に肩を刺され、獣人が怯む。
「グァゥッ!!」
他の獣人達も同様に攻めるたびに突き出した剣に反撃を喰らう。
まるで茨の棘に触れて怪我をするかのようなやられ方だ。
「グゥゥ・・・!」
「グアアアァッ!!」
ジリ貧と分かって獣人達は攻め方を変えて来た!
「くっ!? ぐぅッ!!」
兵士の一人に四体が一斉に襲い掛かってきた。
「『泡』!!」
また号令が掛かると今度は兵士たちは獣人達を円になって囲む。
獣人達は兵士一人に集中攻撃した為に一か所に固まっていたせいであっという間に包囲されてしまう。
「『噛』ッ!!」
「「「オオオオォッ!!」」」
号令と共に兵士達が剣と盾を構えたまま一気に獣人達に向かって突撃する。
「「グガァァッ!!」」
四方八方を塞がれて逃げ場を失った獣人達は逃げられず、全方向から剣を受けて息絶える。
「終わった・・・?」
助かったんだ・・・。
「!!」
いや、違うッ!!
「団長、さん・・・!」
まだ上手く言葉が出ない!!
まだ獣人が・・・!
「ッ!!」
「「ガアアアァッ!!」」
「分かっている。」
「グゥッ!?」
突如建物の上から急降下して武器を振り下ろして来た二体の獣人に向かって、団長さんは大盾を構えて難なく止める。
「グウウゥ・・・!」
不意打ちを防がれた獣人達は飛び退いて散り散りになって構える。
「生憎と魔覚には自信があるのでな。」
団長さんはそのまま獣人達に向かって構えるが・・・。
「スウウウウウウゥゥ・・・。」
団長さんは何故か息を大きく吸い込む。
「うぉああああああぁぁぁぁぁッ!!!」
「ッ!!?」
団長さんは突如叫び出す。
その叫び声は耳以外にも皮膚にも来そうな程の迫力だった。
何よりその気迫に本来私が立っていたら足がすくんでしまいそうだった。
「ウゥグゥウウぅ・・・!」
それは獣人達も同じようだ。
団長さんの圧倒的な存在感に気圧されて一歩引いてしまう。
「グゥ、ゥアアアアアッ!!」
だがそれでも団長さんに襲い掛かる。
でも様子がおかしい。
「グゥァッ!! ァァグアアアアッ!!」
何か慌てているようにも見える。
まるで『こいつはヤバイ』、『すぐに倒さないとマズイ』って焦りに見える。
この団長さんの技・・・知ってる!
「雄・・・叫び・・・!」
そう、『雄叫び』。
冒険者ギルドの職員の知識として知っていた。
盾職の冒険者が使う技術だ。
上昇の要領で声帯に魔覚を同調させて叫ぶことにより、相手の魔覚を刺激し、恐怖と焦燥心を駆り立てて自分に攻撃を集中させる技だ。
けどそれだけに危険な技だ。
自らを危険に晒すのだから命の保証はない。
加えて獣人は身体能力が只人の何倍も高い。
膂力も敏捷も上な分、攻撃されようものなら避けるのも受けるのも普通は叶わないはず。
「・・・。」
けど団長さんは何も言わず、盾を避けて攻撃して来る獣人の縦振り、横振りの攻撃を身体をずらして躱し、剣で往なして捌いたり、見事に攻撃を受けきっている。
これを可能にしているのは恐らくは感覚上昇だろう。
先程の『魔覚に自信がある』って言うのは過言ではないようだ。
「ふッ!」
何回か攻撃を捌いた時、突如団長さんは攻撃を受け止める。
「グゥゥッ!」
「くっ・・・!」
押し合いになればいくら上昇を使えるとはいえ獣人相手にはきつそうだ。
だが・・・。
「うおぉッ!!」
「グァッ!?」
団長さんは鉈を押し込んで来た獣人を目の前に蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた獣人は丁度団長さんの正面にいたもう一体にぶつかる。
「オオオォッ!!」
団長さんは大盾を横に傾けながら獣人二体に体当たりする。
「「グワァッ!」」
その威力は凄まじく、獣人達は数メートル吹き飛んで無様に転ぶ。
「『泡』!!」
「ッ!?」
団長さんが号令を掛けた時、獣人は状況に気づく。
すでに兵士達が位置取って全方位を獣人達を取り囲んでいた。
「『噛』!!」
「「「オオオオォッ!!」」」
団長さんの号令が掛かると先程と同じように兵士たちは剣と盾を構えて獣人達に突撃する。
獣人達も先程と同じように無残に全方位から剣を貫かれて絶命する。
「終わったな。」
剣が引き抜かれ、地面に落ちる獣人達の死亡を確認して団長さんは私の前まで歩いてきてしゃがんで私と目線の高さを合わせる。
「早めに駆けつけられて良かった。ヨグ村の村人達が思った以上に奮闘してくれてな、早めに切り上げて来れたのだ。」
「そ・・・ですか・・・。」
未だに上手く言葉が出ない。
我ながら情けない。
「怪我はないか?」
「・・・。」
「レレ殿? もしかして何処か痛むのか?」
黙りこむ私を団長さんは心配する。
「重症ならすぐに治療の出来る者を・・・ッ!?」
色々気を回してくれようとしてくれた団長さんに私がやったことはとんでもないことだった。
「ッ・・・。」
団長さんの胸に手を添えながら顔を埋め、縋りついていた。
「レ、レレ殿!?」
「ひっく・・・うぅ・・・!」
涙が止まらず、声を殺して泣いていた。
怖かった。
もうダメかと思った。
でも助かった。
恐怖と安堵が入り混じり、訳が分からなくて誰でもいいからこうせずには居られなかった。
「おいおい・・・。」
「アレ・・・。」
周りの兵士達もこの現場を見てどよめき始める。
「ッ! ・・・。」
団長さんはどうしようかと迷い、一瞬抱きしめようとしたが躊躇ってやめ、仕方なさそうに右肩に手を置いて私の頭を撫でてくれた。
~ティル 抵抗組織基地入口~
「・・・。」
しばらく部屋の中に引きこもっていた。
でも兄さんが折角『外の空気を吸え』って言ってくれたから言われたとおりにエレベーターで入り口まで上がる。
エレベーターが止まり、目の前のフェンスが開く。
私がエレベーターを降りるとエレベーターは独りでに降りて行く。
エレベーターが作動していると気づかれないようにするためだ。
いや、今はそんなことはどうでもいいよね。
「・・・。」
基地のカモフラージュに使われているビルは最上階に隠されたフレッドさんの部屋以外、酷く錆びれた廃ビルだ。
少し歩いてビルの外に出るとその周辺も瓦礫やら古い建物の残骸やらで溢れかえっていた。
昔科学実験に失敗して事故が起こって以来しばらく危ないガスが蔓延した為に廃墟となってしまった場所だ。
今はその毒ガスは完全に消毒され、付近の地区に被害は出ないがそれでも今更復興しようとする者が現れず、こうして荒れ放題になった。
酷い光景だけど今だけは私にとっては癒しと言える光景だ。
何故なら私の心もあまり自覚は無いけど多分この廃墟と同じように荒み切っているからだ。
「・・・メロさん。」
気が緩んだせいか、漏らすまいと口の中でずっと止めていた言葉を吐き出してしまう。
言ったらまたあの光景を思い出してまた泣きそうになるからだ。
でももう遅い。
あの時メロさんを守れなかった時の事、力なくぐったりとしたメロさん。
私に散々服従を誓わせながら私の願いを一切聞き入れてくれず、高笑いをしていたレッサさん。
その光景が数秒前の事の様に思い出す。
「・・・はぁ。」
やっぱり死にたい。
でも自分で死ぬ勇気がない。
だから兄さんに殺してほしかった。
でもそれも結局兄さんを傷つけてしまうって分かったからそれも出来ない。
「だったら・・・。」
だったらいっそ・・・うん、そうだ。
「はは・・・は・・・あはは・・・あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
こうすればいいんだ。




