#61 親子
~銀蠍 アークヴォルグ 貧民街~
アークヴォルグの首都サンマルクの西に位置する貧民街の街、『ミゼーア』。
寂れた街のそのまた人が寄り付かないような路地裏、その路地裏の壁を斧か何かで叩き割ったかのような穴が開いている。
その穴を通ると中は部屋のように空洞が出来ていた。
そこにボロボロの布を纏ったみすぼらしい男が奥の壁を背に寝転がっていた。
「あー、あんたか。」
男は私に気づくと起き上がる。
「ベン。頼まれた件、やってくれたか?」
「できていようができていまいがイエスと答えるがね。」
「フン。」
こいつは知っている。
『出来ていない』と答えた相手へ如何に私が容赦がないかを。
「まぁ、あんたは運がいい。今回のイエスは本当だからね。」
「能書きはいい、さっさと教えろ。」
こいつは腕利きの情報屋だ。
だが裏の世界で命を狙っている相手も多く、隠れ家の様にしてこんな貧民街にいるわけだ。
「こいつだな。」
ベンが取り出したのは短剣だ。
だがこれはあの時、プロテア近くの洞窟で私を邪魔したあの暗殺者の投げた短剣だ。
その短剣の柄には炎を纏ったような悪魔をモチーフとした紋章が掘られていた。
恐らくは奴の組織を表す印だ。
「しっかしこれは、えらく変わった奴から目ぇつけられたなあんたも。」
「なんだ、早く言え。」
「ああ、こいつはーーー
~ラベスタ 研究所~
「んふふふふふ!」
カプセル状の装置に抱きついて頬擦りしていた。
中には愛しい我が子がいた。
「すくすく元気に育つのよ~? 生まれてきたらその元気な声を聞かせてね~?」
「悪趣味。」
「?」
後ろから声がしたので振り向くとそこには・・・。
「あら~、アリス! どうしたの?」
振り向いた先には小さな女の子がいた。
紫のリボンを頭に着けたドレスの服、お人形さんのような見た目の可愛い女の子だ。
「捕まえた獣人をこんな場所に閉じ込めて奴隷にする。お前は悪趣味。」
「・・・。」
カプセルの中にいるのは我が子。
獣人の姿をしているけどもうすぐ愛しい我が子になる我が子だ。
「ふふ、アリスったら何をそんなに怯えてるの?」
笑顔のまま黙って近づくとアリスは身構える。
「よ、寄るな! 近づくなッ!」
「アリス? お母さんに向かってそんな事言っちゃダメでしょ?」
「来るなッ! 来るなぁッ!」
アリスは腰のホルダーから銃を取り出して私に向ける。
「アリス? お母さんは怖くないよ。」
そう、私は我が子には優しい。
「うわあああぁッ!!」
アリスは引き金を引いて銃弾を放つ。
何度も、何度も何度も何度も撃った。
しかし・・・。
「・・・ふふ。」
私には傷ひとつ無かった。
と言うのも、銃弾は私の前にある薄い光の壁に阻まれていた。
「ダメじゃない。おイタしちゃ☆」
「う、うぅ・・・うあぁ!」
銃弾が切れてもアリスは引き金を引き続ける。
銃は無慈悲に現実を突きつけるように弾丸を放たず、ただガチガチと空撃ちの金属音を鳴らす。
「がおー!」
怪獣ごっこの真似をしてアリスを抱き締める。
「は、放せ! 放せぇ!」
アリスは私から逃れようと必死にもがく。
「ごめんねアリス。」
そう言うと首をアリスの前に移動させて舌を出す。
「『お薬の時間』、遅れてたね。」
舌の上には錠剤が乗っていた。
「ひぃ!」
私がアリスに顔を寄せるとアリスは青ざめて口を力一杯閉じる。
なにがなんでも飲まないつもりだ。
「ダメでしょ? お薬はちゃんと飲まなッきゃ!!」
「ッ!?」
アリスは口を閉じたまま目を見開く。
私が首を絞めたからだ。
「ぁ・・・かっ・・・!」
苦しさのあまりアリスは思わず口を開けてしまい、必死に私の手を首から放そうと力を込める。
だが次の瞬間・・・。
「ぅぶッ!?」
アリスの口を私の口で塞ぐ。
口の中で舌を使い、錠剤をアリスの口へ運ぶ。
「んぐ・・・ぅぅ・・・!」
アリスも舌を使って錠剤を拒否しようと抵抗したが首を絞められた苦しさから抵抗も虚しく、舌では届かない奥まで錠剤を押し込まれる。
首の拘束を緩めると錠剤が喉から体内に運ばれ、こくんとアリスの喉が鳴る。
少しすると薬が効いてきたのか、私の手を振りほどこうとしたアリスの手が力なくだらんと落ちる。
それを確認すると右手をアリスの後ろ頭に回し、左手を腰に回し、しばらく愛しくアリスを抱き締めてから口を放す。
「ふふ♪」
アリスの顔を眺めてその顔を眺める。
呆けたようにボーっとした顔が堪らなく可愛らしかった。
「おはよう、アリス♪ 気分はどう?」
「!」
アリスは目をぱちっとさせる。
「あ、おかあさん!」
その表情は恐怖もなく、無垢な子供の表情だった。
「は~い、お母さんですよ♪」
「なんでわたし、こんなところにいるの? ベッドでねてたのに。」
「寝相が悪いからよ? アリスったら寝ぼけてこんなところまで来るんだもの。」
「そうなの? こわいゆめみてたからかな?」
「どんな夢?」
「あのねあのね、めのまえにこわいかいじゅうがいてね? わたし、てっぽうもってたんだけど、ぜんぜんたおれなかったの! なんどもなんどもうったのに!」
「・・・。」
まだわずかに記憶が残ってるみたいだ。
でも気にしなくていい。
時間が経てばいずれ・・・。
「そう、怖かったね。でも大丈夫よ? お母さんがついてるからね?」
「うん! おかあさんだいすき!」
私が抱き締めるとアリスも甘える様に抱きつく。
「さあアリス! ご飯にしましょ!」
アリスに笑いかけて立ち上がり、その小さな手を握る。
「ホットケーキがいい!」
「はいはい、ホットケーキね! お腹いっぱい食べなさい♪」
「わーい!」
私とアリスは笑いながら部屋を出ていった。
~ケディ 抵抗組織基地 ロビー~
個室の中、私はお茶を出されるままローテーブルの前に座っていた。
服はあの時の囚人服とは違い軍が事務用に着るようなスーツに近い服を着ている。
「ははは! 質問がありすぎて頭の整理がついてないって感じだね!」
「・・・。」
目の前の人はコーヒーを一口飲み、私の様子を見るなり笑い出す。
「フレッド大佐、これは一体どういうことですか?」
「見ての通りさ! 国にたてついている組織の親玉! それが今の私さ♪」
「抵抗組織・・・噂には聞いていましたがまさか実在するなんて・・・それによりによって あなたが指揮していたなんて思いませんでしたよ。」
「だろうね! 私も上に目をかけてもらうほど優秀だったからね!」
「・・・。」
自分で言うかこの人は!
ってこの人はそう言う人だ。
間違いなく仕事は出来るが何処か気まぐれで掴み所のない人だ。
「フレッド大佐・・・あなたはいったい何と戦っているんですか?」
「あれ? ライ達から聞いたんじゃないかなぁ?」
「B.R.A.I.Nとはいったい何なのかと言っているんです!」
「抵抗組織は反政府の団体、であればその敵が何なのか、賢い少尉なら容易には想像できると思うがね。」
「・・・政府直属の組織ということですか?」
「ご名答!」
「彼らは獣人を捕らえて何をするつもりだったのですか!」
「そう言うと思って用意しておいたさ。」
大佐はタブレット上の端末を用意して操作するとその画面を私に見せてくる。
「これは・・・!」
その映像の中は密林の中。
どうやらアステリオンのようだ。
だがその風景を凌駕するほどのものが画面の中心を陣取っていた。
獣人だ。
だが何かおかしい。
正気を失ったように戦っている。
しかも戦う相手があろうことか同じ獣人だ。
しかも映像が何故かその風景から移動すると今度見えたのはロキウス兵だ。
しかもその兵士は下卑た笑みを浮かべながらその獣人たちが 戦い、争っている方向へ銃を向けている。
「これは一体どういうことですか!」
「この戦っている獣人、君が収容所で見たあの獣人たちと同じに見えるかい?」
「まさかこれを!?」
「そうだ、B.R.A.I.Nがやっている。おそらくは薬物と特殊な機械技術によるものだろう。」
「う、うぅ・・・!」
『嘘だ!』と言いたいが言葉が口の先で出かかって止まる。
映像による記録に嘘はないからだ。
「これを我が国でやっていたって言うんですかッ!!」
「あぁ、ルーク少佐、君のお父さんが命を賭けて掴んだ情報さ。」
「父さんが・・・!?」
「ロキウスの防衛部隊は情報漏洩させないために情報を隠蔽されていた。国民の耳に入れば内乱が起きかねないからね。」
「そんな・・・!」
ロキウスが他所の国から良からぬ噂を囁かれている事は知っていた。
だが国内では噂されるような事は起きていなかった。
科学技術は人々の生活を豊かにするために振るわれ、いずれ誤解が解ければ他国への技術提供を手段に友好に渡り合う。
それは父の夢でもあった。
なのにこれが現実だなんてあまりにも・・・!
「アステリオンへ遠征へ出た部隊は全て知っていたんですか!?」
「ああ、恐らくは昇格、出世を餌に兵を唆してこの改造獣人、猟犬を性能テストついでに使わせていた。おかげでアステリオンの獣人は同志と戦わされながら兵士に捕獲され、挙げ句の果てには新たな兵器として同志を討つ。アステリオンが劣勢になるわけだ。」
「うぅ・・・!」
獣人達がロキウスに攻め入って来るのも当然だ。
こんな事、許す方がおかしい!
彼らの事を誤解していた。
獣人は種族の違い、排他的な風習から他国を嫌い、その気性の荒さから隣国に略奪を行う非道な連中だと聞かされていた。
今回ロキウスに攻め入って来たのもその延長だろうとたかを括っていた。
だが実際に見た彼らは違った。
一人の少女を助ける為に力を合わせて無茶な脱獄をしようとしたり、その少女が助かれば我が事のように喜んでいた。
暖かい連中だった。
「う、うぅ・・・!」
眼鏡を取り、腕で涙を拭う。
「彼らになんて謝れば・・・!」
「おいおい、君がやったわけじゃないだろ。全く、昔から君は真面目過ぎるんだから・・・。」
「いえ、国の責任は軍の責任です。」
「そう言う所だぞ。」
「ッ!」
涙を拭って大佐の方へ向き直る。
「大佐、貴方がこの組織を構えたのは・・・。」
「ああ、少佐から頼まれた、私の所へ来たときにはもう虫の息だった。すまない、助けられれば良かったんだがね。」
「いえ、良いんです。大佐が意思を次いでくれたので父も本望だったと思います。」
「・・・。」
大佐はため息をつくと黙って私の肩に手を置く。
「なら君も少佐の意思を次いで・・・ッ!?」
「え!?」
大佐の言葉を切って警報が鳴り出す。
大佐は落ち着いて席の後ろにあったデスク型の通信機の電源を入れる。
「管制、応答しろ。」
マイクに向かって大佐は呼び掛ける。
『侵入者有り! B.R.A.I.Nと断定、敵襲です!』




