#6 秘密
~ウルド カザ街外れ~
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!」
狂戦士は急に狼の遠吠えの様に天高く叫ぶ。
叫び声からは怒りや恐れ、そんな物は感じない。
これは喜び、歓喜の叫びだ。
狂戦士になる奴は様々な要因があるが、こいつは間違いなくアレだ。
戦場で狂気に支配されたケースだ。
強者と戦う事に生き甲斐を見いだし、戦い続けることで無限に強者を殺すために探し続ける殺人人形になってしまった戦士だ。
でなければ俺が本気を出した瞬間にこんな叫び声を挙げるわけがない。
「・・・。」
俺にはこいつが哀れで仕方無い。
『戦う強さ』だけを求め過ぎた結果、強者を探し続けるという無限の地獄に堕ちたこいつが。
そんな強さ・・・なんの意味もないのに。
「・・・今楽にしてやる。」
俺が斬りかかると狂戦士もまた俺に襲いかかる。
奴は斧を持ち手の逆から振りかぶり、右から横凪ぎに振ってくる。
少し軌道が高めなので上体を大きく反らしてかわす。
その直後、奴はさっきの様に掴もうと腕を伸ばしてくる。
だが俺は敢えて避けず剣を持っていない左手でその手を掴む。
「フッ・・・!」
全身に力を込めるため、腹部に上昇を行い、奴と真っ向から押し合う。
「クッ・・・!」
やはり化け物だな。
上昇を使っているのに押しきれない。
力は互角、膠着状態が続く。
「!」
奴は斧を振り上げている。
剣で応戦するには武器の差がありすぎる。
そんな事もお構い無しに奴は斧を振り下ろす。
しかし俺は瞬間的に手を放し、奴とすれ違い様に腹部に剣撃を喰らわせる。
斬撃事態は鎧に防がれて効くはずはないが・・・。
「グ・・・!」
奴の全身に電流が走る。
「グアアアッ!」
次第に電流は目に見えて雷となって奴の全身を襲う。
俺の剣は先程雷の付与の魔法で強化してある。
斬撃と共に魔法の効果も浴びせられる。
鎧は金属だ、電気をよく通す。
雷魔法相手には格好の獲物だ。
「・・・。」
奴は棒立ちで固まる。
至る所の鎧の隙間から黒い煙が出ている。
雷が全身に回ったんだ。
中身は黒焦げ状態、無事ではすまないだろう。
「ッ!?」
思わず距離を取る。
奴は急に顔を此方に向けたかと思うと斧を振ってきたからだ。
「コハアアァ・・・!」
奴は平然と振り下ろした斧を持ち上げ、此方を見ている。
「・・・『魔断体質』か。」
『魔断体質』、人によって稀に持って生まれる魔法の影響を受けにくい体質だ。
強い訳だ。
魔法に対する耐性から魔法勝負に持ち込めず、肉弾戦で対抗しようにもこの怪力と技量だ。
奴を倒すには・・・。
「ゴゥアアア!!」
狂戦士は咆哮してまた襲いかかる。
「くっ・・・!」
また斧を振り下ろしてくる。
それを横っ飛びに躱して後ろに回り込む。
「このッ!!」
腰を深く落とし、狂戦士の背中の鎧の隙間に向かって剣を突き出す。
だが・・・。
「いッ!?」
奴はこっちを向いていないのに後ろ向きに蹴りを放つ。
間一髪で顔をずらして顔面に喰らう寸前に回避する。
だが奴はその隙に身体をこちらに向けるとそのまま足を振り上げて俺を踏み潰すかのように振り下ろして来る。
「くそッ!!」
後ろに跳んで回避する。
狂戦士の足は空を切って地面を踏みつけるが・・・。
「ッ!?」
目の前の光景に目を疑う。
奴の踏んだ地面が思いっきり歪み、人の二、三人は入れそうな巨大なクレーターが出来る。
ふざけやがって!!
あんなの当たったら死ぬだろうがッ!!
だがそんな俺の心情もお構いなしに奴は俺を休ませてはくれない。
その踏み込みの勢いを利用して跳び上がり、俺に向かって斧を振り下ろす。
「うおッ!!」
先程と同じように後ろに跳んで躱す。
「いい加減にッ!!」
俺は拳弓銃の矢を放ち、外套の裏に忍ばせているサバイバル用の短剣を投げる。
奴は冷静に二つとも斧を持っていない左手の手甲で弾く。
だがその隙に俺は既に踏み込んでおり、奴に跳びかかりながら剣を突き出す。
しかし・・・。
「ッ!?」
奴は払うように平手で剣を横にはたく。
その狙いは剣の軌道を逸らす為じゃない。
「くッ!!」
一瞬動きをぶらされたせいで身体の軸がズレる。
奴は俺のバランスを崩させる為にこれをやった。
「ッ!!!」
奴は手を伸ばしてきた。
マズイ!!
すぐに身体を横に反らしてわざと転ぶようにして距離を取る。
「ゴアァッ!!」
それを見て狂戦士は斧を再び持ち上げて横なぎに振って来る。
「うおおぉぉッ!!」
俺は転がった状態のまま地面を両手の平手で突いて跳び上がる。
上昇で強化した腕力でやったので奴の頭上まで跳び上がる。
奴が攻撃の勢い余って崩れた態勢を立て直す前に剣を突き落す。
だが奴はその勢いを利用して身体を回転させ、後ろ回し蹴りを俺に放つ。
それに対して俺は・・・。
「ぶぐぅッ!!」
その蹴りを諸に喰らう。
「・・・へッ。」
俺は敢えて喰らった。
何故なら・・・。
「捕まえた。」
奴の足をしがみつくように左腕で抱えながら捕まえていた。
「片足いただきッ!!」
奴の足の鎧の隙間に深々と剣を突き刺す。
仕留めたと思った瞬間だった・・・。
「ッ!!!?」
俺はギョっとした。
手応えがまるでなかった。
まるで空洞を貫いたように何も突き刺した感触がなかったからだ。
「ッ!!」
呆気に取られていたのが命取りだった。
奴が突き出した手が既に俺の首筋に迫っていた。
「ぐッ!!」
回避できず、首を掴んで持ち上げられる。
「があ・・あぁッ!」
尋常じゃない握力で首を絞められる。
息が出来ない!
いや、下手をすれば首が折れる!
「こ・・・のッ!」
僅かにある意識で足に上昇を行って奴を蹴りつけるが、びくともしない。
「グウウゥ・・・!」
奴が唸ると急に様子がおかしくなる。
鎧の隙間から黒い煙の様な靄が出始める。
「ッ!?」
先程の雷の焦げの煙じゃない!
それにこいつのコレの正体を俺は知っている。
マズイ!
早く放れないと・・・!
「クッソ・・・この・・・!」
ダメだ!
蹴りを何度入れても放れない!
そうしているうちに事は起こった。
奴の身体から煙のように黒い霧が溢れ出てくる。
「霧・・・魔・・・!」
『霧魔』、かつて魔王が眷属として使役した魔物だ。
身体から霧状の瘴気を発し、人や動物を魔物にしてしまう異常種だ。
すぐに瘴気は腕を伝って俺の元へ到達し、俺の全身を覆う。
「ぐあああぁああぁあああ!!」
頭の中によく分からない何かが流れ込んで来る。
この何かに支配される感覚・・・これが魔物になる感覚・・・!?
くそ・・・こんなところで・・・!
~ルタ カザ街外れ~
「ハァ・・・ハァ・・・。」
彼は此方に移動していた。
恐らく例の化け物を街から引き離す為だろう。
位置は分かる。
感応器、彼と私に着けた腕輪は魔覚に集中することでお互いの位置を知ることが出来る機能がある。
「ぐあああぁああぁあああ!!」
「ッ!」
前方から叫び声が聞こえたのでより走るスピードを上げる。
「お兄ちゃんッ!」
彼は鎧の男に首を掴まれた状態で鎧の男共々黒い瘴気に覆われている。
非常に不味い事態だ。
このままだと彼は・・・!
「・・・。」
目を閉じ、左腕の腕輪に祈る様に意識を集中する。
「感応開始!」
腕輪に命令すると腕輪が光り始める。
「聖なる主に乞い願う 親愛なる君を助けんが為 我が心 我が身 彼の地へ送り届けん」
腕輪には暴発を防ぐために魔力による錠が掛かっている。
命令を行使する為には暗号を読み上げる必要がある。
「お兄ちゃん・・・今助けるから!」
そう、私はこの瞬間の為に来たのだから。
~ウルド ???~
「ッは!」
気がつくとそこは・・・。
「ウルド? どうしたの?」
「え・・・?」
此処は・・・ギルド?
えぇと、俺、何してたっけ?
「ウルド~おーい!」
目の前にいたレレは俺がボーッとしていると思い、俺に向かって手をぱたぱたさせる。
「あ、ああ、レレか。」
「どうしたの? ってこれ聞くの二回目だよ?」
「いや、ちょっとな・・・所で、なんの話してたっけ?」
事態を把握する為にレレに話を聞く。
「何って、あんたが持ってきたんでしょ?これ!」
レレが突き出したのはギルドの依頼の紙だ。
内容はゴブリン退治だ。
「え、ああ。」
そっか、俺、依頼を受けに来たんだ。
「頼む。」
「ハイハイ。」
生返事をするとレレは手続きの書類を書き上げる。
そしていつもの様に紹介状を手渡してくる。
「ウルド・・・今日も行くんだね。」
「え? ああ、当たり前だろ?」
何言ってんだ?
すぐに踵を返すとギルドの出口に向かう。
「気を付けてね。」
「分ぁかってるって!」
「そうじゃなくて!」
「は? なんだ・・・。」
引き留めて来るので振り替えると・・・。
「よ?」
「私たチがあンタを食ベチゃうカもしレナいから。」
レレが異様な姿になって笑っていた。
目に眼球は無く、空洞になっている。
肌は灰色の様に変色しており、少し赤みがかっていた髪は真っ白に変色していた。
「レレ・・・!?」
「ウルどお願イ・・・食べサせて?」
「!!」
レレは手を前に翳したかと思うと、腕が急に伸びてきた。
「うわああ!」
咄嗟に避けてギルドの出口の扉へ駆け込み、ドアを開けて出ていき様にすぐ閉める。
さっきの手が掌でバン!バン!とドアを叩く音が聞こえる。
「ヒィッ!」
即座に逃げる。
「あ、ウルド!」
逃げた先にルッカとリガードがいた。
「どうしたの?そんな冷や汗かいて。」
「顔色が悪いようであるッ!」
「レレ・・・ケホッ・・・レレが・・・!」
恐怖のあまりの全力疾走で息がまともに出来ず、言葉が上手くでない。
「落ち着きなって!」
ルッカが俺の背中を擦りながら諭す。
「すまん・・・でも落ち着いて聞いてくれ・・・。」
「うん。」
「レレが・・・見たこともない化け物になってて・・・。」
「レレが化け物に!? と、とにかく落ち着きなよ!」
「ああ・・・。」
「大丈夫!」
良かった、なんとかなりそ
「あんタ以外みーんナ化ケ物ダカら♪」
「へ?」
顔を上げるとルッカも先程のレレと同じ灰色の化け物になっていた。
「ウルどはみんナのご飯ダよ?」
「うわあああああッ!!」
さっきよりもみっともなく悲鳴を上げて逃げる。
「なんだよ! なんなんだよ!」
街ゆく人間が皆同じ灰色の化け物の顔で追ってくる。
「うあぁ、うわああぁ!!」
恐怖の余りの目の錯覚なのか、段々町並みも浅黒く変色し、あり得ない程夜の様に辺りが暗くなっていく。
そして周りが全くの黒になり、何処を走っているか分からなくなる。
しかし分かる。
足を止めてはいけないことだけ分かる。
止めては・・・!
「ッ!」
何かに後ろから掴まれる。
さっきのレレが伸ばしてきた手だ。
しかし手は一つではない。
数えきれないほどの手が俺の服やズボンや髪を掴んできた。
「うわああぁ!! あああああああッ!!!」
成す術もなく腕に引っ張られ、尋常じゃない速さで引き摺るように何処かへ連れていかれる。
暫く引き摺られると動きが止まる。
「・・・?」
「ウルど。」
「うルド!」
「ウるど♪」
「ヒィッ!?」
何も見えないが四方八方から声がする。
「食ベタい!」
「食べル!」
「食べヨう!」
「や、やめろォ!」
逃げようとするが無数の腕に押さえつけられて身動きが取れない。
「ッ!」
足から急激に痛みが走る。
何かが噛みついて来た。
「ぎゃあぁッ!」
そして肉が剥ぎ取られる感覚。
食い千切られた!
だがこの痛みはこれだけではない。
「ぎゃああぁ、ああっ!! ああぁああ!! ぐぎゃああぁ!!」
身体中から肉を食い千切られ、俺の口は俺の意思など関係無しに生き物とは思えない程の悲鳴を上げる。
だが次第に痛みを感じなくなる。
意識が無くなってくる。
「あぁ・・・うぁ・・・!」
もう・・・ダメだ。
「・・・ちゃん・・。」
「・・・?」
なんだ?
「・・・ぃちゃん・・・!」
声が・・・。
「お兄ちゃんッ!!」
・・・ルタ?
目の前にルタが・・・。
仰向けの俺の・・・真正面の・・・空中から・・・。
「お兄ちゃん、今助けるからッ!!」
「ぇ・・・?」
助ける・・・って・・・なんで・・・?
俺の胸に・・・飛び込むように・・・抱きついて・・・。
「うああああああぁッ!!」
ルタも噛みつかれ・・・おい・・・なにやってんだ・・・!
「何・・・してんだ・・・お前・・まで・・・!」
「抱き締めてッ!!」
「・・・?」
「ぅぐ・・・早くッ!!」
ルタを・・・抱き締める。
「お兄ちゃん・・・!」
「・・・?」
「ごめん・・・ね・・・。」
「え・・・?」
何を・・・言っ・・・!
「騙すような・・・ことして・・・。」
「・・・?」
意味が・・・分からな・・・!
「でも・・・これだけは信じて・・・!」
何・・・だよ・・・!
「私は・・・あなたを助けたいの・・・!」
「なん・・・で・・・!」
「?」
「なんで・・・そこまでする・・・!」
「・・・。」
「どうして・・・俺に・・・そこまで・・・!」
「家族・・・だから・・・!」
「え・・・?」
「家族を・・・助けるのに・・・理由が・・・いるの?」
「・・・!」
家ぞ・・・く・・・!
「・・・?」
腕輪が・・・光って・・・!
眩・・・しい・・・!
「「「「ギヤァアアアアアアアッ!!」」」」
――――――
「・・・ハッ!」
気がつくとさっきのカザの街外れの平原に戻っていた。
同時に狂戦士に捕まって侵食されていた事を思い出す。
だがおかしい。
なんで今、俺はなんともないんだ?
「グアアアアアアッ!!」
「ッ!」
目の前で狂戦士は叫び声を上げ、頭を抱えながら苦しみ悶えていた。
よく分からんが好機だ!
俺は目を閉じ、剣に手を翳して集中する。
自身の身体の奥の奥・・・さらに奥を想像する。
---「・・・!」
暗闇の中、意識が覚醒すると俺は扉の前に立っていた。
扉は城の城門ほどの大きい扉だが引き戸のような取っ手もなく、人の手では開けられそうにない作りだ。
だが俺はそれでもかまわず歩を進め、扉に手を翳すように触れる。
「『解錠』!」
俺の言葉で扉からガチャリと鍵が外れる音がする。
「天の怒り 裁きの鉄槌 断罪の使命を この剣にて 代行せん」
呪文を詠唱すると扉がゆっくりと開き、終わると完全に開く。
「雷光 銀 結合!」
扉から光が放たれる。
「裁きの雷たれ魔の刃。」
詠唱を完成させると意識が戻る。
すると現実の風景は既に代わっていた。
主に俺の剣だ。
先程の付与の魔法の様に雷を纏っている。
しかしその雷の質量はさっきの非ではない巨大な物だ。
『深淵魔法』。
己の魔導の真理に行き着いた者だけが使える超級魔法だ。
己が身に眠る『魔導の扉』を開き、魔法の封印を解く事で行使することが出来る。
ただ使うには膨大な精神力を使う上に扉の解錠用の暗号を読み上げる都合上かなり隙だらけになるため、滅多に使える物ではない。
だが、こと今の状況に於いては話が違ってくる。
「グア・・・ゥゥ・・・?」
狂戦士は我に返り、俺を見て事態に気づくがもう遅い。
「魔断体質、確かにお前に魔法は愚策だろうがな・・・。」
そう、魔断体質は自身に影響する魔法を受けにくくするが・・・。
「あくまで『受けにくいだけ』だ。」
俺は巨大な雷の剣を片手で振り上げる。
「つまりそれ以上の出力を浴びせれば・・・負傷は通る!」
雷の剣は先が変形し、斧のような形になる。
それはまるで処刑用のギロチンのような・・・。
「グアアアアアアァ!!!!」
狂戦士は武器も持たずに破れかぶれ走って向かって来る。
だが無駄だ。
「あばよ。」
剣を無慈悲に振り下ろす。
「ガアアアアアアッ!」
巨大な雷の塊を叩き落された狂戦士は雷に埋め尽くされながら断末魔を上げる。
辺りは雷の眩しさで見えなくなり、奴の断末魔が収まると同時に雷の光が収まり、辺りが見えるようになる。
「ハァ・・・ハァ・・・。」
深淵魔法を撃ちきって疲れた俺の身体は意思など関係なしに息を切らす。
膨大な精神力を使った反動は胸に来る。
何か身体の中にある何かをごっそり持ってかれたような感じだ。
「!」
狂戦士の死亡を確認するために目の前に視線を移すと・・・。
「グウゥゥ・・・!」
「マジかよ・・・!」
奴は立っていた。
生きていた。
手で顔を覆いながら・・・だが鎧は先程の負傷でボロボロだ。
次第に兜にヒビが入り、顔の右目の部分が崩れ落ちる。
「!」
兜の中は薄暗くて顔なんて確認できた物ではないが、目だけは見えた。
しかもその目はギョロリと此方を見ていた。
「・・・!?」
その目は異様だった。
最初は狂気に満ちた獲物を見るような目だったが、何故かすぐにその射抜くような眼光は也を潜め、まるで家族をみるかのように穏やかな視線に変わった。
「ッ!?」
急に奴は身体中から瘴気を吹き出す。
「まだやる気か・・・!」
流石にこれ以上来られるとヤバい。
だが・・・。
「グウゥゥ・・・。」
うなり声と共に霧の様に消えていった。
死んだとは思えないが、奴の気配はない。
逃げたと見ていいだろう。
「・・・よし。」
敵が居なくなったのを確認すると、俺は懐にしまってあった封印の指輪を取りだし、左手の人差し指に再び嵌める。
「ぐっ・・・!」
満身創痍の身体から更に力が抜け、頭が重くなる。
魔力が封印され、魔覚が鈍くなったからだろう。
「お兄・・・ちゃん・・・!」
「・・・!」
後ろから声がするので振り替えると、ルタが倒れていた。
「ルタ!」
急いで駆け寄り、ルタの身体を抱き起こす。
「大丈夫か!」
「エヘヘ・・・。」
「・・・ったく。」
こんな状況だってのに笑っている。
案外余裕そうだ。
見たところ目立った外傷はない。
恐らく強い精神負荷による物だろう。
「お兄ちゃん・・・。」
「なんだ・・・って、え?」
急に抱きついてきた。
「・・・なんの真似だ?」
どうせ何か企んでいるのだろうと思って問いただす。
「こうやって・・・ぎゅってしてくれた。」
「お前がやらせたんだろ?」
「ちょっと、嬉しかったんだよ?」
「・・・。」
妙にペースに引き込まれている感じがする。
多分、話を逸らすためだ。
そうは行くか。
「ッ!」
「!?」
ルタを引き剥がし、両肩を掴んで正面に向き合わせる。
「お前・・・さっきの奴のこと、何か知ってるな?」
「・・・。」
俺が問いただすと、ルタはすぐにうすら笑みを浮かべる。
「・・・。」
けどその笑みはすぐに力のない笑みになり、若干呆れたかのような視線でルタは俺を見る。
「こんな状態の妹に尋問ってお兄ちゃん・・・中々の鬼畜だね・・・嗜虐愛好家さんかな?」
「んな特殊性癖持ってねえよ、ったく・・・しょうがねぇな。」
納得いかない所ではあるがルタが言うことも一理ある。
お互い消耗しすぎて話が出来る余裕もない。
街に戻るか。
「御大層な背中じゃねぇが我慢しろ。」
ルタを背負って歩き出す。
「・・・。」
なんかもう先が読めてくる。
どうせ『お兄ちゃんの背中~♪』ってわざとらしく愛嬌振り撒くか『妹と背中越しに密着するのってどんな気持ち~?』とか言ってウザ絡みしてくるの二択だ。
どっちにしたって分かってても対処法が・・・。
「・・・?」
あれ?
何も仕掛けて来ない?
「スゥ・・・スゥ・・・。」
「・・・。」
察した。
寝てるな。
「・・・。」
「スゥ・・・スゥ・・・。」
寝てる・・・いや、寝るほど余裕が無かったんだな。
「・・・。」
「スゥ・・・スゥ・・・。」
バカだな、俺。
確かに何かを企んでるような奴だけど、どんな理由があるにせよ助けてくれたんじゃないか。
「礼・・・言いそびれたな。」
「スゥ・・・スゥ・・・。」
「・・・ったく、黙ってりゃ可愛いのにな。」
聞かれたら絶対面倒なことになるが、今だけは言っておこう。
「ありがとな・・・妹。」
~??? カザ街外れ 現場付近~
神様、ありがとうございます。
望遠鏡越しに見える一人の男の人を見てそう思わずには居られなかったのです。
山道からカザに向かっている途中に強烈な光を見たのです。
雨雲も掛かっていないのに雷がその方向に荒ぶっていたのを確認すると、すぐに望遠鏡でその方角を見たのです。
その現場には一人の男の人、手には雷を纏った剣を振り上げていたのです。
それからその人が敵を圧倒するのを見て確信したのです。
あの人こそ間違いない!
もう一度言います。
神様ありがとうです!
「とうとう見つけたのです・・・師匠!」