#29 派遣騎士団
〜??? 森林〜
「ハァ・・・ハァ・・・!」
木々の生い茂る道を槍を片手に俺は走り続けていた。
どれだけ走ったか分からない。
土色の毛皮に覆われた俺の足は最早『走る』と言う行為が『地面を繰り返し蹴る』と思うような訳の分からない感覚に陥る程疲弊していた。
今俺は逃げている。
多勢に無勢の状況から逃げて追われている形だ。
「ッ!?」
目の前の太い大木がバキバキと派手な音を立てて薙ぎ倒される。
無残に切り倒された大木の奥からそいつは現れる。
手足が俺と同じ毛皮に覆われており顔は熊のような・・・というより熊その物だった。
「グウゥゥフウウゥゥゥゥゥゥゥ・・・!」
妙な唸り声を上げて睨みつける奴の目は、血の様に真っ赤な赤色だった。
「・・・けんな。」
俺は奴に槍を構えて震える。
恐怖ではない。
『怒り』だ。
「ふざけんじゃねぇぞロキウスウウウゥゥゥッッ!!!」
憎き敵国の名を叫び、俺はかつての同志に襲い掛かっていった。
〜ウルド プロテア〜
目的地となる聖堂教会本部は大陸の最北端にある『エルガイム』と言う国にある。
そこに行くには最短ルートで国を二つ跨がないとといけない。
『アステリオン』と『アークヴォルグ』だ。
しかしこの二つの国がまた厄介だ。
まずアステリオンは隣国のロキウスと戦争中で国中紛争地帯みたいな場所だ。
正直巻き添えを考えると近づきたくない。
アークヴォルグも負けず劣らず嫌な国だ。
貴族と平民の格差が酷く、民衆が奴隷の様に扱われている階級社会だ。
余所者でも下手な所に行けばすぐに賊に連れ去られ、奴隷として売り飛ばされるとか噂が絶えない。
「お兄ちゃん、朗報だよ!」
テーブルに座りながら大陸の地図を眺めていた所にルタが話し掛ける。
「なんだ?」
「銀蠍はアークヴォルグの暗殺者だよ!」
「・・・ほぅ?」
つまり俺の誘拐はアークヴォルグの差し金と言う訳か。
成る程成る程。
「アークヴォルグに行った時の楽しみが出来たね♪」
「あぁ、楽しみだ・・・すううぅぅぅッッごく楽しみだ・・・。」
何が楽しみかは言わないが・・・。
「さて・・・。」
地図を閉じて荷物に仕舞う。
「行くか。」
「うん!」
ルタは元気よく返事をする。
因みに今部屋にいるのは俺とルタだけ。
時間は朝の六時半、早起きな人間以外はギリギリ寝ている時間だ。
恐らくメロもギャバラも寝ている。
つまり何が言いたいかと言うと・・・。
「ちょぉっと待ったあああああぁぁぁッッ!!!」
騒がしい足音と共にメロが部屋の出入口の前まで走っていたようで思いっきり横向きに滑りながらなんとかブレーキをかけて踏み留まる。
「「チッ。」」
「今二人で舌打ちしましたねッ!? て言うかまた置いてく気だったのですかッ!!」
「起きるの早くなったじゃねぇか・・・。」
「しかも図々しく出る準備万端だし。」
「ふっふっふ・・・弟子を甘く見過ぎですよ師匠! こんなこともあろうかと師匠が夕べ部屋に寝ていた隙に街に出て目覚ましを五個買ってセットしていたのです・・・!」
メロはクマの浮かび上がった目で不気味に笑いながら目覚まし時計を三個だけ取り出して見せる。
手に持てるだけ出した感じだ。
「アヒル、パンダ、ウサギ・・・。」
どれも子供向けのなんとも可愛らしいデザインだ。
「デ、デザインはどうでもいいのですッ!!」
「あと二個はクマさんとブタさんかな?」
「うるさいのですッ!!」
「はぁ〜・・・。」
ルタにおちょくられながら喚くメロを見ていると呆れてため息が出る。
「だからお前に正体明かしたくなかったんだよ・・・こうやって余計執念深くなるから・・・。」
「いや最初から私師匠の正体気づいてたんですけどッ!?」
「どうだか・・・。」
「お兄ちゃん? だからコイツが動けなくなったあの時見捨てて逃げるべきだったんだよ。」[16話参照]
「だな。」
「『だな。』じゃないですよッ! そもそもアレは元々師匠が私を騙して罠に嵌めてああなったのが原因なのですッ!」
「いやアレお前が馬鹿すぎるだけだからな?」
「第一あんな状態の私を見捨てるとか二人して鬼畜ですかッ!?」
「うん、特にお兄ちゃんは鬼畜も鬼畜のドSだね。」
「をい。」
「あーそれは納得出来るのです。」
「うおぉいッ!!」
メロまで俺をドS認定しやがった!
何処が!?
俺の何処が鬼畜でドSだってんだよ畜生ッ!
つかルタの奴にだけは言われたくねぇ!!
昨日怪我人に追い打ちでコブラツイストかけて来たの何処のどいつだクソがぁッ!
「つかおい、ギャバラはどうなんだ?」
「まだ寝てるのです。」
「そっかぁ。」
「そっかぁ。」
「そうですね。」
「「「・・・。」」」
数秒程沈黙したあと、俺達全員は何も言わずに互いを見合わせてこくりと頷いた。
〜バンズ カザ〜
「此処がカザか。」
兵達の先頭に立ち、馬に騎乗したまま、街の入り口の門から街の中を眺める。
田舎街特有の飾り気の少ない店や家々、それでいて街中でも王都とは違って街中の人間たちの何処か気楽そうで和やかな雰囲気。
俺の故郷もこんな感じだったな。
街中を進んで行くと人々の視線が集まる。
当然だろう。
辺境の街にこんな大所帯で来たとなれば住民達も警戒するのは無理も無い。
「すまない。」
丁度横から俺達を見ていた野次馬の一人に話し掛ける。
「え、俺?」
肩と胸程度に鎧を着けて剣を腰に挿した、自警団とも冒険者とも取れる男だ。
「この辺りに馬を置ける場所は無いか?」
「団長?」
俺の言葉にエレノアは問を投げる。
「ただでさえ大所帯だ。馬で歩いていたらそれこそ此処の住民達も落ち着かないだろう。」
「ええ、それは確かに・・・。」
少し何か言いたげだったが俺の決断だと尊重してくれたようでエレノアは言葉を濁す。
「う、馬を置ける場所です・・・でご、ございますでしょうか?」
「普段の口調で良い。」
「えっと・・・自警団の兵舎があるんすよ。たしか馬小屋もそこにあったと思うんすけど・・・。」
「そうか、すまないが案内を頼めるか?」
「はあ・・・。」
男に案内してもらい、自警団の兵舎まで行き馬を置かせてもらった。
数が多かった為、何頭かは外に紐だけ着けた。
「あんた達、一体誰なんだ?」
自警団の者と思わしき男が駆けつけてきて話しかけてくる。
見たところ年長の様な風貌で、無精髭だが顔にキズがあるなどそれなりに歴戦の風格漂う男だ。
「突然押し掛けてすまない。我々は王都プロテアから派遣された騎士団の者だ。この街の警護を命ぜられて来た。」
「そうか、俺は自警団のまとめ役のギーンだ。」
そう言って握手の手を差し出され、握手に応じる。
「街のみんなもあんた達の事は多分知らない。一度町長に合って話を通すべきだろう。」
「お心遣い痛み入る。それで、町長はどちらに?」
「この兵舎を東に出た道を真っ直ぐ行くと広場に出る。その辺りに町長の家がある、大きな家だから多分分かる筈だ。」
「ありがとう。」
ギーンに礼を言って町長の家に向かう事にする。
先程の大所帯だと住民達も落ち着かないだろうから兵たちは兵舎に置いて行くが、事務的な案件も考えて補佐のエレノアだけは連れて行く。
町長の家に向かう途中も視線はあったが大所帯で馬に乗っていた時よりは警戒されていない。
「此処・・・で、いいんだよな?」
「ええ、恐らく・・・。」
俺達は町長の家と思わしき建物の前で立ち止まる。
大きな家と聞いたが他の家より少し大きい程度で特別屋敷と言った風格も無く一般的な家みたいだ。
早速ドアをノックすると足音が聞こえてドアが開く。
「あら、どちら様?」
出てきたのは女性だ。
四〜五十代位の少し落ち着きの感じる雰囲気のご婦人だ。
「王都プロテアより派遣された騎士団の者です。町長の家は此方ですか?」
「ええ、私が町長のサンドラですが・・・。」
「そうでしたか。急に街に押し掛けてしまったのでまずは責任者の方に一言断って置こうと思い、伺わせて頂きました。」
「あらそれはそれは・・・せっかくだから中で話しましょ。何も無い所ですけどゆっくりされて下さい。」
「はい、ではお言葉に甘えて。」
話も長くなりそうなのでご厚意に甘える事にする。
中に入れてもらい、客間に案内される。
長机を囲んだソファーに案内されるままエレノアと並んで座ると町長は「今お茶を用意しますから」と言って部屋を出る。
「・・・。」
やることも無いので辺りを見渡す。
流石に町長と言うだけあってこう言った場所は色々と気を使っている様だ。
長机の下には綺麗な模様のカーペットが敷かれており、額縁に収められた絵が壁に掛けられている所を見る限り街の責任者としての威厳を感じる。
「お待たせしました。」
町長は俺達の前にハーブティーを置くと、向かい側に座る。
「ありがとうございます。」
「まずはお名前を伺ってもよろしいですか?」
「はい、私は王都プロテア王立騎士団、第六師団の団長のバンズと申します。此方が補佐の・・・。」
「エレノアです。どうぞお見知りおきを。」
エレノアは目を閉じて一礼する。
「あらあら、なんとも長い肩書ねぇ。そんな偉い方が何故こんな田舎の街に?」
「数日前、この街に正体不明の狂戦士が現れたそうで、再度襲撃があった際の有事の備えとして王が我々に警護を命ぜられました。一刻を争う次第であり、事前に伺いを建てられず申し訳無い。」
俺は椅子に座ったまま膝に手をついて深々と頭を下げる。
「そんな、良いんですよ! 折角のご厚意で来てくださったんですから。」
「かたじけない。」
「ふふ、あの子には感謝しないといけませんね。」
「あの子とは?」
「此処の冒険者のウルドですよ。あの子がこの街を心配して王様にお願いしたのねきっと。」
「ウルド・・・?」
聞き慣れない名だ。
「あら、貴方達の前では『アルト』と言ったほうがいいかしら。」
「アルト・・・もしかして魔王を倒した『英雄アルト』?」
エレノアはすぐに気付いた。
英雄アルトが王に頼んだ一件だったのか。
「団長さん、かしら? 一つ忠告を致しますよ?」
町長は笑顔のまま鋭い視線で真っ直ぐに此方を見る。
「忠告?」
「この街ではあの子を『英雄アルト』と呼ぶのはやめてあげて下さいね?」
「はあ、しかし何故?」
「あの子は『ウルド』と名乗り、本来の身分を隠してこの街に住んでいました。」
「身分を隠して・・・?」
「事情は分かりません。ですがこれだけは言えます。」
町長の視線はまた穏やかな物に戻る。
「あの子はこの街で英雄ではなくただの冒険者の『ウルド』として過ごす事が幸せでした。街の者達もそれが分かっているからこそ、あの子を『ウルド』として扱いたい。無論、私も同じ気持ちです。」
「・・・。」
あの魔王を倒した英雄がまさかこんな辺境の地にいたなんて・・・。
色々驚かされることばかりで思考が追いつかない。
「この街の方々は皆、彼の理解者なのですね。」
「!」
思考に余裕が無く硬直していた俺の代わりにエレノアが口を開く。
すると町長は機嫌が良さそうに笑みを浮かべる。
「それも全てあの子がこの街で積み上げた物です、あの子がウルドとしてこの街の者達と笑い合って過ごしたからこそ、街の者達もあの子そのものを見てあげているんです。」
「だからこそ、『英雄』という外面的な目で見る者はこの街の住民は良く思わない。」
エレノアの的確な受け答えに町長は黙って頷く。
「団長さん。」
「は、はい。」
「貴方凄く良い部下をお持ちですね、大事にしてあげて下さいね。」
「え、ええ。忠告の件、承りました。他の部下にも言い聞かせておきます。」
「あらそうだわ。」
「?」
町長は唐突に何か思いついた様に手を叩く。
「折角だからギルドにも顔を出して下さる?」
「ギルド、この街に冒険者ギルドが?」
「ええ、小さなギルドですけどこの街を守るのはギルドの冒険者も一緒ですから、一度ご挨拶に伺った方が良いですわね。」
「はあ、それは確かに。してそのギルドはどちらに?」
「この家を出て真向かいに商店街があります、そちらを抜けるとすぐにございます。」
「分かりました、では早速。」
俺達は立ち上がる。
「ええ、またいつでもいらして下さいね。」
「お邪魔しました。」
町長と挨拶を済ませて家を出る。
ーーー商店街を歩く途中も少し視線はあったが段々慣れてきた。
「すまんなエレノア、連れ回すような事になってしまって。」
「いえ、ギルドとの連携を取らないといけなくなる以上挨拶は必要です。それに結果的に兵達を待たせる事になりますが無闇に歩き回らせるよりマシでしょう。」
「そうだな。手短に済ませて早く兵達と合流して今後の方針を決めなくてはな。」
「ええ。」
話している間にギルドらしき建物に着く。
「此処か。」
「そうみたいですね。」
冒険者も数人出入りしているが王都に比べると人通りが少なく感じる。
一通り見渡してギルドに間違いないと確認して中に入る。
「失礼する。」
ドアを開けて一言断ると中にいた冒険者数人が俺を見るが、関わりたくないのかすぐに視線を反らす。
「へいへいへーい!」
「?」
陽気な声が聞こえる方を向くと金髪の少し露出の多い軽装備の冒険者の女が此方に歩み寄って来ていた。
「あんた達見ない顔だね! 身なりを見る限り・・・騎士?」
「そうです。我々は王都プロテア王立騎士団、第六師団の者です。」
エレノアが割って入る。
「騎士団? 第六?」
女はよく分かっていない。
「あーとにかくギルドに何の用?」
「ッ! 貴方ねぇ!」
初対面なのに馴れ馴れし過ぎる女にムッとしたエレノアが喰ってかかろうとしたので肩を掴んで止める。
「突然押し掛けてすまない。この街に来たばかりなので此処の責任者に挨拶をしたい。ギルドの職員はいるか?」
「ああ、それならすぐそこのカウンター。」
女が親指を指す先には受け付けの職員がいるカウンターがあった。
「すまない、助かる。」
「ん。ごっめーんダーリーン!」
女は相槌を打ってそのまま厳つい男がいるテーブルに座ると笑いながらはしゃぎ始める。
早速エレノアと共に受付へ向かう。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ!」
「すまない。このギルドの責任・・・者・・・を・・・。」
「はい?」
「・・・。」
「団長?」
目を見開いて固まった俺を見て受付の女性を始め、エレノアも困惑する。
「・・・け・・・。」
「け?」
「結婚してくれ。」
「え・・・?」
受付の女性が言葉を詰まらせたのが引き金となったのか、数秒程場の空気が固まり、静まり返る。
「「「「「えええええええええぇッッ!!!??」」」」」
受付の女性は勿論の事、この場にいたエレノア、周囲にいた冒険者全てが驚愕の奇声を上げる。
だが俺には関係無かった。
驚いたこの受付の顔も凄く可愛らしく可憐だった。




