#28 闇医者
〜ルタ プロテア 某所〜
彼の傷は応急手当程度にだが治療はしている。
しかし弓銃の矢を何発も受けている為ちゃんとした治療を施さなければ完治しない。
そこで私達が向かった場所は・・・。
「ちぃーっすおひさー! やってるー?」
スラム街のかなりみすぼらしい一軒家のドアを開け、気怠げな声を上げて家主を呼ぶ。
「あぁ?」
部屋の奥のベッドに横たわっていた家主は起き上がると頭を掻きながら歩いてくる。
「なんだにゃんころか。久々に来たと思ったら随分な上玉を持ってくるじゃねぇか。」
この家に違わないみすぼらしい三〜四十代位の男だ。
白衣を纏っているが中は私服とも言える格好で黒のシャツにヨレヨレのジーンズを履いている。
医者のようにも取れるが無精髭を生やしており、衛生的とは言えない。
「全く、ホント相変わらず治療馬鹿だね。女の上玉は此処にいるのに・・・。」
「生憎と俺は患者にしか興味無いんでね。それにお前は女にしたって上玉じゃねぇだろ・・・特にその絶ぺ
「炎 杖
「オーケー分かった杖降ろせ。手術室ブッ壊されたらお前も困るだろ?」
「フン・・・。」
男の説得に私は懐から抜きかけた杖を渋々仕舞う。
「ほら、いつもんとこ。」
男に言われて私は出入口近くにあるローラー付きのベッドに彼を横たわらせると、男はさっさと奥の部屋に運んでいく。
「あぁ、あとそこの小太り金ピカ、小娘はどっか適当に座らせとけ。」
「小娘!?」
「小太・・・ちっ・・・!」
メロは当然の反応でギャバラも呼び方が気に入らなかったようで舌打ちしたが、渋々部屋の隅の薬棚近くの椅子にメロを座らせる。
「姐さん・・・。」
「姐さんはやめて。」
「あの男は一体・・・?」
「あいつはムクロ。医者・・・って言うか『闇医者』って言ったほうが合ってるかな? 医者の活動自体表立ってやりづらいし・・・。」
そう、この世界に於いて治療とは、聖堂教会の司祭などが使える回復魔法が主流となる。
医者も存在はするが役割が被る事から聖堂教会からして見れば商売敵と言える。
加えるなら魔王がいた頃に魔王を封じ、魔王討伐の為の鍵となる聖女がいたことから聖堂教会の世界に対する発言権は強い。
とあれば商売敵である医者は良いように言われて世間から疎まれると言うわけだ。
「医者って結構金かかるんじゃ・・・?」
ギャバラの言うことはごもっともだ。
医者からの治療には本来かなりお金が掛かるものだ、薬や手術の設備など、手間賃を考えれば当然だろう。
「心配無いよ。此処は格安でやってくれんの。」
「な、なんで・・・?」
「あの医者変わり者でね、患者の治療以外、趣味とか生き甲斐がない奴なの。あぁ、安心して。治療の腕は確かだしドリルだのノコギリだので恐ろしい治療とかもしないから。」
「そっちの方が普通なのです・・・。」
あろう事かメロにつっ込まれた。
〜ウルド 手術室〜
「・・・?」
目の前に眩しい光が差し込み、眩しいと分かった時、自分が気を失っていた事に気付く。
「動くなよ? 傷の縫合中だ・・・つってもライキリ草の毒で動けんだろうがな。」
「!?」
声が聞こえて右側を見ると白いエプロン姿の男がいた。
白い薄地の帽子にマスク、なんと言うか全身白尽くしだ。
「ッ!?」
こいつ、俺の腕に何してんだ!?
傷口に針やら糸やらを埋め込んで・・・!
「動くなって。なんだ、手術知らねぇのか。縫合、傷口を縫い合わせて塞いでんだ。」
「・・・。」
どうやら俺を治しているらしい事は分かった。
「此処、何処だ? 銀蠍のアジトか?」
あの時銀蠍に刺された。
なら俺は連れ去られたと考えるのが普通だ。
「銀蠍・・・なるほどな。にゃんころの奴あいつとやり合ったのか・・・ま、ライキリ草の時点で薄々想像はしてたがな。」
「にゃんころ・・・?」
「猫だよ。お前さん所でなんて名乗ってんのか知らんがな。」
ルタと知り合いみたいな口振りだ。
「そうか、あんた・・・あいつの知り合いか。」
「あいつがしくじって大怪我してる時に治してるもんだよ。」
「あいつ・・・何者なんだ?」
「・・・。」
急に男は黙り込む。
「えっと・・・。」
なんか変なこと言ったかな?
「知らないなら知らない方が良い。」
「・・・。」
踏み込むな。
そう言われた様な気がする。
それから会話もないまま手術は続いた。
〜銀蠍 森林地帯〜
プロテアとあの洞窟の間にある森林地帯、夕日が照らされる中、私は大樹の枝の上で煙草を吸いながら一人立ち尽くしていた。
怒りで煮え滾りそうな胸の中を抑え込むにはこういう場所が一番だからだ。
私にとって高い所は、標的を確認しやすい、警備などの見張りに見つかりにくいと言う意味で安心出来るからだ。
予想外の敵の襲撃により誘拐対象を消失。
任務失敗。
怨敵である猫も殺せなかった。
突如現れたあの暗殺者は最初こそ殺意を剥き出しにして襲いかかっていたが、猫達が恐らく洞窟から脱出したであろう時間まで交戦すると、まるで自分の役目が終わったかのように暗闇に溶けて消え、襲って来なくなった。
奴の目的は恐らく私の妨害。
だが猫の仲間と言う線は薄い。
何故なら奴が現れた刹那、猫は目を見開いていたからだ。
あの目は明らかに予想外の出来事に直面した人間の目だ。
つまり奴は猫を助けた訳じゃない。
何かしらの利害があって私の邪魔をしたのだ。
最低限確定している事は、奴は私にとっての『敵』だということだ。
「ふぅ・・・。」
口から吐き出した煙草の煙が夕日の形を歪ませる。
「奴について少し調べる必要があるな。」
まずは情報収集からだ。
〜ウルド プロテア〜
「・・・?」
不意に目が覚める。
近くの時計を見ると午前一時を回っていた。
大事を取って一日休めとムクロに言われ、ベッドの上で安静にしていたが、やることも無いと眠くもなり、夕方からつい眠ってしまっていた。
「・・・ルタ?」
ルタが居ないことに気付く。
何やらアイツは『妹ポイントを稼ぐ為!』とか意味不明な事を言いながら付きっきりで看病していた。
まぁ、午前一時ともあれば寝てるだろう。
・・・と言うのはルタを知らない一般人の考え方だ。
どうにもそんな気がしない。
ベッドから起き上がる。
「気は引けるけど・・・。」
左手の指輪を外す。
すると頭が急に軽くなる。
本来の魔覚に戻った状態だ。
「・・・。」
目を閉じ、魔覚に意識を集中する。
索敵範囲は半径十メートル程度、あまり広くすると反応が多すぎてややこしいからだ。
廊下を挟んで向かいの部屋に反応二つ、青白い魔力と黄色い魔力、恐らくはメロとギャバラだ。
ムクロは・・・建物の裏口近く?
煙草でも吸ってんのかな?
まぁいい。
結論を言えば『やっぱりな』だ。
ルタがいない。
「まぁ放っておいても戻って来るんだろうけど・・・。」
けど俺は探しに行った。
魔覚で索的しながら探し回ったがスラム街にはいない。
「何処行ってんだ?」
まさか魔力鎮静使われて雲隠れされてる?
いやいや、あいつは魔法を使う。
魔法を使える程の魔力を持った奴は魔力鎮静を使えないはずだ。
・・・となるとスラム街の外か?
とりあえず街の中心街に向かって探す。
「!」
反応があった。
赤く、中心の黒に向かって渦を巻く様な魔力。
ルタの魔力だ。
中心街のそのまた中心部から反応だ。
さっそく行ってみる。
「・・・いた。」
街の中心部にある噴水の近くで噴水を眺めるようにルタは立っていた。
「あ~あ、い〜けないんだ。怪我人が診療所から脱走してる〜。」
振り向かず、いつもの様なからかい口調で俺を囃し立ててくる。
俺の存在に気付いたのは俺が指輪を外して魔力をだだ漏れさせているからだろう。
索的の必要も無くなって俺はまた指輪を嵌める。
「スラム街にいるのが嫌なのか?」
「ちょっと外の空気吸いに来ただけ〜。」
「・・・。」
嘘だな。
こいつが意味も無く外に出るわけが無い。
仲間か何かと連絡でも取ってたんだろう。
「ついでに噴水の水でも飲む気か? 腹壊すぞ?」
「お兄ちゃん・・・。」
ルタは噴水の水に何かして振り向く。
何をしたかは俺の位置からは見えなかったが・・・。
「なんだ、ってぶわっ!!」
油断していた俺の顔にルタは思いっきり水をぶち撒ける。
恐らくはさっきの動作で掬っていたのだろう。
「何しやがるッ!」
「お兄ちゃん。」
「あ?」
「銀蠍に触られた時の感触はどうだった?」
「ッ!」
「お兄ちゃん?」
「・・・銀蠍が、どうかしたのか?」
「嘘は駄目だよ・・・? ムクロの前では誤魔化したつもりだろうけど・・・。」
「話が見えんッ!」
「知ってる? ライキリ草の毒って全身を痺れさせる上に意識を奪うけど朦朧とするだけで僅かに意識はあるんだよ?」
「・・・ッ!!」
「フフ・・・フフフ・・・。」
言葉が詰まった俺にルタは悪魔の様な笑みでクスクス笑いながらゆっくりと近づいて後ろに回る。
「こうやって・・・。」
ルタは俺の胸に手を回す。
「こうやって触られて・・・。」
俺の下腹部を弄る。
あの時の様に・・・!
「どうだった?」
耳元で囁かれながらルタの身体が密着し、ある部分が俺の背中に当たった時、強張っていた俺の身体は一瞬脱力する。
「お兄ちゃん・・・。」
ルタはそれを見逃さなかった。
「な、なな、なんでしょう・・・!」
勘付かれた事に気づき、冷や汗が流れてつい敬語になってしまう。
「男は結局おっぱいかあああぁぁッ!!!」
「ぐおっ!?」
ルタは急に俺の左足に足を回し俺の右腋に頭を通し、それから蛇のように俺の首に手を滑らせる。
その状態から一気に俺の身体を極めて横向きくの字に折り曲げる。
「痛ででで痛い痛い痛いちょ、やめ、痛い痛い痛い痛い痛いってぇてっタンマタンマッ!!」
体術を昔叩き込まれた時に受けた技がある、確か『コブラツイスト』だこれッ!
「痛いッルタ、ちょ、話聞けぇ!」
「問答ッ! 無用ッ! これはッ! 巨乳にッ! 魂をッ! 売ったッ! 愚かなッ! 兄へのッ! 制裁ッ! だぁッ!」
「強弱付けて極めるのやめろッ!! 痛いッ!! つか、あの時、動けなかったんだからッ!! 仕方ねぇだろッ!!」
「役得とか思ってたくせにぃぃぃッ!!」
「思ってないからッ!! あと俺怪我人ッ!!」
「フン・・・。」
流石に怪我人にこれ以上鞭打つ真似は控えたようで、ルタは技を解く。
「ったく、妬いてんのか?」
「妬いてんのッ!!」
「ッ!!」
またルタに密着され、一瞬また技を極められるかと思って冷やっとしたがそうじゃない。
ルタは俺の腹部に手を回し、抱きついて来た。
「ルタ、おい!・・・ッ!」
抗議しようとしたがある事に気づき、言葉が詰まる。
「・・・。」
手が震えている。
でもなんでだ?
奴に連れ去られそうになったのは俺なのに・・・。
だけどこれだけは分かる。
「・・・すまん。」
こうなる原因を作ったのは紛れもなく俺だ。
「・・・許さない。」
ルタは謝罪を拒絶する。
それほど怖い思いをしたんだろう。
「ならどうしろってんだよ・・・。」
原因も分からないんじゃ償いようが・・・。
「じゃあこっち向いて。」
「え?」
ルタが離れたので振り向くと・・・。
「ッ!?」
なっ・・・え・・・!?
急に首に・・・手を回されたかと思ったら・・・唇が重なって・・・これ・・・!
数秒すると唇が離れ、ルタは俺から離れる。
「な・・・ルタ・・・おま・・・!」
あまりの出来事に口を右手で覆い、固まった俺を前にルタははにかむ様に笑う。
だが・・・。
「隙あり。」
「え?」
なんとルタは思いっきり俺を突き飛ばした。
「ちょ、え、うわああぁッ!!」
後ろによろけると足を引っ掛け、噴水の水溜りに後頭部からダイブした。
「ブハッ! ルタッ! てめッ!」
即座に水から顔を上げて、ずぶ濡れの状態でルタを非難する。
「あっはっは! お兄ちゃんダッサ!」
「この女ぁッ!!」
「くくっ! これでチャラにしてあげる! ほら、戻ろ!」
ルタは未だに笑いながら手を差し出す。
「なんだよそれ・・・。」
渋々ルタの手を取って噴水から出た。
〜ムクロ 診療所〜
診療所の外の窓近くで煙草を吸っていると、屋根の近くに鴉が飛んできて止まる。
「にゃんころが来たから来ると思ってたぜ、カラス野郎。」
鴉の方を向かず鼻で笑いながら話し掛ける。
「あいつと連絡ついでに立ち寄らせて貰った。まだ聖堂教会に潰されずに持ちこたえているみたいだな。」
鴉は思った通り喋り出した。
「冗談じゃねっつの。数少ない楽しみ取られてたまりますかっての。」
「お互いしぶとい物だな。」
「あんた程じゃねぇだろ。」
「・・・。」
カラス野郎が黙り込んだので話を仕切り直す。
「やけに最近のにゃんころは賑やかな所にいるじゃねぇの。」
「全く持って不愉快な話だ。本来ならあの青年と二人で旅をしている筈なのに余計な奴等が寄ってくる。」
「良いじゃねぇか、ワイワイやるのは結構な事だろ。にゃんころも一緒になって騒いでるし。」
「あいつのキャラはほぼ計算だ。状況に合わせて言葉を発しているに過ぎん。ただ・・・。」
「ただ?」
「最近のあいつは妙におかしい。」
「おかしい? どんな風に?」
「本来のあいつは誰にでも感情を殺して相手に合わせた人物を演じているが、あの青年の前では感情が制御出来ていない節がある。」
「へぇ、これだから?」
カラス野郎の方を向かないまま親指を立ててみせる。
「まさか・・・あいつとあの青年の関係性は『兄妹』。それ以上でもそれ以下でもない。」
「な〜んかムキになってね?」
「お前の診療所の屋根を鳥の糞だらけにしてやってもいいんだぞ?」
「相変わらず陰湿な野郎だな・・・まぁ、あんたの気持ちは分からんでもないさ。」
空に向かって煙草の煙を吐く。
「あんたが人間だった頃から大事に育てた娘だからな。」
「・・・せいぜい次会うまでに診療所を潰さん事だな。」
カラス野郎は皮肉を吐いて飛び去って行った。
黒い羽根が何枚か落ちてくる。
「ケッ・・・嫌味な野郎だぜ。」
拾った奴の羽根に向かって皮肉を言い返した。




