#27 言葉無き暗殺者
~ルタ 西の洞窟~
迂闊だった。
銀蠍は数々の要人の命を奪ってきた暗殺者だ。
魔力鎮静で気配を消して近づくなんて息をするぐらい当たり前に出来る。
逃げた振りをして潜伏しているなんて第一に考えるべき事態だった。
「形勢逆転だ、猫。」
「くっ・・・。」
敵の手中に敵の誘拐対象。
行動不能の味方一名、(圧倒的に戦闘力の無い)非戦闘員一名。
無理に戦闘をすれば死者を出す可能性大。
状況は最悪だ。
「此方は無理に戦闘をする必要は無くなった。本来ならお前の首を取りたい所だが、この男が最優先事項だ。」
「英雄を拉致してまで貴方達は力が欲しいんですか?」
冷や汗を誤魔化しつつ笑いながら皮肉を吐く。
「王の望みだ。貴様らの国を潰す為のな。」
「大いに結構・・・と言いたい所ですが、今回ばかりは些か状況が違うんですよ。」
「何が言いたい。」
「『世界に関わること』・・・とだけ。」
「はっ・・・詐欺と騙し討ちで仕事をしてきた猫の言うことなど信用できるか。」
「信じるか信じないかは勝手です。ですが一言だけ言わせて貰えれば・・・今貴方たちのやってる事は『子供の喧嘩』ですよ。」
「なんとでも言えば良い。」
私の挑発を物ともせず、銀蠍は彼を肩に背負う。
今しかない。
「炎 杖」
「!」
杖を彼女に向け、魔法を詠唱する。
だが銀蠍もそれを黙ってそれをさせる程甘くない。
すぐに彼を肩から落とすと即座に走って私に襲い掛かる。
その足は異常に速い。
当然だ。
彼女は上昇の使い手だからだ。
「放出」
魔法の詠唱がまだ途中だが銀蠍の短剣はもう目と鼻の先にあった。
普通に詠唱していたら間に合わない。
だが・・・。
「!」
銀蠍は私の妙な動きに気付く。
私は杖を下ろし、背中の岩壁に丸印を描いてコツコツと二回ノックする。
すると何処か遠くでバンッ! と何かが爆発する音がした。
―――数分前。
メロを奪還する為に急いで走っていたときだ。
「お兄ちゃん先行ってて!」
「あ? あぁ、早く来いよ?」
私が止まって壁の方を向いている様子に違和感を持った彼だが急いでいたので大して相手せず走っていく。
私は岩壁に向かって杖の先を合わせる。
「炎 杖 手動 設置」
壁に丸印を描きながら魔法を詠唱する。
「起爆地雷!」
魔法の詠唱を終えると丸印が僅かに光ったがすぐに消えた。
設置型の魔法だ。
先に指定した位置に詠唱しておけば一定の合図で任意のタイミングで発動させる事が出来る。
―――「ッ!?」
銀蠍は音のした方に視線を動かす。
上昇の弱点だ。
使用中は神経が過敏になり音などの余計な物につい反応してしまう。
ただの一瞬。
だが戦闘に於いてこの一瞬の隙こそが命取りだ。
杖で銀蠍の短剣を弾き飛ばし、そのまま杖を銀蠍に向ける。
「炎ボ・・・ガァッ!」
唱えきる寸前だった。
「あと少しだったな。」
攻撃に気づいた銀蠍は弾かれた短剣には目もくれず、人差し指と中指を束ねた二本指で私の喉を突いたのだ。
「ゲホッ・・・ゲェッ・・・!」
喉を潰された痛みに汚い声を上げながら繪づいてその場に崩れる。
「魔法の弱点は喉と口、言葉を出せなければ魔法は発動しない。」
そう、銀蠍の判断は正しい。
魔法は魔力を特殊な魔法言語によって具現化する形、発動媒体、発動方法を指定して形にして組み立て、最後に鍵となる言葉を発しないと発動出来ない。
声を出せなくなれば魔術師などは全くの無力になる。
「猫・・・貴様、一体何のつもりだ? おいッ!」
「ガハァッ!」
動けない私を銀蠍は追い打ちを掛けるように鳩尾を蹴る。
恐らく彼女の怒りは彼を連れて行く事を邪魔したからでは無い。
「馬鹿にしてるのか? 何故魔法だけで戦うッ!」
「・・・ケホッ・・・ゲホッ。」
銀蠍の問い掛けには答えない。
「『爪』さえ使えばいくらでも勝機はあったはずだ・・・何故使わん。」
「ゲホッ・・・さぁて・・・なんででしょうね。」
あくまで余裕の態度は崩さない。
『敵に動揺を悟られれば足を掬われる。常に相手を手玉に取った態度を取れ』。
ある人物に仕事を教え込まれた時に習った心掛けだ。
「そうか・・・成る程な。」
銀蠍は何を察したのか口を片端だけ吊り上げてにやりと笑う。
「本気で猫を被ってるのか? こいつに対して。」
銀蠍は彼の元へと戻り、片膝をついて彼の髪を掴んで持ち上げて私に見せる。
「ぅ・・・ぁ・・・。」
短剣の毒が効いているのだろう。
意識が朦朧としている為、目が半開きでぐったりしている。
「大した冗談だ! あの『猫』が文字通り猫を被る相手がいるなんてな!」
「道化で・・・言ってるんですか・・・? センス・・ないですよ、貴方・・・。」
「フン・・・流石猫だな。こんな状況でもまだ減らず口を叩くか。良いだろう、お前は殺そうと思ったが気が変わった。」
「!?」
銀蠍は脱力しきった彼を膝立ちの自分と同じ高さまで起き上がらせると彼の下腹部や胸に手を回し、弄り始める。
「何を・・・して
「お前からこいつを奪ってやろう。」
「意味が・・・分かりませんね・・・。」
嘘だ。
内心彼女が何をしたいか薄々勘付いている。
「なら説明してやる。我が国に持ち帰ったら王に献上する前に『私の物』にしてやる。」
「無駄・・・ですよ・・・その人・・・身持ち固い・・・ですから。」
「フン、こいつの気持ちなんぞどうでも良い。」
「どういう・・・意味ですか・・・!」
「監禁して毎晩犯してやるって事だ。」
そう言って銀蠍は胸に回していた手で彼の首を傾けると私に見せつけるようにいやらしく首筋を舐めた。
「・・・!」
銀蠍の行動に自分の身体の奥底で信じられない物が渦巻いていた。
黒く、暗く、泥のようなドス黒い物が湧き上がっていた。
「てめぇ・・・今なんつった・・・今何した・・・!」
不思議とそのドス黒い物は余計な物を忘れさせた。
あのクソ女にやられた喉や鳩尾の痛みはすぐに気にならなくなり、立ち上がる。
「フッ・・・怒ったか? だがそれでいい。」
彼を放り捨てる様に手放すとクソ女は立ち上がる。
「手加減したお前なんぞ殺しても、お前に刻みつけられたあの時の屈辱は晴れんからな。」
「いつまでも昔の事グジグジ引き摺ってんじゃねぇよこのウジ虫が・・・!」
「言ってろ・・・今すぐにその減らず口を黙らせてやるッ!」
「黙るのはてめぇだこの糞ビッ●がッ!」
互いに前に飛び出し、今にもぶつかり合いそうになったその時だ。
「・・・!?」
目の前の光景に目を疑う。
クソ女の顔の横に手があった。
暗闇から伸びたその手は奴を捕らえようと迫っていた。
「ッ!」
奴も気づいた。
恐らくは私の視線と表情で気づいたのだろう。
銀蠍は身体を捩って手から逃れる。
すると手の主を理解したらしく、短剣を振ると金属がぶつかり合う音が聞こえた。
完全に殺気を顕にしたそいつは姿を現す。
「なんだ・・・貴様は・・・!」
銀蠍を殺そうとしたのはメロではない。
太った偽英雄でもない。
勿論、彼でもない。
「・・・。」
そいつは黙ったまま黒いボロボロの外套から少しだけ見える短剣を片手に力無く棒立ちしていた。
顔は覆面の様に深い緑の長布で巻かれ、顔が見えなかった。
身成からして恐らくは銀蠍と同じ暗殺者だろう。
「何処の手の者・・・くッ!」
銀蠍が質問しても何も答えず、暗殺者は喉元目掛けて短剣を突き出す。
感覚上昇の反射神経でなんとか躱した銀蠍だが暗殺者の攻撃は緩まない。
突き、縦振り、横振り、斜めの切り上げ、どれも的確に急所を狙うかなり精度の高い攻撃だ。
それもなんとか銀蠍は身を捩り、身体をずらし、身体を反らし、最後の一撃を見切って短剣で止めて鍔迫り合いに持ち込む。
「いい加減に・・・しろッ!」
銀蠍は腰からさっき使っていた毒針を取り出して暗殺者に突き出す。
しかし暗殺者はすぐに放れてそれを躱し、更にふわっと羽の様に軽やかに後方へ跳び上がる。
「ッ!くッ!」
銀蠍はすぐに反応して後方へ飛ぶ。
跳びながら暗殺者が短剣を三本飛ばしてきたからだ。
「・・・。」
「・・・。」
無言で互いに睨み合う。
「ッ!?しまったッ!」
銀蠍は状況に気づく。
「バレたッ!おデブ!急いで!」
「ひぃぃッ!」
私と偽英雄は走り出す。
この二人の戦いを指をくわえて見ている程私も呑気じゃない。
彼を背負い、ついでにメロも偽英雄に背負わせて逃げていた。
「行かせるかッ!」
銀蠍はすぐに私達を追いかけようと走り出すが・・・。
「くッ!」
背後からの殺気に気付いて短剣を止める。
何故かは知らないが暗殺者は執拗に銀蠍を狙っているようだ。
またとない機会だ。
一気に走り抜ける。
「ハァ・・・ハァ・・・!」
しばらく走ると・・・。
「!」
魔覚で魔力を感知する。
数は七体、微弱な魔力。
恐らくはゴブリンだ。
「あ、姐さん・・・?」
偽英雄は立ち止まった私に戸惑う。
「炎 杖 放出」
杖を取り出して魔法を詠唱する。
「炎球!」
杖の先から炎の球体が前方に飛んでいく。
「走ってッ!」
「え、は、ハイッ!」
走り出した私と一緒に偽英雄も走り出す。
炎を追いかけるように走ると前方の見えない所で炎が爆ぜる。
恐らくは前方にいたゴブリンに命中したのだろう。
「ゴ、ゴブリン・・・!」
走っているうちに偽英雄も目視でゴブリンに気づいた。
「気にしないで走るッ!」
「は、ハイィッ!!」
そのままゴブリンの群れの間を通り抜ける。
ゴブリン達は先程の突然の魔法攻撃に軽くパニック状態に陥っており、私達所ではなかった。
一匹は通り抜け様に私達の姿を確認し、仲間に追跡を催促するがもう私達には追いつける距離じゃない。
「ハァ・・・ハァ・・・!」
息が切れながらも必死に走る。
すると前方に光が見えた。
出口だ!
一気に走ると全身が光に照らされる。
「ハァ・・・ハァ・・・。」
元の出入口に戻ると彼を降ろし、その場に膝をついて息を落ち着かせる。
「ゼェ・・・ハァ・・・ヒィ・・・速いッスよ、姐さん・・・!」
偽英雄も数秒後に追い付いて汗だくのまま天を仰ぐ。
「ハァ・・・!」
「え、ちょ!待って待って!」
偽英雄の重心が後ろに傾き出すと背負われていたメロが喚くが、無情にも聞き入れられずそのまま偽英雄はメロを背負ったまま後ろに倒れて大の字になる。
「ぐぇッ!ちょ、ニセモノ!離れろですッ!重いのですッ!」
「ちょと・・・タンマ・・・マジキツイ・・・!」
「乙女の色んな当たっちゃいけない所が背中に当たってるから離れろって言ってるのですッ!この変態ッ!」
メロは喚きながら偽英雄の下敷きになっている。
「ありがと・・・あんたが居てくれて・・・助かった・・・。」
息を切らしながら偽英雄に礼を言う。
目的が違えど偶然この偽英雄が来てくれたのも幸運だった。
もしあの場に居たのが私達三人だけなら流石に二人背負って逃げるのは困難だっただろう。
「イイっすよ・・・全然・・・姐さん・・・手伝って・・・ウルドの・・・兄貴に・・・償えるなら・・・安いもん・・・っすよ・・・ホント・・・!」
寝っ転がったまま偽英雄は私に向かって親指を立てる。
「うん・・・お兄ちゃんも・・・感謝してる・・・。」
「へへ・・・!」
「あと・・・一ついい・・・?」
「なん・・・っすか・・・? 姐さん・・・?」
「『姐さん』はやめて・・・!」




