もこもこのファーがついている
この業界、同業者が獲物になることはわりとよくある。復讐の復讐とかね。私たちはそれを否定しない。何故ならそれもまた飯のタネだから。
長くこの仕事を続けていける奴っていうのは後始末が上手い奴だ。証拠を残さない、同じ手口を続けて使わない、仕事と仕事の間隔を空ける。そうやって自分の身を守るんだけど、私はどこで間違えてこの紳士の恨みを買ったかね。
というか本人に直接依頼持ってくるってどうなのさ。しかも殺し屋相手に丸腰、潔いのかバカなのか、余程の自信があるのか。
身のこなしを見た限りヤるようには見えない。女一人とナメてるのかもしれないが、こっちはプロ。更に言えばここは私のホームだ。どうにでも……
「仕事の値段交渉はこっちだ」
マスターが寝返ったことでいきなりアウェイになった。いやいやいやいや、嘘でしょ?せめてこっそりやってくんない?本人を前にバカなの?
「こいつのここ1年の稼ぎがこんぐらいで、あと10年この仕事続けるとして……」
「バカ言ってんじゃないよ、死ぬまでやるわよ」
「死ぬまであと10年ってことだ」
クソ野郎。
「よし、友情価格、30万ダンだ」
もう一度言うわ。クソ野郎。人の命を友情価格で割引きしてんじゃねえよ。
「消費税はサービスするぜ」
三度言うわ、クソ野郎。飲み屋の分はともかく、仕事の分はビター税金なんて払ってねえだろうが。
「……安いな、いいのか?」
よくねえよ。誰が安い女だ。
「俺とお前の仲だろう、エドワード」
「……お前には甘えてばかりだな」
薔薇が咲いたわ。私にそっちの趣味は無い。つーかいつの間に名前知った。いや、適当言っただけか。ツッコミが追いつかない。
「ここで食べていくかい?」
「……いや、持って帰る」
ハンバーガーか。挽肉にするってことか。生きたまま足の先からってのは勘弁してほしい。この紳士、私に何の恨みがあるんだ?それともそういう性的嗜好か?ホモでリョナかよ、尖りすぎだろ。
「こっちの支払いにカードは使えん、ここに振り込んでくれ。一括か?」
「……もちろん」
そのやりとり気に入ってんの?振り込みに一括も分割も無いでしょうが。
「振り込みを確認次第出荷する。言ってもらえりゃシメてバラしてから運ぶぜ」
「……いや、そのままで頼む」
「リボンの色は何色がいい?」
「……白で」
贈答用かよ。あんたそれだけ黒ずくめで相手には白を求めんのか。そのリボンすぐに真っ赤に染まらない?
紳士はスマホを取り出すと何やら操作し始めた。ここだ、私が生き残るには今ここでマスターをどうにかするしかない。
「マスターさ、私の値段安すぎない?」
「調査やら後始末やらの経費が浮くしな、適正価格だ」
「その仕事誰に受けさせんの?生半可な奴なら返り討ちにするけど」
「俺だ」
そっくりそのままポケットにインかよ。
「わかっているとは思うが、お前じゃ俺には勝てないぜ?」
「ちなみに今逃げようとしたら?」
「絶妙なタイミングで出入り口のシャッターが落ちる」
「……前から思ってたんだけどさ、あのシャッター勢いよく落ちすぎじゃない?」
「景気が良いだろ」
「なんであのシャッター下の部分が斜めになってんの?」
「格好良いだろ」
「あれギロチンだよね?」
「人道的だろ」
毎回あの下通らなきゃいけない客の気持ちも考えて欲しい。でも確かに、紳士のオモチャになるよりましな死に方だ。よし、逃げるか。
「……振り込んだ。確認してくれ」
(ガション!)
「……これもさ、前から思ってたんだ。床に空いている穴なんだろうって」
「理解したか?」
「この身をもって」
まさか鉄の檻がせり上がってくるとは思わないじゃん?こんなのあるなら乱闘騒ぎのとき使えよ。
「よし、振り込みを確認した。白いリボンと、リボンの鍵だ」
「手錠じゃん」
「かわいいだろ?」
美的感覚死んでんじゃないの?
「クーリングオフは受け付けてないから注意してくれ。あと、ボトルキープは1カ月だ」
30万ダンの命と3万ダンのウイスキーを一緒にお買い上げか。私の命はウイスキー10本分。ゾクゾクするね。
紳士の左手と私の右手が手錠で繋がれる。こうして私は紳士に買われた。