語源は「生命の水」らしい
なんとなく思いついたので1話投稿。
続き書くかは未定。
「お前が欲しい」
わお、情熱的。初対面で言われた笑えるセリフベスト3には入るね。他の2つは思い出したくもないけど、それを言った奴らはそれぞれ野良猫と鴉の餌か起き上がり小法師になった。
笑える紳士の姿を観察する。黒い中折れ帽に黒いハイネック、黒いチェスターコート、黒いスラックスに黒いソックス、黒い革靴。黒、黒、黒。この時点で観察するのをやめようかと思ったけど、念のため持ち物も見ておく。服の盛り上がりは両胸、サイズ的には煙草と長財布。腰回りの膨らみは無し、袖にも無し。
わかったわかった。紳士の見た目がおじさんだったから何事かと思ったけど、これはアレだ。発症しちゃった人だ。10代後半くらいの男が患うアレだ。何故か彼らのトレンチコート採用率はやたら高い。あと黒一色というのも多い。その点この紳士はパーフェクトだ。
「娼館なら2件隣。さくらんぼ狩りのバネッサがあと少しで1,000人だって気合いいれてたから今ならサービスしてくれるかもよ。ミルクが飲みたいならあんたのママか、そこのマッチョマスターに頼みな」
パーフェクトな紳士にはこちらもパーフェクトなお返しだ。後は逆上したところを転がして首筋にマドラーでも当てて少し脅してやれば治療は完了。マスターやめろ、胸筋をピクピクさせるな、笑っちゃうだろう。
「真剣な話だ」
……この紳士重症だな。まさか10代で患ってそのまま治療せずおじさんになったのか?どうしてこんなになるまで、周囲は何をしていたんだ。
まぁ、今日はもう風呂に入って寝るだけだ。少し遊んでやろう。
「ここオゴってくれるなら、少しレクチャーしてやるよ」
「……何をだ」
「人間一人の値段ってやつについてさ」
「……いくらだ?」
「場合によるさ。難度が高い奴や背景が面倒くさい奴ほど高い。私が今まで受けてきた中で一番高い奴は中小企業の社長で10万ダンだったね。1ヶ月かかったけどあれはいい仕事だった。店の裏で残飯漁ってた爺さんなら5ダンで石投げられてたよ、翌日からは見なくなったね」
「……お前の飲んでいるその酒はいくらだ?」
「ナッツ付きで1杯10ダン」
酒棚にある1本のウイスキーを指差しながら答えてやる。
「……安いな」
「あんた普段もっと良い酒飲んでんのかい?」
紳士は酒棚を見回すと、ガラスケースに入っている1本のウイスキーを指差して言った。
「……マスター、何年産だ?」
「……59年だ」
「……当たり年だな、よく仕入れたものだ。ストレート、シングルで2つ、チェイサーも頼む」
「本気か?」
「……カードは使えるよな?」
「ああ」
「……先払いでいい、これで、一括だ」
「男前だな」
「……2杯はやめで3杯だ。マスターにも奢るよ」
「あんたになら抱かれてやってもいい」
「……残念ながら俺は年下が好きなんだ」
あー、男ってこういうやりとり好きよねえ。マスターうっきうきしてんじゃん。胸筋をピクピクさせるな。
マスターが奥からグラスを持ってきた。なんか薄くて足がついている。こんなグラスここにあったのか、酔っ払い供がいつも野球ボールにするから安くて頑丈なグラスしか無いと思ってた。なお野球の結果はいつもデッドボールからの乱闘騒ぎでノーゲームだ。
つーかなんでストレートなのさ、私がロックで飲んでんの見てんでしょ。量も少ないし、なんか貧乏くさ美味っ!……え、何これ、美味っっ!!
驚いてマスターと紳士を見ると、2人ともまだ口をつけずに香りを嗅いでいた。ようやく僅かな量を口に含むと、紳士は目を閉じ、ふわりと微笑んだ。
ああ、なんか、この微笑み知っている気がする。いつだったか誰だったかわからないけど、私はこの微笑みが……
「……マスター、このボトルはキープしてもらえないかな」
「……なるべく早くに飲みに来てくれよ。一括か?」
「……もちろん」
あー、あー、男ってのはもう。なんか友情育んじゃってない?マスターまで患った?いや、それよりも
「……ちなみにそのボトル、おいくら万ダン?」
「友情価格、3万ダン」
「……安いな、いいのか?」
「俺とお前の仲だろう?」
「……お互い名前も知らないけどな」
「ハハハッ」
今なんつったこのマッチョ。さんまん?散漫?3万?私の最高月収の大体3分の1?爺さん何人分?
私の頭の中で爺さん軍団がファランクス組んでいると紳士がグラスを置いて言った。
「……レクチャーを続けてくれるかい?俺は、お前が欲しい」
あ、ヤバい。完全に会話のマウントとられた。これ突いちゃいけなかった藪だ。