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Golden Sunset  作者: 飇 Tsumuzi-Kaze
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第1話 〜デアイ〜





 

 ジリジリと朝を告げる目覚まし時計が部屋中に鳴り響き俺は目を覚ます。今日の目覚めは最悪だ。いや、今日の目覚めもと言った方が良いだろうか。あんなことが起きてから毎日うなされてばっかりだ。夢の中でさえも俺の精神を蝕んでいくようで気持ち悪い。その証拠に全身汗だらけだ。



 人間(ヒト)は儚く脆い生き物だ。


 死は簡単に、そして唐突に人間から、すべてを奪う。


 富も名誉も愛も時間も存在も。大切なものが、当たり前だったものが突然なくなってしまう。


 俺の母さんもそうだった。本当に一瞬だった。


 原因は事故死、即死だったらしい。


 俺に連絡が入ったときひどく後悔の念に駆られた。あの時、一緒についていけば。あの時、見送っていれば。あの時、たった一言でも母さんに伝えていれば何かが変わったのかもしれない。でも、それは叶わない。


 だってもう、母さんは死んだから。


 あれから2年が経った。今は大学生として大学に通っている。しかし生きる希望が湧かなかった。繰り返される毎日。大学に通うことはできていたが、ほとんど人として機能していない状態。サークルに入ろうと思わなかったし、そもそも人と関わろうとしなかった。俺は生きていることに絶望しきっていた。何度も何度も死のうと思った。


 でも俺には………………勇気がなかったんだ。


 周りの大学生たちは見ている景色がきっと綺麗な色に染められていて、輝いているんだろうな。それに比べて俺は失ったものが大きすぎて立ち直れない。前を向いて歩けない。気づけば何もかもから目を背ける弱い人間になった。俺の見る世界、景色がモノクロになってしまっていた。


「着替えるか……」


 気だるい身体をゆっくり起こし、部屋着を脱ぎ始めた。今は大学の夏季休暇のため、多少の寝坊も許される。もう少し寝ていたい気持ちもあるんだが、それを妨げる奴がいる。この時間だとそろそろ……。


 コンコンと静かにドアをノックする音が聞こえ、徐にドアが開く。


「あ、起きてる。おはよう、亮太」


「ああ、おはよう」


「朝ごはんできてるから着替えたら降りてきてね」


「ありがとう、すぐ行くよ」


 





 毎朝起こしに来てくれるこいつは水澤麻美(みずさわあさみ)。俺の幼馴染だ。


 お隣さんという関係だからか、俺の母さんと麻美の母さんが昔から仲が良く、母さんに連れられ麻美の家族とよくおでかけしていた。麻美自身とも近所の公園を散策したり、川で水切りをしたりして遊んでいた。

 

 そんな麻美とは小学生から高校生まで同じ学校に通っていて、俺の隣には麻美が絶対にいた。だから麻美とはもう兄弟のように感じ、俺は麻美に気を使うことは決してない。


 その証拠に、今こうして着替えるためにパンツ一丁になっている俺を見ても何も動揺していない。「なんて姿見せんのよ、この変態!」と言われてもおかしくはないのに。それだけ俺と麻美は心を許しあっているんだろう。


「どうしたの亮太、ぼーっとして」


「あー、いや、なんでもない」


「そう」


 そう、その一言だけを残し部屋を出て行った。俺もすぐに支度をし台所に向かうことにした。




「……」


「……」


 麻美とこうして朝ごはんを食べることもすっかり日課になっている。麻美の料理スキルというと、かなり上手い方なんだと思う。実際に作っているところを何回か見たことあるが手際がいい。


「今日も美味いな」


「そう、ありがとう」


 ……。


 話が続かない、でもこれも昔から変わらない。明るい性格というよりは冷静で品のある女性のイメージが強い。麻美は身長が160センチもない小柄な体型だが、清楚で、肩まで伸びている黒髪も一本の癖も許さないように整えられている。いわゆるサラサラヘアということだ。女子力の塊だな。


 そんなことを考えていると二人ともご飯を食べ終えていた。


「今日はどこか行くの?」


「何も考えていないけど、この町を適当にぶらぶらしようかな」


「そう。この後わたしはバイトだから、お昼は適当に済ませておいてね。晩御飯はまた持ってくるから」


「いつも悪いな」


「ううん、亮太が気にする必要はないよ」


「でも……」


「私が勝手にしてるだけだから」


「そっか、ありがとう」


「じゃあ、片付けだけお願いね」


「わかった、いってらっしゃい」


「いってきます」


 麻美はバイトに向かい、俺は朝食の後片付けを始めた。料理を用意してくれているんだから片付けくらいは俺がやらないと情けなくなってしまう。


 ささっと机の上を片し、皿を慣れた手つきで洗い、10分もかからずに洗い終えた。


「さて、そろそろ行くか」


 ふと窓を覗くと、まるで子供が絵に描いたような青空が広がっていた。








 家を出ると蝉のミンミンと鳴き叫ぶ声が耳を刺し、熱気が身体を襲う。それだけで身体中から汗が噴き出てくる。タオルで額を拭いながら町の散歩を始める。


 俺の町は田舎だ。デパートはなければコンビニもない。あるのはこじんまりとしたスーパーマーケット。その他といったら、公園や川ぐらい。公園と言っても遊具とかはなく、自然公園と捉えてもらったほうがいいだろう。

 

 そんな町を毎日散歩することが俺の日課なんだが、何か新しい発見があるかと聞かれたら黙り込んでしまう。毎日毎日同じ光景が広がっていると面白みがない。それじゃあ何のために散歩をしているかというと、特に理由はない。


 ただこうやって外に出ているといつかは何かが起こると俺の中で願っているのかもしれない。


 ぶらぶらと町を歩いていたが、さすがにこの暑さは体力がゴリゴリ削られていく。疲労感に襲われ一休みしたくなってきた。


「公園に行くか……」


 汗で張り付いたTシャツをパタパタさせながら再び脚を動かした。

 



 










公園に着くと子供たちが鬼ごっこをして遊んでいた。楽しそうに駆けるその姿は、見ている俺も引き込まれていきそうになる。フッと思わず笑みがこぼれた。


 ベンチの方に目をやると、誰も座っていなかった。少し歩みを速め、目的のベンチに着くと深く腰掛けた。


 この公園は丘の上にあるせいか、吹き付ける風が心地よい。俺は疲れを癒すため、目を閉じて風を感じる。そうすると周りのにぎやかな声が俺からシャットダウンしていき、虫の声や木々のざわめきが聞こえてくる。それが心地良くなってきた俺は徐々に睡魔に襲われ、気づけば意識を手放していた。







 目が覚めて時間を確認すると、17時を過ぎていた。空は茜色に染まり、さっきまで遊んでいた子供たちも帰り始めていた。ふと、一組の親子連れに目が行ってしまった。


「ねぇねぇママ、今日のばんごはんはなーにー?」


「今日はあんたの好きなから揚げだよ!」


「ホント!?やったー!」


「ふふふ、早く帰って晩御飯の準備をしないとね」


「ぼくも手伝う!」


「はいはい」


 そんなやり取りをしながら手をつないで公園を去っていく。特に珍しくもない親子の会話だが、俺にとっては心苦しい光景だった。


「母さん……」


 無性にこみ上げる後悔の念。


 俺は母さんのことが大好きだった。俺が小さい時から母さんは大事に育ててくれた。父さんがなかなか仕事で帰ってこなくて辛いはずなのに、それでも俺のことを第一に考えてくれた。


 小学生だった頃、テストで100点を取ったときは一緒に喜んでくれた。お祝いに俺の好きなカレーを作ってくれた。


 中学生のときは、学校に持っていく弁当を朝早くから起きて作ってくれた。部活の大会の日は、いつもより豪華だったっけ。


 高校生になると、俺は母さんに対して何度もひどいことを言ってしまった。「死ね」なんてことも言っていた。そんなことを言っていた俺に対してもいつも優しい母さんでいてくれた。


 だからあの時……。大学受験に無事合格した俺に、母さんは泣きながら、「お祝いしないとね」と言ってくれた。俺は恥ずかしくなって拒否したが、母さんは、「何言ってんの、こういうことをするのも親の役目だよ。」と聞いてくれなかった。


「急いで買い物に行ってくるね」


「ああ」


「いってきます」


 それが母さんの最後の言葉だった。


 俺はいつまでも帰ってこない母さんを待ち続けていた。1時間も2時間も。すると、電話がかかってきた。何か得体のしれない黒いドロドロとした感情が湧いて、汗が止まらなかった。俺が考えている、『最悪の結末』にだけはなってほしくないと天に願ったが、現実はそう甘くなかった。


 「葛島さんのご家族の方ですか。葛島和子(くずしまかずこ)さんは、さきほど交通事故に遭われ、お亡くなりになられました」






 

 あの時の光景がよみがえる。それは俺にとって耐えがたいものだ。今でもあの時に起きた現実から目を背けている。とてもつらい現実を。


「どうして君はそんなに暗い顔をしているのかな?」


 突然後ろから声をかけられ、ビックリした俺は反射的に後ろを振り向いた。


 そこには金髪の女性が立っていた。女性にしては身長は高く、ぎりぎり俺が勝っているくらいだろう。

 

 それでいて、とてもスタイルが良い。モデルの人かと思ってしまうほどだ。


「うーん、やっぱり暗い顔をしているのね。何かあったの?」


「い、いや別に。なんでもありません」


「うーん、どうやらワケアリのようね。そんな時はこれでも食べて元気を出しなさい!」


 そういって俺の隣に座った彼女は、ポケットから可愛らしい飴を差し出した。


「飴?」


「ふふん、そうよ!これを食べればすぐに元気になれるんだから!」


「は、はぁ。ありがとうございます」


 俺は金髪の女性からもらった飴を口に入れる。


「……おいしい」


「そうでしょ?この町の駄菓子屋さんで買ったものなの。この町は良いところね」


「そうですか?」


「ええ!この町を散歩していると面白い発見がたくさんあるわよ!私が元々いたところにこんなにも素晴らしい場所なんてなかったからね……」


「……」


 俺は無意識に彼女の金髪から目が離せなくなっていた。我ながら至極当然の反応だ。


 この町は何もないド田舎だ。そんな町に金髪どころか茶髪にしている人なんて見かけたことがない。


 通っている大学に数人染めている女性を見たことがある程度の人間の前に、急に現れ、話しかけてきたとなれば、思わず凝視してしまうだろう。


「……?あぁ、これ?」


 物珍しそうに髪を見つめている俺に気づいた彼女は答える。


「私の国はみんなこの色なのよ。確かにこの国だと珍しいのかもね」


 夕日によって輝き、風でなびくその髪は、まるで黄金色の稲穂を見ているようだ。


「ってことは、海外の人なんですか?」


「うーん、そうねぇ……そういうことになるのかな?」


 ちょっと困った顔をして笑う彼女。


「ねぇ、君の名前教えてほしいな!」


「えっと、葛島亮太です」


「うんうん、私はエレナだよ!よろしくね、亮太君!」


 彼女の笑顔は眩しくキラキラとしていた。ただどこか儚く、切ない感情が芽生えたのはなんでだろうか。


「さて!もう遅いし、私は帰るわね」


 時計を見てみると、18時になろうとしていた。


「そうですね、俺もそろそろ帰ります」


「よし!それじゃあね、亮太くん。また会おうね!」


 そう言って彼女は公園の入り口まで走ったかと思うと、俺の方に振り向き、大きく手を振ってくれた。多少の恥じらいもあった俺は、小さく手を振りかえした。









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