アリエッタの家にて
遅くなってごめんなさい。忙しくて碌に時間が取れなかったのです。言い訳なのは分かってますが。
森の木々を縫うように一匹の巨大なバッタが跳ねている。その背中に跨がる一人の女性は楽しげな顔を浮かべている。その女性の後ろには目を瞑って前の女性に必死にしがみついている女の子が一人。
何とも奇妙な組み合わせだ。
森の生き物たちの目の前を一瞬の内に跳んで行く。そして奇妙な組み合わせは一つの大きな木組みの家の前に着いた。
「さ、つきましたよ姫」
アリエッタはそう言って後ろに乗っているフロディーテの方を向く。しかしそこには着いたのにもかかわらず未だ必死にアリエッタにしがみつくフロディーテが。
「お~い、姫~。着いたよ~」
フロディーテの手を何とか引き離し肩を揺さぶりながら正気に戻す。
「うぅ...酷い目に遭った」
右手で口を押さえつつ、先に降りたアリエッタの手を借りてバッタから降りながらフロディーテは呟くように言った。
フロディーテがこう言うのも無理は無い。二人を乗せていたバッタはかなりの速度を出しながら跳んでいた。普通に生きているのならばおよそ体験する事の無い速度。馬よりも何倍も乗り心地が悪く、木々を縫って進むため慣れていない人など直ぐに酔ってしまうだろう。
「ん~~、バッタが駄目なら移動が大変になるんだけどなぁ。他の移動用の虫は居るには居るんだけど、あれはなぁ....」
「いったい何が居るのよ」
隣で手を引くアリエッタからこぼれる言葉にフロディーテは不安を感じる。
「まぁ今はそんなことは置いといて、早く家に入れてくれないかしら。私そろそろ限界」
そう言う顔はかなりしんどそうだ。
「おっとっとそれは悪い事をしたね。それでは姫、ようこそ我が家へ!」
そう言ってアリエッタは二、三段の階段を上り、戸を開けて中へ促す。玄関戸をくぐると大きな広間が広がっている。フロディーテは家の中を見て息を呑んだ。
部屋は天井に吊るされた明かりが隅々まで照らしていた。外見の通り中も木で造られていた。きっちりと木が組み合わさっていて造りは頑丈そうだ。部屋の中央にはおよそ一人で使うには有り余る大きさのテーブルを複数の椅子が囲んでいる。向かって左の壁には台所があり何かしらの食材が置いてある。玄関以外に戸が二つ、台所の隣と右の壁についている。二階へ続く階段は入って右手に設置されている。
そんな家で一際目を引くのが大量の本だ。フロディーテが息を呑んだ理由もこれだった。台所と二つの戸以外の壁には本棚が所狭しと並んでおり、どの本棚にも本がぎっしりと詰まっている。更に中央のテーブルの8割程度は本が占めている。
本の浸食はそれだけにはとどまらず床にも幾つもの台が置かれていて、その上に本が何冊も積まれている。どの本も古びてはいるが管理がしっかりしているのだろう綺麗な状態だ。
「すごい.....」
フロディーテの口から思わず感嘆の声が溢れる。酔っていた事など忘れたかのようにテーブルに近づき本を手に取って見てみる。
しかし表紙を見て少し中を開けたと思うと本を閉じて元の場所に戻してしまった。
「おや?お気に召さなかったかい?」
いつの間にか隣にいたアリエッタが本を数冊手に取りながら言った。
「お気に召すも何もないわよ。読めなかったのよ、私この文字知らないわ」
近くにある本、どれをとっても見たことの無い言語。
「へ....?あっそうか、ここらの本の言語の国滅んでるんだった」
「滅んだってさっき貴方が滅ぼしたって言ってたやつ?」
「いや、その国は他国に攻められて負けたはずだね。確かかなり一方的にやられてた。それで国が一つになって言語が統一されたからその国の言語が滅んだって事だったはずね」
「なる程ね」
簡単に滅んだという言葉が出て来てフロディーテは驚いていた。が、それは仕方のないことなのは分かっていた。それでも少しばかりやるせない気持ちがあった。
「ところで姫さん、酔いは覚めましたか?」
突然これまでとは少々違った言い方でアリエッタが言ってくる。
「えぇ確かにもう気分はすっきりしたけど、何かしらその呼び方」
「特に深い意味は無いですよ。それより~」
少しニヤッとした表情を浮かべるアリエッタ。その顔を見て襲われるのかと身構えるフロディーテ。「何?」と聞こうとしてアリエッタの言葉がそれを遮る。
「お風呂はどうですかっ!」
風呂の勧めだった。