二話 森の中
森の中は薄暗く木々が所狭しと生え渡っている。茂みの奥からはガサガサとあちらこちらから音が聞こえる。
(何かいるのかな...?)
少女は音のする方をみながら首をかしげる。先ほどから周りのことが気になっているがそう易々と首を突っ込んむ訳に行かない。その理由はこの森の特異性だ。
その特異性は、動植物の一部巨大化だ。基本的に、通常サイズの生き物が生息しているが稀に巨大な生き物がいる。
少女が初めて見た巨大生物はウサギだった。体長はおおよそ1m。大人しかったので毛を撫でてみたがフサフサしていてとても気持ちの良い物だった。できる事ならペットにして飼ってみたい。
木々も同じく大きな物がある。ひときわ巨大な木に、大きな実を見つけた時は久し振りに気が済むまで食事をする事が出来た。
肉食であろう巨大生物も見かけたが温厚なのかこれまでに襲われた事は無かった。ただ、いつ襲われるか分からない。ここで生き残るためには自分から生き物にあいに行くのはやめるべきだろう。
少女は覗きたい気持ち首を振って振り払って、道なき道に歩を進める。
(水浴びをしたいなぁ....)
森に入ってから幾日、食事面や睡眠面での問題はなく過ごせているが、体を洗えるような場所が一度も見つからない。毎日歩き続けているので体は汗でベタベタになっている。それに森の中は蒸し暑い。何日かは我慢する覚悟は決めていたがその我慢も限界の域に到達した。それに服も泥だらけだ。泥だけでも落としてしまいたい。
(せめて体が冷えれば幾らか楽なんだけどな....)
そんな時だった。
フシシャァァァァ────!!!!!
という音が前方の茂みからしたかと思うと、何かがこちらに向かってやって来る気配を感じた。。
とっさに少女木の陰に隠れて、やって来る物を見た。それはカメレオンのような生き物。
ざっと見て、大きさはおおよそ7m、緑色の体に赤く光った目、そして鋭く尖った爪を持っている。そのカメレオンは獲物を探しているのか辺りを見渡している。
カメレオンに見つからないように息を潜めて様子を窺う。
(見つかってないよね....?)
見つかったらその時点で少女の命はお終いだろう。走って逃げられる自信はない。
(どうか気づかずに立ち去ってくれますように)
そう祈った瞬間カメレオンがこちらに向かって体を向ける、と同時にピンク色の舌を伸ばした。
(嘘っ...バレたっ!?)
お終いか、そう思ったがカメレオンの舌は少女の隠れてる木の横をを通過し、後ろの茂みの中に突っ込んだ。その舌はすぐに茂みから出てくると何かを包み込んで戻ってきた。そのまま口に頬張るとバキッやグシャッと音をさせながら噛み砕き呑み込んだ。そして、後ろを向いて来た道を引き返すかのように茂みの中にに消えて行った。
この間、少女は足を動かす事も、指を動かす事も、ましてや呼吸をする事さえ出来なかった。恐怖が体を包み込んでいた。もし見つかっていたら....そう考えると自身を上手く動かす事が出来ない。
「あ......ぁぁ....」
言葉を口に出すのはこれが限界だった。この森の危険さに気づかされた。私の体はその場で崩れ落ち、ガタガタと震え始める。皮肉にも少女の望んだ通りに冷や汗で体を冷やしながら。
それから数時間して少女はやっと落ち着きを取り戻した。木に手をつきながら体を起こす。息はまだ少し荒いが止まってばかりもいられない。ノロノロとカメレオンの去った方向とは90度別の方に15分ほど進むと開けた所に出た。
そこには湖があった。その湖はそれなりに大きく、対岸までは泳いで渡るには骨が折れそうな程距離がある。近くには何匹かの草食動物が水を飲んだり水浴びをしている。
「やった.....!」
一目散に泉に行くと手で水をすくって一口飲む。冷たい水は喉を癒し、体に染みわたる。体に行き渡るその水を少女は堪能する。
しばらく水を飲んだ後、ポケットから手荷物を取り出し、その場に纏めて置いた。そして、足を水中に入れそのまま肩まで水に浸かった。
お風呂のように温かくはないがここまで水に浸かれるのはいつぶりだろうか。上からは強い日差しが照りつけるが冷たい水中はどこか心地良さを覚える。
(気持ちいいなぁ.....)
これまでの疲労が吹っ飛ぶかのような気持ちよさを少女は泉に仰向けに浮かびながら感じていた。このままずっと浮かんでいれたらどれだけ素晴らしい事だろうか。
(ここにとどまろうかな.....危険はあるけど他に誰もいなさそうだし食べ物も飲み水もある。生きて行くには十分だし。)
「よしっ、決めた。ここに住もう」
そう気合を入れて体を起こす。その目はやる気に満ちていた。
ここに住むと決めたとはいえ、ビショビショの服のまま動く訳にはいかない。湖周辺から集めてきた枝や葉っぱで組んだ火種に火をおこし、暖をとる。
こういったサバイバルの事を他人から習った事は無い。一度両親に習いたいと頼んでみたが
「そんな物要らない。それより他の事をしなさい。」だった。それ以降、両親に頼み事はしなくなった。
人に頼ることは出来ないので図書館に行き本を読み漁った。めぼしい本を見つけては暗記してしまうぐらい熱心に読んだ。その姿を見た妹に「そんな物読んで何の役に立つんだか」って笑われた事もあったか。
(今、役に立ってるぞ。)
そう妹に言って聞かせてやりたいけど本人はここには居ない。他人に今の楽しさを伝えることができないことが少し残念だ。
けれど少女はどこか楽しそうにユラユラと揺れる火を先ほど拾ってきた手頃な石に座りながら眺めていた。
(う~ん、微妙に乾ききらない...)
服は生乾きではあるがそろそろ動かないといけない。日が傾いてきた。寝床を探すなり、作らなければ。火はしばらく消えそうに無い。ある程度ならほっといて、辺りをウロウロしても問題ないだろう。
少女は、大きめの枝を一本、火の中に置いて立ち上がる。
(まずは、ご飯。次に、寝床)
生きるために、少女は行動を開始する。
少女が歩き出してからそう時間の経たない内に、食料は直ぐに見つかった。木の実がなりやすい場所なのかあちらこちらに様々な種類の実をつけた木々がはえている。
(沢山種類が有るなぁ、どれにしようか?)
色とりどりの木の実を前に少女は嬉しそうに首をかしげる。そして赤黄桃橙青白緑等様々な色の木の実をもいだ。
「あれ?この木の実だけ他の所になってない」
多くの木の実は同じ種類の物が至る所にあるがその黄緑の木の実だけは一カ所にしかなってない。
(きっとレア物なのね。一つだけ貰いましょう)
一度持っている木の実を置いてその木の実を一つもぎり、また木の実を全て持つ。
(ご飯は当分これで大丈夫そうだけど、寝床をどうしようか?)
そう、寝床になりそうな所は中々みつからない。
見つからなければ地面に寝転がって休むしかないけれど、これからずっとそうして寝るわけにはいかない。地面で寝ると次の朝体が痛いからだ。そんな生活を毎日はするのは辛い。
「まあ、いいや。今日は諦めよう」
太陽は半分ほど姿を消しており、辺りも暗くなっている。
もぎ取った十数個の木の実を抱えて湖の拠点に戻った。
拠点に戻ると早速木の実にかぶりつく。一つ目の実は綺麗な桃色をしておりとても甘く、美味しい。
一個目は直ぐに食べ終えてしまった。そのままの勢いで二個目に手を伸ばす。二個目は黄色い実。
「酸っぱっ!」
残念ながら酸味の強い果実だった。一つ目が甘かった分余計に酸っぱく感じる。慌てて少女は水を飲みに湖に向かう。何度か水を飲み、ようやく口の中が落ち着く。
(どうしようかな、この木の実食べれなくは無いけど酸っぱいしな...でも棄てるのは勿体ない。)
少しの間悩んだ少女はその実を手に湖に向かった。そして木の実をかじっては水を飲み、かじっては水を飲むを繰り返した。
(これなら、食べられる。)
少女はまるで子供が苦手な食べ物を水を飲んで流し込むかのようにして、その黄色い実を食べ終えた。
(今日は後一個にしよう。)
思ったよりも木の実が詰まっていたのか、それとも水を飲み過ぎたのか少女はそれなりに満腹になっていた。
「あれっ?あの実が無い!」
あの実というのは黄緑の木の実のこと。
(どこかに落としてしまったのかなぁ....一番楽しみにしてたんだけどな)
とはいえないものはない。少女は諦めて他の実をかじる。最初に食べたのと同じ桃色の実を。ところが半分ほど食べてその手と口がが止まった。そしてそのまま地面に横になるとスヤスヤと眠ってしまった。
よっぽど疲れていたのだろう。食べている最中に眠気が勝った。ただ、食い意地はたくましく、その手には桃色の実をしっかりと握っていた。