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虫の操者のお姫様  作者: 色獅子 A ハック
一章
1/5

一話 逃走及び昔話

 ただ少女はひたすらに走っていた。誰も居ない森林を何の当ても無いままに。

 履いている靴は所々穴が空いている。着ている服も泥や砂で汚れている。服の間から見える肌には幾つもの擦り傷や切り傷が見える。まだ、血のにじんでいる傷もある。 

 それでも少女は止まらない。

 ただ自分の今まで居た場所、そこから逃げ出せればそれで良かった。そのために少女はひた走る。


 


 出だしは良かった。何年もかけて人のいないタイミングを見計らい自分のいた世界を飛び出した。二度と戻らないと、少女は心に決めていた。

 そして誰にも見つからないまま、国境を越えた。良く見つからなかったと、逆に驚いた。とても運が良い。しかし、私が居なくなったことが気づかれるのは時間の問題だろう。今はひたすら遠くへ行き、来るだろう追っ手に、追いつかれないようにするだけだ。

 

 少女の遥か後方、大きな城を中心に円形に広がる町が作る国がある。少女の目にはもう映らない賑やかな国。この国の城に住む王女と隣の国の王子との結婚式を約二週間後に控えたこの国は活気づいていた。

 でもそれはもう少女にとって何の関係も無い話。



 日が暮れてきた。空は赤く彩られているが、鬱蒼と生い茂る木々の中を進んでいるため周りは既に真っ暗だ。足下もよく見ないと分からない。

 ガスッ!と音をたてて少女は転ぶ。どうやら木の根っこに足を取られてしまったようだ。立ち上がろうとするも右足首に力が入らない。手で触れてみると少々だが腫れている。ここで無理をしてけがを悪化させては後々に響いてしまうと考え、少女は休むことをきめた。

(どこか休めるところはないかな?)

 辺りを見渡すと数m先にうっすらと大きく開いた木のうろが見える。雨風がを凌ぐには十分なおおきさだ。少し窮屈だがそこにこもる。お腹が減っているが今は動くことが出来ない。我慢して眠る。


 翌日、少女は体を何かが這いずる感触で目を覚ました。起き方としては最悪の部類に入るだろう。何だろうかと見てみると体長50㎝ぐらいの蛇がいた。

 イヤァァァァァ────!!!!!!

 とっさに少女の口から声にならない声があふれる。怯えている間に蛇は少女からスルスルとおりてうろの奥の方に行ってしまった。どうも蛇はこの奥に行きたいだけだったのだろう。

 「良かった.....」

 蛇がどこかに行った事に安堵した少女は木のうろから這い出る。いつの間にか目には涙が浮かんでいる。少女は今になって足の痛みがもう完全に引いていて腫れも治まっていることに気づく。これでまた先に進むことが出来る。

 品が無いなとは思いながら少女は近くになっている木の実を食べながら歩を進める。



 「あれ......馬がいる....?」

 川沿いを進んでいると馬が一頭木に括り付けられていた。辺りを見回して見ると馬の所有者であろう男が川で水浴びをしている。多分服は着ていない。(馬を連れていっても...バレない?)

 そう思うやいなや少女は少ない持ち物の一つナイフを取り出して括り付けられていた縄を切った。

 逃げ出す前の少女なら絶対にすることはなかった行為、それほどまでに少女の心は変わってしまっていた。

 馬に跨がると馬は突然大きく一声啼いた。

(マズイ....)

 勿論この声は男にも聞こえだろう。早く逃げなくては。

「おいっ!そこに誰かいるのか?」

男の声がきこえる。もうグズグズしてられない。馬に跨がり手綱を手に、馬を走らせる。

 ふと後ろを振り返ると男が全裸のまま何か叫んでいる。何を言っているかは聞き取れない。

 まあ、聞く気もないのだけど。



 やはり馬は速い。自分が進む速度の何倍もの速さで進むことが出来る。良く訓練された馬なのだろう言うことを良く聞いてくれた。

 昔は親に言われて馬術を習っていた。馬術なんて要らないと思っていたが今は昔の私に感謝だ。嫌々でも習っていて良かった。

(まあ、習わないなんて選択肢も無かったけど...)

 馬術を教えてくれた人への感謝は・・・やめておこう。良い思い出など余り無かった。

 

 グルグルグルとお腹が鳴る。

「お腹空いたな....」

 食べる物が無くなったのだ。と言っても、元より食べ物など持って出てきていない。持っていても荷物になると考えたからだ。だから無くなったと言うことではなく、近くに食べられる物が何一つ無くなったと言うことだ。

 川は途切れ、植物もめぼしい物は生えていない。民家も一軒たりとも見つからない。民家があったところで追っ手に気づかれたくないので泥棒になるしかない。

 (やっぱり何か持って出るべきだったかな)

少女は今になって後悔する。

 持って来たのは携帯用の火起こし道具と、数本のナイフと体を丸めればぎりぎり私の体の収まる布。ナイフはズボンのポケットに、そして火起こし道具と布を革の袋に入れた。動き易さだけを考えるとこうなってしまった。


 最初は木の実であったり捕獲可能な動物を焼いて食べたりして、事なきを得ていた。

 だけど、

「・・・何も・・・無い」

 辺りにちらほら植物が生えているものの食べられるような物は無い。地面は乾燥しきっていて川や湖、愚か水分となるが見つからない。ここの植物はどうやって生きているのだろう。

「早く...ここを抜けないと。」

 馬には酷だろうがこの地域を抜けるまでほぼノンストップで進んでもらうしかない。

 初めて多くの植物を見つけたのは三日程後だった。乾燥地帯を通り抜けたのだ。

 馬に乗りながらお腹に手を当てる。しかし体に力は入らない。それもそのはずだ、私はこの場所でろくな物を口にしていない。水分の多そうな植物を数本、口にしただけだ。大した水分にはならなかった。更に余り良い味でも無かった。文句を言える立場では無いのだが。 

 馬はこの場所で、植物を口にしなかった。そのせいもあるのか馬の体はやせ細っている。もしかしたら食べない方が良いものなのかもしれない。だけど、そんな事を言っている場合では無かった。喉がカラカラに乾いた。雨は逃げ出してから約十日、降った記憶は無い。


 乾燥地帯を抜けてから二日程...走っていた馬が突然こけた。一秒にも満たない間フワッとしたかと思うと私は地面に背中から叩きつけられた。

 背中に走る衝撃とこれまでに蓄積された疲労により少女の意識はプツリと切れた。




 どれだけの間眠っていたかは全く分からない。気づいた時にはぬかるんだ地面にうつ伏せのままで少女は倒れていた。服はぐっしょりと濡れている。今になって気づいたがあちこち綻びや汚れが目立つ。着替えなど一つも持ってない、当然と言えば当然だ。

 周りを見渡すとそこには馬が倒れている。無論ここまで運んでくれた馬だ。体は地面に投げ出され瞼は緩く閉じている。

 「あれ....死ん...じゃってる......」

馬は死んでいた。詳しい死因は私には分からない。多分衰弱死だろう。逃げるためとはいえ流石に酷使しすぎた。馬もよく死ぬまで走ってくれたものだ。

「ごめんなさい....」

 心の底から謝る。

「そして此処までありがとう御座いました」

 感謝の念も忘れない。

(ありがとう...か)

 最後にその言葉を気持ちを込めて言ったのはいつだろうか?覚えていない。

 此処まで運んでくれた馬をどうにかしてやりたいが痩せているとは言え馬は馬。動かそうにもどうともならない。ここに置いていくしかない。

 最後に一度お辞儀をして少女は前を向いて歩き出す。


 歩き出して思う、やはり馬は速かった。

 しかし、ここからは歩きになる。また自分の足で、自分の力で歩かねばならない。

 あちこち見ても人が立ち寄るような場所には見えない。馬どころか移動手段となる物は無いだろう。体は既にボロボロだだが疲労度はこれまでの何倍にもなるだろう。行くあてなど有りはいないが、ただ彷徨い前に進む。

 

 「何で...私にげだしたん...だっけ.....」

 馬を失ってから数日、突如私の頭にその言葉がよぎった。どれだけ忘れようとしても頭にこびりついて離れない。

 私の足は止まり空を仰ぐ。空は薄暗く、今にも雨が降ってきそうな状況だ。


 頭に思い浮かぶは逃げ出す前の記憶。



 私は物心ついた時から両親の言いなりだった。両親に言われた事を聞き入れ、その通りに実行する。頼み事をされたら「はい」以外の返事はない。少しでも機嫌を損ねると罵詈雑言を浴びせられた。

 習い事も多くさせられた。上手く出来ないと教師からは勿論怒鳴られる。更に4歳年下の万能な妹といつもいつも比べられる。

 両親は私と妹を並べられ両方に同じ事をさせることもあった。どれだけ必死にやっても何事も妹の方が上手かった。全てのことで競わされ、全てのことで私が負けた。両親は妹を可愛がり私の事は見放した。そんな私を見て従者は嗤う。家族の前では体裁を保つが誰の目も無いと態度は急変する。

 両親・妹・従者全てから出来損ないと、指をさされる。

 ここまで見下されているが暴力だけは振るわれる事はなかった。体を傷つけられる事はなかったのだ。理由は単純。私という人間に価値があったからだ。生まれつき顔は端正に整っており、成長するにつれスタイルも悪くなく育った。つまり体に傷さえ無ければ価値は高いままということだ。

 利用方法など無数にある。


 その利用方法の一つになったのが今回、にげだした原因だ。結婚。

 結婚と聞くと大抵の人は良いことだとかめでたい事だと感じるだろう。私もそうだと思っていた。自室にこもってはいつか誰かと結婚し、こんな家庭から出ることが出来ると思っていた。

 が、そんな願望はいとも簡単に打ち砕かれた。

 

 始まりは十八歳の誕生日。私の国では男女共に十八歳以上での結婚が認められる。

 珍しく両親が上機嫌にしていた私の誕生日を祝うパーティーだった。パーティーもお開きになる直前に、隣国の王子が私の元にやってきた。隣国ではあるが私の国とは余り関りを持っていなかったのでこの王子と話すのは初めての事だった。

「少し君と話をさせて欲しい」

 と、小さめのバルコニーに誘われた。私は誘われるがままについて行った。

 パーティー中に見ていた限りではその王子はとても礼儀正しい人間だった。背丈はそこそこあり、顔も整っている。素晴らしい人だ。第一印象はそうだった。

 「えっと...話って何でしょう?」

滅多に男性と話した事のない私は少し緊張していた。

 「落ち着いて聞いて欲しい」

そう一呼吸入れて彼は続けた。

「一目見たそのときから貴方の事を好きになりました。どうか結婚してください」

 プロポーズだった。

 そして私はその人からプロポーズを受けいれた。

 結婚に憧れていた私は相手の事など何も知らないのにその場で即刻OKを出した。この家庭から解き放ってくれるのではないかという期待が私をそうさせた。

 多分この瞬間が一番幸せだった。

「なぜ、泣かれてるのです」

 王子にそう聞かれた最初、私はその言葉の意味が分からなかった。目に手を当ててはじめて気づく。いつの間にか私は泣いていた。

「せっかくの笑顔が台無しになってしまいます」

 王子は自分のポケットからハンカチを取り出し、私の頬を伝う涙を残さず拭ってくれた。

「ありがとう」

「それでは、戻りましょうか」

 話は元々ついていたのだろう。二人が笑い合いながら戻ってきた瞬間会場は拍手に包まれた。両親の機嫌が良かったのにも合点がいった。厄介者が家からいなくなるからだろう。私にとっても願ったり叶ったりな事だ。

 だから浮かれていた私は到底気づくことなど出来なかった。拍手をしている者の何人かは哀れんだ顔をして小さく周りに聞こえることの無い声で「かわいそうに」と呟いていたことに。


 当然の如く話はとんとん拍子進んでいった。正式に王子が私の両親に挨拶にきて、私も王子の家族に挨拶に行った。その間も王子はとても礼儀正しく接していた。この人となら私は幸せになれるそう思っていたそんな三ヶ月前。


 それからしばらく月日が流れた。プロポーズから、二ヶ月後遂に私は彼の王宮に一人で招かれた。結婚式まではもう三週間を切っていた。一人と言っても従者は一人ついてきている。彼女の歳は私と同じ位。いつも他の従者より一歩後ろにいてあまり目立たない。しかし、仕事はてきぱきとこなし他の従者より働いていた。


 夕方に城を出て半日をかけて明け方相手の城に着く。滞在するのは三日、早速朝から彼に王宮内部を案内して貰った。

豪華絢爛な美術品や宝石の飾ってある部屋や立派な鎧や武器の保管庫など、色々な場所を巡った。中でも大きなバルコニーから見た中庭は目を見張るものがあった。

昼食後も同じように様々な場所を案内して貰ったが何分広大な城だ。一日では見て回れない。明日も他の場所を案内してもらうことになった。

 夕食を終え、風呂を勧められた。断る理由も無いので用意をして浴場に向かう。従者に髪を洗って貰っているときに従者が不意に声をかけた。

「良かったですね。」

そういう彼女の言葉を聞き、私は心底驚いた。これまで私に対してそんなことを言う人間などいなかったし、そもそも彼女は私に話しかける事が無かったからだ。

 キョトンとしている私をほっといて彼女は続ける。

「このまま行けば姫様はもう誰にも何も言われることはありません。」

「それは私の親から言えって言われた事?」

これまで散々に言われ続けた身だ、今更言われても信用出来ない。が、

「違います。これは完全に個人の意見です。元々姫様に対する周りの態度は気に入って無かったのですが、それの改善方法が思いつかず、それにそんなことをすると私も身が危ないので言えませんでした。

 ですから、今回の事は心から祝福しています。」

 そう彼女は手を止めること無く言った。

「ふふっ、ありがとう。貴方が今回着いてきてくれる従者で良かったなぁ。」

「そう言っていただけると幸いです。実は元々別の従者がつく予定だったのですが、その人を押しのけて立候補しました。先程の事を何としてもお伝えしたかったので。」

 そう言い終わると同時に彼女は私の髪を洗い終えた。

「ところで貴方はなんでこの仕事を辞めようとは思わなかったの?周りと意見が全然違うの辛くなかった?」

そう彼女に向かって聞く。すると彼女は少し苦い顔をした。

「それを聞きますか......」

「えぇ教えて。」

彼女は少し言葉を濁した後

「......お給料が良かったので。」

その言葉を聞くと同時に私は笑った。それにつられて彼女も。

 記憶にある中で最も楽しい風呂だった。


 楽しい記憶はここまでだった。これ以降は思い出すのも辛い、否思い出したくも無い記憶だ。






(あぁ....そうか...私は....自分の居場所を.....)


 ふと、少女は目を覚ました。雨が降ったのだろう、目の前の地面はぬかるんで泥と化している。

 気づかないうちに気絶して、倒れていたらしい。地面に倒れるのは逃げ出してから何回あったか。       

 辺りを見渡すと目の前に森が広がっている。元々住んで居た国に近い森とは全く違う種の巨大な木々が鬱蒼と生い茂ってる。迷う事は無い、進むだけだ。 

 一瞬間、少女は森に圧倒されたが直ぐに、森に足を踏み入れる。脱げていた最早原型のない靴を履きなおし、ボロボロの服のまま、傷だらけの体を引きずって。

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