047.ここでの生活にも慣れてきました。
習得した魔法の試行錯誤を重ねていると、いつの間にやら昼過ぎになっていたらしく、クミンさんが戻って来た。
「やっこさんを起こしてもらえるか」
それに応じてステヴィアさんを起こしに行こうとするとタイミングを見計らっていたかのように簡易建物の扉が開く。
ステヴィアさんは卵の入った私の荷物を抱え、後ろ手に扉を閉めると同時に簡易建物を【道具箱】に収納していた。
荷物を受け取り、背負う。
「お待たせしました。それでは出発しましょうか」
「昼飯は歩きながらでかまわねぇか?」
「えぇ、こちらは問題ありません。アンも大丈夫ですよね?」
「はい、大丈夫です」
「んじゃまぁ、行くとしますかね」
周辺を見渡すこともなく歩き出すクミンさんに私とステヴィアさんが続く。
「蝙蝠飛ばしましょうか?」
「そんなら頼めるか」
クミンさんの『直感』があれば必要ない気もするけれど、魔法の練習も兼ねて念のために探査蝙蝠を森の中へと飛ばす。
その際に探査蝙蝠には『光学迷彩』を施して付近の魔物を警戒させぬよう姿を隠した。
4Kサイズの画面に映し出される映像を前に私達は黙々と足を進める。
時折、ステヴィアさんが飲み水を渡してくれたので私は喉を潤しながら夕暮れまで歩き続けた。
日が暮れる前に簡易建物を据え置ける場所を見つけ出し、私達は本日の徒行を終了させる。
腰を落ち着けて夕食をみんなで摂りながら明日の行動方針を話し合う。
方針が粗方定まった私達は「また明日」と別れ、それぞれ休息をとった。
それから数日は同様の1日1日を過ごし、その間に使い慣れてきた探査蝙蝠で上空から撮影させていた河辺の様子がようやく落ち着いたのを『反響定位』で知覚した私は、その事実をふたりに伝える。
数分くらい話し合った結果、一旦河辺によって水を補給した後は再び森の中を進むことになった。
私の探査蝙蝠を使えば河から一定の距離を保ちながら森の中を移動することが容易なので、わざわざ魔物が多く集まる河辺を進む危険を避けるためらしい。
一時的に立ち寄った河辺でふたりが水を汲むのを待ちながら私は探査蝙蝠で辺りに攻撃的な魔物がいないか警戒を続ける。
ただ警戒はしているものの魔物達はふたりが高レベルで強いと本能的に察しているのか、私達を遠巻きに眺めることはあっても近寄ってくることはなかった。
取り越し苦労に違いなかったけれど油断は禁物である。
複数の探査蝙蝠から送られてくる情報を知覚しながら私はふたりが水を汲んでいる河の色が茶色いのがひどく気になった。
上流の澄んでた水と違って、この辺りの濁った水は飲み水として使えるのか不安が残る。
微生物とか寄生虫みたいなものがたくさん入ってそうなんだけど、ろ過して沸騰させたくらいでそういったもの全部取り除けるものなのかな?
安心を得たかった私は抱いた疑問をふたりに投げかけると濁った水を【道具箱】に収納した段階で微生物みたいなものは全て排除されるらしい。
なんでも【道具箱】には生き物は収納不可能なので、それを利用したろ過なのだという。
ただし砂や砂利などはそのまま一緒に収納されてしまうから後で改めて、それらを取り除く手間は必要だということだった。
その夜、眠る前にろ過作業を見せてもらうとステヴィアさんは『錬成』で砂利などにひとつの固形物として作り替えることで簡単に除去していた。
固体や液体に働きかける属性のひとは概ね類似した手法をとるらしいけど、私やクミンさんみたいに、それ以外の属性持ちだと小学校の理科の実験でやったような魔法を使わない普通の方法でろ過するしかない。
でも【道具箱】に収納した段階で飲み水としての安全性は大方確保されてるので、魔法でぱぱっと片付けられないからといって気にするほどのことではなかった。
そういった今世の常識をふたりから学びながらの旅路は魔物に邪魔されることもなく、平穏な日常として身体に馴染んでいき、約1ヶ月が経過した。
いつも通りに探査蝙蝠を河辺の上空と進行方向の森の中へと飛ばす。
映像は初期の頃より鮮明になり、画質がよくなっている。
今では同時に8画面まで表示可能で、ステヴィアさんの魔物観測の手伝いも並行させているくらいだった。
それくらいには魔法の扱いには慣れていたはずなんだけれど、どういうわけか進行方向に先行させていた探査蝙蝠からの映像が途切れた。
どうやら魔法が何らかの原因で消えてしまったらしい。
障害物にぶつかっていないのは『反響定位』で映像が途切れる直前まで周辺を知覚していたので間違いない。
だったら何が原因なのだろうかと首をひねりながらステヴィアさんに断りを入れて、映像が途切れた探査蝙蝠から最も近い位置で魔物観測させていたものを現場に向かわせる。
するとまたしても映像が、ぶつりと途絶えた。
「もしかしたら古代文明関連の何かがあるのかも知れませんね」
「その手の場所だと魔法が効果を発揮しなくなるんでしたっけ」
「えぇ、そうです」
「てこたぁ、そろそろこのダンジョンの出口も近ぇのかもな」
「だといいんですけどね」
ようやくここから抜け出せるかも知れないというのにステヴィアさんは、何か懸念している事柄があるのか難しい顔をしていた。




