044.お察しします。
「まぁ、アレだ。やっこさんを撒いたのはお前さんとふたりで話すためさね」
深閑とした雨上がりの森を歩きながらクミンさんの行動の意図を尋ねるとそんな答えが返って来た。
「私と、ですか?」
「あぁ。んで察しはついてるとは思うが、話ってのはやっこさんのことだ」
誤魔化しても無駄だろうし、私がステヴィアさんのことに関して大して何も知らないことを告げておくことにする。
下手な誤魔化しをして変な会話の流れになっても困るしね。
「私がステヴィアさんと知り合ったの2日前ですし、ほとんど何も知らないですよ」
「問題ねぇよ。そんな気はしてたからな」
「はぁ、そうなんですか」
こっそりステヴィアさんのことを調べようとしてたのかと思ったんだけど違うのかな。
「まず最初に聞いておきたいのは一昨日のことさ。お前さんらは滝裏にある古代遺跡に居たかってことだ」
「日没前くらいに居ましたよ。ダンジョンに続いてるっていう真っ暗な螺旋階段のある場所にも」
まだ聞かれていないけど、とっとと話を本題に移すためにクミンさんが後々聞いてきそうな内容を前もって告げると彼女は苦笑した。
「話が早くて助かんな。あの日あの場にやっこさんが居たのはお前さんの証言からして間違いないわけだ」
「ですね。ステヴィアさんは螺旋階段のある場所の地下深くから火の玉が昇ってくるのを目にした直後に飛び降りて行きましたね。あれってもしかしなくてもクミンさんが放ったものですよね?」
「だな。どの程度上に続いてんのかわかんねぇから登る前に確かめときたかったんでな。ま、その数十秒後に心臓と眼球から脳髄をデケェ針でぶち抜かれてぶっ殺されたわけだがな」
かなり具体的に殺され方を口にされ、スプラッタ映画で目にしたような姿にされたクミンさんが脳裏に浮かびそうになり、頭をふってグロいイメージを追い払う。
「ステヴィアさんはダンジョンから迷い込んだ魔物を帰したって言ってたんですけどね」
「実際にゃ、あたしの死体をダンジョンの中に投げ戻しただけだがな。魔物の餌にでもして遺体を処理するつもりだったのかもな」
「でも、クミンさんは生きてたわけですよね」
「まぁな。ぶっ殺されたことに関しちゃ思うこともないわけじゃねぇが、あたしが気になってんのはそこじゃねぇのさ。この辺りは魔物との交配なんてしちゃいなかったようだし、あたしみたいなのは魔物と間違われても仕方ねぇとは思うしな」
クミンさんが自分の容姿から他所の人から殺されても仕方ないって受け入れてるのはなんとも言いがたいものがあった。
「あたしが気になったのはやっこさんがあたしをぶっ殺した理由じゃなく、あたしをぶっ殺したって事実がやっこさんの中でなかったことになってるってことさ。あたしの『直感』でもやっこさんが嘘を吐いてないってのがわかってただけにどうにも違和感しかなくてな」
「暗がりでクミンさんの姿が……そっか『暗視』技能」
途中まで口にしてステヴィアさんが『暗視』持ちであることを思い出し、言いかけた言葉を修正する。
「そ。やっこさんは暗がりの中で正確にあたしの急所を狙い撃てる程度には見えてたはずだ。しかも標的になってたのはやたらと特徴的な姿形をしたあたしなんだ。簡単に忘れられるとも思えねぇのさ」
「そうなってくるとステヴィアさんの中でクミンさんを攻撃した事実が初めからなかったことになってるってわけですか」
「だろうな。そんでよ。あたしも生まれで区別はしたかぁねぇんだが、やっこさんは世界樹果の生まれなんだろ。あたしとしちゃ世界樹ってのは信用ならねぇもんの頂点なわけだが、もしかすっとやっこさんは世界樹に洗脳でもされてて、世界樹にとって都合の悪りぃことは記憶を改竄されてんじゃねぇかと思うんだよな」
ない、とは言い切れず私はなんと答えるべきか困った。
そうやって口を閉ざしたまま悩み込んでいる私に対して更にクミンさんは悩みの種となりそうな言葉を重ねて来る。
「それとお前さんと顔を合わせた無人の街であたしとやっこさんが相対したとき、何故か急所を狙い撃って来るようなこともなく、捕縛しようとしてたってのもよくわかんねぇんだよな。やろうと思えば最初に仕掛けた瞬間に翼じゃなく、あたしの土手っ腹をぶち抜いて串刺しにしちまえただろうによ」
「私が側に居たから凄惨な方法は取れなかったとかですかね?」
割と自惚れた発言だとは思うけど、ありえないとは思えないんだよね。
「それが一番無難な答えだろうが。そもそもお前さんらの関係がよくわかんねぇんだよな。まだ出逢ってから大した時間も経ってねぇみたいだしよ。その辺りは、あたしの故郷で撮られたらしい写真となんか関係があんのかね」
私は少し迷ったけれど、クミンさんに私の身体とステヴィアさんの目的に関することを詳細に説明していった。
「別の人間の魂が入れ替わるように次々と同じ人間の身体を引き継ぐとはねぇ。加えてお前さんは月の世界で死んで、こっちで生まれ変わったなんてよ。正直、胡散臭過ぎて笑えねぇが、あたしの『直感』はそれが事実だって訴えかけて来てんだよな。本当にわけがわかんねぇな」
頭痛がするとでも言いたげにこめかみを押さえ、クミンさんは深々と息を吐いた。




