041.遠慮しないくていいのに。
「さて、飯も食ったしあたしはそろそろ寝るかね。明日は今日より早めに出発する予定だからよろしく頼むぞ」
「わかりました」
「んあー、それと明日から数日は河辺を進まないからよ。あの蝙蝠を先行させて地形情報の取集頼めるか?」
「河辺を避けるのは、やっぱり『直感』ですか?」
「あぁ」
「わかりました。そういうことでしたら任せといてください」
「そんじゃよろしく頼むな」
明日の方針を告げたクミンさんは足で焚き火に土をかけての炎を消すと腰を上げ、それまで座っていた椅子をステヴィアさんに手渡すと欠伸しながら簡易建物に入っていった。
それを見届けた私とステヴィアさんも自分達の簡易建物に引っ込む。
簡易建物の中ではロディがお食事中だった。
なんだか居住地を出発してから夜しかご飯食べてないけど平気なのかな?
日中なんてずっと卵の上で寝てるみたいだしさ。
「ステヴィアさん。あの子、ご飯あんまり食べないみたいですけどこういうものなんですか?」
「えぇ、邪目石鶏は石材に含まれる魔力を糧としていますので、口にしているモノに多く魔力が含まれていればそれだけ食事量は減るものなんです」
ステヴィアさんが造った簡易建物だから魔力がいっぱいでちょっと食べただけでお腹いっぱいなっちゃってたのね。
「そうなんですね。食欲がなくなっちゃったとかじゃなくてよかったです」
「そこは安心してください」
「うん」
「それで話は変わるのですが、まずはこれを」
そう前置きしたステヴィアさんは手元に大きめの透明な瓶を取り出すと『錬成』で箱型に変形させて、それを私に差し出して来た。
私は金魚鉢サイズの透明な箱を受け取りながら首をひねる。
「時間がある時で構わないのですが、先程撮影された瓶詰めの私達と似たものをその箱を使って造っていただきたいのです」
ステヴィアさんが撮影を頼むってことは、被写体は魔物かな。
「任せてって言いたいところだけど、動き回る魔物相手だと難しいかもしれないから上手くいくかわからないよ」
「いえ、野生の魔物達に関しては日中に撮影した動く写真でも充分過ぎるくらいですし、先刻の撮影手順からして立体的に姿を保存するのは難しいというのは理解しています。ですのでそういった無茶を頼むつもりはありません」
野生のってことは基本的に動き回らなくて夜にご飯食べるときだけ部屋の中でちょこちょこと歩き回るロディを撮影して欲しいのかも。
「それなら今すぐ撮っちゃいますね、眠るにはまだ早そうですし。あ、でも部屋が暗いから朝明るくなってでも大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。ですが明日は早めの出発とのことでしたし、また後日に」
「朝バタバタしちゃってたらちゃんと撮れなそうですし、撮るならきちんと余裕を持って撮影した方がいいですもんね」
「本当に余裕があるときで構いませんので、撮影するときは言ってくださいね。色々と準備しますから」
「はい」
日中はすぐに魔物を撮影するのを頼んで来たくらいだったので、重ね重ね先延ばしされても構わないって感じの言い回しはちょっと不思議だった。
話が一区切り付き、私は手の中の立体映像用の保存箱を【道具箱】にしまい込む。
手の中が空になった私はステヴィアさんに頼んで身体を清める用意をして貰おうかと思ったけれど、毎日毎日限られてる水を大量に使うことになっちゃうので今日は控えることにした。
ただこのままだと気持ち悪いことには変わりないので、昨日ステヴィアさんが自身の身体に使ってた魔法で私も清めて欲しいと頼んだ。
少し断られるんじゃないかと思っていたけれど、一も二もなく引き受けてくれたステヴィアさんは即座に魔法で私の身体を清めてくれた。
想像以上に身体はすっきりとしたので、こんな魔法があるのなら数日お風呂なしでも平気で過ごせそう。
お礼を述べると今日一日魔物の撮影に付き合わせてしまっていたことを気にしてか、やたらと恐縮されてしまった。
ロディが食事を終えて卵の上に座り込んだのを目にした私達もそれに倣うようにして寝床の準備を整えて就寝する流れとなった。
マットレスの上に寝転び、ブランケットを被って隣で横になっているステヴィアさんに「おやすみなさい」を告げる。
一日中魔法を行使し続けていたことで思っていた以上に疲れていたらしい私は、ステヴィアさんの返答が耳に届くころにはこてんと深い眠りに落ちていた。
翌朝、私は簡易建物に何かが激しく打ち付ける音で目を覚ました。
寝起きで朧げな視界を瞬きで整えながら透けた天井を見上げると豪雨に見舞われていた。
昨日はあんなにも晴れ渡っていたのに、こんなにも激しい大雨が降るとは思いもしなかった。
時折、遠くで雷鳴が轟く。
かなり距離があるようで空が光ってから音が届くまで結構な時間がかかっていた。
どうやらクミンさんが『直感』で今日から数日は河辺を避けると言っていたのはこれが理由だったらしい。
これだけの雨が降ってたら河が氾濫しても不思議じゃないもんね。
私は身体を起こし、隣に目をやると外は大雨だというのに今日もステヴィアさんは朝早くから出かけているようだった。




