004.美味しいご飯が食べたいです。
前触れもなく、きゅるりと控え目とは言い難い音が鳴る。
気の抜けるような音の出所は私のお腹。
部屋の空気を一変させる腹の虫の主張に私は顔を引攣らせた。
「あはは……」
「食堂まで案内しますね」
「はい、お願いします」
ステヴィアさんの後に続いて出た廊下は少し想像違っていた。
崖をくり抜いて造られた住居だからなのか部屋の内装の豪華さからすると廊下は随分と狭く、圧迫感がある。
廊下は部屋の正面にから左右にだけ伸びていて軽く見回すだけで全容が把握出来た。
ドアの数は全部で6つ。
うちひとつはステヴィアさんの部屋だろうし、他は食堂・浴室・トイレだとして残るひとつは玄関といった所だろう。
何というか2LDKの中央に廊下を配置してそれぞれの部屋を分離したといった印象だった。
ステヴィアさんが今出て来た部屋の左隣のドアを開け、中に入るよう私を促す。
食堂として案内された部屋は壁の一面がガラス張りになった解放感のあるダイニングキッチンで大自然を一望出来た。
その中で一際存在を主張していたのは、空気で青むくらい遠くに生えた巨大な樹のようなものだった。
ファンタジー世界によくある世界樹ってやつだろうか。
あれを観るためにわざわざこんな場所に家を造ったような気さえしてくるけれど、これってアンジェリカさんの趣味かな?
「アン、こちらに座って待っていて貰えますか。すぐに用意しますので」
一脚しか見当たらない椅子を引かれ、座るよう勧められる。
私は座る前にひとつ尋ねる。
「ステヴィアさんの椅子は?」
察しの良いステヴィアさんなら何を意図しての言葉かわからないはずもなく、何かを言いかけたステヴィアさんだったけれど、それをどうにか飲み込んで改めて口を開いた。
「後ほど用意しますね」
「うん」
快い返事を貰った私は椅子に座り、世界樹を眺めながらステヴィアさんのつくる料理を待つ。
やがて運ばれて来たのは野菜スープだった。
並べられた料理に手を付ける前に私は近くに立ったままでいるステヴィアさんを見上げる。
すると彼女は承知しましたとばかりに軽く会釈し、両手をぱんっと打ち鳴らした。
直後、対面に私が腰を下ろしているのと同じ椅子が床からにょきっと生えた。
魔法(?)で物を直すだけじゃなく、今みたいに手早く物を造ったり出来るのなら世界樹を観るためだけにこんな場所に家をつくろうと思えたのも不思議じゃないかもね。
ステヴィアさんが今造ったばかりの椅子に腰を下ろすのを待って私はスプーンを持つ。
スープをひと匙すくって口元に運び、冷ますようにふっと軽く息を吹きかけてから口にする。
味付けは薄く、多少塩気が感じられるくらい。
「味気ないですよね」
また顔に出てしまっていたらしい。
考えてみれば私が予定外の早さでアンジェリカさんの身体で目覚めなければ、急遽食事を準備することもなかっただろし、それに今用意出来るものがこの野菜スープだけなんだとするとステヴィアさんの普段の食事はこれだということになる。
「あ、いえ、私が急にお邪魔しちゃったようなものですし」
苦笑いしながら私は表情を誤魔化すように野菜をすくい上げて咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。
瞬間、喉に鋭い痛みと胃から迫り上って来るような強烈な吐き気に襲われ嘔吐する。
最初、毒でも盛られたのかと思ったけれど対面に座っていたステヴィアさんが椅子を蹴倒すように立ち上がり私の元に駆け寄って来てくれたので少なからず安堵した。
「申し訳ありません。それほどまでにお口に合わないとは」
違う。
これはそういったものじゃない。
咀嚼していたときも別段不味いとも美味しいとも思えなかったけれど、食べれないとは感じなかった。
なんというか死に際で水すら飲めない状態に陥っていたときに感じた痛みと似ていた気がする。
でもスープをひとくち飲んだときは平気だっただけにわけがわからなかった。
この身体はアンジェリカさんのものだし、私が死んだときの症状を心が引きずってたりするんだろうか?
どうにか吐き気が治った私は考えをまとめながらステヴィアさんにひとつ質問をする。
「ステヴィアさん、あのスープってアンジェリカさんにも出したことありますか?」
「えぇ、アンジェリカ様が目覚められてから最初にお出しするのはいつも決まってこの味気ないスープでしたから」
そんなステヴィアさんの発言でなんとなく気付く、過去のアンジェリカさんとの反応の違いを比較したかったんだろうなって。
私がひとくち飲んだ後に発した「味気ないですよね」って発言は彼女にとって記憶をなくして目覚めたアンジェリカさんに対するお約束の台詞だったのかもしれない。
やはりステヴィアさんも私という存在に対して簡単には折り合いを付け切れていないのだとわかり、どこか寂しくもあったけれど安心もした。
「たぶんなんですけど私の心に問題があるのかも知れないです。水もまともに飲めなくなるような病気になって死んじゃったので」
そんな私の推測を聞いたステヴィアさんは何やら深く考え込み、やがてちいさく一度頷いてから私の目を見据えた。
「もしかしたらアンが目覚めた際に開花した才能に何らかの原因があるのかもしれません」
「タレント?」
「そうでした。アンはこの世界の知識を失ってしたのでしたね。それではひとまず私の指示通りにしていただけますか」
「う、うん」
「まず頭の中でステータス……いえ、ご自身の身体のことに関して知りたいと強く念じてください」
ステータスだなんてゲームみたい。
私は言われるままにステータス画面が表示されるよう念じてみる。
すると眼前にSFとかで出て来るような半透明のウィンドウが表示された。
【名 称】アンジェリカ
【レベル】16
【属 性】風
【筋 力】★☆☆☆☆☆☆
【耐 久】★☆☆☆☆☆☆
【敏 捷】★★★☆☆☆☆
【技 巧】★☆☆☆☆☆☆
【魔 力】★★★★☆☆☆
【抵 抗】★★☆☆☆☆☆
【才 能】『不老』『怪力』『霧化』『鑑定』『吸血』
【技 能】
【魔 法】
【生命力】36525
【所持金】10000
「なんかステータス画面みたいなのが出たよ」
私のステータス画面って発言にステヴィアさんは思うところがあったのか少し間を開けたけれど、余計なことは言わずに次の説明に入った。
「では次に鑑定の才能を使用して、鑑定の次に表示されている才能を調べてみてください。前回のアンジェリカ様が鑑定を開花されましたので、その隣にあるのがアンの開花した才能のはずですので」
鑑定の隣に並んでるものにちょっとした因縁がなくもなかったので思わず苦笑いしてしまった。
とりあえず鑑定ってどう使うんだろ?
よくわからなかったのでタッチパネルを操作する要領で『吸血』の才能に指先で触れると詳細が表示された。
『吸血』
・生きた人間の血液を経口摂取した際、対象の生命力を奪うことが可能となる。
・この才能発現者は餓死しなくなる。
・固形物を摂取すると強烈な嘔吐感に苛まれ、強制的に体外に排出させられる。
ステヴィアさんの推測通り、原因は私が開花したらしい『吸血』の才能で間違いなかった。