039.いい画が撮れました。
対岸の雑木林に探査蝙蝠を飛ばす。
樹々の間を自由に飛行させたい所だけれど、1度目の撮影では繋いでいる糸が障害物で遮られて映像が早々に途切れてしまった。
なので2度目は糸を枝分かれさせ、障害物を迂回させて探査蝙蝠に再接続するなどして対処する。
単純に進行方向に真っ直ぐ飛ばすだけなら障害物を回避させるだけで済んでいたので、今回のような場合は想像以上に集中力を必要とした。
2度目の撮影も失敗してしまい映像だけでは回避し切れないと悟り、探査蝙蝠に音声情報を取得させて『反響定位』を用いた周辺環境の把握も併用させるとこでようやくまともに撮影が行える段階に入れた。
正直なところ扱う情報量が多くて私の頭は煙でも噴き出してしまいそうだったけれど、ステヴィアさんに今の私が渡せる唯一と言ってもいいものなので全力を尽くす。
それでも私は『反響定位』による知覚の集中していてまともに映像をみれていないので、映像のチェックは隣を歩くステヴィアさんにお願いした。
四苦八苦の末にどうにか操作に慣れ、映像も変にブレることもなくなったので撮影対象を探して雑木林を探索させる。
やがて撮影しやすそうな体格が大きく動きの緩やかな魔物を発見し、探査蝙蝠に追跡を開始。
1体目の撮影対象は筋肉質で厳つい両腕で地面を這うように移動する脚のない蜥蜴でステヴィアさんによると腕這蛇と呼ばれる魔物だということだった。
腕這蛇はのそりのそりと移動しては両腕を伸ばして上体を反らして遠くを観察するような仕草を度々見せ、付近に果樹があるのを発見するとするりと木をよじ登り、蛇のような下半身を幹に巻き付けて身体を保持して自由になった両腕で果実をもぎ取って満足気に次々と丸呑みするように口の中に放り込んでいた。
そういった様子を約1時間程撮影したところでステヴィアさんにつんつんと肩を指で突かれる。
私は探査蝙蝠から得た『反響定位』による知覚に大きく費やしていた意識を割いて自分の身の回りの状況を把握する比重を高める。
「もしかして映像途切れちゃいましたか?」
「いえ、きちんと映っていますよ。そうではなくてですね。そろそろ次の魔物の撮影をお願いしようかと思いまして、それと新たに保存板を用意しましたので、そちらと今使用しているものとを交換していただこうかと」
今の私の魔法技巧だと映像の選択させたりとか不可能だし、後で録画されてる動画を見るときに見たい映像を即座に選べるようにするなら魔物別に違う物に保存するってのは一番簡単な手法で無難なところかも。
「それじゃあ、今撮影してるものは一度切りますね」
「はい」
探査蝙蝠を消すと『反響定位』で取得していた遠隔地の地形情報を知覚するのに費やしていた部分が過負荷から解放されて頭がすっと軽くなるのを感じた。
思ってた以上に脳に負担がかかってたらしい。
頭を軽く振り、多めに瞬きをしてからステヴィアさんと保存板の交換をする。
「その保存板はステヴィアさんが保管しててください」
「よろしいのですか?」
「そのために撮影してたわけですし」
「ありがとうございます」
ステヴィアさんは保存板を大事そうに抱いてから【道具箱】にしまい込んでいた。
その後、私達は昼食を摂るのも忘れて何枚もの保存板を用いて魔物達を次々と撮影していった。
魔物の発見自体は難しくはなかったけれど私が探査蝙蝠を操作する技量などもあって上手いこと撮影に成功したのは、穴堀蜂・樹海魚・草刈蜻蜓・鞭手蛙・喫花猿・眼紋蝶・地縛蜘蛛などといった魔物達だった。
それぞれ数十分くらいずつ撮影していたので、それら全ての撮影を終えた頃にはすっかり日が暮れようかというところだった。
ステヴィアさんとしては夜行性の魔物なんかも撮影したいところなんだろうけれど、残念ながら私の探査蝙蝠による撮影は暗がりの中じゃ何も映らないんだよね。
暮れなずむ河辺から離れ、私達は本日の宿泊地に向かって森に踏み込む。
今日は一日中魔法を使い続けていたからか、探査蝙蝠の速度や探知精度が上がって周辺地形の取得に必要な時間が大幅に短縮されていた。
クミンさんとステヴィアさんそれぞれが簡易建物を配置する位置を話し合って決定し、なるべく離れすぎない場所に据え置く。
私は背負っていた荷物を簡易建物の中に置き、多少凝り固まった身体をほぐすように軽くストレッチしてから外に出る。
すると隣の簡易建物の前でクミンさんが、焚き火に小枝を放り込みながら日中に捕まえたらしいやたらと頭の尖った魚を串刺しにして焼いているところだった。
「お前さんら今日一日何してたんだ? ずっと手元で板っきれ弄ってたみたいだが」
尋ねられて私はステヴィアさんの姿を探して辺りを見回したけれど、付近に彼女の姿はない。
今日撮影に使用した保存板は全てステヴィアさんの【道具箱】に保管されてるので手っ取り早く撮影した映像を見せられず、どう説明したものかと悩む。
「あの板を見て貰えればすぐにわかると思うんですけど、私の手元にはなくってですね」
「あの板っきれ、やっこさんが全部持ってんのか」
私が簡易建物に荷物を置いて外に出るまで1分もなかったのに、ステヴィアさんどこ行っちゃったんだろ?
「はい。あの、ステヴィアさんがどっちに行ったかとかわかります?」
「気付いたら居なくなってたかんな、あたしにもさっぱりさ。んあー、もしかしてあれじゃねぇか、便所」
確かにそれはあり得そう。
日中一度もしてないもんね。
なんて思ったところで私自身もトイレしてないってことに気付く、それも転生してから一度もさ。
本当にどうなってるんだろうね、私の身体。
なんてこと考えてたらステヴィアさんが真っ暗な夜の森の中から戻って来ていた。




