031.中継地点なのかもね。
どくりと心臓が脈打つ音が耳に入る。
まだステヴィアさんは調理場に行ったきり戻って来ていない。
ソファに横たわるクミンさんに目を移すと胸が緩やかに上下し、呼吸を再開したのがわかる。
それから数秒の間を置いてクミンさんは、すっとまぶたを押し上げ、落ち着いた様子で視線を泳がせてから私と目を合わせた。
「大丈夫ですか?」
死んじゃってたんだから大丈夫もなにもないとは思うけど、他に言葉が出て来なかった。
クミンさんはお腹をさすりながら身体を起こす。
「あぁ、悪りぃ。久々にハズレ引いちまったみてぇだわ」
「ハズレ?」
「死ぬような食い物ってことさ」
「服毒自殺したのかと思いましたよ」
「自殺って、ありえねぇよ」
「そりゃ、わかりますけど。こっちもあの状況見せられたらそう思っちゃっても仕方ないですよ。他に誰もいないんですから」
「まぁ、そこは申し訳ねぇ。あたしも死ぬとは思ってなくてな。鑑定でも使えりゃここまで不都合な自体は避けられるんだが」
私は鑑定の才能持ちであることを明かすか迷う。
クミンさんとは今後それなりに長く付き合っていくことにはなるとは思うけど、才能って基本的にひとつしか持ってないからその辺どう思われるかわかんないしさ。
でも考えてみると鑑定を持ってない相手からしたら私が複数の才能持ってるってわかんないわけだし、技能として鑑定を持ってるってことにすれば問題ないかな?
「それなら」と私が鑑定持ちであることを明かそうとしたタイミングでステヴィアさんが調理場の片付けを終えて戻って来た。
「お目覚めになられたようですね」
「お陰様でな」
「事情をお伺いしても?」
「あー、あれだ体質だよ体質。生まれつきのな」
「神罰ですか」
クミンさんは露骨に嫌な顔をした。
「その呼称嫌いなんだよな」
「危険なダンジョン探索を任されたのもそれが理由ですか」
「わかってんじゃねぇか。まぁ、1番の理由は死なねぇってことだろうけどな」
「粗雑な扱いを受けていらっしゃったのに故郷に戻るつもりでいるのですか?」
「あたしにとっちゃ、それは見捨てる理由にはなんねぇよ。殺されたわけでもねぇしよ。それに全員が全員そうだってわけじゃねぇし、一緒にダンジョン探索に来てたやつらなんて特にな」
クミンさんの食べ物に毒物混ぜられてたりしたかもしれないけど、それに関しては彼女の中で折り合い付けてるんだろうな。
「そうですか。貴女が納得していらっしゃるのでしたらもう何も言いません」
「そうしてくれ、余計な問答しても仕方ねぇしよ」
「わかりました」
「んで、さっきの話の続きだが。あたしが抜けて来た滝の裏にあったダンジョン以外に、この付近に他のダンジョンに心当たりはないか。どうも一方通行のような気がするんだよな、あそこの転送装置」
「残念ながらありませんね。その転送装置が一方通行だと思うのは『直感』によるものですか」
「あぁ、そうだ」
私がダンジョンのこと何も知らないからだろうけど、気になることがあったのでひとつ尋ねてみる。
「ちょっと聞きたいんですけど、ダンジョンで別階層に行く入口ってどういうものなんです? 場所がちょくちょく変わるって話ですし、階段とかじゃないんですよね?」
「転移の魔法陣さ」
「転送装置とは違うんです?」
「同じといえば同じだな。ただ場所が固定されてるかどうかの違いだろうな」
「ダンジョンの出入口も転送装置なんですか?」
「当然だろ……いや、ここのダンジョンは違うな。明らかに古代文明の遺跡っぽいところに出たから出口だとばかり思ってたが」
あの螺旋階段の下って元々ここに住んでる人間からしたらダンジョンの入口って認識だけど、本来は出入口でもなんでもないのかも。
「それって、まだ出口にたどり着いてないってことですよね」
神妙な面持ちでステヴィアさんが「ない話ではなさそうですね」と同意を示す。
「てこたぁ、あたしはまだ出口に到ってないってことかい」
「だと思います。それともうひとつ聞きたいんですけど、クミンさんは別のダンジョンからここのダンジョンに飛ばされて来たんですよね。最下層からここに来るまでの出口って全部階層の壁面にあったんですか」
「5階層から上だけだな。上層階行きの転移魔法陣のある小部屋に繋がる通路が、それぞれわかりやすく壁面に用意されてたから最短でたどり着けたんだよな」
その事実に関してはステヴィアさんも知らなかったようで「そうなのですね」と過去の体験を思い返してか、しみじみとつぶやく。
全部が全部壁面に転移魔法陣があったんなら竜が現れない場所を探して境界線を探索してたらしいステヴィアさんが見つけてただろうし、地上のどこかに別の土地へ繋がる転移魔法陣が存在してる可能性は高くなったかも。
「そんならあたしのやることは決まったな。んじゃ、世話になったな」
地上に転移魔法陣が存在してる可能性を示唆するとクミンさんは、蘇ったばかりだというのに早速探索に出ようとソファから立ち上がっていた。




