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003.ポーカーフェイスはつくれません。

「あ、はい」


 ステヴィアさんの所作に見惚れてなんとも締まらない返事をしちゃってた。


 だって仕方ないでしょ、本物のメイドさんなんて目にする機会なかったんだからさ。


 そんな私だったけど次のステヴィアさんの言葉でどこか浮ついた気持ちを引き戻された。


「それでは話もまとまりましたし、少しお片付けしましょうか」


 ずっと頭の片隅に追いやって直視しようとしてなかったんですけど、そりゃもう盛大に部屋の調度品ぶっ壊してたんですよね。


 だから私は土下座する勢いで頭を下げたよ、全力で。


「ごめんなさい、何年掛かってでもここで働いで弁償します」


 どう考えても破損した物品の金額的に謝って済ませられるとは思えないけど今の私に出来るのはこれくらいしかない。


 そう思ってたんだけどステヴィアさんの反応はあっさりとしたものだった。


「気にする必要はないですよ。すぐに修復出来ますからね」


 言葉の意味がよく理解出来なかったので、床を見つめるように下げていた頭を上げ、ステヴィアさんの方へと顔を向ける。


 すると私の視線の先でステヴィアさんは発泡スチロールで出来た板でも持ち上げるように軽々と棺桶の蓋を片手でひょいっと掴み上げていた。


 質感的に金属っぽくていかにも重そうなのにそんな感じが一切ない所からすると実際に軽いのかな?


 私が突き飛ばして撥ね飛んだくらいだし。


 なんて蓋のことは今はどうでもよくて驚くべきは壊れた調度品の数々に対するステヴィアさんの対処の仕方だった。


 彼女が壊れた調度品に手を触れると時間を巻き戻すようにして、壊れていた品々が次々と新品同様の姿に戻っていったのである。


 その魔法のような現象に驚き、呆けているとステヴィアさんが手にしていた蓋を棺桶に戻す。


 なぜかズシリと重い音がしたような気がしたけど気のせいだよね、たぶん。


「そのドレス裂けているようですね」


 ドアの前からでは見えない位置が裂けていたので、今になってそれに気付いたステヴィアさんはすすっと音もなく距離を詰めて来るとスカートの裾にそっと触れた。


 直後、ドレスは何事もなかったかのように修繕されていた。


「あの、それって魔法ですか?」


 最初に言うべきはそういうことじゃないんだろうけど好奇心には勝てなかった。


 いや、だって漫画とかアニメでしかあり得なさそうな現象が目の前で起こったらそりゃね、聞きちゃいますよ。


 こちとら病気と知らなかったとはいえ死に際に吸血鬼ロールプレイしてたくらいなんで。


「アンは夢の中(前世)の記憶は残っていても、ここでの一般常識に関する知識は残っていないのですね。いつもでしたらこの手の知識は記憶(思い出)は残ってなくとも当たり前のこととして知ってらっしゃったのですが。その辺りも塗り替えられてしまったのかも知れませんね」


「そうなんですかね。あ、でも言葉は通じますよ。ここって私の生きてた世界とはたぶん違うっぽいですし、言葉が全く同じじゃないんじゃないですか」


「確かに。それは一理ありますね。アンジェリカ様が知ったら喜びそうな話です」


 アンジェリカさんの名前が出ると身構えてしまう。


 ステヴィアさんの表情には出てないけど、なんか知らず知らずの内に地雷踏んでそうでさ。


「アンはわかりやすいですね」


 急にそんなことを言われて私は目を白黒させる。


「え、あ、はい、何がでしょう?」


「そういうところですよ。しかし、これは私が迂闊過ぎましたね。私の不用意な言動でアンを不安にさせてしまったようですしね」


 今まで生きてきた中で一度もされたことのない対応に顔が熱くなる。


 もしかしなくても私って表情とか態度に考えてることが出まくってる?


 なにそれめっちゃ恥ずかしいんですけど。


 顔赤くなってたりしてそうで余計に恥ずかしくなってきた私はしゃがみ込んで顔を両手で覆った。


 穴があったら入りたいよ。


 すぐそこに棺桶ならあるけどさ。


「アン、私はアンジェリカ様のことは気にしていませんので貴女は一切気負う必要はありませんよ。と言葉で言っても気にしないというのは置かれている状況が状況ですし、難しい話ですよね。どうしたらよいのでしょうか」


 ステヴィアさんが私を責めてないっぽいのは伝わってくるけど、これってたぶん私自身が変に気にし過ぎてるのが問題なんだよね。


 でもさ他人の身体を乗っ取るなんて普通経験出来るようなことでもないし、正直なところ心の持ち方がわかんないよ。


「そうですね。でしたらアンの心の軽くなるおまじないをしましょうか」


「おまじない?」


「はい、ちょっとした暗示のようなものです」


 催眠療法ってやつかな?


 魔法のある世界ならそういうの普通に使えそうだよね。


 あ、でも洗脳されたりとかしないかな。


「大丈夫ですよ。魔法で記憶を消したりだとかそういったことは出来ませんから」


 失礼なこと考えてたのまた顔に出ちゃってたっぽいね。


 よし、決めた。


 ここはステヴィアさんを信じよう。


 私の直感もそう訴えかけてるしね。


 信じたぞ、私。


「それじゃ、お願いします」


「わかりました。それでは顔を上げて貰えますか」


 私は指示されるままに手で覆っていた顔を上げるとステヴィアさんは目の前にしゃがみ込み、私と額を突き合わせて真っ直ぐに眼を見つめてくる。


 今まで出会った人の中でも特にステヴィアさんは綺麗なのもあって私は顔から火が出んるじゃないかってくらい頰が熱くなるのを感じた。


「アン」


「はい」


「私が怖いですか?」


 一瞬、返事に困ったけれど私は素直に「はい」と答えた。


「正直に答えてくれましたね。もし私がアンではなくアンジェリカ様のことを優先するような発言をしたら気兼ねなく責めてくれて構いませんからね」


「それは……」


「難しいですよね」


「はい」


「でしたら私もアンがアンジェリカ様を優先するような態度をとったら責めさせて貰いますね」


「え、それってどういう」


「私の思い出を大切にしようとして下さっているのはわかりますが、それを気にし過ぎる余りこれから築いて行く関係を蔑ろにされてしまうのは寂しいものがありますからね。それを先に破ってしまったのは私ですので大いに反省すべきは私なんですけどね」


 伝えることは全て伝えたのかステヴィアさんの顔が私の目前から離れて行く。


 吐息が届くほどに近付いたことで物理的な距離感が一時的に取り払われていたからなのか、それとも羞恥から鼓動が高鳴っていたからなのか、なんだか感情が高ぶっていてステヴィアさんとの距離が一気に近付いたような錯覚を覚える。


 それを自覚して確かにこれはまじないだったのかもしれないと私は密かに思った。


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