027.私は混じりっ気なし?
ぱんっと乾いた音が辺りに響いた。
それがステヴィアさんが手を打ち鳴らした音だと気付くと同時に、突撃してくるクミンさんと私達の間には、ひとひとりをすっぽりと包めそうなくらいの深紅の布地が回転しながら壁のように広がり、ばさりとはためいた。
クミンさんの角やステヴィアさんが創り出した布地の色から闘牛のイメージが脳裏にちらつく。
数瞬後、ぼすりと深紅の布地は真っ直ぐに飛び込んで来たクミンさんを緩やかに受け止め包む。
当然だけど、その程度でクミンさんの勢いは弱まらない。
けれどそんなことなど構うことないとばかりにステヴィアさんは左腕を突き出し、クミンさんの頭がある辺りを手の平で添えて彼女の突撃の勢いを和らげるように腕を引きながら進行方向を私達の前から横へと受け流すようにして逸らす。
深紅の布地に全身を包み込まれたクミンさんは視界を奪われて勢いのままに頭から地面に突撃し、ずざざっとかなりの速度で十数m程滑走していった。
クミンさんは深紅の布地に包まれたまま地面に転がって数秒くらい動かなかった。
あの勢いで受け身も取れずに頭を打ち付けたのだから最悪死んじゃってるんじゃないかと思っていたけれど、やがて身体をうねうねと芋虫のように動かしてもがきはじめた。
そうやってクミンさんがいくらジタバタしても深紅の布地を取り払うことが出来ず、ついには諦めたように身体をぐったりとさせる。
全身を私の魔法を消し飛ばすくらいには強力な炎を全身に纏っていたのに全く燃える様子のない深紅の布地も謎だけれど、クミンさんが梱包されたモノをよく見るといつの間にやら何重にも糸が巻き付けられて拘束されたのかも謎だった。
「これで落ち着いて話が出来そうですね」
簀巻きになったクミンさんの方に目をやり、ステヴィアさんはため息を吐くようにしてそんなことを言った。
「あの、大丈夫なんですか。クミンさん、動かなくなっちゃったんですけど」
「問題ありませんよ。おそらく殺しても死なない方でしょうからね」
コメントに困る台詞をさらっと口にされても私からは何も言えないよ。
やっぱりというかなんというか、昨日地下で炎を放ったのはクミンさんっぽいよね。
ふたりの言葉を聞いた感じだとさ。
苦笑するしかなかった私は、動きを止めてしまったクミンさんの元へと歩み寄る。
そんな私にステヴィアさんも続く。
クミンさんは私達が近付いて来たことに足音で気付くと、身体をくねくねとさせながら上手く聞き取れない声で何か言っていた。
ステヴィアさんに目配せすると彼女は、ぱんっと両の手を打ち鳴らす。
するとクミンさんを覆い隠していた深紅の布地の一部が消え、彼女の頭が姿を現した。
「はー、だせぇよな。何も出来ずにこのざまなんてよ。1発くらい無抵抗にぶん殴らせてくれてもよくないか。こっちは不意打ちでぶっ殺されたってのによ」
「仰っている言葉の意味がわかりかねますね」
ステヴィアさんが認める気はないのだとわかるとクミンさんは、わざとらしいため息を吐く。
「あぁ、そうかよ。まぁ、勝負にすらさせてもらえずに負けちまったし、そっちの都合に合わせてやんよ」
「では、情報交換に応じていただけるということでよろしいのですね」
「元々そのつもりだったっつの。それよりこれ解いてくんねぇか、窮屈で仕方ねぇし。てかこの布なんなんだよ、私の炎でも燃えないなんてよ」
「その生地は火鼠の毛皮を参考に創り出した物になります。貴女自身、火纏鴉との交配で生まれているようですからその性質はよくおわかりでしょう」
「正解。あたしの翼を見ただけでわかんのな。あと炎蹄牛と瑞果虎もちょいと混じってるらしいけどな」
「随分と多様な交配が行われているのですね」
「混じりっ気なしの人間が生きてくには過酷な土地だったのさ。だったら付近に生息してる魔物のいいとこ取りしようとすんのは別に変でもねぇだろ」
ふたりの会話の内容がなかなか飲み込めずに困惑していたので率直に尋ねる。
「交配装置って人間以外とも子供をつくれるんですか?」
鑑定した内容には人間に限定するなんて表記はなかったとは思うけれど、それを試した人達がいたってことだよね。
「えぇ、可能だと世界樹から得た知識の中にもありますね。有性生殖する動物たちのように交配相手の性別を問われることもありませんし、やろうと思えば死者と交配することも可能です」
条件を問われないならそういうことも出来ちゃうのか。
「だからこそ色々も問題もあったようですね」
卵をつくる前にやたらと長ったらしい注意書きが表示されたのはそれが理由なのかな?
ちょっと考えただけでもヤバそうなこと思い付いちゃうもんね。
一方的に慕ってる相手を殺しちゃって、その相手との子供をつくるとかさ。
その手のことが頻繁にあったりしたのかな。
だとしたらちょっと怖いね。
「話し込んでないでそろそろ拘束解いてくんないか。いつまでも地べたに転がされてんのは辛いしよ」
そんなクミンさんの主張が入り、ステヴィアさんが仕方ないとばかりに両の手を打ち鳴らして彼女の拘束を解いた。




