022.今日からここで。
『反響定位』が能力を発揮しているのか『音波投射』を使わなくとも半径十数メートルの範囲内なら事細かに知覚出来ているので暗がりを目をつぶって歩くのも全く問題くらいだったので『暗視』と似た技能を得ようとした私の試みは成功と言って差し支えなさそう。
堤防の上を歩き通し、やがて居住地跡の箱型の建物群が影を落として景色の中にのっぺりと乱立しているのが目に入る。
まだそれなりに距離があるからいいけれど、居住地跡には元家畜達の排泄物が散乱していて臭いがヤバいんだけどどうするのかな。
窓とか締め切ってても隙間から臭いとか入ってきそうじゃない?
なんて思っているとステヴィアさんは居住地跡までまだ距離のある位置で、何故か堤防上の道から外れて河川敷に降りて行く。
「どこに行くんですか?」
「水が手早く豊富に確保出来る場所に逗留しようと思いまして。それに空き家になって長いとはいえ、殺戮された住民達が暮らしていた家屋で過ごすのは心情的にあまり気分いいものではないでしょうからね」
心霊スポットとは違うのかもしれないけど、あそこで過ごさなきゃならないのも仕方ないかなと思っていたのでちょっと気分が軽くなった。
それと私の身体が人一倍水分を必要とするからその辺を考慮して場所選びしてくれたのかな。
ステヴィアさんに案内されてたどり着いたのはこじんまりとした水車小屋だった。
長いこと手入れされていなかったからかあちこち傷んでいるようで、隙間風なども平気で入ってきそうな見た目をしている。
「手入れしますので少々お待ちください」
私に待つよう言ったステヴィアさんは軽く水車小屋の壁面に触れた。
すると水車小屋の表面はみるみるうちに真新しいものに変わり、新築と言っても差し支えないくらいの見た目に変貌した。
「お待たせしました。さぁ、どうぞ中へ」
扉を開いたステヴィアさんに促され、水車小屋へと足を踏み入れる。
ステヴィアさんは『錬成』で手を加えられた内装は一般的なフローリングの部屋って感じ。
うるさいかもと思っていた水車の音もそんなにしないというか、外の水車と繋がっている部分は壁で隔離されていた。
聴こえるのは穏やかな河のせせらぎくらい。
これくらいの音なら気にせず安眠出来そう。
「ひと部屋を共有することになってしまいますが、大丈夫でしょうか」
「何の問題もないよ」
なんていうかこの雰囲気とか修学旅行っぽいね。
「食事はどうされますか?」
「別にいいかな。なんでかわからないけど全然お腹空かないんだよね」
ステヴィアさんは私の顔をまじまじとみる。
「嘘、ではなさそうですね」
「大丈夫、大丈夫。痩せ我慢なんてしてないよ」
「えぇ、そのようですね」
私が嘘を言っていないとわかるとステヴィアさんは満足気に頷く。
「アン、本日は浴場を用意するのに必要な物資が不足していますので入浴を我慢していただいてもよろしいですか? 明日にはどうにかしますので」
「仕方ないよ。どうしても我慢出来ないなら河で水浴びするから平気だよ」
「体調を崩されるかもしれませんので、この時季の水浴びはご遠慮くださいね」
やっぱり死なないって言っても風邪とかは引くのかな。
「うん」
ご飯もお風呂もなしだとすると後は寝るくらいしかやることがない。
ちょっと早い気もしなくもないけど1日歩き通しだったし、今日は早めに寝ようかな。
靴の『疲労回復』効果のお陰で疲れていないとはいえ、絶対に平気とは限らないもんね。
「それじゃ、今日は早めに寝ることにするね」
「わかりました」
ステヴィアさんは【道具箱】に収納していたらしいマットレスとブランケットを取り出し、寝床を整えてくれた。
私は靴を脱いでマットレスの上に卵を抱いて倒れ込むと思っていた以上に疲れていたのか、すっと意識が遠退いていく。
薄れ行く意識の中で私はステヴィアさんに「おやすみなさい」と告げて眠りに落ちた。
「おやすみなさい、アン」
返って来たステヴィアさんの言葉を最後に私は意識を手放した。
夜通し河のせせらぎが聴こえていたからか、私はトイレに行く夢を見て目を覚ます。
いや、まさかこの歳になっておねしょとかしてないよってブランケットを退けてマットレスを寝起き早々に確認してしまった。
もちろん漏らしてなんてないよ。
寝ぼけている頭を軽くふって意識をくっきりはっきりとさせて部屋の中を見回す。
部屋の中にはステヴィアさんが使ったと思われるマットレスもブランケットも見当たらず、当の本人すらも見当たらなかった。
早起きしてどこかに出かけたのかな?
それとも寝具って私が使ってたこの一式だけだったとかなんだろうか。
もしそうだったら申し訳なさすぎるよ。
私は卵をブランケットで包んでマットレスの上に残して靴を履き、水車小屋を出る。
肌寒い空気に少し身震いし、ほどよく冷えた空気を肺いっぱいに吸い込んで深呼吸すると思わず欠伸が出てしまう。
大きく伸びをして凝り固まった身体をほぐし、辺りを見回すけれどステヴィアさんの姿は見当たらない。
どこに行っちゃったんだろう?
ステヴィアさんを探して歩き回って入れ違いになるのも困るので、私は探査蝙蝠に糸を繋いで四方八方に飛ばした。
探査蝙蝠が拾った音を糸を伝わせて受け取って私の『反響定位』で知覚したり出来ないかと思っての試み。
最初は上空に探査蝙蝠を飛ばして空撮しながら探そうかと思ったけれど、撮影出来る範囲とか限られそうだったし、映像を手元に転送するのに必要な魔力とか今の私じゃ全然足りない気がしたので音だけを拾うことにした。
この試みは思った以上に上手く行き、すぐにステヴィアさんを発見することが出来た。
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