002.なぜか乗っ取っちゃいました。
お嬢さまって誰のこと?
部屋に私とメイドさんしかいないから私のことなんだろうけど違和感しかない。
はっきり言って私のキャラじゃないよね、お嬢さまなんてさ。
でもね、一応ね、訊かないといけないわけですよ、ここは。
「お嬢さまって、もしかしなくても私のことですか?」
「はい、そうですよ」
メイドさんは一切の躊躇いもなく頷いて肯定してくる。
「お姉さんが雇い主に何を聞かされたのかは知らないですけど、何かの間違いだと思うんですよ。私がお嬢さまっていうの。柄じゃないですし」
いや、ここがメイド喫茶とかだったら間違いでもないのか?
あー、でも棺桶スタートの意味がわからなすぎて店のコンセプトが行方不明だからありえないか。
そもそも窓の外とか崖だしね。
「申し訳ありません。呼称がお気に召さなかったようですね。今後改めますので、何とお呼びしたらよいか伺ってもよろしいでしょうか」
もしかして雇い主から私の名前聞かされてなくて知らないから探ろうとしてる?
それならちょっと意地悪いけど、こっちもこっちで探らせてもらうよ。
「お姉さんにさま付で呼ばれるのなんだか落ち着かないですし、私のことは名前の呼び捨てでいいです。私の名前、聞かされてますよね?」
「わかりました。では今後はアンジェリカと呼ばせてもらいますね」
アンジェリカ?
アンジェリカって、誰。
私か?
私じゃないよね、アンジェリカ。
置かれてる状況とか全くもって意味不明で、ここはどこって感じだけど、私は誰ってな状態には陥ってないよ。
くっきりはっきりあるからね、記憶。
棺桶に詰め込まれる直前の記憶では春に高校入学を控えた革張杏子ちゃん(15歳)だったからね。
アンしか合ってないよ、アンしか。
「ごめんなさい。やっぱり人違いですよ。お姉さん、部屋間違えてるんだと思います」
「それはあり得ませんよ。ここは私が貴女のために用意した部屋ですから」
メイドさん、なんか怖いこと言い出したんだけど大丈夫かな。
「初対面、ですよね?」
「そうですね、当代の貴女とは初対面になりますね」
「とーだい?」
「えぇ、貴女は屍姫アンジェリカ様の身体に宿る5人目の魂となります。私はその身体が目覚める度にお世話をするよう初代アンジェリカ様から役目を仰せつかっているのです」
同じ人間の身体に5人目?
意味がわらかなかったので私は質問しようと真っ直ぐに手を挙げた。
「ちょーっと訊いていいてすか?」
「何なりと」
「結局のところ今の私って誰なんです?」
「本来ならアンジェリカ様となるはずなのですが、今回はいつもより目覚めが早かったようですから夢の中での人格が強く残ってしまっているようですね。ですから貴女は貴女ということになりますね。そうしますと私は貴女を何とお呼びしたら良いのでしょうか?」
「よくわかんないんですけどいつもだとどんな感じなんですかね? あ、私のことはアンって呼んでください」
「わかりました、アンですね。それでアンが知りたいことに関してですが、本来はアンジェリカ様が身体に宿った魂を糧に記憶を失った状態で、ご自身の身体に再び生まれ直されているのです。通常は4年から5年程お眠りになられているのですが、今回は1年と待たずに新たな魂としてアンがアンジェリカ様の身体に宿ってしまったようですね」
ということは復活するはずだったアンジェリカさんの身体を私が乗っ取っちゃったってこと?
これってメイドさんからしたら雇い主が消されていきなり別人になっちゃったってことだよね。
メイドさんの見た目かなり若いけどアンジェリカさんに長いこと支えてるみたいだし、マズイよね。
でもメイドさん表情そのままに淡々と説明してくれてるし、全然動揺してる感じしないから判別付かないよ。
「えっと、大丈夫なんですかね。なんか私がアンジェリカさんの身体乗っ取っちゃったみたいなんですけど」
「問題ありません。私が仰せつかっているのは、あくまでも目覚めたアンジェリカ様の身体のお世話ですので」
なんかめっちゃドライな反応なんだけど、アンジェリカさんを慕ってたってわけじゃないのかな。
「はぁ、そうなんですか。それで私はこれからどうすれば……」
「私はお世話させていただければそれで構わないのですが、アンは何かやりたいことはありますか?」
やりたいこと以前にここがどこだかわからないから考えも何も浮かばないな。
だったらそれを訊くしかないか。
「とりあえずここのことを教えて貰えますか。あ、あとお姉さんの名前も」
「えぇ、わかりました。ですが、そう焦らずともアンジェリカ様の身体が再び永い眠りに入られるまで時間は充分にありますから、この地のことはこれからの生活の中で少しずつ説明させていただきますね」
永い眠りって死ぬってことだよね、たぶん。
私自身は棺桶で目覚める直前までの記憶が確かなら既に死んじゃってるはずなんだけど、この上で更に死ぬってどうなるの?
魂的なやつが消えちゃうってことなのかな。
そんなことを考えてる私の前でメイドさんは恭しく一礼する。
「それと随分と自己紹介が遅くなってしまいましたが、私はステヴィアと申します。今後ともよろしくお願いしますね、アン」