019.人生経験の差があり過ぎる。
ステヴィアさんが消えてった吹き抜けの暗闇を覗き込むけれど、当然ながら何も見えも聞こえもしない。
それにしても妙な気がする。
ステヴィアさんは何でわざわざ確認に行ったんだろう。
確かに何があるかわかんないけど、居住地跡に居た雛みたいに例外的に魔物がダンジョンから迷い出て来た可能性だってあるのにさ。
本当に魔物だったら、あの雛と同じでかなりの希少種かも知れなかったから?
それだったらあんな険しい顔なんてしないよね。
危険なものだって確信してるみたいな雰囲気だったしさ。
今ここで放置したままだとマズいものって何なんだろう。
後日またここに来る予定だから階段を降りてる最中に暗闇に紛れて襲われるかもしれないことを警戒してたのかな。
でも地下から炎の魔法を放ってた感じからして、そうやって闇に紛れて襲撃してくるなんて考えそのものがなさそうな気がするんだよね。
なんていうかあれって階段がどこまで続いてるのか地下から確認しようと吹き抜けを照し出すために放たれた炎みたいな……。
えっと、もしそうなら地下にいるのって人間ってことにならないかな。
どれくらいの階層があるのかもわかんないけど中には魔物も住み着いてるって話だったから少なくとも食べ物はあったはずだし、何年もダンジョン内で生活してた人が居なかったとも限らないよね。
これでもし本当に地下から炎を放ったのが人間だったとして、ステヴィアさんは飛び降りる前からその可能性に思い当たっていたのかが気になる。
わかってた上で飛び降りたんだとしたら私がステヴィアさん以外の人間と顔を合わせるのを避けたかったってことなんだろうし、そんなことする理由なんてアンジェリカさんに関することだろうけどさ。
そもそも今の私って、この世界のこと全部ステヴィアさんからしか話を聞けてないんだよね。
鑑定で多少の情報は得られるけど、人の心まで覗き見れるわけじゃないしさ。
たった15年ぽっち生きてただけの私と何代ものアンジェリカさんと一緒に永い時を過ごして来たステヴィアさんとは人生経験の差が違い過ぎて騙されてたとしても気付かなそう。
現に私は出会ってすぐこそ疑っていたけれど、今はステヴィアさんの力になろうと動いてたりするわけだしさ。
その辺りは私が割と単純なだけかもしれないけどね。
変に疑い続けるのも疲れちゃうし、ステータスや才能の詳細を確かめて寿命まで死ぬことはないってこともステヴィアさんの話通りで嘘がなかったからだけどさ。
今はそんな私の心情は置いてくとして、問題はステヴィアさんが何で私を他の人間に会わせたくないかってことだよね。
仮に地下から炎を放ったのが人間だった場合、ステヴィアさんは殺しちゃうのかな。
軍隊鼠を相手にしたときと似た雰囲気を放ってたもんね。
それだと神罰が……ってあれは生まれ変わりの才能にしか出ないんだっけ、それなら不死のステヴィアさんがいくら人間を殺したとしても神罰は受けないってことに。
そもそもステヴィアさんってアンジェリカさんが神罰の検証のために人間を殺戮してたとき手を貸してたのかな?
いや、そこはそんなに重要じゃないよね。
アンジェリカさんに頼まれたらどんなことだろうと断れなさそうだもんね。
もういっそのこと地下に降りて確かめちゃいたいけど、私にはステヴィアさんみたいな曲芸出来ないし、どうしたものかな。
ここは探査蝙蝠に進化してもらうしかないかな。
ステータス画面とか宙に現れるくらいだし、魔法で遠くに居る蝙蝠が目にした映像を手元につくったウィンドウに映し出したり出来そうじゃない?
SFとかでそういうのよくあるしさ。
取り敢えず手元に映像を映し出すウィンドウを魔法で造るのと同時に探査蝙蝠を呼び出す。
そんなことで適当な方法で上手くいくはずもなく、ウィンドウは真っ黒で何も映し出されていない。
私はどうにかこうにか魔力っぽいものを操作してウィンドウと探査蝙蝠を幻影の糸で繋いでみたら意外なことに薄暗い螺旋階段の映像が映し出された。
有線接続でどうにかなったらしいけど、魔法というには何ともアナログな解決方法だよね。
それでもやりたいことがやれることには違いない。
早速、探査蝙蝠を吹き抜けをゆっくりと降下させていく。
途中までは難なく操作出来ていたけれど、糸が伸びるにつれて操作が難しくなり、そもそも暗闇のせいでウィンドウに映し出されている映像そのものが真っ暗で何も映っていないに等しかった。
映像が無理なら音だけでも拾えればいいんだけど、風属性って大気を振動させて音を発っせるらしいし、遠くの音を拾ってこっちで再生させるなんてことくらい映像が転送出来たくらいなんだから出来るはず。
なんていうかTVとかで観た深海探査みたいだよね、これ。
集中して探査蝙蝠に繋いだ糸を伸ばし続けていたけれど、やはり魔法を覚えたての私には難易度が高過ぎたのか残念ながら地下にたどり着く前に接続が途切れてしまった。
もう一度やろうとしたけれど、魔力がなくなっちゃったのか探査蝙蝠すら呼び出せなくなっていた。
しばらく休んだら回復するかな、なんて思っていると吹き抜けからたんったんっと規則的な音が昇って来るのが耳に届き始めた。
目を凝らして暗がりを覗き込んでいるとステヴィアさんらしき人影が吹き抜けを降りてったときとは逆の手順で跳躍しながら昇ってきていた。
やがて私のすぐ隣にスカートを乱すことなくふわりと降り立って一礼する。
「お待たせしました」
「お帰りなさい、ステヴィアさん。下って何がいたの?」
「ダンジョンから階段室に魔物の仔が迷い込んでいただけのようでした。ですのでダンジョンに帰しておきました」
疑問に答えてくれたステヴィアさんは柔らかな笑みを浮かべていたけれど、その話が本当かどうかなんて私にはわからなかった。




